お野菜賢者その2
第1章 学園祭
朝夕がめっきりと冷え込み、ストーブの火が恋しくなってきた頃、ルークの通っていた大学では学園祭が催されていた。なんでも、少し遅めのハロウィンパーティーとドッキングし、コスプレしてきたら売店での値段が10パーセントオフになるらしかった。本来の日にちのハロウィンパーティーに着た衣装をそのまま流用して、ロディは赤と黒のデザインが特徴のアメリカのヒーロー物の衣装を着込んでいた。
「なんでだろう。母さんに買ってもらったはいいけれど、蜘蛛男とは違う気がする」
彼はばっちりマスクまで着込んでいたが、剣は持ち込み禁止だったので用意していなかった。しかし、クラスメイトにも指摘されたそれを、ロディは兄に尋ねてみた。
「ああ、違う。お前が着ているのは18禁ヒーローの方だ」
「えー?それじゃあ人違いなの?」
初めて気がついたロディはマスク越しに呻いた。
「いいじゃない。かぶる人はいないだろうし」
一緒に来ていたアリスが適当に慰めた。現在妊娠5ヶ月で、まだそれほどお腹は目立っていなかった。
「そうだろうけど。自分で衣装を買いにいくべきだった……」
「気にするな。どちらにしろバッタもんだ」
ルークは弟の背中を叩いて笑った。
「それにしてもマスクしたままだと美味しいものが食べられないな」
ロディは水産系の学部が出店している、焼き牡蠣の店を見つけてつぶやいた。
「さーて、食い気に走りましょうか!」
「上等だ、姉さん!」
2人は経済学部有志が出店したチョコバナナの売店に寄って、小腹を満たした。少しばかり値段が高めだと思ったら、原価度外視でデパートで買った『高級バナナ』を使っているとのことであった。
ロディは貯め込んだ小遣いをはたく覚悟で、外部の業者が出店した和牛の焼肉串屋に特攻した。
「姉さん、一口いる?」
「ありがとう。じゃ、もらう」
なかよく和牛を堪能しつつ、ロディは次の獲物を探った。
「最初から景気よくいくと、すっからかんになるぞ」
ルークがロディをつつきながら言った。
「兄さんも楽しみなよ。まだなにも買ってないじゃないか」
「いいよ。俺にはまだとっておきの店があるから」
ロディはこのあと、景品付きのピンボールの店を堪能した。しかし、何かを忘れているような気がしてならなかった。
「そうだ、お祖母さんに買い物を頼まれてたんだ!」
農学部の『野菜詰め放題』の売店を見かけて、ロディは今朝の約束を思い出していた。
「買って帰らなきゃ……」
「俺も……。本気で詰めなきゃな」
「兄さんの言ってたとっておきって、これ?」
「そうだとも。いくぞ!」
男2人は店員からビニール袋をもらうと、全力で野菜を詰め始めた。おおきな木箱に入れられているのは、人参・じゃがいも・トマト・ピーマンなどの野菜だけではなく、ザクロ・りんご・キウイなどの果物なども入っていた。
「袋はビニールだからって引き伸ばさないでね!」
店員がルークの奥の手を封じた。悔しそうにする彼を見て、ロディはそこまで真剣になれる兄を少し尊敬した。
「いいか。先に人参を詰めるんだぞ」
「人参は頼まれてないからいいや」
「なんだ。つまらん」
2人の会話を微笑ましく見ていたアリスは、ふと目の前の玉ねぎと目があったような気がした。
(なんだろう。疲れるようなことしたっけ……)
彼女は目をこすると、野菜入りの木箱から目をそらした。
売店ゾーンを一回りしたあと、彼らはサークル系の出し物の方へと向かった。ルークとアリスの所属していた怪奇文学サークルは部誌を売っているらしかった。大学構内の外れにあるサークル棟へ行くと、吹奏楽部やオーケストラ部のコンサートのチラシがボードに貼ってあっるのに出くわした。
「時間的には今から開演だな。聴いていくか?」
ルークがアリスに尋ねた。
「ううん。うちの楽団は人気だからね。人ごみはちょっと避けたいわ」
「そうか」
ルークは音楽鑑賞を諦めると、部室の方へと進んでいった。アリスも後ろに続き、軽くなった財布を気にしているロディを引っ張っていった。
2人の古巣には、まだ現役で頑張っている同胞がいた。イアンこと通称ブッダであった。
「よく来たッ!よし、部誌を買え!」
彼は今年発行した部誌を並べたテーブルを指差して言った。イアンは研究職として大学に残り、いまは自治会の役もやっているそうだった。
「このアメコミ君は誰だに?」
つい方言が出た彼は、赤と黒の衣装をまとった少年を差して言った。
「俺の弟だよ」
イアンはルークの家庭環境をすこしばかり知りすぎていたので、話でしか知らなかったロディを熱烈歓迎した。ようするに、抱きついた。
「ようこそ!わがキモオタの城へッ!」
「うわッ、やめてくださいよ!」
ロディは抱きしめられたて、少し照れるとイアンと距離をとった。今度はキスされかねない。
「キミもこの大学志望なのか?」
「いいえ、俺はベンキョウしたいことがあるんで。でもまだ大学のことまでははっきりと考えていません」
「そうか。いまは高校のことか……」
イアンは腕を組んでウンウン言うと。ロディの背中をポンと叩いた。
「まあ、なんとかなるさ!まだ若いんだから」
そういう彼もまだ30代に突入したばかりであった。
「そういえば、研究生から講師にレベルアップしたんだっけ」
アリスがイアンに尋ねた。
「おうよ」
その後も話し込む大人たちの会話についていけず、ロディはサークル棟前の道を散策することにした。アスファルトで舗装された道は、ところどころ禿げていて、下の層の砂利がむきだしになっていた。
手話サークルの前に立って、出し物の部誌を眺めていると、後ろから肩を叩かれた。なんだろうと振り向くと、そこには金色の髪を腰まで伸ばし、臙脂色のスカートをはいた美女が立っていた。
すっとした鼻筋と、澄んだ瞳……。思わず見とれたロディは、しばらく無言のままであった。
「こんにちは」
「あ、ええ。こんにちは」
「素敵な衣装ね」
「あ、ありがとうございます。なにかご用ですか?」
多少ドギマギしながら、ロディは女性に尋ねた。
「ええ。ここのおすすめを教えて欲しいのよ。一通りはまわったのだけれど……。私はこの学校に来るのが
はじめてだから」
「それじゃあ……」
ロディはチョコバナナとピンボールの店をおすすめしてみた。大人の女性に紹介するにはちょっとあれかなと思いつつ……。
「そう?ありがとう。行ってみるわ」
そう言うと、女性は軽やかに歩むとロディの頬に自分の頬を寄せて、外国流の挨拶をした。
「さ、さよなら」
ロディは衣装に負けないほど真っ赤になって、女性に別れの挨拶をした。




