子爵令嬢カミラ・下
「子爵令嬢は12だったよね」
「はい、12でございます、殿下。
どうかカミラとお呼びください」
「分かった、カミラ嬢。他意はないんだけど、年齢からしたら僕よりもリューイソーン兄上の方が合うんじゃない? どうして僕?」
彼女が嫌だとかじゃなく、次兄の方が釣り合うと思うんだよね。
身長だって彼女の方が高い。将来的には追い抜くだろうけど、当分は僕は彼女を見上げる必要がある。
「どうして、と言われましても。王家の方なら誰でも良かったわけではなく、第3王子殿下だからこそ娶っていただきたい、尽くしたいと思いましたので」
え、なんで?
子爵家なのに王族との婚姻を希望するってことは、それなりに出世欲とかあるよね。
いや、カミラ嬢というより父親であるドラクル子爵かもしれないけど。
子爵位だとさすがに王太子は高望みかもしれないけど、どう考えてもリューイソーン兄上を狙うべきでしょ。
「それに、第2王子殿下は妃はお1人と公言なさっているではありませんか」
……
そうなんだよね。次兄は今の婚約者だけでいいって言っちゃってるんだよね。
王族の立場上、それはいけないと言われてるんだけど。
そうなると、王太子か僕しかないわけで、王太子は身分的に恐れ多いから僕、か。
「僕は将来田舎領主になる予定だけれど、それでいいの?」
「田舎へ、でございますか?」
「うん、今は絶えた公爵家を再興させることになる。
無論、次期国王陛下のお手伝いはするけれど、基本は田舎暮らし」
長兄と次兄がいれば、まあ、王都はなんとかなるでしょ。
僕が必要な場面なんてないんじゃないかな。なら、僕はずっと田舎にいるだけだ。
「そうですか。今は、そういうことになさっているのですね」
うん?
「ええとね、そういうこともなにも、これはほぼ決定事項なんだよ」
そりゃ、長兄に万が一のことがあったりすれば次兄が王になって僕の役回りも変わって来るかもだけど、王太子は健康だし、なにかあるとは思えない。
命の軽い世界だけどね。
医学もまだまだだから、ちょっとした怪我や病気で命を落とさないとも限らない。
それでも、王太子は同じ王族でも僕らよりずっと大事にされてる。
命の危険に晒されることはないはず。
「はい、分かっております」
いや、分かってないよね。なにがかは分からないけど。
「殿下は深謀遠慮の方。来るべきときまでは秘めるべきとお考えなのでしょう」
秘めるべきって、一体なにをさ。
いや、そんな私は分かってます、みたいな顔されても。
「そう言えば、ドラクル家は武門の名家だったね」
軍の幹部を輩出して来た家柄で、先の戦争でも活躍した家のはずだ。
辺境伯とかになっててもおかしくないけど、中央の軍の要職にいることが肝心だとかで領地は王都近郊の小さなところ。
ん? なんで王族と出世欲薄いのに、なんで王族に娘を嫁がせるんだろ?
苛烈にして残虐
ドラクル家の者は敵に対して容赦がなく、将にドラクルの名があるだけで敵軍が震え上がるとか。
ガクブル率当社比30%
敢えて残虐な振る舞いをすることで敵の士気を挫く。
敵に回さない方がいい一門。
「歴代当主は将軍職を拝命しております」
将軍職は世襲じゃないからね。
歴代が将軍になるってのは、実力が凄いってこと。
まあ、今は平和な時代だから軍も暇になってるし、軍人は出世のチャンス減ってるんだよね。
だから王族に娘を嫁がせるのかな。
出世を望む一族でなくとも、今の地位を保つ努力はしないとね。
軍人として活躍の場がないなら別の方法で。軍人らしい合理的な切り替え?
「平穏な日々であっても父は与った部隊の鍛錬を欠かしません。
その厳しさから戦闘狂などと言う方もおります」
「有事は起こるときに予告があるわけじゃないからね。いつ何時、なにが起こっても対処できるようにしておくことは軍として当然の心構えだよ。それを怠らないことは褒められこそすれ揶揄されるようなことじゃない」
当たり前のことだけど平和な日々が続くと、つい忘れがちになる。
重要なことだよね。
今はなにもなくとも、明日はなにか起こるかもしれない。起こって欲しくないけど、こちらの思う通りには行かないものだからね。
隣国が急に侵攻して来るかもしれないし、考えたくないけど魔王たちとの戦いが始まるかもしれない。
まあ、大魔王はこっちにいるけども。
「有り難いお言葉です。良く誤解されておりますが、ドラクル子爵家は平和を望む家です。そのための備えであるとご理解いただけているのなら、何よりの励みとなりましょう。
いつ何時であろうとも、我らドラクル家は王家の剣として身命を賭しましょう」
急に壮大な話になったな。
楽しいお茶会どこ行った?
でも、頑張る臣下を労うのも王族の仕事だよね。
「そういうことが起こらないように国を治めるのが王族の役目なんだけどね」
外交や内政で戦争や内乱が起こらないように気を配る。
王族の義務だよ。
「でも、いざというときは国のための盾としてドラクル子爵家をはじめ多くの兵に戦場へ行って貰わないといけない。
ただね、忘れないでよ。ドラクル子爵家もまた大切な国民なんだから。命は大事にしてよ」
民というと平民だから、貴族家をそこに含めるとちょっと違う。
でも国の構成員という意味では同じだよ。
王族はすべての平民と貴族の上に立ってる。そのすべてを護らないといけない。
あれ、なんだか、カミラ嬢は機嫌良さそう。
「先日、ドラクル子爵が王太子殿下に拝謁する機会がございました。
その折、王太子殿下からは王族の敵を屠る剣として励むようにとのお言葉を賜ったとのことです」
「そう、それは良かったね」
王太子からそんなこと言われたら、軍閥貴族としちゃ誉れだろうね。
「はい、子爵は喜んでおりました。しかし、今の殿下のお言葉は王太子殿下のお言葉以上にドラクル子爵の誇りとなるでしょう」
そう?
平民と一緒にするなとか怒られてもおかしくないんだけど。
まあ、喜んで貰えるならいいや。
「時が至れば、ドラクル子爵麾下の軍勢はすべて殿下の下へ馳せ参じましょう」
……
え、なんで?
殿下、外堀が埋まりつつあります!




