1.出会い
「あなたたちは元気そうね」
藤本小夜子は地域猫と呼ばれる猫たちの様子を見ながら呟く。
野生が強い子たちが多いのか、ブラッシングはしろと強請る癖に、手で撫でさせてはくれない。特にボランティアさん達に、ボスと呼ばれてる迫力ある大柄なトラ猫は、ブラッシングさえさせて貰えず、ジッとこちらを伺うだけだ。
「猫も人間を観察してるよね。どう、あんたからみて私は」
うんともすんとも言わない、大きなあくびをして何を言ってるんだと言いたいような顔をして小夜子をみた。
まあ、確かに猫相手に何を言ってるんだと小夜子も思う。
でも言いたくなるじゃない。このご時世、仕事があるだけマシだと思えとばかりに、意味のない仕事をさせる上層部。まだそれだけならいいが、利益が取れない体裁だけの仕事を請け負っておいて、利益が下がったから給料下げるとか、てめぇが責任取って減給しろよと詰め寄りたい。
不平不満をぶちまけてストレス解消したいが、このご時世…ぶちまける相手が居ない。密を避けてそれらを解消しようとするならば、友人が行っている活動、猫の保護の手伝いをしながら、独り言を言うぐらいだ。
相手は話を聴いてくれない、ただの野良猫だけども。
せめて愚痴は聞いて貰えなくてもいい、撫でさせてくれないかと詰め寄るも、地域猫達はプイッと顔を背けるし、逃げ出して遠巻きにこちらを睨むし。
世の中世知辛い。
「こんなんだから、彼氏の一人もいないのか」
猫たちに呆れたような眼差しを向けられているように見えるのは、やっぱり疲れているのか、自分の心の反映か。
仕事は雑用含めて増えてるのに、給料は下がる。見切りをつけて辞める者も出てきているが、次が見つからないことにはと退職保留中の者たちもそれなりにいる。
そして、その中に小夜子も含まれていた。
まあ、このご時世だから仕方ないね。
次にここに来れるのはいつになるのかわからないが、顔を見せに来ているこの子達が元気だといい。
ボス君、今度は君を撫でる!
そう決めて行く日を楽しみにしていたが、仕事に埋没してなかなか行けなかった。
そして梅雨入りしてから一度顔を出してみたが、いつも集まる広場には濡れることを嫌がる猫たちはいなかった。
だよね。
しょんぼりしながらも、猫の方が過酷な状況で暮らしてるんだからと諦めた。
この激しい雨の中、あの子達はどこにいるのだろうか。
ペット不可のマンションに、自分の世話さえ必死で暮らしているのに、あの10匹ほどいる猫たちを引き取る勇気はなかった。
見守るというのも大変なんだよ、と言う友の声が脳内で響いた。
本当にそうだね。
野良猫も普通にフンをするし、生活圏に庭に入り込んでくる場合だってある。それが嫌だという人もいるだろうし、アレルギーがあるからこの場所に近寄れないという人もいるだろう。餌代や去勢・避妊手術もボランティアで賄っているからと言って、全ての人に迷惑をかけていないと言えない。
可愛いから、可哀そうだからと言って、ただ餌をやり可愛がっているだけではダメなのだ。
トボトボとマンションへ足を向けて路地を歩いていると、10m先にある駐車場の車の下で、貫禄ある猫姿を見つけた。
「ボス!」
思わずそう声を掛けたが、一向に反応しない。
いや、耳がピクピクと動いたから、聞こえてないわけじゃない。
それでも小夜子には靡く気がないらしく、背中で構わるのを拒否しているようだ。
背中で人生を語れるほどの猫、流石ボス。
それでも雨は止む気配を見せないし、雨足は強くなる一方。
餌だってあまり食べてないだろうし、見てしまえば気になって仕方ない。
「ご飯、食べたくない?」
やっぱり耳がピクッと動くが、ボスにそれ以上の動きはない。
それならばと…小夜子はゆっくりと距離を縮めていき、あと1mという距離でもう一度声を掛けた。
「お腹、空いてるでしょ?」
その言葉は間違いじゃなかったようで、逃げる様子を見せなかった。
「ここでご飯をあげたいけど、ここじゃダメなの。付いてきてくれる?」
ボスは何も言わなかったが、わかったとばかりにこちらを向いた。
小夜子が1歩歩き出せば、同じ距離を保つようにボスは1歩歩いてきた。
頭のいい猫だ。
完全に人間に言葉を理解している、ように見える。どれだけ野良猫として暮らしてきたのかわからないが、危険察知と言うか、生き残るための手段を知っているということなのだろう。
付いてこられる速さで、でも出来るだけ早く濡れない場所にと小夜子は後ろを気にしながら、家路を急いだ。
マンションはペット不可。動物アレルギーの人がいるかもしれないので、家には連れては入れない。ならばと思ったのが自分の車の中だ。
駐車場にはいり車の助手席のドアを開け、ボスに中に入る事を促した。
付いてきたことで覚悟を決めたのか、意外にも素直に入ってきた。
小夜子は小さく感動しながら、自分も運転席に乗り込み荷物の中からハンドタオルをだした。
「ボス、ご飯の前に風邪ひくから体拭くよ?」
ちゃんと断りを入れたうえで、ハンドタオルをボスの背中に掛けた。逃げる様子を見せないので、ホッとしながら濡れた体を拭いた。
初めて触ったボスは、野良猫とは思えないほど意外にもサラサラしていて毛並みがいい。
どこかで洗ってもらっているのだろうか。あれだけ人を寄せ付けないボスが、どこかで飼われている?でもそれならお腹空かせてないよね?ボスは1年以上この町にいるって言ってたし。
謎は残るが、今はボスのケアが大事だと急いで全身を拭いた。
本当ならドライヤーをかけたいところだけど、流石に車の中ではかけられないので仕方ない。ちょっと蒸し暑くなるけど。
小夜子は車のエンジンをかけ、暖房を入れて車内を温かくした。
一先ずはこれでいいかと、バッグの中から今日あげる予定だった猫缶を出した。
エサ入れを出しそこに猫缶の中身をだしてボスに出しだせば、勢いよく食べ始めた。
よほどお腹が空いていたのだろう。
ボスがこれなら、他の猫たちはもっとお腹空かせてるだろうな。
小夜子がぼんやり眺めている間に1缶分平らげたボスは、まだないのかと皿を押し出してきた。
「お、珍しい。ボスが甘えてる…」
その言葉にボスは顔を背けた。
やっぱり言葉分かってる、よね?
「ねえ、こっちを向いてよ。もう一つ出すから」
仕方なさそうな表情でこちらを向くボスに、小夜子は心の中で燃え滾る。
な、なに!この可愛さ。
猫の魔力に取りつかれる人が多いのも、納得の可愛さだよ。
ニコニコ、いやニヨニヨと気持ち悪い顔で見ていたからか、ボスの前足が小夜子の手をボスボスと叩いた。
「ごめん、ごめん。今出すね」
結局ボスは3皿ぺろり平らげ、満足そうに毛づくろいを始めた。
食べ過ぎじゃない?と思ったものの、明日も雨だし、夜にもう一度あげるのも難しいとついつい上げてしまった。
さて、この後どうするか。
車内は亜熱帯かというほど暑くなったので、エンジンを切りボスを見る。
雨は止む気配を見せないし、かといって小夜子もずっと車の中にいられるわけじゃない。雨が止むまでボスを車の中に閉じ込めておくのも。
そう考えている間に、小夜子は急激に眠気に襲われた。
あれ?
私、どんだけ疲れてるの?
意識が朦朧としてきた。
これって、ヤバいやつ?
救急車呼ばないと……。
そう思ったところで、小夜子の意識は途切れた。
どれぐらいの時間が経ったのだろうか。
小夜子の意識が覚醒し、身じろぎする。
私、ボスに餌をあげて、車の中で急に意識がなくなって…。
あれ?
私、車の中で意識無くなったよね?
ここどこ?
え、まさか!
誘拐されて、放り出された?
見渡す限り見知らぬ木々が鬱蒼と生え、光が差し込む場所に湧き水と、見たこともない草花。
マジで、ここどこよ!!
アイルーロスポリス(猫の国)
はぁ?
読んで頂きありがとうございました。
のんびりと更新させて頂きます。




