57話~あたたかい~
しぶ子の所から戻った海人の左頬に、ヒビの模様を見つけたJは言葉を失った。
それに気づいた海人は、すかさず左手で頬を抑えた。
「これぐらいならメイクで隠せるって。まさか、また俺の特技が生きる場面がくるなんてね。」
そう、笑顔を向けた。
「ホワイトさんから柊さんに変化があったと連絡がきたんです。でもまずは注射が先です!早くベッドに横になってください!」
Jは慌ただしくワゴンを持ってくると、海人をベッドに寝かせた。
「うん聞いたよ、しぶ子の飼ってる白猫がさ、ホワイトの声でそれを教えてくれた。ホワイトのじいさんって本当に何者?だよね。
あぁ……薬を打ったら、柊を見てもいいかな。
画面越しでも、その変化を……感じた……い……。」
そう言い終わらぬうちに、身体を横にした途端、海人の意識は眠りの世界へと落ちていってしまった。
Jはそんな海人の様子を見ながら、そっと海人の右腕の袖をまくり機敏に迅速に注射器にカートリッジを装填すると、針を刺した。
ピンク色の薬液が、海人の体内に淡々と吸い込まれていった。直後、左頬のヒビがあまり目立たなくなった。
ほっとした顔を見せたJは薬を打ち終えると、つけていた手袋を脱ぎ去り、空になった注射器本体と共にそれをワゴンの上に置くと、傍らの椅子に腰かけ宙を見上げた。
「僕は、間違えていたのかな、メイ………。」
Jは、そう言うと今度はワゴンの二段目の引き出しを開けて新しい注射器、カートリッジを取り出し新しい手袋を装着した。
そして、新しい注射器に薬液のカートリッジを装填したあと、自分の左腕にその針を刺した。
◇
それからも毎日、海人はしぶ子に物語を語りに行った。
しぶ子も日常の中で、隙間時間のほぼを海人との対話、記録に注いだ。
物語の話数が増えていくのと比例して、海人の状態は悪化していった。
皮膚はどんどん茶色にくすみ、皮膚の表面は硬く、それでいて脆くなっていき骨格そのものがだんだん顕になっていった。
「最近は声だけなんだね。」
しぶ子は少し前から、姿を見せなくなった海人に疑問を投げかけた。
「少し遠い所にいるんだ、ごめん。」
「確かに、今までのストーリー聞く限りかなりな大移動だもんね。それも仕方ないか。」
しぶ子は納得して、姿が見えなくなった海人からの声だけのコンタクトを頼りに、記録をしていった。
最初の頃に比べると、二人の呼吸があってきてその作業自体が滑らかになってきていた。
しかしその頃から、海人はあ一度眠ると目覚めなくなっていった。原因はわからなかった。
時空を越えすぎた罰かもしれないし、前世の存在と時間を共にしすぎてしまった、それも罰なのかもしれない。
Jは、その日も海人が目覚めるのを傍らで母親の様に待っていた。
今日も目覚めた海人さんは、あの扉をくぐりしぶ子さんに会いに行くだろう。その度に、身体が壊れていくのを百も承知で。
でも、そろそろ限界だ。
これ以上酷使すると、海人さんが海人さんで無くなってしまう。
ホワイトさんも薬しか、あとはしぶ子さんに託すしかないと言っていた。
どうしたらいい……どうしたら………
僕は科学者なのに……
海人さんも柊さんも
僕の先祖が発案した、いわば実験の被害者だというのに……
僕は、ただ見てるだけしか出来ないなんて……
Jは頭を抱えると床を見つめた。
すると、コツンコツンと音が聞こえたかと思うと、床を見つめていた視界に、黒色の見覚えのあるパンプスが飛び込んできた。
「そんな……。」
そう言ってJがゆっくりと顔をあげると、そこには白衣姿の眼鏡をかけたその人が立っていた。
「なんて顔してるのJ。あなたまさか、トップクラスのスーパーウーマンを、タイムトラベルのしすぎで忘れたわけじゃないでしょうね。」
メイはそう言うと、Jの頬を手で触れた。
驚きを隠せないJが戸惑っていると、メイはこう言った。
「あたたかい。」




