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霊媒師のセオリー  作者: 黒川博美
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お野菜賢者

前章


 夜の帳が古城を包み込んでいた。折しもその夜は新月で、塗りつぶしたような闇が世界を包んでいた。数百年前に城塞として建てられたこの建造物は現在、保存財団の手によって這いよる蔦や葛の魔の手を逃れ、観光ツアーの目玉として娯楽の役割を果たすようになっていた。出入り口はもとの城塞としての役割からして小さく、鍵にしても古の形式を伝える重い鉄の錠前であった。

「開いたぞ」

 その鍵をどこで仕入れたのかわからないが錠前開けの7つ道具で開けたのは、ジャージの上下にスニーカーというラフな格好の青年たちであった。明かりの全くない古城の凄まじい存在感におびえ、懐中電灯の明かりの届く範囲に集まった彼らは農学部の実地研修生であった。都心部にある所属大学から地方へと『留学』し、それぞれの専攻の野菜について研究しているのであった。

「この中に、例の写本の元があるんだ」

 鍵を開け終えて、額を伝う脂汗を拭いて、眉が太めの青いジャージの青年が言った。

「でも、城のどこにあるか知らないんじゃないか?」

 灰色のフード付きジャージの、小太りの青年が聞いた。

「大丈夫だ。図書室のどの棚にあるかまでは情報を掴んでいる」

 緑のジャージの、細身の青年が返事した。

「じゃあ、開けるぞ……」

 青いジャージの青年が扉を開けると、凄まじい軋りとともに重い木製の扉が開いた。

 事前に入手していた城内の地図を懐中電灯で照らしつつ、彼らはしっかりと寄り添って玄関ホールへ入った。

「写本に足りなかった魔法陣さえ見つけられれば、『祖霊』の召喚ができる。我らの勝利はすぐそこだ!」

 青いジャージの青年が興奮を抑えきれないように言った。

「成功すれば、俺たちは現代の知識と中世のカリスマ性を手に入れることができるんだ……」

 緑のジャージの青年がつぶやいた。

「でも失敗したら……?」

 小太りの青年が嫌そうに言った。

「今からでも抜けることはできるぞ。まあ、懐中電灯なしで宿舎まで帰れるかは疑問だが」

 青いジャージの青年が軽く脅した。

「いいよ。最後まで付き合うよ……」

 いつのまにか吹き出した冷や汗をぬぐい、彼は観念したように吐き出すと、階段に向かって動きはじめた他の2人に続いた。


 目当ての物は、3階の奥まった場所にある図書館にあった。懐中電灯のわずかな光のなか、風に軋む窓枠や、自分たちの歩く音にさえ首をすくませながら彼らは歩いた。昼間でさえ直射日光の差し込まない図書館には、稀覯本や豪華装丁本がアルファベット順に並んでいた。

彼らの探す『原本』は他よりはこじんまりとした、城主の日記類を並べた黒い棚にあった。それは黒い革で装丁された手のひらサイズの、題名を金で刻み込んだ愛蔵版の本であった。

「あったぞ」

 さっそく中身を確認した青いジャージの青年は、懐中電灯を小太りの青年に渡し、素早く項目を探り出し目当ての魔法陣を見つけた。

「一般に使われるものの応用版だな」

 小太りの青年が言った。

「これならば、手持ちのやつを変えなくて済む。呪文の詠唱に気をつけろよ」

 緑のジャージの青年が上着の中から、A4サイズ程度の丸めた紙を取り出した。それを広げると、中には魔術の初歩的教本『星の祭典』に記されている魔法陣が引き伸ばして書いてあった。

「どこでやる?」

 魔法陣を手に持って、緑のジャージの青年が聞いた。

「玄関ホールがいいだろう。脇には明日出荷する野菜が置いてあるが、邪魔にはならないだろう」

 懐中電灯を返してもらいながら、青いジャージの青年が言った。彼らの活動を妨げていた最後の一点が明らかになった今、ためらうことは何もなかった。

「ふむ。それでは移動しよう」

 懐中電灯の明かりの輪になんとしてでも入ろうと四苦八苦しながら、小太りの青年が重々しく言った。

 小さな物音にも怯えていた行きと違って、帰りはついに野望が達成されるという喜びのため、足取りも軽かった。

 玄関ホールに着くと、彼らは衣服の下に仕込んでいたロウソクを取り出した。侵入の足がつくのを恐れて、ロウソクを灯す皿まで持ってきた念の入れようであった。

「そうだ。あの絵って前からあそこにあったか?」

「絵?そんなの気にするな。ただの聖母の絵だ」

「中世の城に付き物の、調度品じゃないか」

 2人は口々に小太りの青年をたしなめると、『儀式』の準備をした。

 床に魔法陣の描いた紙を敷き、その周りにロウソクを均等な距離に配した。そして、青いジャージの青年が低い声で『祖霊』召喚の呪文を唱え始めた。数種類あった『写本』のうち、最も信頼性のある呪文を選んだ上で、この日のために入念に練習してきたので失敗はなかった。

 詠唱が半ばまで行くと、魔法陣の回りをなんだか黒い影がぐるぐると回転し始めた。小太りの青年が目の錯覚かと自分の目を疑ったが、緑のジャージの青年が魔法陣に向かって聖印を切るのを見て、これはホンモノだと思い直した。

「来たれ、幾星霜の彼方から。我が祖霊たちよ」

 青いジャージの青年の詠唱が最後まで成功し、彼らはじっと魔法陣を凝視した。

 魔法陣の上は数メートルの上まで、ぐるぐると回る黒い影で埋め尽くされ、それは口々に謎の言語を発していた。

「成功しちゃったよ」

「これを受け止めるのか?」

「いざ、我が求めを聞き届けよ!」

 青いジャージの青年が最後の句を口にすると、黒い塊は魔法陣から解き放たれ、青年に向かって突き進んだ。腕を大きく広げて、『祖霊』を受け止めようとする彼の脇をすり抜け、それらは玄関ホール脇に積み上げられていた、『出荷予定の野菜』に飛び込んだ。

「あれ?」

「もしかして失敗?」

 腕を広げていた青年が渋い顔で咳払いをすると、残りの2人は静かになった。

「この野菜どもがお気に召したらしい。『祖霊』が現れたのは事実だ。彼らがどう振舞うか、見てやろうじゃないか」

 彼は腕組みをすると、野菜に一瞥をくれた。そして、なぜかホールの壁にかけてある聖母の絵と目があったような 気がした。そしてそれは彼だけでもなかった模様であった。

「見られてる……」

 痛いほど視線を感じるとはこのことでった。小学校のころ、友達にふざけて背中に鉛筆の芯を押し当てられたことがあったが、その数倍の『痛み』を彼らは背中に感じた。

 唯一の光源がロウソクの明かりだけであるせいか、絵の回りに黒々とした影が落ちたように感じられた。その中からひときわ暗い部分が出現した。それは真の闇……。

「なんか動いたぞ」

 誰かのその声を皮切りに、彼らは猛烈な勢いでロウソクを片付けると、入ってきたときよりも素早く城から出て行った。

 開いてはいけない扉を開いたのだ。と、後に彼らはこの出来事を振り返って表現した。


 3人が去った後、絵の前に1人の女が立っていた。金色の髪を腰まで伸ばし、黄色のVネックセーターと臙脂色のスカートをはいた美女……。外見は昼間に城の案内係りをやっているエレナ・アッカルドそっくりであった。

「私はエレナ……。いいわね。この名前、借りましょう……」

 彼女はそうつぶやくと、脇に積まれた野菜の方を見た。月明かりもない真の暗闇のなか、どうやって見えているのかはわからなかった。

「まあ、かわいそう。食べられることもなく打ち捨てられるなんて」

 そうつぶやくと、『エレナ』は自分の顔を手で触ってみ、絵のなかの聖母と見比べた。

「以前の姿よりは、ほっそりとしているのね。流行りの変化かしら……」

 そう言って、しげしげと自分の姿を見回すと、彼女は言った。

「召喚したなら、『対価』をもらわないとね……」

 言うならばそう、彼女は『祖霊』の塊ともいえる『吸血鬼』であった。

 

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