竜ー08 鎧王ガルム
鎧武者。
目の前に現れた、自称【序列12位】。
相対して分かった。こいつは強いと。
その序列が自称にせよ事実にせよ。
この鎧武者は、ギン=クラッシュベルの全身全霊を賭すに足る怪物だと理解した。
……そう、理解したつもりでいた。
「…………嘘、じゃろ」
後方から、白夜の声が聞こえてくる。
――戦闘開始から、既に十数分を過ぎた頃。
僕は苦笑と疲労を噛みしめて、膝に手を当て顔を上げる。
全身から、冷たい汗が止まらない。
……最近は、誰と戦ったって『勝ち目はある』と思ってた。
100%勝てるとは言い切れないにせよ、こちらの方が優勢であると考える戦いばかりだった。
あの戦いにしたって似たようなもの。
せいぜい五分五分。
そんなところだった気がする。
……だけど、こんな感情は久方ぶりだな。
どう探っても勝ち目が見えない、だなんて。
切り刻まれた全身から、血の蒸気が溢れ出す。
神血鬼の所以たる、逆再生のような回復能力。
が、今回はどういうわけか発動しない。
それが相手の能力であると気が付くまで、さほど時間はかからなかった。
「……ったく、身に覚えのある能力だな」
後方に居るソフィアを一瞥し、僕は吐き捨てた。
全ての異能の無効化……だなんて。
彼女――ケリュネイアの能力を思い出すけれど、きっとこの鎧武者の力は彼女のソレより数段格上。
「【我が権能――その名、神秘狩り】」
名は体を表すとはよく言ったもの。
説明など一切不要。
この十数分で身に染みて理解した。
「魔法、スキル、その他諸々……運による要素も含め、神秘と断定できるもの、全てを無効化、封印する力か」
「【左様】」
鎧武者は、刀を静かに構える。
「【しかし……我が権能を初見で対応、ここまで存命するなど、並大抵の眷属でもまず不可能。やはり貴様は強かった】」
「随分、上から言うじゃねぇか」
僕は立ち上がり、ローブへと手をかける。
(ちょ……!? おいてめぇ! なにやってんだ!?)
心の中で、白虎クロエがそう叫ぶ中。
僕は常闇のローブを外し、鎧もすべて取り外す。
ふと、鎧武者の驚きが伝わってきた。
白夜たちの驚きはそれ以上だったようで、焦ったように駆け寄ってくる彼女たちを視線一つで制止させる。
「【貴様……防御を捨てる気か】」
鎧武者が、正気を問うように口を開いた。
当然よ。
神秘が一切使えない。
つまり、魔力で装備を強化することも、常闇のローブの自動防御も何一つとして使えない。
加えて、お前の持つその刀――明らかに普通のモンじゃないだろう? 聖剣魔剣よりも、どっちかっていうと神剣、僕の持つシルズオーバーに近しいものを感じる。
「一流の鎧であっても、たったひと断ちで裂かれるのなら……そんなもの、着てないのと一緒だろ?」
それならそんな重石は要らない。
鎧もすべて取っ払う。
もう、魔法に頼ることもない。
僕はシルズオーバーすら返還し、前を向く。
この神剣とて、あくまで神秘。
いつ何時無効化されてもおかしくはない。
ならば、頼れるのはこの身一つだけ。
「正気を捨てて勝機を取る。いつだって、僕はそうやって勝ってきた」
格上の眷属に対する、素手戦闘。
こちらは防御を一切捨てて、しかも相手は重装備。
勝てない……と、そう思うか?
ぜひともそう思っていただきたい。
なんてったって――お前の油断が僕の勝利につながるのだから。
お前の慢心、お前の油断、お前の傲慢。
すべて笑って蹴り飛ばし、お前に敗北を叩きつけよう。
「――悪いが、勝つぞ」
僕の目を見て、姿を見て。
鎧武者は――ここに来て初めて、殺る気を見せた。
「【納得した。道理で危険視するわけだ】」
時が止まるような、濃厚な数瞬。
幾千通りの未来が脳裏を過る。
焼ききれた脳がショートして、鼻と眼球から血が流れ落ちる中。
僕は思考を捨てて、走り出した。
「主様……っ!」
後方からの心配なんて置き去りにして。
僕は大地を滑るように、数歩で鎧武者の間合いに入る。
「【死――ッ】」
抜刀と同時に、刀が横に薙ぎ払われる。
鋭い一太刀、仮に全ての防御を総動員したとて……止められる確証なんてどこにもない。
だから、防御だなんて考えない。
僕はさらに距離を詰めると、刀を握るその手を掴み、力を込めて刀の流れを大きく乱す。
鋭さは途端に失われ、即座に失策を悟った鎧武者は僕を赤い眼光で見下ろした。
――と同時に、その顔面へと回し蹴りを叩き込む。
「【ぐ……ッ】」
「効くだろ、内側に」
攻撃の質は、外傷を与えるモノから、内傷を与えるモノへと切り替えた。
衝撃が鎧の中まで伝播し、その全身に軋みを生じさせる。
だが、相手は眷属。
そんな程度で怯むのは、隙とも呼べぬ一瞬だけ。
だから僕は、その一瞬を連続させる。
刀を掴む鎧武者の左手。
それを右手でがっしり掴み、その全身へと残る左手で乱打を繰り出す。
それら一撃一撃が、内傷を与えることに特化した打撃。
鎧の下から苦痛の声が聞こえる中、僕は撃つのをやめて距離を取る。
「【……ッ、貴様……は】」
「フゥ――…………」
大きく息を吐き、熱を逃がした。
思考の余裕は最初からない。
故に頼れるのは、自分の中の【野性】だけ。
その部分に頼りきりになるのは……その、なんだ。あまりいい気もしないんだが。
残念なことに。
野性が強いってことは、痛いくらい知っている。
なんてったって、もう一人の僕が体現してくれたんだから。
「はァ」
細く息を吐き。
そして、一瞬で鎧武者の間合いへ入り込む。
「【――ッ!?】」
「身についた技術は神秘とは呼べないだろ?」
――絶歩。
視線誘導、縮地法、その他諸々。
様々な技術を複合したこの歩法。
いくら名目上はスキルでも、それが純然たる努力の結晶であるならば、神秘と無効化されはしない。
奴の刀の取手を掴む。
驚き、僕の手を振り払おうとする鎧武者。
対して僕はその勢いすら利用し、その巨体を投げ飛ばす。
「らぁッ!!」
一本背負いとも、また違う。
腕力と一欠片の技術にものを言わせた、ただのぶん投げ。
奴は驚きを見せたが、それも一瞬のこと。
「【……ッ、合気道と呼ばれるモノか】」
鎧武者は空中で姿勢を建て直し、十数メートル先で着地する。
……合気道。
使えるかもしれないと、学園時代にグレイスから習っておいたんだが……まさか、ラスボス戦が終わったあとになって役に立つとは思わなかったな。
「喧嘩の強さと技術は必ずしもイコールじゃない。……技術に関しちゃ、まだまだ修行不足もいいところだが」
僕は、奪った刀を突きつける。
ちょうどいい場所にあったんでな。
投げ飛ばした時、ついでにその手から盗んでおいた。
「形勢逆転。武器さえあればこっちのもんだ」
短剣だろうが、刀だろうが。
こっちの方が、僕は強い。
鎧武者を見れば、彼はその手を開いては閉じるを繰り返していて、……どこか、その姿からは喜びすら感じ取れた。
「【……くく。失敬をした。どうやら貴殿は理解の範疇を超えているらしい。……ここから先は、こちらも本気で行かせてもらう】」
奴は、腰から二振りの短刀を取り出す。
しかし、その刀とて一般人が扱うロングソードに近しい大きさ。
対し、奴から奪った刀は刃渡り二メートルにも及びかねない大太刀だ。
使ったことがない?
そんな贅沢、この状況下で言えるわけないじゃねぇか。
「【いざ尋常に】」
鎧武者はそう口にして。
僕はため息混じりに、刀を構えた。
「うるせぇ、勝ったやつが即ち正義だ」
尋常だろうが異常だろうが。
とりあえず、勝つさ。
話は全部、その後だ。




