第3王子のある日常・下
「殿下、困りますよ」
ベルグレンは渋い顔を向けてきた。
今日は運が悪い。
いつもはこの時間は警邏してないのに、衛兵に見つかった。
「やあ、ベルグレン、お役目ご苦労様」
ベルグレンは王宮勤務になって2年ぐらいかな。
若くて真面目で気の良い奴だけど、僕を見つけるとお小言を言って来る。
初めて会ったときは僕のことを知らず、使用人か誰かの子供が迷い込んだのかと勘違いをして、不敬としか言えない態度だった。
僕の素性を知って青い顔をしていたっけ。
別に咎めてなんてないよ。だって彼は仕事をしていただけなんだから。
僕の服装も王族にしては質素としかいいようがないものだったからね。
当時、新人だったベルグレンが僕の顔を知らなくても仕方のない話だ。
気軽に王族に会えるような身分じゃないし、特に僕はまだ子供ってこともあって行事に不参加だったりするからね。
強いて言うなら、王宮で高そうな服を着て護衛やお付きを従えてる人がいたら高位貴族か王族ってぐらいの認識かな。
お付きはいない、護衛もいない。服もそんなに高級品じゃない。
となると、衛兵に王族と認識しろって方が無理だよ。
まあ、勘違いして声を掛けてくるのをからかって遊んでいると言われたら、そうなんだけどね。
ベルグレンと一緒に歩いていた衛兵が驚いた顔をしてるのは、たぶん、衛兵になったばかりなんだろうね。
ベルグレンが僕を『殿下』と呼んだのが信じられないみたい。
「こちらは第3王子殿下だ。
困った方で、ちょくちょくお一人で散歩なさったりするから、お見掛けしたら離宮に配達するように」
「配達って、荷物じゃないんだから」
「荷物だと楽なんですがね。文句言わないし、勝手に歩き回らない」
軽口ぐらい僕が容認すると分かってるもんだから好き勝手言ってるよ。
事情を知らない相方が青い顔してる。
「そう怯えるな。他に人目が無い場でなら、僕に対しては構えなくていい。口が悪いぐらいで処罰したりはしないよ」
「本当に大丈夫だ。この方は変わっておられるから、余程の暴言でもなければ問題ない」
年上の人たちに敬語で話されるってのはさ、居心地悪いんだよね。
もちろん、敬語がいけないとは言わない。不必要に畏まる必要はないってだけ。
「それじゃ、俺は殿下をお送りして来るから先に」
「1人で帰れるよ」
「そういう問題ではありません。あなたのお立場で護衛も無しなど本来あり得ないことなんですよ。
リーチェ嬢はどうなさったんです?」
「今日はリアルテ嬢について貰ってるんだよ」
「それならそれで、別の者を呼べばいいではないですか」
「僕の護衛やりたい人っていないんだよね。頼めば誰か付けてくれるけど、悪いでしょ」
本来護衛をやるのは近衛騎士。
リーチェは婚約者ってこともあって特別について貰ってるだけなんだよね。
僕、近衛騎士団には不人気だから。
あそこは王太子派が多いんだよね。
仕事だから呼べば来てくれるし、不満を顔に出すようなプロ意識のない人も……たまにいるけどね、大半は仕事中は普通だよ。
政治的理由から第3王子が邪魔でも、子供相手に目くじら立てることもないと思ってるのかもしれない。
それが大人の対応ってもんでしょ。
ただ要らん横槍入れたり、口出す人がいるから、リーチェという専属が出来た現在は近衛とは距離を置いてる。
幸い、リーチェの父親も騎士団の長だからね。どうしてものときはそっちから騎士を派遣して貰える。
肩書上、通常の騎士だと近衛と権限が違うんだけど。ま、王宮内ではそもそも警護不要ってのが僕の考えだから、護衛が必要になるのは外で仕事するときだけ。それなら近衛じゃなくとも大丈夫。
そしてなにより、本当はこれが1番大きい理由だけど、他人について回られるのが鬱陶しい。
ニマール商会と取引してることは一部の人間しか知らない。その一部の人だってね、簡単な商取引のことしか知らない。砂糖市場やその他の僕の儲けの殆どは知られてない、はず。
パパンは大分知ってるみたいだけど、どこまで知られてるかは検証してない。
パパンは国王として僕を邪魔しない。僕の行動が国の発展に寄与すると踏んでるから。
国を富ませ、進ませる。僕がそれを遣ってればパパンは放置してくれる、と思う。
僕が国にとっての敵ではないことは知っててくれるからね。
第3王子という立場はこういうときも便利だよ。これが庶民だったらさ、この歳でまともな取引なんてして貰えないし、人を動かせない。
3番目であっても王子だからこそニマールのハゲ狸も最初から無碍にせず応対してくれたわけだからね。
そこらの子供がハゲ狸に商売持ち掛けても門前払いが良いところ。悪くすればアイデアだけ盗まれて終わり。
僕が王族だから商談も円滑に進むってもんだよ。
ニマールだけじゃなく、他の商会とも取引してるけど、あんまり人に知られたくないんだよね。
僕が色々やってると被害妄想に取り憑かれる人が居るから。
だから護衛は不要。
リーチェが僕に付くようになってからは楽になったよ、ホント。
リーチェを完全に信頼するのもあれだけど、婚約者、将来はともに家庭を築く相手ぐらいは信用しないとね。腹芸出来るような子でもないし、父親の騎士団長は中立派だしね。
あの人、前線に出る仕事してるけど、宮中伯でもあるからパパンの側近の家柄なんだよね。本来なら大臣をやるべきなのに。
「さ、行きますよ」
ベルグレンに手を引かれて仕方無く同道する。
あれだよね、遅くまで外で遊んで家に戻らない子供を連れ帰る父親、みたいな。
「お帰りなさいませ」
離宮に戻った僕をリアルテが迎えてくれる。
人前だと未だぎこちないけど、僕には良く笑いかけてくれるようになった。
こうして帰ると、本当に嬉しそうにしてくれるからこっちとしても気分が良い。
「ただいま、リアルテ。今日はどうだった?」
抱きついて来たリアルテを抱き留めて尋ねる。
この子、最近はやたらとハグしたがるんだよね。やっぱり、人の体温があると安心するのかな。
実家じゃ誰もしてくれなかったみたいだし、人肌恋しいんだろうね。
まだ子供なんだし。
ラーラはずっとリアルテを気に掛けていたらしいけど、使用人の立場じゃ限度があるからね。
まだ話すことが苦手なリアルテは、言葉を選びながら、辿々しくはあっても楽しそうに今日の茶会での出来事を聞かせてくれた。
リアルテにとって、この一日の報告会は楽しみであるらしい。それは僕も同じだ。彼女の話を聞くのは、とても充足感あることだった。
もう、完全に「お父さん」だね




