第二十二話:戦士の誓い
鋼鉄のウルク連邦の首都ヴァルハラに到着した一行。
彼らは伝説の食材『氷河の岩塩』がこの国の最北端禁足地である『嘆きの氷河』に眠っていることを突き止めた。
だが、その地へ足を踏み入れるにはこの国の絶対君主皇帝カイゼルの許可が必要不可欠だった。
謁見の間。
一行を前に、皇帝カイゼルは玉座から冷たい視線を投げかけていた。
彼は、かつてガルムの唯一無二の好敵手であり、そして彼を打ち負かした男。
「……ほう。随分と妙な仲間を引き連れてきたものだなガルム」
その声には侮蔑の色が浮かんでいた。
レオンが一歩前に進み出た。
「カイゼル皇帝陛下。我々は『至高の一皿』。ギルドに所属する冒険者です。不躾ではありますが、お願いがございます。どうか我々に『嘆きの氷河』への立ち入り許可を……」
「断る」
皇帝は即答した。
「あの地は我が国の聖域。貴様らのような素性の知れぬ異邦人が足を踏み入れて良い場所ではない」
そのあまりにもにべもない返答。
だがその時だった。
それまで黙っていたガルムが前に出た。
彼のその緑色の瞳は、かつてないほど静かにそして燃え上がっていた。
彼はその手にしていたハルバードを、床に突き立てた。
「―――カイゼル」
彼の声が玉座の間に響き渡る。
「俺と勝負しろ」
そのあまりにも不敬で大胆な一言。
周りの側近たちが色めき立つ。
だが、皇帝カイゼルは動じなかった。
それどころか、その口元には獰猛な笑みが浮かんでいた。
「……ほう。ようやくその気になったかガルム。……良いだろう。その挑戦受けてやる」
彼は玉座から立ち上がった。
「だが、ただ戦うだけでは面白くない。……賭けをしようではないか」
彼は言った。
「もし、貴様がこの俺に一太刀でも浴びせることができたなら。その時は約束通り『嘆きの氷河』への立ち入りを許可してやろう。……だが、もし貴様が敗れたならば」
彼の瞳が妖しく光る。
「――その後ろにいる面白い料理番の小娘を我が国の専属料理人としてここに置いていってもらう」
そのあまりにも横暴な条件。
「なっ!?」
レオンたちが激昂する。
だが、ガルムは静かにそれを手で制した。
そして、彼は振り返りコノハを見た。
「……コノハ。……お前はどうしたい?」
コノハは一瞬だけ驚いたが、すぐににっこりと笑った。
そして彼女はガルムに一つのおにぎりを差し出した。
「――はいガルムさん。これはわたくしからの応援です。……頑張ってくださいね。わたくし信じていますから。」
彼女の温かい信頼の言葉。
ガルムはその塩むすびを一口で頬張った。
そして彼は、カイゼルに向き直った。
その顔には、もはや一切の迷いはなかった。
「―――良いだろう。その賭け乗った」
舞台は王宮の地下に広がる凍てつく巨大な闘技場へと移された。
二人の巨漢が対峙する。
一人は鋼鉄の鎧をその身にまとい、巨大な戦斧を構える皇帝カイゼル。
もう一人は軽装の革鎧のまま、その相棒であるハルバードを握りしめる挑戦者ガルム。
ゴングの音が響き渡る。
戦いは壮絶を極めた。ぶつかり合うハルバードと戦斧。その衝撃は地を揺らし空気を震わせた。
かつてのガルムは、ただ力任せに攻めるだけだった。そしてカイゼルの老獪な戦術の前に敗れた。
だが今の彼は違った。
カイゼルの戦斧が嵐のようにガルムに襲いかかる。
だが、ガルムはそれを最小限の動きでいなしていく。
(――レオンならこうは動かない。相手の力の流れを読み受け流すはずだ!)
彼は仲間との日々の稽古の中で、見てきたレオンの流水のような剣技を思い出す。
闘技場の壁際に追い詰められる。
だが、ガルムは焦らない。彼は壁を蹴りその反動を利用してカイゼルの背後へと回り込んだ。
(――アリアならもっと周りを見る。この闘技場の地形さえも味方につけるはずだ!)
彼はどんな不利な状況でも活路を見出すアリアの森と一体化する戦い方を思い出す。
カイゼルは即座に反応しカウンターの一撃を放つ。
ガルムはそれを読んでいたかのように、半歩だけ身を引いた。
(――クラウスなら予測する。相手の次の一手をそのさらに先を!)
彼は常に二手三手先を読むクラウスの怜悧な戦術眼を思い出す。
そして何よりも。
彼の心には、守るべき仲間たちの姿があった。
コノハがいつも作ってくれるあの温かい最高の飯。
その食卓を笑顔を守るためならば。
彼はどんな強敵の前にも立つことができる。
「―――俺はもう一人で戦ってるんじゃねえんだよ!」
ガルムの咆哮と共に放たれた渾身の一撃。
それはただの力任せの一撃ではなかった。仲間たちとの旅で得た経験知恵、そして想いの全てが込められていた。
カイゼル皇帝の鉄壁の防御をその一撃はついに打ち破った。
カイゼルの頬を一筋の赤い線が走った。
勝敗はつかなかった。だが、カイゼルはその頬に流れる血を指で拭うと、満足げにそしてどこか嬉しそうに笑っていた。
「……見事だガルム。貴様は真の『強者』となった。……この勝負、俺の負けだ」
皇帝の敗北宣言。
ガルムの強さを認めたカイゼル皇帝は約束通り、一行に『嘆きの氷河』への立ち入りを許可した。
その夜、開かれた祝宴の席。
カイゼルは、ガルムの隣に座ると静かに言った。
「……ガルム。……貴様を変えたのはあの仲間たちか」
「ああ。そうだ」
ガルムはコノハがよそってくれた熱々のシチューを頬張りながら答えた。
「あいつらといると腹が減るし面倒なことばっかりだ。……だが悪くねえ。……いや最高に良い」
ガルムのあまりにも晴れやかな笑顔。
カイゼルは、かつての好敵手の成長を心の底から祝福するのだった。
こうして一行は次なる伝説の食材への道を切り拓いた。
それは一人の戦士が、自らの過去を乗り越え本当の「強さ」を手に入れた証でもあった。




