第3王子のある日常・上
ニマールのハゲ狸との打ち合わせ、教皇との不定期会談という名の将棋勝負、王宮に戻ったのはそれでも日暮れ前だったのに、そこでドラクル将軍とノイグ第一騎士団長に捕まって先日のリーチェ戦で見せた武術に関して詰問された。
そのうちにこっちから教えると言っておいたのに、彼らは待てなかったようだ。
まあ、彼らは軍人であり、戦はこちらの事情に関係なく起こるときは起こる。常に万全の体制を整えておきたい彼らとしては、数年待つどころか数日も待ちたくなかったんだろうね。
気持ちは分かるよ。
うん、柔道技見せたのをちょっと後悔したよ。
彼らの熱意を甘く見てたね。
なにしろ、僕は未だ戦場に出たことが無い。幸いにして戦争の無いときに生まれたものだから経験してないんだ。演習に出るような歳でも無いしね。
あれは戦略や戦術に通じるものではないけれど、騎士同士が一騎打ちをする場面は割とあるらしい。そうなると組み討ち術系統が役に立つ。
なにより、武器を落としたりした場合、相手が油断したときに優位に立てる。
甲冑着てると袖も襟も無いけど、それでも投げは打てる。
そして関節技は甲冑相手でも有効だ。
個人が技を覚えておいて悪いことはない。
軍格闘技ってのは科学兵器の時代だって存在したんだから。
銃撃戦じゃ役に立たずとも、兵士個々人の能力が高いに越したことはない。
システマ、クラヴマガ、後なんだっけな。記憶力はいい方だけど、さすがにチラ見程度の知識はあんまり覚えてない。とにかく、兵士が銃を持ち、ミサイルが飛び交う時代でも軍格闘技と呼ばれるものは他にもいくつかあった。
それらは見たことしかないけど、技の流れとしては柔道・柔術と似たところがある。
システマは合気道に近かったかな。
ああいうのも、いくつもの格闘技が混ざって選られて熟成された結果なんだろうね。それまでに存在した格闘技のいいとこ取りをして新たな技を作る。
それは時間をかけないとできないことだ。
僕が知るのはほんの一端。それでもかなりの歴史的背景があるから、この世界の格闘技よりは進んでいる。それを教えるのは吝かじゃないんだけどね。
実質問題として、僕の現在の体躯じゃ模範演技を見せてあげられない。口頭や文章による説明だけじゃどこまで伝わるか。
今の僕じゃ大人相手に技を掛けるのは難しい。かと言って、子供を連れてくるわけにも行かない。
半年以内に教本を書くと言うことで諦めて貰った。
僕が知る限りの技について絵付きの解説を書くのは、まあ、結構な仕事だね。そのくせ、報酬が出ない……。
いや、軍に売りつけるかな。手間賃ぐらいないとやってられない。
となると、数が欲しい。
それも騎士団に納めるなら10や20じゃ利かない。
手書きで?
無理とは言わんけど、面倒だな。人に任せるにしても絵が歪んで行くのは困るし、技を理解していない人だとどんな間違いするか分からないし……。
活版印刷でも試す?
「殿下、またなにか良からぬ事をお考えですか?」
「良からぬって、リチャードは僕をなんだと思ってんの」
別に悪巧みなんてしてない。逆に国の助けになるものを出そうかと思っただけ。
「いやあ、そういう顔をした後は大抵なにかやらかしますから。忙しいのは嫌だとか言いながら、自分から仕事作ってますよね、いつも」
……
いや、仕事作るつもりはないんだけどね。
でもさ、今後のことも考えると活版印刷って凄い重宝するんだよね。情報伝達の革命、みたいな。
活版だと絵や図はどうしてたんだっけ? 版画みたいのでいいのかな?
あ、待てよ。活版印刷やるなら紙の方も本腰入れないといけないな。
今ある紙は高いし質が悪いんだよね。皮紙は大量生産難しいし、臭うからなあ。
一応、小規模ながら紙作り始めてるから、それを拡大させて…………おかしいな、柔術・柔道の教本出そうと思っただけなんだけど、仕事がどんどん増えてる。
これはあれかな、やめておけ、という天の意志?
そもそも僕如き未熟者が他人様に指導しようなんて、昔々の師匠が利いたら烏滸がましいと一喝されそう。
世界で1人しかやっていない競技があるなら、その人は間違いなく世界一だ。と誰かが言ってた。いや、そもそも競技の定義どうなってんの、と思わないでもない。
でも、今現在僕しか柔道関係の知識がないのだから、僕が第一人者というの間違いない。
すぐに後進に追い抜かれるとしてもね。
知識あっても才能豊かってわけじゃないから、誰も知らないうちは無敵でも多くの人が研鑽を積み始めたら本当に才能ある人にさくっと抜かれるだろうね。それで問題ないんだけどね。
最初は1冊だけ手書きしてバイブルにでもして貰うかな。後は書き写すなり自分たちで好きにして、と。
騎士団長と将軍で奪い合いになったら血の雨降るかもだけど。
困ったことに騎士団長は将来的に義理のパパンになる。
将軍もねえ、カミラ嬢を娶ることになったらそうなるんだろうね。
カミラ嬢は頭の回転早いし、馬が合うから嫁というより参謀とか補佐役として欲しいところだけど、それじゃ認めて貰えないだろうね。欲しいなら嫁にしろとか言われそう。
カミラ嬢、この前会ったら前髪が切りそろえられてて可愛かったな。当人はあんまり好きな髪型じゃなかったみたいだったけど、可愛いよと言ったら珍しく照れてたな。
あの年頃の子供はなにをやっても可愛いよね。微笑ましい。
ミリアはちょっと違うけど。
どうにもミリアは男友達感が抜けない。この前、ちょっとだけ女の子してたのにね。
「なんでもいいですけど、なにかやるのなら予め教えてくださいね。予定組みたいんで」
リチャードはどこか諦めモードだ。
「なにをそんなに警戒してるんだか」
「殿下がなにかやるとですね、大抵仕事が増えるんですよ。しかもこっちに投げるし」
面倒臭いことはリチャードに。
当たり前じゃ無いか、そのためにいるんだから。
「これでもセーブしてる」
これは嘘じゃ無いよ。
昔々に比べて、ここでは足らない物が多過ぎる。それらすべてを補うことは無理でもできるだけのことはしたい。生活水準を上げたい。
なにもかもを専門家並にこなすのは無理でも、専門家に依頼は出来る。
本来なら試行錯誤して出来上がる物でも、僕は一応の完成形を知ってる。このアドバンテージは大きい。
詳細は開発チームに投げるとしても、完成品の具体像があるとないとじゃ進み具合が違う。明確にイメージできてるとやりやすいんだよね。
通常なら0からスタートすべきところを70や80から始められるわけだからね。しかも僕は結果を知っている。
僕の知識にあるものとこの世界に存在するものとの差異を埋める作業は必要でも、まったくの0からとは雲泥の差だ。
時々、材料探しが非常に難航することもあるけど。
本来1段ずつ上がる階段を3段も4段も飛ばすのは歪みを生じさせないか、という不安もあった。けど、考えて見たら本来の歩みって一体なんだって話。
数学では答えだけ合っても途中の式が正しく書かれていないと駄目だった。
どうしてその答えが導き出されるのかを理解していないからだ。
けど、技術は違う。物さえ作ってしまえばいい。
例えばアロエ。
成分分析なんてできない時代から摂取されて来た薬草。
経験的に有効だと知ったんだろうけど、何故身体のいいのかなんて知る必要はなかったんだよ。実証されてしまえば。
ま、若干過大評価や誤った用法もあったろうけど。
理屈は後回しでいいんだよね。
もっと身近で言えばポテトチップ。
いつか誰かが偶然開発するかもしれない。単純なものだからね、偶然は起こるのは必然といってもいいかもしれない。
そういうのを待たずにさくっと作れるのが僕の強味。
どうして思い付いたとか、そこはどうでもいい話だよ。
ジャガイモに近い物を探すところから始めなきゃいけなかったけどね。
やっと見つけても流通してないものだったら、今現在は栽培実験中。今のところは僕の離宮で消費する分を取り寄せてるだけ。
栽培が上手く行けば店を出してもいいけど、少し先になるかな。
ちなみにリアルテはポテサラが大好きだ。
ミリアはコロッケでシーラとリーチェはなんでも食べる。
大量生産できるようになれば、庶民の食料事情も変わるかもね。僕の知ってるジャガイモみたいにできればいいんだけど。




