失-07 嫌い
勘違いしている人が居たので補足です。
空亡は強欲ではありません。
場所は変わって、ギルドの会議室。
誰もいない、がらんとした大部屋。
そんな中、堂々と一番の上座に腰を下ろした空亡は、黙ってこちらを見据えていた。
「……で、どういうことだ。空亡」
「さて、どういうことだと思う? クロノ小僧。死んだ私が生きていて、お前がギン=クラッシュベル……だったか? その吸血鬼に大敗を喫し、元の名前でこの街まで流れ着く。そこまで察していた、その事実」
嫌な名前が出てきて、歯噛みする。
もしかしてこの女もまた、あの男関連なのかと考えていたが、とりあえずその線は無さそうだ。と、なると。
「――獄神。獄神タルタロスだな。貴様を蘇らせたのは」
私の答えに、奴は笑った。
なにせ、獄神タルタロスは、死神という存在が現れるまでは生と死についても司っていたからな。アレ以外に、この女を蘇らせられる存在はいないだろう。
――大悪魔・空亡。
一度死に絶え、大悪魔の座を他者へ譲った過去の亡霊。
私が神であった頃、唯一、神王ウラノスへと土をつけた化け物。
もちろん今のこの女は全盛期からは程遠い。
既に、この女は大悪魔の座からは退いている。
が、それでもなお【到達者】であることには変わりない。
「貴様が聞きたいことは想像がつく。何故、そして何時、と言ったところだろう」
分かっているならさっさと答えろ。
そうは思うが、急かしたところでこの女が聞く耳を持つはずもない。
沈黙を貫く私に冷たい笑みを浮かべた空亡は、ロンググローブに包まれた人差し指をピンと立てる。
「答え。蘇ったのは死んでから数年後。最近までは奈落に繋がれていた。そして理由。タルタロスの奴から言われて来た。愚か者が居るから何とかしろ、とな」
「……愚か者、だと?」
話の流れからして、それが誰かは想像がつく。
私もまた沈黙で返すと、奴は楽しげに口元を緩めた。
「まぁ、その話は後でしよう。なに、せっかく昔からの【仲間】に会えたんだ。昔話に花でも咲かせようじゃないか」
「抜かせババア。貴様のような脳筋と話すことは何も無い」
そう言って私は席を立つ。
よく言えば物理最強。
物理一辺倒の脳筋ババア。
そんなやつと話すことなんて何も無い。
そう、思っていたのだが。
「おいクロノ小僧、お前、武闘会の申込方法知っているのか?」
その言葉に、完全に体が停止した。
ギギギッと後ろを振り返ると、そこにはどこからか取り出した申込用紙を手に、空亡が足を組んでいる。
「ほら、これが申込用紙だ。これをギルドに提出すれば全て終わり。……だが、どうした? 昔のように時の一つでも止めてみせないのか?」
「……くっ」
わかっていて言っているのかこの女……。
いいや、分かっていて言っている。あの意地悪そうな顔を見ればひと目でわかる。何せこいつは性格が悪い。
「おい空亡、ソレを寄越せ。でなければ帰るぞ」
「好きにしたらいいさ。だが、クロノ小僧。お前はどこに行けばこの用紙を貰えるのかすらも分かっていないのではないかな? 予め言っておくと、冒険者ギルドでは貰えない。というか、私自ら『聞かれても答えるな』と脅しておいた」
「こッの、クソババア……」
とても楽しそうな顔してる空亡。
対して私の腸は煮えくり返る寸前だった。
「……一つ。言っておくぞ空亡」
私は改めて奴へと向き直る。
空亡は私の瞳に何を見たか笑みを潜める。
そんな奴へと、私はただ、顔をゆがめて嫌悪を吐露した。
「私は、お前達が大嫌いだ」
お前達。
ウラノスも、あの弟も、貴様も、なにも。
生まれつき才能に恵まれて。
努力すれば限界だって超えられる。
そんな奴らが、私は嫌いだ。
「私はお前達とは違う。努力しても、死の淵に立っても、限界の先へと進むことの出来なかった存在だ。だから、全てを売り払った。全てを投げうって、前に進むことだけに注力した……」
「……なんて、建前だろう? クロノ小僧、お前はただ、しがらみを絶ちたかっただけだ。呪いを捨てたかっただけ。……違うか?」
違わない。
咄嗟に浮かんだ答えに、もう苦笑するほかない。
「なぁに、お前の境遇は知っている。その上で私は上から目線で、知ったようなフリをぶちかまそう。お前は力を求めると同時に、自分の力を捨てたがった。先の見えない異端の才を捨てようとした」
空亡は、知ったふうな口振りで事実を語った。
それは紛れもなく、本当のことだった。
「まぁ、その結果としては半分成功と言ったところだろうか? なにせ、今のお前は強い。なにせ、この私をして勝ち目が見えないほどだからな。自信をもて、お前は強い。ただ、昔の方が数百倍は厄介だったという話だ」
「……抜かせ、今の私は、過去より強い」
何を馬鹿なことを言っている。
私は、過去の私よりずっと強い。
私は強さだけを求めてきた。
厄介さ、などという不明瞭なモノ。
妻を殺して泣いた日に。とっくの昔に置いてきた。
……ただ、この女の言いたいことは理解が出来る。
もしも、もしも万が一に。
今の強さと、過去の強さの両方を保持できていたならば。
と、つまりはそう言う仮定の話だろう。
私の顔色から呆れを察したか、空亡はつまらなさそうに登録用紙をひらりと机に滑らせる。
「全く、つまらん女になったな、クロノ小僧」
「……そんな話、時間の無駄だろう」
私は登録用紙を受け取ると、折り畳んで懐にしまい込む。
これにてこの話はいったん辞めだ。
私は不敵な笑みを浮かべる空亡を見る。きっと私の顔には疑問が浮かんでいたことだろう。
「……にしても、よく、タルタロスもお前を出す気になった」
「ん? おいクロノ小僧。買い被りはよせ。私は特殊な能力は一つたりとて持ち合わせちゃいない。今の貴様や、他の到達者と戦えば一歩劣ると考えたのだろうさ、タルタロスも」
劣る……ねぇ。
この女がそんな『常識的』な理由から開放されるのであれば、タルタロスもとうとう老いが回ったと言うことだろう。というか馬鹿。ほんと馬鹿。あのアマ、何を考えてこんな猛獣を解き放っているんだ。
「それに、そろそろ向こうの『世界』も動く頃だろう?」
「……世界?」
奴の言葉にしばし思考が回らなかったが、やがて奴が何を言おうとしているのか想像が着いた。
「……それは、つまり」
「そう、【眷属】の世界。神王ウラノスのよる眷属狩りに、かつての眷属序列【第四位】悪鬼羅刹の封印。その時点で眷属界に少なからずの衝撃があったのだ。……そこに、貴様も覚えているだろう、古き王国を治めていた機界王ギシギブルの消滅。大昔の勇者によって討伐された眷属序列【七位】魔神王アモン。そしてここに来て炎魔神イフリートまで敗れたと来た」
神王ウラノスは、力を失えど未だ健在。
ギシギブルを殺した男は、今では顔も覚えていないが、あれだけの強さを持つ男がそう簡単に死ぬはずもない。恐らくは今もどこかで生きていることだろう。
そして、新たに眷属殺しの冠を得た、私とあの男。
第七位を……どうやって倒せたのかは全く想像つかないが、倒せたとかいう勇者は既に死んでいる。だが、そいつを除いても、この世界に、眷属を殺せる存在が四人も存在している。
……確かにそうなれば、向こうの世界とて何かしら『ある』と見て間違いはないだろう。
「と、言っても。シングルナンバーは皆、奇跡的な力を持つ……と、言われている。唯一分かっているのが悪鬼羅刹の能力だが……アレにしても凶悪無比。正直、全盛期の神王ウラノスでなければ太刀打ちも出来ないだろう」
「……まぁ、全盛期のアレでさえ殺せなかったほどだからな」
切り裂き、潰し、捻り、軋ませ、歪め。
ありとあらゆる有効打を打ち込んだ末に神王ウラノスが出した答えこそ『殺しきるのが面倒くさい』。つまり、実質上は『殺せない』という発言に等しかった。
故に、悪鬼羅刹は精神と肉体を分割され、数多の場所へと分散されて封印された。
「アレで、まだ四位。アレよりヤバいのが三体も残っている上に……あの頃より、眷属は皆成長している。今ではどのようになっているのかすら想像出来ん」
そして、この女はそいつらが来た時のための助っ人、ということだろうか。
確かにこの女は馬鹿ほど強いが……全盛期でもない以上、眷属相手にどれだけやれるか、など程度が知れるぞタルタロス。
本当に老いたのか……? と一人考えていると、空亡の方から視線を感じて意識を向ける。
「……にしても、ギン=クラッシュベル、か。今の貴様が負けるとは、余程の怪物なんだろうな。その男は」
「おいコラ。私は負けたが調子が悪かっただけだ。次やったら確実に勝てる。つまり、今は私の方が遥かに強い」
「昔から負けず嫌いな所は変わらんな……」
不本意なセリフに思わずムッと口を噤む。
奴は楽しげに窓の外へと視線を向けている。
その紫紺の瞳には何が映っているのだろう。最も古き到達者にして、かつては非眷属最強の座に立っていたその女は、どんな景色を見ていたのだろう。
「……貴様、何を考えている」
「……ん? あぁ、いやなに。もしも……もしも運命が少し違えば、その男と戦っていたのは私だった、かもしれない。あの時、神王さえ殺せていれば、悪魔の頂点は未だに私だっただろうからな」
その言葉が欺瞞でないと察して、私は右手へと視線を落とす。
この女があの男に勝利していたら、きっとこの未来はなかったろう。
私が絶望することも、妻を手にかけることも。
そして、弟の人生を狂わせることも。
弟と私が、家族になることも、きっとなかった。
「……あぁ、感謝するよ、空亡」
気がつけば、私の口からはそんな言葉が漏れていた。
奴は驚いたように目を丸くしており、そんな彼女へと私は言葉を重ねる。
「お前が負けたおかげで、色んな人が死んだ。色んなものがめちゃくちゃになった。私は色んな絶望を知った。……決して、最善の未来ではないと分かっている。だけど、ありがとう、だ。私はお前のおかげで、前に進めてる」
それに、お前のおかげで出逢えた運命もある。
私と弟だけじゃない。
アレだって、お前が負けてなければこの世界にすら来てなかっただろう。アレと出会った者たちも、きっとどこかで違った未来を歩んでいたに違いない。そう思うと、不思議と感謝が漏れていた。
『おいおい、いまさら姉貴面かよ』
まぁ、あの男ならそんなふうに言うんだろうな。顔をゆがめて、嫌悪感たっぷりにそういうに違いない。
だから、私はお前が嫌がることを率先してやろう。
だって、私はお前たちが、大の嫌いだから。
「お前のおかげで、人生してる」
人生しろよ、とは誰の言葉だったか。
文法からしておかしな言葉。それを前に空亡は吹き出すように笑い始めると、先程と同じく『知ったフリ』をし始めた。
「はっ、はははははは、なるほど。それは面白い。おいクロノ小僧。私はその小僧に一層の興味が出てきたぞ」
「そうか。貴様までうっかり奴のハーレム入りしてくれるなよ。想像するだけで反吐が出る」
奴は笑うが、否定も肯定もしなかった。
……まぁ、この女のことだ。
もしも仮にこの女とアレが戦っていたとして。
もしも、この女が負けていたとしたら。
その時はきっと…………いや、こんな仮定の話はよそう。その後どうなるかなど火を見るよりも明らかだ。
「ふはは、私は冗談九割で結婚申し込む所まで想像出来たな」
そう笑い続ける空亡に。
「辞めておけ、奴の乙女心が傷つきかねん」
そう返して、私も笑った。
頭の中に、求婚されてテンパっている男の姿が容易に浮かんだ。
もしもギンと空亡が戦っていたら。
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