失-08 仮面の男
時は、数日前へと遡る。
「我らが父にして、我らが母よ!」
男は、虚空へと叫んだ。
「私には我慢出来ませぬ! 我らが同胞がこうも容易く滅ぼされていく現状が! なにより、我らが甘く見られているという事実が!」
その場に、男とその仲間一名を除き、姿はない。
ただ、声が聞こえた。
『……そう、でしょうか』
虚空より光が生まれた。
大いなる父にして、全ての産みの母。
形なきソレはその場に降り立つと、息子たちの言葉に耳を傾ける。
「その通りです! 私達は神や人には劣らない! なにせ、神霊王様、貴方が創り出した生命体なのですから!」
女は叫んだ。ありったけの自信を込めて。
対してその言葉に、神霊王は頷いた。
『そう、ですね。私は、いつか私を超える存在として、貴方達を作り出した。貴方たちは、私の力の、一端を携えている。滅多なことでは、負けることはないでしょう』
だが、現に負けた眷属が存在する。
それを、その男女を不快にする。
「所詮、敗れたのは我らが下位級! 最低位の非戦闘型と、長らく封印されていた低位眷属! その程度に勝ったからと、何故貴方様はアレへ注目するのですか!」
神霊王の瞳は、とある人物へと向けられている。
未来も過去も、この先も。
全てを見通した上で、神霊王は、眷属殺しを成し遂げたとある人物へと注目を向けている。
それが、どうしようもなく許せない。
二人は神霊王が眷属として嫉妬を滾らせ、殺意を抱いた。
「神霊王様!」
『……確かに、貴方たち、二人は強い。恐らく、今の彼では敵わないでしょう。きっと、二人が向かえば、全て終わるのでしょう』
「ならば――ッ」
反射的に声を返しかけた眷属の男。
されど、神霊王から発せられたえも言えぬ威圧感に、思わずその口を閉ざし、押し黙る。
『故に、機会を与えます。私のお気に入りを殺すチャンスを与えます』
その言葉に、眷属二人は膝をつく。
神霊王から発せられるのは、王としての圧倒的風格。
誰もが膝をついて頭を垂れる。それが当然であるかのように思える威圧感。それは眷属上位に位置する二人をして指先一本動かせぬような重圧だった。
『旧、時空神。混沌を殺害すること。それさえ成し遂げられば、あの子へ挑むことを許しましょう』
恐らく、殺害指定を受けた本人からすれば晴天に霹靂、寝耳に水なその条件。それを前に、眷属の女はなんとか言葉を絞り出す。
「こ、こん……? な、なんですかソイツは……?」
『そう、ですね。あの子と戦い、相打ちに倒れた存在、でしょうか。あの人物を倒せずして、あの子に勝てるとは思わないこと、です』
神霊王は笑い、眷属は歯噛みする。
眷属二人は察した。
その存在もまた、神霊王の注目を浴びる一角なのだと。
故に、怒りと共に決意した。
「ならば、その存在、殺しましょう!」
「えぇ、骨の髄まで殺し尽くしましょう!」
「奪い!」
「縛り!」
「完膚なきまでに叩き潰して」
「貴方様のお気に入り、殺す前座と致します!」
かくして、その場から二人の姿が消えてゆく。
残されたのは、神霊王ただ一人。
……いや、その背後に、もう一人。
「――質問。本気? そして確信。ならば私は止めねばならない」
赤い髪が風に揺れ、機械の体が小さな駆動音を鳴らす。
その女性を振り返った神霊王は、笑みを崩さない。
『安心、してください【機煌王】。あの二人に、あの条件は達せられない。実力如何の問題ではなく、相性が、悪すぎる』
「否定。確かに、昔見た時より、遥かに強い。けれど、程度は知れる。あの二人には、敵わない」
一対一でも、まず勝てない。
その程度の実力しか持たない相手に、上位眷属を二つ纏めて仕向けた事実。それは、その女性からすれば『お気に入り』を殺そうとしているようにしか思えなかった。
「再度質問、本気? 神霊王」
『……ええ、本気、です』
神霊王は、女性の言葉に頷き返す。
『私は、不必要なことは一切、しない』
故に、これもまた必要なこと。
現時点において、非眷属最強の一角に君臨するのが、混沌だ。
『あの二人では、決して彼女には、敵わない』
何故か。
その答えは明白だ。
『混沌は、私の命を奪い得るほど、強くなる』
これほど明白な理由はないだろう。
そう振り返った先で、機煌王は呆れ混じりのため息を漏らした。
☆☆☆
「ぶ、へっくしょい!」
「む、風邪か? 腹出して寝たのではあるまいな? クロノ小僧」
数万年ぶりにくしゃみというものをした。
鼻をすすって身震いすると、ちょこまかと背後をついてくる赤髪の女にため息で返す。
「貴様……何故ついてくる」
「なに、単なる護衛だよ、お姫様。正当防衛も場合によってはできないのでは話にならんからな」
「反吐が出るな」
首輪の話をした途端これだ。
なーにがお姫様だ。私はどちらかというと王子様の立場でありたい。もちろんお前のようなババアは適用対象外だがな。
「で、本当に何の用だ。武闘会の申し込みならもう済ませただろうに」
そう、先程空亡の付き添いの元(というか勝手についてきただけ)、武闘会への参加申し込みは済んでいる。ならばこの女は既に用なし。疾く消え失せてくれると非常に助かる。
振り返って問うた私に、空亡は『ふむ』とうなずく。
そして――はたと、何か気が付いたように私の背後を見上げ、思わず私も振り返ってしまう。
「……げっ」
「どうやら、私は一旦消えたほうがよさそうだ」
背後の空亡から声が響いて、小さく視線だけで振り返る。
されどそこには紅の悪魔の姿はなく、『逃げやがったな……』と心の底から憎悪した。
奴が見ていた先。そこには馬車で出会った男……エルグリッドがこちらへと手を振っていたのだが――その、なんだ。なんか目がおかしくなったのだろうか。奴の背後に変な仮面をつけた白髪の男の姿が見える。
「おお! この前の……クロノスだっけか? 奇遇だなオイ!」
「奇遇だな……。ああ、本当に。本当にこんな奇遇があったいいのか? なあ、そこの大男」
私の言葉に、エルグリッドの背後にいた男がうつむく。
ぶっちゃけ言おう、知り合いである。
というかめちゃくちゃ知った仲である。つい先日まで私の不在を任せてたレベルの男である。というか、たぶんもう表舞台には出てこないんだろうなあ、とか勝手に思ってた男である。
「ん? ああ、お前さんたちもしかして知り合いだったりするのか?」
「そうだな。ああ、非常によく知っている」
「……お、おお、俺も、まあ、知って、いなくもない、ような。相手だ」
おお、聞き覚えがあるなその声。
私はがっしりと奴の肩へと腕を回す。
奴は嫌がるそぶりを見せたが一にらみで黙らせると、そのままエルグリッドへとアイコンタクト、その男を連れて裏路地のほうへと入り込む。
「やあ、やあ……、初めましてといったほうがいいのかな。確か今は――『ルギー』と名乗っていたのだったか? 相変わらず、名前の最初と最後を入れ替えた偽名には惚れ惚れするな。……なあ、ギルよ」
「……」
私の言葉に、白髪の大男、ギルは黙り込んだ。
そう、こいつはあのギルである。
ギン=クラッシュベルの体より生まれ。
私の魔力を多分に貰い受け、生まれ落ちた存在。
言ってみれば、『開闢』と『終焉』のハイブリッド。
そんな感じのギル、本人である。
私は奴の首に回す腕へと力を籠めると、奴は苦し気に言葉を漏らす。
「何故、貴様がこんなところにいるんだ……ッ」
「ん? ああ、ちょっとな」
金がなくてな。
そういう私の内情など知る由もないギル。
奴は私の瞳を仮面越しに見据えると、やがてあきらめたように腕を払った。
「……クソっ、貴様と、あのクソ男だけには二度と出会うまいと思っていたのだが……」
「その『クソ男』とやらには同意だが……本当に、お前どうした? なぜこんなところにいる」
お前は、違う道を進み始めたと風の噂で聞いている。
だから、大丈夫なのだろうと安心していた。なのに――。
思わず私は、素で質問した。
そんな問いに仮面越しにもわかるほど顔をしかめたギルは、やがて一つの答えを漏らす。
しかしてそれは、私が絶句するに足るほどの答えで――。
「――その、なんだ。孤児院に……金が、なくてな」
私はただ、無言で奴の肩をたたいた。
なるほど、お前も私の同類か、と。
単純に金を持ってき忘れた、混沌。
孤児院に金がなさ過ぎて出張、ギル。
どちらも武闘会参戦決定!




