失―05 紅の悪魔
どうも、藍澤です。
国家試験受けてました。
『おいクロノス! お主前に出すぎじゃ!』
『うるせぇジジイ!』
創造神エウラスが叫ぶ。
されど銀色のソレは止まることは無く、目にも追えない速度で空間を自由自在に飛び回る。
銀色の光が瞬き、悲鳴が零れる。
それが幾度も繰り返され、その度に周囲へと血溜まりが広がってゆく。
天地開闢の祖、エウラスをもってして【圧倒的】という言葉しか浮かんでこない。それほどの力。
しかも、それを用いているのが齢十二の少女というのだから笑えない。
『……お主、とんでもないことをしてくれたな』
『なんだい父さん。みんなすっかり忘れてるけど、僕は実の母に欲情するようなマザコンだよ? 何を期待してるんだ』
エウラスの責めるような視線に冗談で返す男。
というか冗談なのか本気なのか判断もつかないから実にやめて欲しい所なのだが。エウラスは大きなため息を漏らして頭を抱える。
『ただでさえ、近頃は悪魔のトップが成り代わったばかりで、今まで以上の激戦が予想されるのじゃ。あの子は強い……が、才能はない。欠片たりとも伸びしろが見当たらない。いつの日か確実に【打ち止め】が来る』
『……そうだね。でも、打ち止めなんてみんなが遅かれ早かれ経験することさ。僕だって今は打ち止め食らって足踏み状態さ』
確かに、今はこの男でさえ打ち止めを食らっている。
が、近い将来、その先へ行くだろうという確信があった。
なにせ、新しく悪魔のトップに立った女……あの赤髪でさえ『限界』を超えて歩みを続けているのだ。
他でもないこの男が、このまま負けっぱなしなど有り得ない。
だが。
『……今は、そういう話をしているんではない』
エウラスは改めて少女を見やる。
自分の孫にあたる少女。
されど、その出生は血に染まっている。
彼女の『母』の話は、禁忌とされた。
少女自身に非はない、が、誰もがソレを遠ざける。
生まれながらに『業』を背負った哀れな子。
『あの子の道は、茨じゃよ』
『知ってるよ。大丈夫さ、だって僕の娘だもの。きっと乗り越えてくれる』
その言葉に、エウラスは眉を顰める。
今のあの子に非は無いだろう。
だが、いつかきっと『罪』を犯す。
エウラスには、そんな予感があった。
母の温もりを知ることは無く。
父の才能は輝きを知らず。
誰にも心を開くことは無く。
未来の有り得ぬ、異様な才。
『……せめて、ワシだけでもあの子の味方でありたいもんじゃ』
そして、その数千年後。
神界の【神王】と【時空神】による、事件が起こり。
その二柱は、神の世界を後にした。
☆☆☆
――その後。
二人の案内によって裏路地を後にした私は、サタンに進められたこともあって冒険者ギルドにやって来ていた。
「おいおい嬢ちゃん、ここは嬢ちゃんみたいな餓き」
「……あ?」
「うっひぃ!?」
ギルドのホールにぼんやりと立っていると、何やら絡んでくる様子の冒険者たち。何やら私に対して欲情を感じたため、とりあえず本気の殺気で返してみる。
すると情けない悲鳴をあげて白目を剥いてしまい、これは悪い事をしたなと足蹴にして目を覚まさせる。
「はっ、男が私に対して欲情などと……反吐が出る。次に私に色目を使ってみろ。生まれてきたことを後悔させてやる」
「ずっ、ずびばぜんでじだ!!」
男は色々と流しては行けないものを流しながら帰ってゆく。
正確には、ほうほうの体で逃げ帰ってゆく、だったが、特に気にすることは無い。知ってるぞ、他の奴らはこういう事をやって名前を売っているんだろ?
周囲を見ると、なにやらドン引きした様子の一同。
私はふむと頷くと、顔を真っ青にした受付の前へと進み出る。
「おい」
「ひ、ひゃい!」
緊張した様子の受付。
もちろん野郎の受付など行く気も出ない。見たところ一番美人そうな受付の前へと進み出たわけだが。
「…………ふむ、おかしいな。見たところ一番人気そうな受付だが。ここは『お気に入りの受付嬢に新人が絡んでいて面白くない』といった、男気溢れる冒険者の一人や二人、絡んできてもおかしくないと思ったが」
そう言って振り返ると全員が目をそらす。
私は知っているぞ、そういう本を読んできた。
こういうのは最初が肝心。
新人が冒険者ギルドへと訪れると、なにやら『ロビー』と『受付の前』、あとたまーに『裏路地』とかで絡まれる。それを見事打ち倒すことで、らくーに『D』ランクあたりから登録することが出来るのだろう?
「おい、どうした。私は知っているぞ。冒険者が絡んできて、それと戦わせることで新人の力を測るシステムなのだろう? ほら、さっさと来い。そして倒されろ」
「ちょ、ちょちょ、ちょっとお待ちになってください! と、当ギルドにそういうシステムはありません!」
…………なに?
「なんだと貴様。冒険者を討伐することがランクを楽にあげるための近道、では無いのか? そういうものだろ普通は」
「ふっ、普通は違いますよ!? そういうのは、ほら、先日総括ギルドマスターに任命された久瀬さんとか、最近、ビントスの街で名を上げ始めた謎の仮面冒険者、ルギーさんとか! あとあと、執行者のギ」
「あぁ、わかったわかった。理解した。もういいからその名を上げるな反吐が出る」
クゼとギル……じゃなかったな。ルギーとやらまでは分かる。
だがそれは違う。そいつは違う、断じて違う。
私の必死さが伝わったか、何とかその汚い名前を口に出さないでくれた受付。よかった、その名を口にしていたらお前の口まで汚れていたぞ。
「そ、それで……当ギルドにどのようなご要件でしょうか?」
「あぁ、依頼を受けたくてな。特に登録とかそういうのはするつもりないのだが。とりあえず、武闘会が始まるまで生きていけるだけの金を稼ぎたい」
どっちにしろ、武闘会で大金が手に入るからな。
それまでの……何日くらいだ? 一、二週間だろうか。それだけの間暮らしていけるだけの金を稼ぎたい。
「う、承りました……。登録せずに依頼を受ける方は珍しいのですが、出来ないことはありません。ただ、多少報酬が減ってしまうのですが……」
「問題ない。減額が気にならない依頼を受ければいい話だろう」
どのみち、私に倒せない魔物はいない。
その言葉をビックマウスだと思ったか、受付は引きつった笑みを零す。
そんな彼女に、そう言えば名前をまだ伝えていなかったかと、私は右手を差し出した。
「改めて。私はクロノス。しがない旅人だ」
いつも通りの何気ない自己紹介。
されど、その言葉に、ギルド中が凍り付いた。
目の前の受付は限界まで目を見開いて固まっており、周囲を見渡せば大きく口を開いて固まっているものばかりが見て取れる。
一体何が――と、口を開きかけると。
「……クロ、ノス、様、ですか?」
やっと正気に戻った様子の受付が、困惑混じりに口を開いた。
「そう、だが……なにか、あるのか?」
まさか、覚えていないだけでこちらの名を使ったことがあっただろうか。
混沌という二文字さえ用いらなければバレることは無い。私が世界を滅ぼそうとした張本人であるとバレることは無い。そう思っていたが、まさか――。
嫌な予感が膨れ上がる。
万が一に備え、咄嗟に拳をにぎりしめて……。
「……その、実は。一週間前に、【黒髪赤眼、男装をしたクロノスという女】が来た際に案内して欲しい、と言っていた女性が居られまして……」
「…………女、だと?」
想定外の答えに眉尻が吊り上がる。
なんだ……その、妙に的確な話は。
ピンポイントすぎる。間違いなく私のことを知っている……いや、私があの男に敗北し、元の名を用いてここに来る、ということまで理解しているような口ぶりだ。
「……何者だ、その女は」
「そ、その……、実は、なんと、言いましょうか」
私の知り合いに女は限られる。
しかも神を除けば、レヴィアタン、アスモデウス、アスタロト、あと辛うじてアザゼル辺りだろうか。それ以外には全く覚えがない。
にも関わらず……この私を探している、だと?
加えてこの様子、余程イカれた相手だと察せられる。
「……私を前に言い渋る。つまり、その女は私以上の恐怖をここに居る全員へと植え付けた、と。そういう事か」
受付が大きく目を見開いて私を見る。
完全に直感だったが、どうやら正解のようだ。
……私以上。
実力がどうであれ、私と同等の威圧感を放てる存在など、壁を越えた極少数に限られる。その中における私の知人にして、加えて『女』ときた。
そんなもの、私は一人しか浮かびはしない。
「……おや、どうやら待ち人が来たようだ」
懐かしい声に、私は振り返る。
赤い髪が揺れ、青の瞳が楽しげに細められる。
黒いドレスが踊るように風に舞い、私はその姿に喉を鳴らす。
死んだものと、思っていた。
いや、確実に死んだ。
他でもない、神王ウラノスの手によって殺された。
だが、なぜ――。
「不思議そうにしているな、クロノ小僧」
懐かしい呼び方だ。
今ではもう誰も呼ばなくなった私のあだ名。
それが、この女が『本人』であると嫌ってくらいに証明している。
「お、お前、は……ッ」
私がまだ、神であった頃。
サタンの父親が大悪魔の頂点に立つ、一つ前の世代。
その時代に君臨した、暴力の権化。
歴代大悪魔の中で最凶にして最強。
一時期はかの神王ウラノスをも上回った化け物。
個で神々全てを相手取り、上回り、たった一世代で悪魔を優勢へと押し上げて見せた怪物の中の怪物。
誰もが認めた、一番の悪魔。
――世界で一番最初に、壁を越えた非眷属。
「生きて、いたのか……」
私は知らず知らずに、冷や汗を流していることに気がついた。
本気で戦えば、今なら勝てる。
だが、間違いなく……腕の一、二本は持っていかれる。
そう確信できるから、私は頬を引き攣らせた。
「……大悪魔、【空亡】」
私の姿に、紅の悪魔は楽しげに笑って見せた。
ということで、書籍版からの出張、空亡さんです。
書籍版と同一人物なのか、それは今後のお楽しみということで。




