第三十話:ドワーフの門兵と覚えられていた少女
獣人王国での祝宴から、二週間の航海の末。
一行はついに、最後の伝説の食材「太陽の大豆」が眠るという、輝石のドワーフ王国の巨大な城門の前にたどり着いた。
岩山をそのままくり抜いて作られた荘厳で無骨な門。その前では、屈強なドワーフの門兵たちが鋭い眼光で一行を見据えていた。
レオンが代表として、一歩前に進み出た。
「我々は、冒険者パーティ『至高の一皿』。ドワーフの王に謁見を願いたく参上した。」
その礼儀正しい口上に、門兵の一人が眉をひそめる。
そして、彼はレオンの後ろに立つ、黒髪で小柄な少女の顔を見て、はっと目を見開いた。その顔はまるで、昔の悪友にでも再会したかのような驚きと親しみに満ちていた。
「おおっ!?お前さんは……!見覚えがあるぞ!」
門兵はコノハをビシッと指さした。
「前にうちの国に来て、『ドラゴンの味見をしようと思いまして!』なんて、とんでもねえことを言い放ったあの黒髪の嬢ちゃんじゃないか!!」
門兵の的確で不名誉なあだ名に、コノハは「あ……」と気まずそうに視線を泳がせた。
レオンとクラウスは(やはり覚えられていたか……)と頭を抱える。
その時だった。
そのあまりにもしょうもないコノハの過去の所業を初めて聞いたアイが、信じられないといった顔で呟いた。
「コノハ……。あなた、そんなとんでもないことを言っていたのですか……」
彼女は少しだけ、尊敬の眼差しでコノハを見つめていた。
その横で、スミレはもう我慢できないといった様子で腹を抱えて大笑いしていた。
「あははははは!すごい、すごいよコノハちゃん!『ドラゴンの味見』!最高にロックだね!」
門兵はスミレに釣られて豪快にがははと笑った。
「いやー、あの時は腹を抱えて笑わせてもらったぜ!で?ドラゴンの味はどうだったんだ?!やっぱりステーキが一番だったか?」
「ええとその……」
コノハが口ごもっていると、もう一人の門兵が興味津々で尋ねてきた。
「それで、嬢ちゃん!今度は一体何をしに来たんだ?」
その純粋な問いに、コノハは正直に答えるしかなかった。
彼女は、背筋をぴんと伸ばすと満面の笑みで高らかに宣言した。
「はい!今度は火山で大豆を収穫しようと思いまして!」
しん……と。
城門の前は一瞬だけ、静まり返った。
そして次の瞬間。
ドワーフの門兵たちは、全員、腹を抱えて地面を転げ回らんばかりの勢いで大爆笑を始めた。
「わはははははは!最高だ嬢ちゃん!」
「ドラゴンの次は火山で大豆か!相変わらず嬢ちゃんの冗談は面白いな!」
「いやー、参った参った!腹が痛え!」
彼らはコノハの言葉を、またしても最高に気の利いた「ジョーク」だと完全に勘違いしていた。
そのカオスな状況の中。
ガルムが呆れたように、アイにそっと耳打ちをした。
「……おい、アイ。コノハも大概だが、人のこと言えねえぞ?お前だって似たようなもんだろうが」
ガルムの的確なツッコミに、アイはカッと顔を赤らめた。
「なっ!違いますわよ!わたくしのあの暗黒竜の人形劇は高度な芸術です!食欲と一緒にしないでください!」
「へいへい。そうだな」
ガルムは楽しそうに笑っている。
「よし、通れ通れ!こんなに面白い嬢ちゃんたちを通さないわけにはいかねえからな!」
門兵たちは、涙を拭いながら一行のために巨大な城門を快く開けてくれた。
「なんだかよくわかりませんが、良かったですね!」
コノハがにこやかに言う。
その隣で、レオンとクラウスは深い深いため息をついていた。
「……我々の真剣な外交努力が、全て彼女の食いしん坊な一言に負けている気がする……」
「……もう慣れたがな」
こうして一行の最後の食材探しの旅は、またしてもコノハの食欲に満ちた一言によって、その最初の関門をやすやすと突破したのだった。
そしてその規格外のリーダーに振り回される仲間たちの、少しだけ胃が痛い日常もまたいつも通り続いていく。




