13.世界で有名な『恋のはなし』
「やっぱりそうか」
「うん。だけど……」
小夜子は不思議に思う。守護者について簡単に説明を受けたが、地球から来た前守護者は約300年前だった。だけど地球からすれば10年ほどしかたっていない。これが時空を超えて別世界に来るということなのか。ずっとこの国を見守ってきた生命樹に聞けばわかるのかもしれないけれど、答えが分かっても意味がないことだと諦めた、というのは建前で。小難しい論理とか語られたら、ちょっと面倒。これが本音だ。
「何かあるのか?」
「ううん。大丈夫。この紙の束を見たら、この幸太郎さんは転移するのが分かっていたみたいだな、って思って」
「―――…ああ、分かっていたと思う」
ゴニョニョと口の中で何かを言ったが、それは聞こえない。それはいい。
「わかってた?!」
「なんで!!」
思ったよりも大声になったらしく、洞窟に中ということもあり、小夜子の声は洞窟の広場にいる全員に響いた。
自分はあまりにも唐突だった。心の整理もつけることなく、何の持ち物も持たず、ただ身一つで。
せめて1日前でもそれが分かっていたなら、両親や友人に、ひっそりと別れを告げることだってできた。
その可能性があった、という事実が、小夜子には受け入れがたかった。
「―――…すまない」
「すまない。それはもう聞いた。理由を知っているなら教えて。なんで!どうして!!」
「小夜子様…」
「なに。後に…」
「小夜子様は突然だったのですか?」
その声に振り向けば、突然大声を出した小夜子を心配して、いつの間にか皆が集まっていた。
裏表のない、ただ不思議そうな顔で訪ねてくるルディに、小夜子は毒気が抜けた。
「そうよ。突然。ボス猫、このルチアーノにご飯をあげている時にね」
「「ボス猫!!」」
ルディだけじゃない、マークの声まで揃った声が聞こえた。
「ルチアーノ様、何やってるんですか」
「1年間も向こうにいて、ボス猫で終わっているとは…情けない」
ルディの呆れた声に、マークの溜息交じりの声に、小夜子は釣り上げていた目を元に戻した。
「どういうこと?」
「300年前の守護者様は、その当時この国の王女様と恋仲になってこちらに来られたんです」
「恋仲?!」
「そうです。時空の裂け目が出来、この世界が荒れに荒れ、どの国も立ち行かなくなっていた時代の事です」
その時にルディから語らえたのは、この世界、国で物語になっている幸太郎さんと王女ミランダの恋のはなし。
この世界に出来た裂け目に落ちた王女ミランダが行きついたのは、地球。その時に力を失ったミランダはそこで野良猫として生きていくことになった。
野良猫として数週間。食べ物がない世界でただの猫として生きていくには、王女として育ったミランダには厳しかった。だけどある日、運命的な出会いをする。
野犬に襲われているところを、その時に幸太郎に助けられた。
それから幸太郎に世話をされることとなり、一緒に住むようになった。
元の世界に戻れなくとも、ここで生きていこうと決心できるほど幸せだったという。
だけどミランダは地球での異変を感じ取った。ここに居ては危ないと本能が告げるが、それを幸太郎に伝える術がない。必死に叫ぶが、猫としての声が伝わるわけがなかった。
そんな時、生命樹から連絡が入った。
数週間後、その世界に亀裂が入る。それを狙ってこちらに戻って来られるようにすると。
ミランダは蓄えてきた力を振り絞って、本来の姿に戻った。
そして幸太郎に、この世界の異変と自分いた世界に戻ることを告げた。
ミランダの本来の姿に混乱していた幸太郎だが、ミランダの言葉を信じた。
だったら、俺も君の世界へ行こう。
それから10日後、地面に亀裂が入る大きな揺れと共に、この世界へ来た。
幸太郎様がこられたその日から、この国の繁栄が始まったとされています。
そしてこの国だけでなく、全世界の荒廃を幸太郎様の不思議な力で、救ったと言われてます。
後に聖者とも大賢者と呼ばれることになった幸太郎の話は、小夜子の中にすんなりと入ってきた。
何故2011年だったのかが分かった。
そうか、あの大地震でこっちの世界に。
「じゃあ、なんで私は急だったの?」
「この国の限界が来たからだ」
「わかってたんなら、もっと早く行動できたよね?」
「はい。おっしゃる通りです」
「私だって覚悟が先に出来ていたなら、もっと沢山知識も、食料も持ってこられたのに。あの日わたしがもっていたカバンぐらいは、持ってこれたら良かったのに!もう!ルチアーノの馬鹿垂れ!!」
「はい、すみませんでした!」
大きい猫が縮こまって伏せをしている姿は、可愛く見えないわけがない。
こうなったらあの時できなかったなでなでを、罰として堪能するべきではないだろうか?
***
手をワキワキし始めた小夜子に、周りの者たちは気の毒そうにルチアーノを見た。
今の姿は大きな猫でしかない自分たちだが、人間と同じ姿が本来の姿。当然大人の男としての意識が強い。色々と好きな女に猫として撫でられるのは、ある意味拷問だと言える。
だけど今それを伝え自分たちが伝えていいものなのか、あの物語を聞いて、猫と恋仲になれるの?という疑問を持ってくれたらと思っていたのだが、家族である猫を救ったぐらいにしか思ってないように感じた。
ある意味、ルチアーノにとっては災難とも、触れ合うことが出来るご褒美…いや、やはり拷問になるが、自業自得として、受けて頂かなければ。
我々は生命樹に誓った。
『守護者の幸せ』を。
だから小夜子に背中に乗られて撫でまわされているルチアーノを、皆涙を流しながら温かく見守った。
屍は拾って差し上げます。
読んで頂きありがとうございました。
ブックマーク&評価もありがとうございます。
続き、頑張れそうです。




