失―03 帝都
2話目です。
7月頭の次話投稿ですが、ちょうどその時期リアルの忙しさが天元突破グレンラガンしてるので、少し投稿時期がズレます。
おそらく6月半ば……に投稿出来ればいいな? もしかしたら逆に遅れて7月半ばになるかもです。
兎にも角にも。申し訳ありませんがよろしくお願いします。
「……ふむ、数日ぶりだな」
その街並みを眺めながら、小さく呟く。
場所は、グランズ帝国……とやらの帝都。
世界樹の切り株、つまりは『炎魔神イフリート』が顕現した世界終焉を迎えるはずだった始発点。
街並みはどこぞの馬鹿共が暴れたせいで、数年前に見た時よりもずっと乱雑に、されど当時よりもずっと活発になっている。
道行く人々、皆が協力し合って復興に進んでおり、前に向かって笑顔で突き進む彼らを見て、少し眩しく思う。
「…………」
私は、能天気に笑顔を浮かべられるような所からは、ずっと、遠く、離れすぎてしまった。
ふと、今の私が、【彼女】と共に歩いている姿を想像する。
もしも……もしも、私が彼女と正面から向き合っていたのならば。私が、彼女ともっと話していたのならば。
あのクソ親父に嫉妬する暇もなく、彼女へ愛を伝えていれば。
そんな後悔は今でも褪せない。
が、後の祭りと知っている。
だから、もう、何を思うことも無い。
胸の痛みも、苦しみも。
既に取り返しがつかないと知っているから。
ずっと昔から、諦め続けている私がいる。
「……あねじゃー、どうしたのだー?」
「……いや、なんでもないさ。パイナップルヘアー」
「むぅ! 私の名前はぱいなっぷるへあーじゃない、なのよ!」
そう叫ぶパイナップルヘアーの幼女。
なんだろう、あのクソ汚弟といい私といい、この家系は幼女に好かれる運命でも持ち合わせているのだろうか。だとしたらこの家系の生みの親たるクソ親父に対してなお一層の軽蔑を抱きかねない。死ね、ウラノス。
「うっほぉい……、おいおいクロノス、漏れちゃいけねぇモンが体の縁から漏れだしてるぜ……?」
「おお、すまない」
ついつい殺意が漏れ出てしまった。
真正面で頬を引き攣らせているエルグリッドに謝罪すると、改めて窓の外へと視線を向ける。
視界には、遠くにそびえ立つ帝都の『城』と、それを上回る世界樹の残骸が映り込んでいる。
その中で、ずっしりと腹に刺さるような不躾な視線を感じて、私は思わず頬をかく。
「全く……これなら、あの汚泥に隠密のコツでも聞いておくんだったな」
「隠密って……というか、誰だその『汚泥』って」
エルグリッドの言葉を聞き流し、私は頬杖をつく。
私を乗せた馬車は、徐々にその『視線』の方へと進み始めていた。
☆☆☆
十数分後。
私を乗せた馬車は、街の中心部までやって来ていた。
そこには戦闘の余波で瓦解した巨大な城……だったものがあり、近くの世界樹で『絶望の体現者』『人を辞めた運命使い』『瞬殺された眷属』が暴れ回ったせいか、他の部分と比べても一層に【壊れてる】感が凄い。
「全く……何故戦うだけでこれだけ被害が出るのやら」
「ホントだぜ……。風の噂だと『戦った余波だけで一つの異世界ぶっ壊した』とかいうアホも居るみたいだが……どういう神経してんだか」
「…………そうだな」
私は視線を逸らし、ポツリと返す。
いや、まぁ、アレだ。
本気でやったら、まぁ、しょうがないのかも知れないな?
だって本人達は本気でやっているんだ。その余波が酷すぎて世界壊しちゃってもしょうがないじゃない。だって本気で勝ちたかったんだもの。
「……にしても、【余波】……か」
余波、つまりは無駄に打ち漏らしてしまった部分。
それだけで世界を一つ壊せたというのなら……もし、もしもだ。もしも万が一、その余分な部分を全て無駄なくあの男へと打ち込めていれば……。
……いや、これは考えても無駄だろう。
少なくとも、今の私には不可能な話だ。
「……ん? どうしたクロノス」
エルグリッドが問うてくるが、かぶりを振って息を吐く。
「なんでもないさ。今はそれより……」
馬車が止まる。
場所は街の中心部、城の目の前。
子供たちが元気よく馬車から飛び出していく中、私はエルグリッドに先立ち馬車から降りて。
――次の瞬間、上空から筋肉の塊が落ちてきた。
「ふっんヌゥッ!」
響いたのは暑苦しい声。
同時に私へと放たれたのは、強烈な拳。
音をも置き去りにするその一撃に、エルグリッドは反応も出来ない。
されど、それでも問題は無い。
拳が腹へと直撃する。
体が浮き上がるような衝撃が響き、爆音が轟く。
余波など一切なく、ただ全てのエネルギーを『威力』へと充填した、達人が如き拳。おそらく一撃の熟練度ならばかのサタンにすら匹敵するだろう。
そんなことを思いながら、私は十センチほど吹き飛ばされて、普通に着地した。
「……はて、一体何の用だ、獣王。面識は無かったかと思うが?」
「ぐ、ぐはっ、ぐはははははは! まさかの無傷! 我、ドン引き!」
目の前の……なんと言ったか、確か『ティラノサウルス』とやらの獣人族。俗に【獣王】と呼ばれる男は、拳から蒸気を上げながら目を見開いている。
全く何がしたいのか……ただ様子見で殺しに来た程度の一撃、私に効くはずもないだろう。
「ちょ、ちょちょちょ、ちょい! ちょっと待ってくださいよ獣王さん! なーにいきなり視認も出来ねぇような一撃ぶちかましてんだ!」
「ん? ぐはははは! 久しいなエルグリッドよ! なにやら我を一方的にボコッてくれたどこぞの男と似た匂いがしてな! つい殺る気で殴ってしまった!」
……ふむ、察するにギルのことだろうか。
アイツはあの男の肉体、経験、能力をベースとしているが、それでも私の力をしっかりと引き継いでいる。ヤツの潜在能力は生まれて数ヶ月で世界を相手に勝利して見せたことからも明らかだろう。……まぁ、あの男のことだ、もう二度と表舞台には出てこないと思うがな。
「して、再度聞くが……何用だ獣王。戦る気ならば受けて立とう」
「ん? あぁ、いやいや、そんな無謀なことはするつもりないぞ? 単純に、ちょっと見たことないレベルの強者が待ん中入ってきたから探っただけだ。なに、そこのエルグリッドの連れなら【悪】でもあるまい」
いやー、【悪】なんだけどな、私。
それもお前達知らないだけで、悪の頂点やってたんだけどな? 悪の首領やってたんだけどな? 数日前に引退したんだけれど。
そんな内心を吐露することなく、私はため息を漏らしてみせる。
「で、エルグリッドよ。結局『連中』は釣れたのか?」
「いんや、リーダーが『魔力が使えなくなった』とか言って魔王さんの方に行っちまいましてね。今回はあの一味は全員不参加ですよ」
「ぐはははは! それは残念だ! 次の武闘会には我直々に参加するよう手紙を出しておこうか!」
グレイスへと紹介状を書いた借りがある、と呟く獣王。
その名はさすがに私でも知っている。氷魔の王、グレイス。あの男が現れていなければ私が最も警戒した『脅威』の一つだろう。
と、そんなことを考えていると、獣王の視線がこちらへ向いたのを感じた。
「して、そこの女はどこの誰だ? この我が結構マジな一撃かましてなお無傷とか……明らかに全盛期のウロボロスよりヤベェんだが」
「……ん? 私か。私はクロノス。ただの旅人だ」
「ただの旅人がそんなに強いわけないんだがなぁ……」
エルグリッドが何か言ったようだが、とりあえず無視。
過去はどうあれ、今のは私はただの旅人。
獣王は『うむむ』と考え込むように私の方を見つめていたが、気付くわけもない。なにせ、私は表には滅多に出なかった。神で在った頃も、闇で在った頃も。
サタンを初めとした配下の者とならば面識はあるのかもしれないが、獣王でさえ私の顔は知りはしない。
「ま、良いとしようか。それではクロノスとやら。我とこの男は会議で暫し忙しい。特にエルグリッドの護衛という訳でもないのだろう? ならばこの国でも散歩するがよかろうさ!」
「……まぁ、そうするとしよう」
武闘会を除けば、やることなんて何も無い。
意味を探す旅、などと銘打ってはいても、明確な道筋なんて何一つ立っちゃいないのだ。目的こそハッキリしているが、その道中はあやふやなまま。ハッキリ言ってしまうと、暇なのだ。
私は門から出るべく歩き出すと、後方から幼女の声が聞こえてくる。
「あねじゃー! またあそぼ、なのよー!」
そんな声に、手をヒラヒラ振って無言で返す。
幼女の相手は、弟にでも全任するさ。
☆☆☆
――とか。
カッコつけてみたのが運の尽き。
ラスボスにそんな主人公っぽい仕草は似合わないと言いたいのか、というか単純に運がないのか、方向音痴なのか、運命神の悪戯か。
とにもかくにも、簡潔に言うと……。
「…………迷った」
――道に、迷った。
左右を見て、後ろを振り返って。
ちょっとした絶望感に目頭を押さえる。
まずい、本格的に迷った。
どうしよう。
なんか表通りのメインストリート、そこを行き交う奴らの目がキラッキラしすぎていて消滅しそうだったため、なんとなーく裏道に入ったのが全ての遠因。
「なんなんだこの町は……裏通りが迷宮化しているんじゃないか?」
まずいぞ、これは不味い。
幼少期、遊び半分で【奈落】を走り回っていたこの私が、まさか迷うだなんて思いもしていなかった。あの頃はマッピング及び直感スキルが軒並みカンストしていたから問題はなかったが……くっ、こんな所で能力全てを【終焉】に売り払ったツケが回ってくるとは。
「くっ、運良く人でも通りかかればいいんだが……」
言いながら、右の方の道へと進んでみる。
すると偶然にも、目の前へと裏路地奥のの小さな広場が現れた。
既に枯れ、老朽化が進んだ噴水の残骸。
戦闘の影響で周囲の建物は今にも崩れ落ちてしまいそう。
そんな広場を見渡して…………ふと、一風変わった一つの建物を発見する。
その建物を一言で……は、表せないな。なんだアレは。
看板にはありありと『万屋』と書いているのに、何故か店先からは無数のフランスパンが突き出している。ここまで香ってくるパンの香ばしい匂いはどこを切っても『万屋』のソレには思えない。
よろず……いや、パン屋か? よく分からないがその建物。
「……怪しいな」
私のような素性の者でさえ、そう思った。
すごく、怪しい。
なんだろう、無性に嫌な予感がする。
だが、ここで素通りしてさらに迷子になるとかそっちの方が明らかに嫌だ。能力の制限された今の私では普通に路地裏で餓死とかしてもおかしくない。
と、言うことで。
「……行くしか、ないのか」
私は、嫌な予感を覚えながら一歩を踏み出す。
その嫌な予感が的中するのは、その数秒後の事だった。
嫌な予感




