女騎士リーチェ・下
「なに、リチャード?」
「良くお考えください。リーチェ嬢が修道院に行ったらどうなると思います?」
「そりゃ……修道院がお気の毒なことになるんじゃないかな」
どう考えても規律正しい生活なんてリーチェには無理だ。
野性のマウンテンゴリラよりは少し理性的で知性もあるけど、早晩修道院を破壊するのは眼に見えてる。
「そうなると国と教会の関係に影響しかねません」
「つまり、教会との関係を壊さないために僕にリーチェを娶れ、と?」
僕だって王子だからさ、国のためには多少の犠牲は覚悟してるよ。
でも、教会との関係を壊さないためにってだけでリーチェを迎えるのは、負債が大き過ぎないか?
リーチェは嫌いじゃないよ。
友人としてなら。
コンテストに出せるぐらい美少女だしね。
うん、見てくれだけはハイレベル。
騎士団長が若くして頭髪と縁を切ったのが愛娘のせいだってのは有名な話だよね?
僕は髪とは長いお友達でいたいんだよ。
「騎士団長との繋がりを持つのは殿下のためでもありますよ。
領地でなにかあったとき、王都の騎士団に助力を求めたりするでしょ。騎士団にはリーチェ嬢の親戚が多く在籍してます」
「そりゃそうだけど、兄上が気分を悪くするでしょ」
「なにを今更」
「なに?」
「いえ、こっちの話です。
リーチェ嬢に関しては大丈夫だと思いますよ。大分前から、王太子殿下はリーチェ嬢の扱いに困っておられましたから。
はっきり言って、相性が悪いんでしょうね。リーチェ嬢はバ……本能で動かれることが多いようですから」
今、馬鹿って言おうとしたよね?
「まあ、そうでなくとも多少なりともリーチェ嬢を扱えるのは殿下ぐらいかと」
「僕は猛獣使いになった覚えはないんだけどな。
どこにでもいる普通の7歳児だよ」
「殿下、今からのご予定は?」
なんでそんなこと聞くのかな。
リチャードだって知ってるじゃん。
「灌漑工事の進捗の視察」
「明日の予定は?」
「軍部での戦術会議」
「普通の7歳児は灌漑工事の企画案を出したり、軍部で会議に出たりしません」
いや、だってお仕事だよ。
公務。
僕だって行きたくて行くんじゃないし、企画書だって書けって言われたから仕方なく書いただけだよ。
「とにかく、殿下にのし掛かる重荷はともかく、リーチェ嬢との婚姻は有益です」
「年が上なんだけど」
「貴族間の婚姻では常識の範疇ですよ」
かもね。
親子ほど年齢が違っても政治的な理由で婚姻、なんて話もあるからね。
昔、15歳で39歳の女性を妃にした王もいたらしい。
さすがにかなり極端な例だけど。
「先日話のあったドラクル子爵家と騎士団長は軍部の別派閥です。どちらも取り込めば、軍部の大半は殿下の派……味方になってくれます」
後ろ盾が貧弱な第3王子としては願ってもない話だね。
王族というだけで色々あるから、支援者は多いに越したことはない。
でも、
「カミラ嬢とは婚約してないんだけど」
また会う約束はしたけどさ。
ちょっと話が噛み合わないところあったけど、悪い子じゃないし、なんかどうしても僕に嫁ぎたいって言うんだよね。愛妾でもなんでもいいからって。
「側近としては、是非迎え入れるよう進言します」
ええ、結婚相手まで口出しするの?
お茶会のときはいつもいないくせに。
こうなると、公務なんだかプライベートなんだか分かりゃしない。
王族に生まれた以上、プライベートなんてないと思わないとね。
まあ、考えておくよ。
リーチェを見やると縋るような眼を僕に向けてる。
リーチェが嫁になりたそうにしています
娶りますか?
YES or はい
……
まあね、実は選択肢なんてないんだよね。
リーチェを御せる人間なんて殆どいないんだから。
そりゃね、そんなこと僕の知ったことかって見捨てちゃえばいいんだよ。僕にリーチェを助けなきゃならない義務なんてないし。
僕には既に大事にしなきゃいけない未来の奥さんが3人もいる。
最近改めて考えたけど、結構大変だよ。3人って。
3人の奥さんを大事にするのだけでも疲れると思うよ。
器の大きい人ならさ、俺について来い、って引っ張って行けるだろうけど、僕にそんな度量ないからね。
3人でも多いぐらい。気疲れして、心労で倒れるかもしれない。
なのに、更にカミラ嬢やリーチェとなるとね。
現実のハーレムは俺様な人にはいいかもしれないけど、僕のような精神的小市民じゃ厳しいよ。
小市民だから、ここでリーチェを見捨てることもできない。
「リーチェ」
僕が呼ぶとリーチェは小走りでやって来た。
尻尾を振ってる。いや、尻尾ないけど、見える気がする。
「一応、兄上と騎士団長に話はしてみるけど、許可が出るとか限らないからね」
「ありがとう、レリー」
だから、人前で抱き付くのは淑女としてどうなの。
「その代わりと言うわけじゃないけど、最低限のマナーは勉強してよ」
「分かった。レリーのためにちゃんとした淑女になる……よう努力する」
うんうん、と頷いて頬ずりして来るけど、それが既にアウトだからね。淑女はそんなことしません。
にしても、どうしてこうなるんだか。
長兄が要らないと捨てたとしても、やっぱり黙って僕が引き取るのは角立つよね。それに当然リーチェの父親の騎士団長には断らないと。
次期国王の側室から第3王子の側室じゃ、同じ王族でもまったく立場違うから、親御さんとしては残念……じゃないかも。
騎士団長のノイグ宮中泊は豪快な人だから、娘を嫁がせて出世なんて考えてなかったろう。
飽くまでも王家を支える一環、ぐらいじゃないかな。
後日、騎士団長からは直々に号泣しながらお礼を言われ、普段は素っ気ない長兄からも感謝の手紙が来た。
リーチェ、ちょっと生活を見直そうか。
ちょっとで済むんですかね?




