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南の夢へ

(3人称視点)


 人気のない街道を黙々と歩く武装した男達。

 装備どころか人相までバラバラ。それなりに整った顔立ちの男もいれば、左右が完全に非対称に歪んでしまっている男もいる。

 唯一共通していると言えなくもないのが……人の血の味を覚えてしまった獣のような、何かに飢えているような雰囲気。



「おかしらぁ! 民家が見えましたぜぇ!」


 歯が何本も欠けた人相の悪い男が大声を出す。しばらく進んだ先、農場に隣接した民家が見えた。

 おかしらと呼ばれた男があごひげをさする。日はまだ高いが次に休めるのがいつかわからない。

 なにより今回は急ぎの旅ではないのだ。そう、今回の旅の目的。彼らがありつこうとしている南の戦火は未だ産声をあげてはいないのだから。



「ぃよーっし、野郎ども! 今晩はあそこで御厄介になるとしようや」


 頭目が声をかけると男達が色めきだす。


「カッチカチのパンや干し肉ばっかだったから暖かいシチューが恋しいやぁ」


「ひっひっひ、女……女いねぇかなぁ……」


「が、ガキだったら俺にくれよ。いいだろ? な? な?」


「あ~ぁ。人の趣味に口出ししない事で有名なこのシルバーさんも、お前のペドフィリアっぷりにはどんびきだぜ……」



 上機嫌で民家に向かう男達だったが、家屋に近づくにつれ次第に表情が険しくなる。


 家の前では荷車やツボがひっくり返されており、木製の戸は破られていた。そして何より漂ってくる異臭。


「おかしら、こいつぁ……」


「あぁ……油断するなよ」


 男達は武器を握りしめ、慎重に中の様子を伺う。家自体はそう広くもなく、すぐに家主は見つかった。


「先客が食い散らかしちまいやがったみたいですね……」


「ったく。テーブルマナーがなってねぇなぁ」



 男の死体……と、恐らく若い女の死体が1人ずつ。ここで農業を営んでいた親子だろうか。

 ミイラや白骨になるには時間が足りず。かと言って死後まもなく、と言うには遅すぎた塩梅が、絶妙に食欲を萎えさせる様相を呈している。


 恐らく同業者だろう。彼らもここに来るまでに……いや、戦時中から何度も繰り返してきたことだ。

 一般的に傭兵と言えば金で雇われて戦闘を行う者たちだが、いつでも仕事がある訳ではない。

 いや、仕事がある時ですら時に命令を無視してでも略奪に精を出す傭兵は少なくはない。

 彼らは容赦なく奪い、犯し……そして気まぐれに殺す。抵抗するすべを持たない小さな村々や一家にとって傭兵達は危険な存在である。

 まして職にあぶれた傭兵など、盗賊と一体何が違うと言うのだろう。



「おい、ガーラン。お前死体とやんの好きだったよなぁ? これでもいけんのか?」


 隻眼の男が死体に親指を向けて言うと、重装鎧の男が眉をしかめる。


「バカ言うな。女は鮮度が一番って言うだろ? いいか。本物の真理ってのはな。そいつが死んだくらいじゃビクともしねぇ。むしろ死後ますますその重要性を深めるってもんだ」


「それギャグで言ってんのかぁ? 一度教会の聖書を全部お前の自作の本にすり替えてみたいもんだぜ。タイトルは『変態から見える世界の真理』でな」


 重装鎧の男が講釈を垂れ流しはじめようとするのを隻眼の男が笑って受け流す。

 頭目の男はそんな彼らの喧騒をしり目に、あごひげをさすって考え込んでいた。



「先客がいる。それらしい連中ともすれ違っちゃいない……つまり他の傭兵や盗賊達も南に向かっているって事だよな……」


 酒場で飲んだくれていた時に聞いた1つの噂。

 北の戦線はもうダメだが、今度は南でおっぱじめるらしい。


 噂の出所は結局掴めず仕舞い。安易に北がダメだから今度は南で~なんて言うただの願望にも見えた。

 だが彼らはその話にのった。のらざるを得なかったのだ。



 戦争が終結に向けて歩き始めた事で、彼らはお払い箱にされてしまった。

 今まで散々守ってきてあげたと言うのに、ゴミを見るような目を向けてくる役人たちに殺意も沸いた。だが彼らに逆らう事は出来ない。


 戦線付近では今までなんのかんのと理由をつけて前線に出ようとしなかった騎士や正規兵たちが、安全になったと思い込んでポイント稼ぎにウロウロしている。

 戦時中のように周辺の村々を襲えば彼らは嬉々として討伐しにかかってくるだろう。

 正直なところ、末端の騎士相手であれば返り討ちに出来なくもない。だがそれをすればやつらが動いてしまう。


 帝国では知らぬものはいない、全身黒の鎧で固めた帝国の処刑部隊。

 そのあまりにも人間性を感じさせない容赦のなさに、鎧の中は空洞で幽鬼が操ってるなどと噂されている。

 

 帝国は略奪行為には寛容であった反面、軍の規律を乱すものには徹底的に厳しかった。

 特にあの「死神」キース・カイラルの部隊に目をつけられた日には命がいくつあっても足りないだろう。


 おとなしく傭兵稼業を諦めて実家に帰るもの達もいた。

 だがこの団にその道は用意されていなかった。傭兵になる前からお尋ねものだった者たちばかりなのだ。



「こりゃぁ、運が向いてきたかもしんねぇなぁ……」


 ダメで元々。どうせ盗賊に身をやつすにしても、帝国よりはトニー王国の領内の方が仕事がぬるいだろうと言う程度の目論見だった。

 だが、噂が本当だとすれば北の戦線で最強を誇った大きな傭兵団がニューゲートを狙っているはず。

 大規模な戦闘になるだろう。盗賊まがいのならず者たちがデカい街を襲ってそのまま領主様。

 場末の娼婦相手にこぼす、お決まりの夢物語が今現実のものとなろうとしている。

 そこに一枚噛むことが出来れば今度こそ大手を振って太陽の下を歩けるようになるはずだ。

 


「トニー王国か……どんな女がいるんだろうなぁ……」


 傭兵達はまだ見ぬ南の地に思いを馳せていた。

 彼らはまだ知らない。綺麗な服を着て大通りを歩くなんて夢が、今夜無残に踏みにじられる事を。

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