想い出のオルゴール(中編)
第3章 即席探偵団
「魔法鍵か……。下宿の近所にはそんな専門店はないわね」
アリスは困った顔で眉を寄せた。開かずのオルゴールでは売りに出せないだろう。
「俺のツテで探してみようか?」
ルークがオルゴールの入った紙袋を指差しながら言った。
「知り合いでもいるの?」
「いや、魔術師連盟にでも聞いてみようかなと思ってさ。普通の電話帳にはあまり載ってないだろうしな」
「へー。そんな組織があるんだ」
純粋に感心したようにアリスは目を輝かせた。
「互助組織だよ。魔術師も昔みたいに自分のためだけのために研究するご時世じゃなくなったからな」
「じゃあ、あなたも魔術師なの?」
「俺は……。なんというか、基礎を習っただけだよ。そんなたいしたもんじゃない」
「ふーん」
アリスはルークをまじまじと眺めてみた。別に時代錯誤な服を着ているでもなく、変なアイテムを付けているわけでもない。ごく普通の青年である。積極的に自分について話しはしないが、べつに胡散臭くない。
「魔法鍵を扱うお店を探すの、頼んでもいい?」
「ああ。わかったら連絡するよ。今週は暇なのか?」
「ありがとう。ばっちり空いてるわ。また部室で会いましょう」
2人は手を振りあって現地解散した。日が傾きはじめたものの、通りにはまだ大勢の人がいて、ルークの姿はすぐに人ごみの
中へ消えていった。アリスは最初に目をつけていたアイスの屋台でカラフルなアイスを堪能したあと、時間がたつにつれ重くなったような感じがする荷物とともに家路についた。
人影のまばらになった大学に戻り、構内の自転車置き場に向かったルークは、銀色のママチャリにまたがり、家へと帰った。点検中のエレベーターを避け、アパートの3階まで階段をのぼると、家の呼び鈴を押した。しばらくしても返事がなく、彼はもう一度呼び鈴を押してみた。
しばらくして、ようやく扉のチェーンを外す音と、鍵を開ける音がした。迎えてくれたのは、早めに仕事を切り上げて帰っていた母であった。
「ただいま。母さん、どうしたの、取り込み中だった?」
「ええ。玉ねぎに泣かされてて……」
アデラは手に持ったタオルで目頭を押さえると、鼻声で言った。玄関の中へ入れてもらいつつ、ルークは扉にチェーンを掛けた。
「今日は早かったのね。研究室には行かなかったの?」
「うん。ちょっと家でやることがあってね」
ルークはそう言うと、リビングに祖母がいるのを確認した。彼女も仕事を終えてソファでくつろいでいるところであった。薄い緑色のワンピースを着て、髪をお団子に結った彼女は実年齢よりはだいぶん若く見える。
「お祖母さん、ちょっと頼みごとがあるんだけど、いいかな?」
「何です?めんどくさいことは嫌よ」
「そこまでめんどくさくない。魔法鍵を扱う店を知りたいんです。」
「魔法鍵?何に使うの?」
ルークは祖母に今日の出来事を話した。ロリーは頷くと、魔術師連盟宛の手紙をしたためた。それを彼女のペットであり、魔法生物でもある白いタカの足に結わえると、窓から外に出した。タカは夕暮れの街に紛れ込んで、郊外のほうへと消えていった。
数時間後夕闇があたりを包み込んだ頃、タカは新しい手紙を付けて戻ってきた。ちょうど家族が揃って、夕食のカレーを食べていた時であった。スプーンを運ぶ手を止め、手紙を開いたロリーはルークにそれを渡した。
「一番近所にあるのが、モーガン商会か……。電車で20分ってとこかな」
「あなたのお友達もがんばるわね。学費を自分で工面しようとするなんて。」
アデラが青々としたレタスのサラダを自分の皿にとりわけながら言った。
「うまくいくといいんだけどね。明日知らせておくよ」
ルークが今日の出来事を思い出しながら言った。
一方大学のそばの下宿では、アリスが夕食の冷凍パスタをすすりながら、今日の戦果の品定めをしていた。
「原価、売値ッ!相場はこれくらいみたいだから……。オークションだし、最低価格はこれで……」
あれこれやっていると、1人の食卓も気が紛れた。
「あとはあのオルゴールの鍵を開けるだけね。あれがどうにかなったら戦闘開始だわ」
アリスはどのオークションサイトに商品を登録するかを決めると、鼻歌交じりに食べ終わった皿を流しに放りこんだ。
次の日、アリスは部室で落ち合ったルークから魔法鍵屋への地図を受け取った。
「結構都会にあったのね。意外だわ……」
「ああ。都会の一等地にあるよ。老舗だってな」
「一緒に行ってくれる?なんか老舗って怖い店員さんとかいたらヤダなって……」
まだ画学生となって日の浅い頃、やはり都心にある老舗の画材店でベテラン店員につっけんどんな対応をされた記憶がよぎり、アリスは道連れになってくれる同志を求めた。
「いいよ」
二つ返事でOKをもらうと、アリスは嬉しそうに笑った。
「ありがとう。それじゃあ、下宿にあるオルゴールを持ってくるわ。ちょっと待っててね」
「ああ」
アリスの去ったあと、ブッダがルークの顔をまじまじと見ながら言った。
「戦果のほうはどうかね……」
「ちょっとした細工ものが何点か。売れるといいけどね」
「いや、そうじゃなくて2人の距離は?」
「はあ!?」
ブッダはルークの目を覗き込んだ。
「もしかして、もう付き合ってるとか?」
「そんな関係じゃない。見たらわかるだろ」
ルークは迷惑そうに手を振ると、ブッダから目を逸らした。
10分程してからアリスがオルゴールを持って部室に戻ると2人は最寄りの地下鉄の駅を目指して出発した。
地下鉄で5駅ほど移動して、都心部にある商店街に入り、人波に揉まれながら目的地を目指した。
「モーガン商会……。ここか」
ルークは店の外観を見て呟いた。ウィンドウから中に大小さまざまな鍵がぶら下がっているのはわかるが、知っている者でないとここが一般の鍵以外にも扱っているものがあるということはわからなかっただろう。間口の狭い店の中へ入ろうとしたときに、元気な若者の声がした。
「いらっしゃい!」
店舗を斜めに横切るカウンターの向こうから、赤いエプロンをかけた青年が声をかけてきた。ルーク達とは同じくらいの年格好で、焦げ茶色の髪をポニーテールにしていた。
「こんにちは」
アリスがルークの後ろになって店に入りながら挨拶した。
「なにをお求めで?」
青年の横でカウンターにもたれていた白髪の老人が言った。目元や佇まいが青年にどことなく似ていた。
「今日は、これの鍵をどうにかしてもらいたくて……」
アリスは下げていた紙袋の中から、例のオルゴールを出した。
「普通の鍵屋さんに見せたら魔法鍵だって言われました。ああ、この鍵も問題アリで」
「ふーん。確かに鍵のほうはもっと小さいものに使われてそうだね。鍵つきの日記とか……」
老人はオルゴールを青年に渡した。青年はオルゴールを受け取ると、奥の作業台に置き、台の上に設置した電灯をつけた。すると台の上に赤い魔法陣が投射され、彼はそれに手をかざして一部分をかげらせたりして、なにかを調べ始めた。
「うちの孫でして。今修業中でしてな」
「ああ、それでどことなく似てらっしゃるのね」
アリスは合点がいったふうに言った。
「俺たち、こういう店は初めてなんです。鍵を開けるだけなら相場はいくらぐらいですか?」
ルークが老人に聞いた。
「これくらいかな」
老人が示した金額にアリスはうなずいた。
「それくらいなら、OKです」
「まいど。どころで鍵の複製はいかが?」
アリスが首を横に振ると、老人は作業台の青年に声をかけた。
「鍵をあけてやりなさい」
「ほい」
青年はおどけた調子で答えると、専門の細い細工のついた棒で鍵穴をごそごそとやり始めた。しばらくすると、カチっという音とともにオルゴールの蓋が上に持ち上がった。
「どんなもんだ!」
得意そうに彼はガッツポーズをとった。
「開いて当たり前だ。調子にのるな」
老人にたしなめられ、青年は舌をだした。
「はいよ。本当に鍵はいらないの?この型だったら鍵自体の綺麗な細工もののあるのに」
「こ、今回は遠慮しときます!」
これ以上出費がかさむと赤字確定なので、アリスは必死に断った。
「そう?」
少し残念そうに彼は引き下がった。
「じゃあ、名刺を渡しておくから……」
ルイス・モーガンと印刷された名刺をアリスに渡し、会計金額をアリスに伝えた。
「ありがとう」
アリスがお礼を言うと、ルイスは明らかに照れながら答えた。
「どういたしまして」
返してもらったオルゴールの蓋を開けたアリスは、予想外のものを発見した。
オルゴールのドラムの横には、ビロードの貼られたちょっとした空間があり、そこにはピンクの蘭の花が一輪と、折りたたまれた紙片が入っていた。何年も箱の中に入っていたにしては新鮮味を帯びた花に驚きつつ、紙を開いて見ると、そこには一文だけが書きこまれていた。
「『永遠に君を愛す……私のエリーへ』、これってラブレターじゃない!」
「ただごとじゃないな」
「大当たりじゃないか、お嬢さん。故人の蔵書整理でもなかなかそんなもの出てこないよ!」
一同も興味深々でオルゴールを見つめた。
「中古で買ったのかい、お嬢さん」
老人が興味深げにアリスに聞いた。
「蚤の市で〜。しまったな、格安の落とし穴ね……」
どうせならば現金が出てきたほうがよかったと思いながらアリスは小さく舌打ちした。
「差出人が書いてある。『君のロジャー・ハーツより 19××年4月』?」
「あら、ホント。」
「その年代なら男も女も、もう亡くなってそうだな」
ルイスも興味深そうに指摘した。
「問題発生よ。こんなもの売れない……」
「なんだ。自分用じゃなかったのか。それは大失敗だな」
ルイスが笑いながら言った。
「うう〜」
うめきながら礼を言うと、アリスとルークは店を後にした。
地下鉄に乗ってからも、アリスは真剣な顔でなにか考えているようであった。
「ねえ、このオルゴール……。元の持ち主も死んでそうななかで、その遺族?も鍵付きのまま中身を確かめないで売ったわけよね」
「そうなるだろうな。どうしたんだ、そんなこと気にして」
「じゃあ『中身』をどうしようが、私の勝手……なのよね?」
「そうだろう。それがなにかおかしいのか?」
ルークの返答を聞いて、アリスはしばらく黙った。
「手紙なんて邪魔なだけだろ?捨ててしまえばいいんだ」
「それならば……」
ようやく口を開いたアリスは目を輝かせて言った。
「私、好奇心に負けてみる。持ち主探しよッ!」
ルークはアリスの目を覗き込んで言った。
「君、本気か?」
「なに?そんなに真剣になって……。ただのラブレターでしょ?」
「いや、これは底なし沼に足を突っ込むような、難題だ」
ルークは真面目な顔になってつぶやくように言った。
「そうなの?まあいいわ、近所の教会の過去帳でもあたってみるわ」
「どこから始める?近くの教会だったら知り合いがいるけど」
「そう?じゃあそこからにしようかしら」
地下鉄が大学のそばの駅に到着し、彼らは電車を降りた。
時間は午後3時に差し掛かったところで、春の日差しもうららかに新芽に彩られた木立の影を石畳に映していた。
ルークの言った『知り合いのいる教会』へは、彼の自転車に2人乗りして向かった。
「いままで弟しか載せたことないからな。我慢してくれよ」
「大丈夫よ。私は後ろに乗るのも初めてだから!」
よろよろと漕ぎ出し、ペダルにかける足に力をいれて踏み出すと、なんとかまっすぐに進むようになった。
「これって条例違反?」
「お巡りに会わなければ問題ないよ。みんなやってるし!」
幸運にも、お巡りさんの姿はどこにもなかった。教会までは川にかかる橋を渡って、大通りを横切り、大きな邸宅の並んだ住宅街を抜ける必要があった。
彼らはゆっくりとしたスピードで自転車を走らせ、緑の香りを嗅ぎながら、公園のように整備された墓地のあたりまでやってきた。
「うーん、いい気持ち」
「平日だから人もあまりいなくていいね」
「こんな時間を自由に過ごせるなんて、大学生の特権だわ」
墓地もとぎれとぎれになってきたとき、芝生に囲まれた一軒家といったふうな、わりあい地味な外観の教会が見えてきた。白い塗料を塗った木製の柵が現れたところで、ルークはアリスを下ろし、自転車置き場に勝手知ったる風に自転車を停めた。
灰色の石畳を敷いた小道を歩いていくと、三角屋根を赤茶色の瓦で葺いた教会が見えてきた。普通よりは大きめの木製の扉を開いて中に入ると、窓の外からではそれとわからなったステンドグラスが光に照らされて、色とりどりの絵を浮かび上がらせていた。ルークは規則正しく並んだベンチをよけて中央の通路を進み、祭壇の近くにある扉をノックした。
「はい、どちら様で?」
扉の向こうから、若い男性の声が答えた。
「ルーク・マクドネルです。ウッドゲート司教はいらっしゃますか?」
扉が開いて、黒髪に黒い目で、褐色の肌の青年が顔を出した。
「ああ、ルーク君か。今日も仕事の話で来たのかい?あいにくだが司教は用事でここにはいないよ」
ルークはアリスを彼に紹介すると、教会に来た目的を告げた。青年はナーゼル・イブン・ハキムだと名乗った。
「過去帳ねえ。君たちに直接閲覧させるわけにはいかないけど、検索だけなら僕にもできるよ」
「忙しいところをすみません。ありがとうございます」
ルークは青年に礼を言った。2人は奥の部屋へと通され、ナーゼルは据え付けられたパソコンの前に座った。
「このごろは電子化が進んでね。司教だったら検索するだけで30分はかかるところだよ」
「パソコンは苦手そうですもんね」
「そうそう。両手でタイピングとか出来ないからね。で、調べたい人物の名前は?」
「ロジャー・ハーツです」
アリスが紙片をもう一度確認しながら言った。
「ふむ。ご存命なら110才を超えるか……」
パソコンの検索画面を見つめながらナーゼルがつぶやいた。
「検索対象を全教区に設定して、ぽちっと」
結果は一件の同姓同名の人物がヒットした。
「この人ならば30年前に亡くなっているよ。住所までは言えないけど、この教区だ。それと、奥さんも数年たったころに亡くなっているね」
「そうなんですか?それじゃ、このラブレターは……」
アリスは残念そうに紙片を見つめた。
「ご遺族に渡すだけなら教会で預かるよ?毎週通ってくださっているし。まあ、一度売りに出したものだから受け取るとは限らないけどね」
「いいんですか?すみません、迷惑をかけて……」
ナーゼルの提案に、アリスは喜んで同意した。
「もともと売るつもりだったんだろ?損したんじゃないか?だから手紙を捨ててしまえといったんだよ……」
ルークが笑いながらアリスに言った。
「もう!人を守銭奴みたいに言って……。今回は特別な事情があってのことよ!」
ナーゼル司祭は2人のやり取りを笑いながら聞いていた。
「神のご意志のままに……」
彼は十字を切ると、パソコンの検索画面を閉じた。
「はい、ありがとうございました」
2人は礼を言うと教会を後にした。
オルゴールを司祭に渡し、再びママチャリに2人乗りして大学まで帰る道すがら、2人は無言であった。部室にたどり着いた頃、ようやくルークが口を開いた。
「残念だった?」
「ううん、別に……。こんなこともあるんだって勉強になったわ」
げんなりした顔でアリスが答えた。
「今度からは甘い誘惑に乗らないようにしなくちゃね……」
「懲りてないのか……」
ルークは苦笑しつつ部室の扉を開け、アリスを先に通した。
一週間後、教会から一本の電話がルークのもとにかかってきた。司祭の話はロジャー・ハーツ氏の遺族にオルゴールを見せたところ、見た覚えもないし、売った記憶もないということで、受け取りを拒否されたという内容のものであった。
ルークはさっそく、案件の中心人物たるアリスに電話した。
「件のオルゴールの話、覚えてるか?」
『うん。どうなったの?』
「それが受け取り拒否されたんだ。どうする?オルゴールだけ引き取りに行ってこようか?」
『うーん、なんとか手紙だけでも受け取ってもらいたかったな〜』
「そうか、まだあきらめられないか……」
『なんとなくもやっとするのよね〜』
電話の向こうでアリスはぼやいた。ルークは覚悟を決め、アリスに話しかけた。
「それなら、ロジャー氏の住所を訪ねてみないか?30年前の住所だが、あの辺は長く住んでる人が多いから大丈夫だろう」
『え?』
アリスは思いもよらない話を持ちかけられて固まった。
「過去帳を検索してもらったときに横から見てたんだ」
『め……目がいいのね、あんな短時間で』
半分あきれ、半分賞賛の気持ちでアリスは目を閉じ、ため息をついた。
『そこまでしてもらえるとは思いもよらなかったわ。ええ、行きましょ。それで私も納得できるわ』
「そう?じゃあ行こう」
ルークはうなずくと、アリスと予定を合わせた。
次の日、授業が終わるころに待ち合わせして、2人は詳細な街の地図を持って出かけた。
部室に残った面々は、2人の距離に興味深々だった。
「普通じゃないね。もうつきあってるのかな?」
ブッダが共用のソファにもたれかかって言った。
「まだ様子見の段階だろ?キスもしてなさそうだし」
通称:先輩が面白そうに言った。
「いや、俺は付き合うっていったら手をつないだあたりからだと思うんだけどな」
「古いな。今はちチューが先にくるんだよッ!」
先輩は口を尖らせてキスの真似をすると、自分を抱きしめた。
「ああ切ない!俺にも春がくるといいのに……」
「うちは出会い系サークルでもないからな。カップル誕生なんてメデタイニュースだよ」
さっきから沈黙を保っていた留学生のチャンがつぶやいた。
「つきあうとしても、アリスには野望がありマス。彼女は留学する気満々デス。長続きするでしょうか?」
「わあ。そうだったんだな」
「留学か……。遠距離恋愛だわな」
その言葉を聞いたチャンが急に涙ぐんだ。
「ワタシの彼女は、ワタシを待ってるいいました。しかし……!」
「もういい。それ以上言うな」
先輩が彼の肩を抱いて慰めた。
「クラッカーでも用意しとくかな」
チャンと先輩を横目で見つつ、ブッダが適当に言った。




