森の民 山の民・下
『ということで、我らの眷属をそなたの守護とする』
あ、しまった、話を聞いてなかった。
眷属が守護ってなに?
『暫し待て』
……
聞いてなかったから、ワン・モア・プリーズって言おうと思ったんだけど、蛇も猪も一瞬で消えちゃった。音も立てないし振動もない。
質量がどうのとか考えるだけ無駄だからやめた。
もういいよ、不思議パワーで。
で、護衛ってどゆこと?
そら、僕はある意味で重要人物ではあるよ。
国と化け蛇たちの橋渡し、今のところ僕しかできないから。
酒のこともあるし、僕がいなくなると蛇たちにもデメリットなわけだ。
そういうことで僕の身を案じてくれるってのは分からない話でもない。まあ、使い勝手のいい道具が知らない間に壊れたりしないよう手入れをする者を付けるって感じかな。
言ってしまえば護衛ってより、目付、監視だと思う。
話聞いてなかったから、想像だけど。
また急に蛇たちが戻る。
大蛇と巨猪はそれぞれ1人連れていた。
……。
この世界、エルフっていたのか。
白蛇の傍らに立っているのは白い肌をして金髪碧眼の17、8の耳の長い美貌の女性。
巨猪の頭からひょいと飛び降りて来たのは褐色の肌に白い髪、14、5の美少女。こちらも耳は長い。
エルフ高校生とダークエルフ中学生……どういう取り合わせ?
彼女らはそれぞれリルフィーネ、アルティーネと名乗る。
『森の民は珍しかろう。こやつらが森に引きこもって200年ほど経つか』
「それでも少数は外で暮らしていますよ。ただ本当に少数ですので、幻の種族とか言われているらしいですけど。
わたしが『森の民」でアルティーネは「山の民」ね。親類みたいなものだけれど、一応は違うから」
白蛇にリルフィーネが訂正を入れた。
ああ、そう言えば「森の民」「山の民」の噂は聞いたことあるな。
人に似て人ではない者たち。
「この2人が僕の監視役ですか?」
あ、監視役って言っちゃった。
『毎年の貢ぎ物が確かなものとなるよう尽力せよと言い含めてある。基本はそなたに従うようにとも』
やっぱ第一目的は酒か。
いいけどね。
国と森で争いになるようなことがないなら、少々の貢ぎ物ぐらい。
それに、間にこのエルフたちが入ってくれるのも悪くない。大型爬虫類や猪よりゃ遙かにマシだよね。
『なにか失礼なことを考えていないか?』
「滅相もない。それで、僕はこのご令嬢たちを食客として歓待すればよろしいのですか?」
『そこまで持て成すこともない。使用人と思えばいい。我らに用あるときはこの者らに言えば連絡は付く。
人の子より腕も立つ。そなたを危難から守るに不足はない』
そんな危難に遭いたくもないけどね。
確か「森の民」も「山の民」も「草原の民」である僕らよりとても強いとか。
寿命長く、子は少なく、一騎当千の猛者揃い。だったかな。
本の字面だけで実物見たことなかったよ。エルフとは思わんかった。エルフとは呼ばれてないんだろうね。
「食事と寝るところを提供してくれればいいよ。もちろん、その他のことも面倒みてくれるなら大歓迎だけれど」
どうもリルフィーネは人との対話に慣れてるらしい。それとも生まれ持った性分かな。
逆にアルティーネは名乗り以降一言も喋ってない。
「僕の護衛として働いてくれるなら、月々決まった報酬も出しますよ」
「いいね、それ」
美少女が微笑むのは反則でしょ。
……なんだろう、一瞬リアルテの不機嫌そうな顔が脳裏を過った。
「でも主さま。場合によっては子を成せと仰いましたけど、この子、まだ幼いですよ」
おい、化け蛇、なに吹き込んでるんだ。
『今すぐという話でもない。暫く側にいて気が向けばそうすれば良いという話だ。そなたらに子ができれば、我らと彼らの縁ともなる』
思いっきり政略結婚ですやん。
「美味しい食事とお酒をくれるなら、子供ぐらいいくらでも生む」
って、やっと口を開いたと思ったらアルティーネさん、なにを仰ってますの。
というか、条件が軽過ぎない?
いや、そうでもないか。この世界の現在の水準で考えると、美味しい食事を毎回食べられるのは特権階級ぐらいのもの。食うや食わずの者が大半だ。
食事の保証は生活の保証。
生きて行く上でとても大事だよね、そこは。
突き詰めて考えてみれば、いつの時代だろうと根幹はそこだよね。
ただアルティーネの言い方がぶっきらぼうというか、愛想無しだから自棄になっているように聞こえるけど、誰かと所帯を持つに当たっての当たり前の条件を言っただけだね。
……いや、この2人と子供作る予定はないけど。
なんかね、僕の意見関係なく済し崩し的に2人の異種族が僕のところに来ることになった。
断れないんだからしょうがないよね。
「結婚前から浮気ですか? 浮気ですね、レリクス様」
「いや、あのね」
「今夜は寝室に来ないでください」
リルとアルを連れ帰った僕にリアルテはすっかりお冠で、可愛らしく頬を膨らませてそう言うと、バタンと寝室のドアを閉ざした。
……いや、リアルテさん、そこは僕の真実であって君のは別に用意してあるよね。
寝室として使ってないけど。
「殿下がいらっしゃらないので、ずっと寝付きが悪かったのですよ」
とリアルテ付きのラーラが教えてくれる。
そっか、抱き枕代わりの僕がいなくて眠れなかったんだね。それで寝不足でご機嫌が悪いのか。
「その歳で修羅場とは、凄いね、王子様」
リル、によによしない。原因は君らなんだから。
「いやいや、お可愛らしい。あんな可愛い子を泣かせちゃいけませんよ」
泣かせる気は無いよ。
そう言えばリアルテが大魔王だって教えてないっけ。……まあ、別にいいよね。些細なことだから。
ドアが薄く開いてリアルテがそっと顔を覗かせ、
「レリクス様がどうしてもお寂しいと仰るなら、一緒に寝て差し上げないこともありません。わたしは理解のある妻ですから」
……うちの子はなんでこんな可愛いんだろう。大魔王ってこんな可愛くていいの?
なにをどう理解してるのかも気になったけれど、今日は僕が折れておくのが良さそう。
久しぶりにゆっくり眠ろうか、リアルテ。
やっぱりエルフはお約束?
にしても、8歳にして親馬鹿に過ぎません?




