竜ー07 武神
鬼である、と。
そう、直感的に理解した。
筋骨隆々たるその肉体。
人体には有り得ぬ高熱が燻り、触れる空気全てが熱せられ、陽炎のような物がその全身を包み込んでいる。
故に姿形は朧気で。
その光景、まるで幽鬼とでも呼ぶべきか。
この目を持っている僕や白夜ならばその姿形も把握できるが……恐らく、輝夜たちからすれば、その姿をしっかりと確認することは出来ない。
「……これはまた、魔物とはまた違った化け物が出てきたな」
魔物とは魔力によって変化した動生物の成れの果て。
対し、こちらは違う。
元から存在そのものが歪んでる。
常人にはきっと理解できない……そうだな。月光眼を持ち、無数の魔物と戦ってきた僕だから分かった、感覚的なものだ。
「ふむ……魔力がないのかの? こうして相対しておると、オーガのような魔物のようにも思えるが……」
「にしては強そうだよな」
大通りを歩いていた人達が、悲鳴をあげて逃げてゆく。
鬼は巨大な咆哮を響かせ、偶然にも目に付いた子供へと巨大な手を伸ばす。
速度も威圧感も、かなりのもの。
並のオーガとは桁違い。
下手をすれば、機界王のオートマタと同等まで有り得るだろう。
「ま、とりあえず無効化するか」
僕はそう言って、軽く足元を踏み鳴らす。
瞬間、鬼の足元の影が一気に膨張。
その全身を縛り上げ、引き絞るようにして地面へと引き摺り倒した。
衝撃が地面を割る。
刹那の出来事に、本人……鬼だけど、鬼自身も目を見開いて驚いている。
鬼は身体中を縛り付ける影を見て暴れ始めるが、僕が近づいていくにつれ、影の強制力も強まってゆく。
その光景に、白夜は顔を引き攣らせていた。
「……のう主様よ。なんか、一層強くなっておらんか? こやつ、間違いなく到達者レベルじゃぞ」
「さぁ? 相性でも良かったんじゃないか」
やがて鬼の前へとやってきた僕は、その姿を見下ろした。
「一つ……いいや、二つ聞く。話は通じるか? そして、大人しくするつもりはあるか?」
『GURUUUUUU……GAAAAAAAAAA!!』
なるほど、無いのね。
僕は指を鳴らすと、鬼の体はそのまま影の中へと引きずり込まれてゆく。
その光景に、輝夜が何かを思い出したように身を震わせた。
「な、なんだろう……凄まじいデジャヴを覚えたのだが」
そういや……ナイトメア・ロード時代の輝夜も、こうして影の中にぶち込んでおいたっけか。
なんだか懐かしいな……としみじみ思っている間にも、鬼の姿は消えていた。
とりあえず生かしてはおくけれど、自由にはさせない。危なっかしいからな。
「さ、平和になったしこの世界から抜け出す術でも考えるか」
「いや、サラッと言ってますがマスター。今の、普通にラスボス級の力を持ってたように感じますが」
「うむ。最高神レベルはあったであろうな」
暁穂とソフィアがそんなことを言った。
ので、僕は肩を竦めて笑ってやった。
何を馬鹿な。
ラスボスってのはな、あの姉みたいなのを言うんだよ。
まちがっても、こんな道端で出てきてポッとやられちまうような鬼を指して言う言葉じゃありません。
「ま、最高神も最近は鍛えてるって言うし、こんな鬼には負けないだろ」
あ、それともこの鬼、最高神連中へのお土産に持って帰ろうか。
オーディンとかあそこら辺なら、いっそ喜んで戦闘訓練に利用しそうだ。
閑話休題。
「で、話を戻すけど……」
問題は、どうやってこの世界から抜け出すか。
さっきまでは、覇魔王を全員ぶっ殺せばそれで終わると思ってたんだが……ここまで違う世界になると、さすがに予想も付け難い。
「……白夜、ちなみに転移門は……」
「無理じゃな。両の月の目を持ってる主様が無理なら、妾じゃって無理じゃろ」
そうか……。
半分太陽の目を持ってる彼女ならあるいは……とも思ったが、さすがに転移門で元の世界に転移する……だなんて、そんな簡単な抜け道はなさそうだ。
とくれば、正攻法でこの世界から抜け出すしか道は無いのだが。
「……あっ、あの……!」
……ふと、後ろの方から声がした。
振り返ってみると、たまたまさっき助けた子供のようだ。
幼すぎて少年が少女かも分からないが……まぁ、一応少女としておくか。
僕はとりあえず、一歩近づこうとして。
……ガシッと、身体中を掴まれた。
「…………一つ質問いいか? なんでみんなして僕の体を押さえてるんだ?」
見れば、白夜、輝夜、暁穂、ソフィアの4人は僕の体を押さえつけていた。
彼女らの目は、まるで性犯罪者を見るようなもので、なんだか嫌な予感がした。
僕は思わず頬をひきつらせ。
「主様よ、さすがに……ロリコンもそこまで行くと笑えないのじゃが」
「久しぶりに出てきたなその設定よォ!」
最悪の四文字に、僕は思わず絶叫した。
誰がロリコンだ!
最近はそんな設定無かったろうが!
ステータスの称号欄が文字化けしてから、ロリコンやら何やらの称号全部消えただろうが!
「なんでお前ら、そこまでして僕をロリコンに仕立てあげようとするのかな? 頭上の数字見ろよ。ロリコンじゃねぇんだって」
「いや、ですが……」
「いや、ですが……じゃねぇんだよ。変態に変態扱いされる僕の気持ち、ちょっと考えてみたらどうかな」
考えてみてよ、ねぇ。
お前らみたいなド変態に変態扱いされる僕の気持ちをさぁ。
ロリコンじゃないって何回言ったら分かるのかなぁ? ただ僕はストライクゾーンが広いだけよ。
「ド変態に変態扱いされる……」
「マスターの気持ちを考える……ですか」
「あ、いややっぱりいいわ。どーせろくな答えが返ってこないから」
しかし、叫んでから正気に戻った。
こいつらのことだ、どうせそれでも興奮するとかどうとか抜かすんだろ。もうあれだね、僕らとは脳の構造からして違うんだろうね。
想定通り、顔を赤らめてモジモジし始める変態三名。
僕はそれらをまるっと無視し、改めて少女へと向き直る。
「悪いな、うちの変態が煩くて。……で、何か用か?」
「えっ? あ、……その、ありがとうっ! もしかしてお兄ちゃんって、有名な【ぶしん様】だったりするんですか!」
「……ぶしん様、とな?」
隣の輝夜が、その言葉に反応する。
さすがは厨二病、そういう単語に対する反応はピカイチか。
ぶしん。
その読み方からして……武神だろうか?
武臣、舞神、色々と考えられるが、まぁ、いちばんしっくりくるのはその二文字。
だとすれば、僕らの他にも今みたいな鬼を倒せる存在が認知されている……ってことになるんだが。
「……分かっちゃいたが、こんな世界作れる存在、人知の範囲内には存在しないよな」
背後からの強烈な気配。
僕から少し遅れて四人も気がついたようで、通りの奥へと視線を向けた。
僕はゆっくりと振り返る。
既にこの『眼』で捉えていた。
僕らに向かって歩みを進める、鎧武者を。
それは、まるで山の如し。
巨大な山が動いているような威圧感。
まるで巨大な樹海を……大自然を目の前にしているような。
はたして何をすれば崩せるのか……今の僕をして、ちょっと考えるだけじゃ思い当たらない。
それは、まるで火の如し。
こちらに対する敵意……とも違う何か。
まるで戦闘意欲とでも言うべきか。
突き刺すような、殺意よりも恐ろしい何かが、風を伴って全身の肌を逆撫でる。
「主様ッ!!」
気がつけば、白夜たちが僕を庇うように立っていた。
……いつもそうだ。
これだけの威圧感……少しは怯んでも良さそうなもんなのに、僕の仲間は人っ子一人怯まない。
いい加減、僕も気後れしちまうよ。
「……下がってろ。アイツは僕がやる。……いや、僕じゃないとマトモな戦いにすらならないだろ」
指を鳴らす。
僕の前に立っていた4人と、後方の石ころ四つが入れ替わり、彼女たちは大きく目を剥いた。
「じゃ、じゃが主様よ!!」
「聞こえなかったか白夜。本気でやると言っているんだ」
左右の手を開く。
それぞれ銀色の刃が生まれ落ち、たったそれだけで後方の白夜でさえ押し黙る。
――神剣シルズオーバー。
僕が初っ端からこいつを抜いて戦う時点で、それだけでやばい相手ってこと。
「……」
ふと、心の中で盛大に反対意見が打ち上がる。
ウル、クロエ、アポロン……それにシロとクロ。全員が全員、こいつはやばいと叫んでる。
……知ってるよそんなこと。
だけど、見逃してくれる相手じゃないだろ。
「ひとつ聞かせろ。眷属序列は第何位だ?」
その言葉に、鎧武者の歩みが止まった。
知ってるよ、お前は少々強すぎる。
確実に眷属だ。
まぁ、僕もイフリート以上の眷属には出会ったことないし、眷属の総数も分かりゃしないが……。
「個人的には、2桁はやめてほしいとかろなんだが」
特に50位より上とかはやめてほしい。
それ以上ともなると、もう気楽に戦えるような相手じゃない。下手すりゃあの姉より強い迄有り得るからさ。
そう言って剣を構える僕へ。
その鎧武者は、腰の剣をゆったりと抜いた。
「【我が名、鎧王。序列12位】」
…………難聴になったのかな。
今こいつ、12位とか抜かさなかったか?
全身からドッと冷や汗が溢れ出す。
既に余裕など垣間も消えて。
残ったのは、海より深い集中だけ。
「【強い。貴殿は強いと認めよう。少なくとも、強奪王、言霊王では相手にはならなかっただろうな】」
訳の分からないことを口にして。
次の瞬間、僕の全身を威圧が突き抜けた。
「【だが、この我には届かない】」
……言ってくれるね、鎧風情が。
あまり大きな声では否定しないし、出来ないけども。……おい、鎧武者。
「……負けた後で、前言撤回は効かねぇぞ」
「【無論、その必要皆無と知れ】」
皆無と来たか。
なら、その思考からまず改めようか。
強さに溺れた傲慢高潔。
その鼻っ面、この白刃で切り落とそう。
「――正義執行。お前に敗北を教えてやるよ」
そして、僕は大地を蹴り飛ばした。
気がついたら眷属が出てました。
fate/Apocryphaで、某作家サーヴァントが言ってましたが、筆が乗ると何を書くか分かったもんじゃありませんね。
だから僕の作品では尽く主人公が死ぬのでしょうか。
それともただの……作者の悪癖?




