55話~言霊~
その日、ひとつ別の物語を書き終えたしぶ子は
文字を綴る大変さと同時に、文章の力を感じていた。
想いは風化してしまうものだけれど、文字にする
事で、時を越えてそこに刻み付ける事が出来るのかも
しれない。そんな事を思い巡らせてもいた。
気持ち的にも一段落したしぶ子は、海人から
俺がこれから話す自分の物語は、ここに記録して欲しいそう言われていた小説執筆用のアプリを、開くか開かないかで悩んでいた。
なんだか、気が乗らないな……。
このアプリを開いたら、一体どんな物語を自分は書く事になるのだろう。
タイムトラベルとか、古墳とか、来世とか、パーツで情報は受け取ってきたけれど全体像は未だにみえてはいない。
そんな状態で書き連ねるなんて、書きながら作者がいわば読者の立場でいるなんて、そんなのどうかしてる。
でも、女装男子と約束した手前、もはや逃げられないのも分かっていたしぶ子は、観念してアプリを開いてみる事にした。
「やっと開いてくれた。これで、やっと色々を話せる。」
気づくと、しぶ子の前に海人が座っていた。
「いつからいたの?いつも突然なんだから。」
しぶ子が文句を言うと、海人は優しく微笑んで、さぁというかの様にしぶ子のタブレットを、右手の人差し指で指し示した。
しぶ子は指示通り画面を開くと、新しいフォルダを作りタイトルに【女装男子】と入力をした。
それを見届けた海人は、静かに深呼吸をしてゆっくりと語り始めた。
◇
「かなり長くなるから、疲れたら手を止めて。
また休んでから、書き記してほしい。
まずは、自己紹介だよね。
俺はあなたの来世の存在。
日本人だよ。まぁ、その時代にはもはや
国籍も意味は成してなどいないけど。
俺は純粋な日本人。
名前は、海人。
恋人がいて、彼女の名前は柊。
俺達は、同じ研究所で知り合った仲間。
俺達は科学者だったんだけどね。
付き合いはじめてそんなに月日は経ってなかったんだけど
でも、お互い生まれつき不思議な力を、持ち合わせていたものだからさ。
だから引寄せられたのかもしれない。俺を理解してくれるのは、
柊しかいないってずっと、そう思ってた。
22世紀は、過去への時間移動は安定して出来るようになっていて、過去へ旅行ツアーなんてのもあるぐらいの、そんな風になっちゃってる。
色々、例えば戦国時代を上空から観覧ツアー?とかさ。
マシンを景色と同化させる事が出来る技術も開発されていて
その時代に干渉をせずとも、色々見に行く事ぐらいは可能になっていたりする。
勿論、その時代の人間との接触は歴史を改変させてしまうから許されてはいなかったし、事前審査は厳しいし、金額も破格だったから実際行けるのは、限られた人間だけだったんだけどね。
少し眠くなってきたんじゃない?
今日はここまでにしようか。」
しぶ子は、一文字一文字を聞き漏らさない様に気を付けながら入力し終えると、顔をあげて海人を見た。
「聞くと逆に続きが気になってきたかも。私は、まだ全然大丈夫だよ?」
「いや……、今日はここまでにしよう。」
海人はゆっくりと立ち上がった。
「わかった。それはそうと女装男子は、海人って言うんだね。最近は女装やめちゃったみたいだし、今日からはじゃあそう呼ぶ事にする。
ところで、確認なんだけど、漢字は、海斗じゃないの?人で合ってる?」
海人は静かに微笑みながら二回頷くと、こう言った。
「合ってるよ。海に人で、海人。
俺、この名前大好きなんだ。」
◇
その日から、海人が語りしぶ子が物語として文章に書き起こす作業は、途中でうまく伝わらなかったり、しぶ子の疑問で中断されたりしつつも、毎日少しずつ順調に進んでいた。
話数がたまっていくうちに、しぶ子は柊、J、メイ、海人以外の人物を自ずと知っていった。
「拒んでおいてなんだけど、物語になると今までの事が色々繋がって分かりやすいかも。まだ勿論、全貌は見えてはいないけど。」
「書ける?大丈夫?無理なら教えて。じゃあ、続けるよ。」
しぶ子は、海人の物語を少し読者の目線で楽しめる様になってきていた。その内容が、自分の日常とはあまりにかけ離れていたからかもしれない。
ただ、それとは裏腹に海人の身体には、どんどんヒビの様な模様が刻まれていった。
まずは右腕、そして胸、その次は左腕、そして背中へと、洋服で隠せはしたものの、薬の効果よりもその進行は勝る様になっていた。
急がないと……やっとしぶ子に
伝える事をはじめられたってのに
まだストーリーは序盤だというのに……
俺が駄目になってどうするんだよ………
海人は焦った。
Jにはコンタクトは1日1時間以内だと釘を刺された。
ホワイトは物語を文字にすると、言霊が宿り未来は変わると言っていたらしい。1時間じゃ足りない……少しぐらいなら……
海人は無理をする様になった。
そして少しの無理は、大きな蓄積となってさらに海人の身体の細胞を変異させ蝕んでいった。
「もう止めましょう。僕には耐えられない。」
涙を浮かべたJが、いつもの様に海人に注射を打った。
打った針の周囲から、樹木の皮が剥がれ落ちるかの様に、茶色に変色した皮膚がボロボロと床に落ちた。
「まだ大丈夫だよJ。」
海人は慌てて手繰り寄せていた長袖のシャツを手首までおろすと、ボタンを止めた。
「ほら、これだとわからないだろ?
しぶ子も全然気づいてないし、まだ大丈夫だって。
長袖のこの服しか着れなくなったのは、少し自分的には残念だけどさ。」
海人は微笑むと、しぶ子に会う為に扉へと向かった。
「待ってください!もう止めましょう!未来へ戻ればきっと何か解決策があるはずです。ホワイトさんに頼みましょう海人さん!」
海人は立ち止まると、Jの方を振り返り、悲しみを称えた笑顔を向けた。
「柊が目覚めない世界に還れって言うの?」
「このままでは、全身の皮膚が、細胞が悲鳴をあげます!そうなったら姿が変貌してしまう。
柊さんが目覚めたあと、そんな海人さんを望むはずがない!!」
「きついなぁ……。そんな直球で言わないでよ。
俺はそれでもいいんだ。そうじゃないとJ、君を巻き込んだ、今までの時間全てが無意味になる。じゃあ行ってくる。心配してくれて有り難う。」
海人はそう言うと、扉から21世紀の世界へ
吸い込まれていった。
Jはただそこに立ちすくむと、頬に涙が伝わせながら、呟いた。
「僕はなんて無力なんだ。」




