54話~手当て~
「もうしぶ子さんの所に行くのはやめましょう。」
Jは、海人にそう告げた。海人は見るからに衰弱してきていた。
思えば、100年コールドスリープをし、タイムリープやタイムトラベルを繰り返した海人が、今まで普通に生きていた事がいわば奇跡であった。
「いや、行くよ。しぶ子を納得させられるのは俺しかいないんだから。」
海人は静かに微笑んだ。
「とりあえず、暫くは休養しましょう。しぶ子さんも丁度、ご友人から相談を持ちかけられたりして少し忙しいようです。しぶ子さんの為にも。」
Jの言葉に、海人はわかったと頷くと少し疲れたと言って横になり、目を閉じた。
海人が眠りについたのを確認すると、Jは海人の右手の袖をまくった。
海人の右腕には、いくつものヒビのような模様が走っていた。
「何で今頃、変化が起きるなんて。」
Jは、流れ落ちる涙を拭うと、海人の袖を元に戻した。
◇
「一段落したし、早く作業進めてね。」
今日の海人は、女装ではなく白い長袖のシャツに紺色のズボンという、21世紀でも通用するファッションでしぶ子の部屋を訪れていた。
「いきなり現れて、喋ったと思ったら督促だなんて。
なんかずっと黙ってるなとは思っていたけど、私の日常が落ち着くまで待っててくれたの?」
しぶ子は目の前に久しぶりに現れた海人に、少し嬉しさを感じながら聞いてきた。
「崩壊されても困るしさぁ。あんたすぐテンパるから塩梅っての?一応気を遣ってるのよこれでも。」
海人が満面の笑みでそう言うと、しぶ子は少しふてくされた表情を見せた後、ひどい!と怒る仕草をして笑った。
ふたりの間に、和やかな空気が漂った。
「早く進めるってのは女装男子、あれだよね?
物語をちゃんとまとめなさいって事よね?」
「そうだよ。命を吹き込むんだ。」
「まずは、練習も兼ねてアイってタイトルの違う話を少しまとめてみてるの。半分は書けたかな。そのあとが女装男子の話だよね?この過程が一体何になるというのか。」
「未来が変わるんだよ。あんたもいつも言ってるでしょ?答えはいつもシンプルだって。」
「確かに、そして地味だよね。」
「今はわからなくてもいいよ。後でさぁ、あぁあの時こうしたから今があるなって思った事ってない?案外沢山あるよね?
今からする事で、道を分岐させてほしいだけ。ただそれだけなのよ。」
「わ、わかった……やってみる。」
しぶ子は意味がわからないまま、それを承諾すると、海人はJから聞いてきた小説をタブレットでいつでも書けるアプリを、しぶ子に伝えた。
そして、今書いている話を書き終えたら、次はこのアプリを開き、自分の話を綴って欲しいとも伝えた。
「これを開いたらもう後には戻れない。滅茶苦茶過酷になるのだけは感じ取れる。文章って難しいし、何だか憂鬱だなぁ。」
「大丈夫だよ。俺がちゃんとサポートするから。じゃあまたくるよ。」
「え?もう?」
「うん、こう見えて俺案外忙しいのよ。」
振り返った海人は、首を横にかしげるとおどけてみせた。
「そっか、とりあえずまた来てね。話を女装男子から聞かないと、私全然書けないからね。」
海人はわかったと笑顔で言うと、戻っていった。
◇
「おかえりなさい海人さん。ホワイトさんが色々設備を整えてくれたんです。まずは横になりましょう。」
戻った海人を見るなり、Jはベッドに横になる様促した。
「わかった。」
海人は倒れこむ様に、ベッドに自分の身体を沈めた。そしてすぐに眠ってしまった。
Jはホワイトが用意したワゴンから注射器を取り出すと、海人の右腕を露にし、針を刺して薬液を注入した。
腕に走っていたヒビが、消える事はなかったが、少し薄くなった様に感じた。
「良かった……。」
Jが安堵の声を漏らすと、ホワイトが入ってきた。
「ホワイトさん有り難うございます。この薬で何とか。」
『それは一時的なしのぎにしかならない。』
「でも毎日これを打てばきっと!」
『J、お前なら理解出来るはず。薬はあくまでも治癒を促す補助的なものに過ぎない。』
Jは、言葉を失った。
『それよりも、しぶ子を急がせた方がいいだろう。』
ホワイトは海人の右腕を見ると、部屋を出ていった。
Jは海人の傍らに静かに座ると、両手で海人の右手を握りしめた。
手を当てると書いて、手当て。
手当てには、薬と同じく治癒力を高める効果がある。
Jはそう考えながら、さらに海人の手を固く握り続けた。




