2.アイルーロスポリス(猫の国)
ここの中で盛大に叫んだ小夜子の目の前に浮かんできた文字。
そこには『アイルーロスポリス(猫の国)』と出ていた。
「なに、これ」
出てきた文字を触ってみようと手を伸ばす。
その手を見て小夜子は、わなわなと震える。
手が小さい。
恐る恐る自分を見てみれば、それはどう見ても20代の体じゃない。10歳前後の体の大きさ。
よくわからない恐怖に小夜子は声にならない悲鳴を上げる。
画面一杯に混乱・錯乱・精神異常の文字で埋め尽くされる。
それを見て小夜子は更に精神を深く沈めていった。
自我が壊れていくのを感じながら、小夜子はそれらに贖うのを止めた。
――これで、楽になれる。
そう思った時、温かなもので包まれた。
ふわふわで温かな、毛布みたいなものに。
自分以外の体温のようなものにホッと気を緩めた瞬間、グンッと体を持ち上げられる感覚があった。いや、実際に体は動いていない。引き上げられたのは精神だということに気が付いたのは、画面に脈数の正常化という文字を見たからだ。
その後も次々と画面に文字が現れる。
精神安定
精神力向上
身体異常耐性
精神異常耐性
全ての状態異常をレジスト
ALLクリア
ALLクリアって何。
ふざけてんの?と思えるほどに、落ち着いた。
「すまない」
そういえば、誰かが精神を引き上げてくれたんだよね。
まだ全く今の状況を理解できていないが、誰かに何かを聞けることが有難い。
それにしても大丈夫か?じゃなくて、すまないとは…どういうことか。
声を掛けてくれた人にまずはお礼をと見上げれば、
―――大きな、大きなトラ柄の猫だった。
「猫?」
「……猫が、しゃべった?」
ジッとその大きな猫を見つめれば、顔を背けた。
そのしぐさは見たことのあるもので、ご飯をあげていたボスにそっくりなもの。
「ん?ボス?」
そんなわけないか。
そう思ったところに、気まずそうに「ああ」と返事があった。
「はい?」
「いや、だから…人間がボスと呼んでいた者だ」
小夜子はもう一度自分の体を見て、ボスを見る。
夢にしては精巧で、色や温度、音まである。
「ここ、どこ?」
「アイルーロスポリス、消滅寸前の猫の国だ」
どうやら私、不思議な場所に転移したようです。
どれぐらいその場でぼんやりしていたのか分からないが、ここでは落ち着いて話せないというので、ボスが示す方向にある小屋に行くことになった。
そういえば前方は確認したけど、後方は見てなかった。
示す方向を見れば、幾つかの小屋が建っていた。
どれだけパニックになっていたのか。始めに見たものが小屋だったなら、少しは気持ちが楽だったものを。
そう小夜子は思ったが、今更だ。ここが現実だというのなら、これからのことを決めなければならない。先ほど画面に出たようにいろんな面で耐性が出来ていたのか、落ち着いて考えられていることにホッとしながら、ボスについていった。
案内される家を目指して見えた小屋は、家主のいなくなった家のように崩壊直前。よく壁が崩れないなと心配するようなものもあったが、案内された家は唯一まともと言えるものだった。
「ここは?」
「今日からあんたが住む家だ」
「えっ?!私の家?」
「そうだ。あんたはこの猫の国、アイルーロスポリスの守護者としてここに召喚された」
守護者として召喚。
聞いているだけでは、他人事のように思える。
本当に自分の身に起きたことなのかと疑いたくなるが、子供の体になったことを歩いていると実感するし、吸っている空気が違うのが分かる。それに、体の中に今までに感じたことのない器官のようなものがあって、心臓ではないなにかがドクドクと波打っている。
「体も作り直された?」
「理解が早くて助かる。ここと地球では空気の比率が違う。その為耐えられる体にと再構築がなされ、順応性が高い子供の体になった」
その後も説明を色々とされるが、全部は入ってこない。ボスの説明で理解したことは、この世界には魔素というものが存在し、魔力を貯める器官が体にはあること。それは心臓や肺と同じように負荷をかけて行くことで、強くすることが出来るということ。そして、作り替えられた体は元に戻すことが出来ない為に、地球には戻れないということ。
いや、論理的に言えば戻れるかもしれないが、体の再々構築となれば、どんな体になるか予想もつかないという事か。地球に戻っても、元の小夜子と同じ容姿になれると限らないし、地球外生命体と間違われて、解剖とかされそうな気がする。
―ー―腹を括るしかない……か。
「ねえ、私は召喚されて、どうすればいいの?」
「ここにいて、楽しく暮らしてくれればいい」
「ん?どういうこと?」
「この世界には、国にそれぞれ守護者がいる。その者がいなくなった時に、国の結界がなくなる。それ故に、他国から侵略されやすくなるのだ。今はあんたが来てくれたことで、最低限の結界が張られた。あんたがこの国に来て、本当に良かったと思ってくれたら、結界は強固なものとなる」
「私の幸福度が、結界の強さってこと?」
「そうだ。だから、あんたがして欲しいことがあれば、みんなで出来るだけ叶える」
「ふーん。じゃあ、そのあんたというのは止めてくれない?私は小夜子って名前があるの」
「……わかった。小夜子」
「じゃあ、改めて。ボスって私たち呼んでたけど、本当の名前を教えて。始まりは自己紹介からが、基本でしょ?」
「……ルシアーノ」
「じゃあ、これからよろしく、ルシアーノ!」
大きなモチモチ肉球と握手を交わせば、ルチアーノが光始めた。
今度は何!
そう思っていると、小夜子も光始めた。
だから何?!
異世界転生30分で、一週間分の労働した気分になりながら、目の前に出てきた文字をぼんやりと見た。
『小夜子、アイルーロスポリスの守護者 レベル2』
読んで頂きありがとうございました。
ブックマークもありがとうございます。
嬉しかったので、続けて更新してみました。