竜ー12 完敗
「…………あれっ?」
星竜王ガルバザルム。
その怪物を前にして、一切の油断など出来ない。
常に集中力を極限まで研ぎ澄ませ、一挙手一投足すら見逃さぬように目を見開いた。
彼我の距離は馬鹿ほどある。
相手の攻撃が、仮に光より早ければ。
僕が視認するより先に攻撃が飛んでくる可能性が大きい。
そう、考えていた。
矢先の出来事。
ブシュと、腕から鮮血。
唖然と腕を見れば、左肩から先の部分が消滅していた。
「――――ッ!?」
な、何が起きた……?
僕には月光眼がある。
その能力は空間把握。普段は僕を中心として地球一つ分しか把握出来ないが……今回ばかりは違う。
不意の攻撃に絶対に対応できるよう、地球1つ分の認知範囲を全て星竜王ガルバザルムへと向けていた。
にも関わらず。
なんの把握も、なんの確認も。
どころか腕が千切れた今でさえ。
攻撃された、だなんて思えなかった。
「嘘だろこの――ッ」
咄嗟に眼前へと白虎の腕を召喚する。
身を守るように二本の腕を交差させれば、間一髪で凄まじい衝撃が腕へと弾けた。
「が……っ」
「主様……!【時間停止】!」
白夜の声が響く。
彼女の太陽眼が誇る、時間停止。
間違いなく最強の力。
にも関わらず。
能力行使後も、僕らの場所は変わってはいなかった。
……いいや、違う。
確かに時は止まった。
白夜は僕らを連れて移動した。
奴の攻撃範囲から逃れようと行動した。
それでも尚、この結果。
何も変わっていないのではない。
変わっているようにみえなかった、というだけの話。
「白夜……!」
振り返れば、全身から汗を吹き出した白夜の姿があり、星竜王ガルバザルムは変わらずこちらを見据えている。
「はぁ、はぁ……ッ、な、なんなんじゃこの空間は! どれだけ移動しても移動しても景色が変わらんのじゃ!」
そうだ、ここは宇宙だ。
今までの、どんな場所よりも広大で、軽く、厳しく、遠い場所。
時間を停止してどれだけ動こうと、星竜王ガルバザルムからすれば些細な変化。
視線の先で、蟻が一歩だけ動いたようなもの。
見据える先は変わりなく、視界の中から逃れることすら出来はしない。
それだけ、奴と僕らは離れすぎている。
『おいギン! 次が来るぜ呆けんな!』
「……!」
頭の中で、クロエの声。
咄嗟に魔力を防御へと回すと、再び白虎の両腕へと凄まじい衝撃が突き抜けた。
周囲へと瓦礫が飛び散りる。
顔を顰め、それら瓦礫に意識を集中させた僕は――やがて、その攻撃の正体に行き当たる。
「あ、あの野郎……」
なにか巨大なものを叩きつけられている。
それは何となく理解していた。
ただ、その『叩きつけられていたもの』を理解して……僕は、胃の奥が鋭く痛んだ。
他の誰にも出来なくて。
腹の中に宙を飼うこの竜だからこそ、できる芸当。
「ほ、星を――飛ばしてきてやがる」
再びの鋭い衝撃。
隕石でも小惑星でもない。
純然たる『惑星』。
地球と同等かそれ以上の塊。
それを吐き出すように飛ばしてきてる。
まるで、スイカの種を飛ばすみたいな気軽さで。
「グ……ッ」
僕までたどり着くまでに、惑星の6割が砕け。
残った硬質な4割の部分が、僕の防御へと凄まじい勢いでぶつかっている。
4割と言えど、星の4割。
今までに受けてきたどんな攻撃よりも、重く、速く、そして鋭い。
白虎の腕が崩れ落ちる中、僕は両手を前方へと突き出した。
「我が全ての力に命ず! 我が名の下に力を貸し給え……ッ!」
体内にある全ての力。
それらを費やして、巨大な盾を創る。
1枚1枚が星より大きな銀色の盾。
それが無数に重なり、形を成して。
巨大な円形の盾が、僕の目の前へと生まれ落ちた。
「【想いの守護壁】」
僕が誇る、最強の盾。
絶対に崩れない、無敗の城壁。
それを前に。
頭の中に、声が響いた。
『神霊王の魔力か、使用可能とは見事なり。……だが、魅せるには少々、熟練度不足というものだな』
その瞬間、僕の視界は埋め尽くされた。
……なんだこれは。
理解が現実に追いつかない。
ただ、ひたすら巨大な『ナニカ』が、僕の視界にあった全てを飲み込み、目の前へと迫っていた。
距離が縮まる。
視界だけじゃ理解が追いつかず。
空間把握の能力でさえ、あまりに巨大で把握に苦しみ。
最後に残った直感で。
僕は、全身全霊の危機感を感じ取った。
「ま、ず――ッ」
それが【爪】であると気がついたのは。
眼前の盾が、紙のように破かれた後だった。
『つまりは未熟』
声とともに、痛みが走った。
全身がズタボロに切り刻まれる。
触れた訳でもないのに。
ただ、衝撃波だけで僕の命に届き得た。
咄嗟にできたのは、背後の仲間たちを衝撃から守ることだけ。
鮮血の限りを宇宙空間にばらまいて。
肉片も粉々に切り刻まれて。
僕の体は、ボロ雑巾みたいに真っ黒な世界へと放り出された。
「あっ、主様……!」
咄嗟に白夜が駆け寄ってくる。
宇宙空間で必死に手を伸ばし、僕の体を掴んで寄せる。
その目には大粒の涙が溜まっていて。
あぁ、負けたんだなって。
それを見て実感した。
たぶん、僕は死ぬ。
殺される。
予感が体を、突き抜けた。
☆☆☆
『ふむ。今ので殺せぬか』
ふと、大きな声が降ってきた。
宙を見上げれば、巨大極まる竜が僕らを見下ろしている。
かなり近い距離にいるのか、目をいっぱいに広げても眼球くらいしか視界に収まりきらない。
……あぁ、クソ。
油断したか? 鎧王に敵意がなかったから、僕らを招待した星竜王もそうに違いない、って。
いいや、油断と言うよりは、頭の片隅にそんな思考があっただけ。
それが、この対応の遅れを呼んだ。
シングルナンバーと戦う時。
そんな仮定ですら命取りになる。
……いいや違うな。
たとえそんなことをしていなくとも。
きっと僕には、勝ち目は無かった。
僕は天を仰ぎ、近くに見上げた白夜へ言う。
「白夜、悪いことは言わない。逃げろ」
「嫌じゃ! 妾の答えくらい分かっとるじゃろ! 主様が死ぬ時。それが妾の死に時じゃ!」
……言うと思った。
まあ、言ってみただけで、彼女が拒絶することは分かってたんだ。
皆に生きて欲しいと、僕は思う。
僕とみんなと、どっちを助けるかと聞かれれば……きっと、僕は以前と同じ失敗を繰り返すのだろう。
だけど、忘れたわけじゃない。
僕が死んで、泣き喚いてた仲間たちの姿。
ギルの姿に心を痛めた恋人の姿。
なにも、忘れたわけじゃないんだ。
二度と一人にしないでくれと。
泣いて僕の手を握った、少女の姿も。
まあ、これは僕の個人的な思い出だ。誰かに語り聞かせるようなものでもないし、皆がギルと戦っていた――神魔大戦の裏側の一幕でしかない。
それでも、誰も知らないその思い出が。
僕の心に、今でも深く突き刺さってる。
僕は大きく息を吐く。
不満タラタラ極まってるが。
きっと、彼女らは言うこと聞かねぇんだろうな。……そんな察しがついてしまうから、嬉しくもあり、悲しくもあり。
僕は目を閉じ、苦笑を漏らす。
「一生のお願いだ、逃げて欲しい。……そう言ってもダメか?」
僕の目の前に、三つの影が立つ。
迷いなきその背中に、僕は呆れを通り越して怒りすら浮かんできた。
「あぁ、逃げはせん。頼りにしろとは……この相手を前に言えないが、せめて主殿の盾くらいにはなろう」
「マスター。今度こそ……一人だけでは死なせません。貴方の仲間一同、同じ気持ちです」
「余の偉大なる野望が朽ちるのは非常に惜しいが……余より先にお主が死ぬのは看過できんな」
中二病に変態二人。
普段はうるさくってかなわない三人が……。なんでこういう時に限って、少しかっこよく見えてしまうのかね。
「……お前ら、もう少し自分の命を大切にだな」
「主様だけには言われたくないのぉ」
隣に居た白夜の、思いっきり嫌な顔。
……言われてみれば、その通りだな。
以前とは立場が逆になっただけ。
僕が命を張るか、仲間が命を張るか。
終幕が見えてる、ただの無謀。
そんな無謀の後始末を、一時は仲間に押し付けたのかと考えると……少し心が痛むけれど。
僕はそんなに後始末、やるのはゴメンだからさ。
だから悪いが、僕はお前たちには助けてもらわない。
体の奥底にしまっておいた、魔力のへそくり。
いざって時に絞り出せるよう、残しておいた確かな余力。
全て絞り尽くし、拳を握る。
瞬間、身体中に魔力が満ちて、傷が塞がる。
癒えたわけじゃない。
治ったわけじゃない。
ただ、ゼロをイチに変える。
戦闘不能を大ピンチへと巻き戻す。
たったそれだけの、無様な足掻き。
今回ばかりは、それで十分。
「あ、主様……?」
「悪いな4人とも。どうやら今の僕には、一緒に死んでやることくらいしか出来そうにない」
白夜の言葉をそのまま返そう。
お前らが死ぬのなら、僕の死に時は今でいい。
恭香たちには申し訳ないことをする。
結局、仲間を残して死ぬだなんて、僕はあの時から何ひとつとして成長していないんだろうけど。
だけどさ、恭香。
仲間を見捨てて生き延びるだなんて。
そんなの、お前の知るギン=クラッシュベルじゃないだろう。
だから、僕は仲間を見捨てない。
ここで死ぬなら諸共だ。
……もちろん、これから僕らを殺す星竜王に怨みタラタラ、復讐心まみれだけれど。
それでもさ。
そんな汚ぇ復讐心より。
僕は、仲間と一緒にいる方を選びたい。
『……ふむ』
ふと、星竜王ガルバザルムから声がした。
顔を上げると、すぐ目の前にあったはずの星竜王ガルバザルムの姿が消える。
驚いて目を見開くと……その場所には、星竜王の代わりに一人の男が立っている。
頭部には鋭い龍の角。
ゆったりとした着物を来ているせいか、どこかくたびれたサラリーマンのような雰囲気を感じさせる。
それでも、なお。
一切揺るぐ事なき威圧感。
王としての風格が、僕にその正体を気づかせた。
「お、お前……は、まさか――」
「悪いねギン=クラッシュベル。あまりにも神霊王が君を買うものだから……どれだけ成長したのか試させてもらった」
…………は?
試す――と、そう言ったかこの男。
その言葉に思わず殺意すら抱いた。
「て、てめぇ……!」
「そう怒るな。君は私の恩人なのでな。初めより、君を殺すようなつもりはなかったのさ」
恩人……?
何を言ってるんだこの男。
僕は首を傾げ、男は笑う。
彼は僕らの近くまで移動してくると、片手を差し出し僕らへ言った。
「それじゃあ、改めて自己紹介。私の名は星竜王ガルバザル厶。こう見えて序列は六位を担当している」
とりあえず、差し出された手は弾き返した。
今までの経緯から理解出来たこと。
……この男は信用出来ない。
というか、信用したくない。
それが僕らの総意だった。




