第三十一話:ドワーフ王の忠告と黒竜への寄り道
ドワーフの王の玉座の間は、一般的な王宮のそれとは全く異なっていた。
そこは、磨き上げられた黒曜石とミスリル銀で装飾された巨大な鍛冶場そのものだった。部屋の中央には、王が自ら槌を振るうという巨大な金床が鎮座し、壁には歴代の王が打ち上げた伝説級の武具がずらりと飾られている。玉座さえも、巨大なインゴットを削り出して作られていた。
「――して、お前さんたちがコズエの娘とその一行か」
玉座に座るドワーフの王は、その編み込まれた立派な白髭を揺らしながら、一行を値踏みするように見つめた。その眼光は、鋼を鑑定する職人のように鋭い。
「ふむ。確かにどいつもこいつもなかなかの逸品揃いのようじゃな。用件は何じゃ。『太陽の大豆』を探しておると門兵から聞いたが…。本気か?」
レオンが一歩前に進み出た。
「はい、王よ。我々は世界の危機を救うため、その伝説の食材をどうしても必要としております。どうか、そのありかについてお知恵を拝借したく。」
その真摯な言葉に、ドワーフの王は豪快にがははと笑った。
「世界の危機か!あのコズエが静かに主婦をしとるというのに、その娘が今度は世界を救うとはな!血は争えんもんじゃ!」
彼は笑い終えると、表情を引き締めた。
「だが若いの。お前さんたちが探しているものは、ただの食材ではないぞ」
王はまるで古い物語を語り聞かせるように、静かに話し始めた。
「『太陽の大豆』…。それは、もはやおとぎ話。我が国の創世神話にのみ記されておる幻の存在じゃ。ワシらドワーフでさえ、その実物を見た者は一人もおらん。
それが実るとされるのは、ただ一箇所。この国の心臓部でもある活火山、『龍の心臓』の最深部である、煮えたぎるマグマ溜まりの中心だけじゃ」
王の言葉に、誰もが息をのんだ。
「じゃが、忘れるな。そこは、ただの火山ではない。古より、かの山に住まう山の主……エンシェント・マグマドラゴンの寝床そのものじゃ。あの気難しく、強欲な古竜がみすみす己の寝床に生えた豆ころをくれてやるとは到底思えんぞ?」
王のその重い忠告。
だが、一行の決意は揺らがなかった。
王はその覚悟を認めると、ふぅと一つため息をつき、一つの重要な情報を付け加えた。
「…まったく。お前さんたちのその目は、あの頃のコズエとそっくりじゃ。…良いだろう。ワシが知る限りのことを話してやる。」
「あの赤い古竜は、ワシらドワーフでさえまともに話をしたことがない。気性が荒すぎるからのう。…ワシが知る限り、あの古竜とまともに渡り合える存在はただ一匹だけじゃ。」
「それは?」
「…大陸の北の山脈に住まう、もう一匹の古竜。あの黒い竜じゃ。あの二匹は、この国ができるよりも遥か昔から何かと張り合ってきた腐れ縁だと聞く。」
王との謁見を終え、一行は用意された客室で作戦会議を開いていた。
「…エンシェント・マグマドラゴンか。真正面から戦っても勝ち目があるかどうか…」
レオンが腕を組んで唸る。
「面白えじゃねえか!竜退治なんて冒険者の最高の夢だぜ!」
ガルムは既にやる気満々だったが、彼はすぐに付け加えた。
「まぁ、前みたいなステーキにされるとかいう訳の分からんことにならなければ良いがな…」
そのトラウマに満ちた呟きに、皆苦笑いを浮かべた。
クラウスがガルムを制する。
「いや、待て、ガルム殿。王も言っていたではないか。あれは気難しい古竜だと。我々の目的は、あくまで『太陽の大豆』の収穫だ。竜を討伐することではない。無用な戦闘は避けるべきだ。」
「では、どうするのだ?話し合いで譲ってくれるような相手には思えんが」
レオンのもっともな意見に、皆が頭を悩ませていたその時だった。
今まで黙って話を聞いていた、コノハがそっと手を挙げた。
「あの…。火山に行く前に、一度前に会った黒いドラゴンさんに会いに行きませんか?」
コノハの突拍子もない提案にレオンが聞き返す。
「なぜ、黒いドラゴンに?彼の棲む山脈はここから大陸のほぼ正反対だぞ。かなりの寄り道になりますが……」
「なんでまた、あの黒トカゲに会いに行くんだよ?」
ガルムも不思議そうな顔をする。
コノハはにっこりと笑った。その瞳はまるで最高のレシピを閃いたかのようにキラキラと輝いていた。
「だって皆さん覚えてますか?」
彼女は皆の顔を見回した。
「前に会った時、黒いドラゴンさんは私のお母さんのことをものすごく怖がっていましたよね?」
「…ああ。ステーキにされると、本気で怯えていたな」
「それに、ドワーフの鍛冶屋さんが言っていました。私のお母さんが昔、マグマドラゴンさんの背中の上でバーベキューをしたって」
「…そんな恐ろしい話もあったな…」
コノハは、自信満々に続けた。
「だから、黒いドラゴンさんはきっとマグマドラゴンさんのことをすごくよく知っていると思うんです!」
彼女はそこで一度言葉を切ると、最高の笑顔でその作戦の核心を告げた。
「――マグマドラゴンさんの『好きな食べ物』とか『苦手な食べ物』とか!そういう食の好みを聞き出すんです!」
しん…と。
作戦室は静まり返った。
レオンもガルムもクラウスもアリアも、そして福音団の三人も全員が、呆気にとられてコノハの顔を見つめていた。
古の竜との絶望的な交渉。
その打開策が「相手の食の好みを聞き出す市場調査」。
彼女らしい、平和で斜め上の作戦だった。
「…なるほど」
最初に我に返ったのは、クラウスだった。
「…確かに。武力で交渉するよりも、相手の好物で交渉する方が成功率は高いかもしれない…。何よりリスクが少ない」
「はっはっは!違えねえや!コノハの考えることはやっぱ最高に面白いぜ!」
ガルムは腹を抱えて大笑いする。
こうして、一行の次なる目的地は活火山『龍の心臓』ではなく、その正反対に位置する『黒竜の寝床』へと急遽変更された。
それは、最強の料理人が考えた最高の「手土産」を用意するためのほんのささやかな寄り道。
ドワーフたちはてっきり火山へ向かったと思っていた一行が、全く逆方向へと旅立っていったのをただ首を傾げながら見送るしかなかったという。




