機―29 今を生きる者
この章ラスト!
心の中に、火が灯る。
炎魔神イフリートを打倒した時と似たような感覚。
位がまた一つ、上がったような感じだ。
「ギシギブル……」
ギシルは、地に倒れた機界王ギシギブルを見つめている。
彼の体からは青い光が放たれており、体の端から徐々に光となって消えてゆく。
イフリートの時はあまり見ていなかったが……これが、眷属の最期って奴なのだろうか。
「な、なぜ……だ。私は、ただ――」
「強くなりたかったんだろ。わかるよ。僕もそうだった」
強さが欲しかった。
どうしようもなく、弱い自分が許せなかった。
仲間を守れる、力が欲しかった。
だから、魂すら売り渡した。
仲間と過ごす時間よりも、仲間の時間を優先させた。
自分の命を燃やしてでも、力を得ようとした。
「……考えてみたら、お前と僕って、結構似てるんだよな」
自分はこんなクズではないと思いたい。
けど、似ているんだろうと、そう思う。
生まれてから、自分より強い者を見続けた男。
転移してから、自分より強い者と出会い続けた男。
自分の人生費やして、それらを超えんと足掻いた男。
仲間を守るために、ひたすらに前を見続けた男。
そして最後には、命を燃やして力を欲した。
今のコイツを見ればひと目で分かる。さっきのギシルを取り込んだ状態。アレは確かに驚異的な性能を持っていたが、それを、強くもない彼自身が使いこなせるはずもない。
「こと、性能だけなら僕とタメ貼る化物クラス。……だが、あんな兵器を使えるだけの肉体強度、たぶん無いんだろ?」
僕の言葉に、機界王は儚く笑った。
恐らくアレは、機界王ではなくギシルに備わった力だ。
それを能力ごと取り込むことで、無理矢理に使役した。
それが、自身には過ぎる力だと知っておきながら。
使った瞬間に『終幕』が確定すると、知っておきながら。
「……ふん、私では、貴様には勝てないと……あの方が出てきた時に理解が及んだ。このままでは、私の計画が破綻すると……理解が出来た。ここで終われば、先はない。ならば、命を燃やしてでも今を生き抜くべきだと、考えた」
その結果、破綻した。
今を生き抜くつもりが、命を燃やし尽くしてしまった。
……あぁ、よく似ている。
かつての僕と、よく似てる。
機界王の体が光となって消えてゆく。
その瞳は僕とギシルの姿を捉えており、彼は最後に一つ、問いかける。
「……貴様と、私の。違いはなんだったのだろうな」
そう、力なく笑ったギシギブルへと、ギシルが駆け出す。
その瞳には涙が浮かんでおり、その姿に彼が驚いたのが分かった。
「お、お前――」
「違い……か。何が違ったんだろうな。境遇か、運か、顔面偏差値か。いずれにしても、僕らは二人とも間違ってるんだよ」
そう呟いて、空を見上げる。
ギシルは涙を流して、彼の手を握りしめる。
失格でも、不正解でも。
なぁ、機界王。
お前は、ギシルのお父さんだろ。
父親だろう。どんなにクズでも、生みの親だろ。
ならさ、やっぱり僕らは、お互い失敗してるんだ。
「――自分の死を、悲しむ人が居ると知らなかった」
理由としては、ただそれだけ。
単純なことだ。単純すぎて気付かなかった。
知らなかった……というより、考えもしなかった。
驚き目を見開いた機界王は、やがて光となって消えてゆく。
最後の表情は、ただ、驚きだっただろうか。
感謝も謝罪も特にはなく、屑としてそのまま消えていった。
「なにも、言わなくてよかったのか?」
「……私は、機界王のことが、嫌いだった、と思う。恐ろしくて、怖くて、でも、なぜか悲しくて。言葉が、出てこなくて」
彼女の言葉に、頭をかく。
父親殺し。
ギシルを吸収し、あの力を使った時点でおおよそ自滅は決まっていたとはいえ、こちらが早々に諦め、死んでいれば、力を解除したギシギブルは生き長らえて居たかもしれない。ギシルが、こんな涙を流さなくて済んだのかもしれない。
けど、まだ僕も死にたくないからな。
「ギシル。お前の父親を殺したのも、お前を無理矢理自由にしたのも、お前が今泣いてるのも、全部僕のせいだ。何か出来ることがあれば…………とも、思ったんだが、どうやら時間切れらしい」
「……?」
僕を振り返り、ギシルは目を見開いた。
僕の足元にはいつかも見た魔法陣が広がっており、その魔方陣を見たギシルの口から、その『禁呪』の名前が飛び出してくる。
「そ、それ……は『時間進行』……」
時間遡行とセットになった禁呪の片割れ。
ギシルに関しては過去から未来、未来から過去と既に彼女における『現代』へと戻ってこられたから大丈夫だろうが、僕らに関しては未だ『現代』には戻れていない。
どこかで調整合わせが来るだろうとは思っていたが……。
「ぎ、ギン……!」
ギシルが叫び、咄嗟に僕へと手を伸ばす。
されど、転送の方が少し早かった。
光に包まれる視界の中。
僅かに見えた彼女の涙に、僕は笑顔でさよならを告げる。
「じゃあな。恨んでくれていいから、好きに生きろよ」
かくして僕らは、現代に戻る。
確かに灯った新たな「力」と。
そして、友との別れを胸に抱きながら。
☆☆☆
「ふぅ、行ったか」
魔王、ルナ・ロードは呟いた。
彼女の視線の先には馬車に乗ってこの街を離れてゆく冒険者たちの姿があり、その姿を見送る彼女へと、背後から一人の男装女性が近づいてくる。
「……母上、今先程……」
「あぁ、気が付いたよ。……笑顔で逝ったかい?」
「……はい、っ!」
鼻声の女性、アルバは涙を堪えて肯定する。
対する魔王は大きく息を吐いて空を見上げる。
「……はぁ、おばあちゃんの最期くらい、泣かせて欲しいものだけれど」
彼女は、魔王。
魔族を統べる、魔法の王様。
そんな彼女に、涙など許されはしない。
それこそ昔、太古の『古代王国』時代からの口伝だ。
魔王に、涙など許されはしない。
何事にも動じてはならない。
あと、興味本位で時空の穴とかに入っちゃいけない。
かつて、その『おばあちゃん』から教わったそれらを思い出し、彼女は楽しげな笑みを浮かべる。
「よっぽど、最後にお礼を言いたかったんだろうね。寿命の概念を押しのけてまで、彼にお礼を言うまで生き続けた……。全く、我が先祖ながら健気なものさ」
そう笑って、彼女は旅立つ彼らへと背を向け、歩き出す。
「さぁ、葬式の準備だ。なにせ初代様のお葬式よ、魔国中……いや、世界中から見知った奴らを集めなさい、アルバ」
「は、はいっ!」
駆けてゆくアルバのあとを追いながら。
魔王、ルナ・ロードは震えた吐息を吐き出した。
「あぁ、歳をとると涙脆くなっていけないね」
魔王に相応しくないとされる、大粒の涙を拭きながら。
☆☆☆
「な、ななな、なんじゃとおおおお! し、初代魔王って、あの時ちらっと見えた小さなロリっ子じゃったのか!」
「お前が小さなロリっ子とか言うなよ」
小さなロリっ子、白夜がそんなことを叫んだ。
場所は魔都から王国へと向かう一本道。
チラホラと旅人やら商人やらの姿が見える中、僕らは馬車に乗って王国への道を進んでいた。
「初代魔王、ユラン・ロード。一体誰かと思ったら……まさかのロウリィちゃんだったんだね……」
「うん、僕も結構マジで驚いてる」
まさか、まさかの大穴である。
僕の予想としてはドリーが一番可能性高くて、次点で成長しすぎて半分ボケたギシルなのかなー、とか思ってたんだが、まさかのダークホース。時空の穴に飛び込んで色々引っ掻き回してくれたロウリィであった。
「魔力さんと喧嘩しちゃダメ……か。なんだかんだで核心突く子ではあったんだよな……」
「は? なんじゃそれ。魔力と喧嘩とか、それって単に魔力制御上手く出来んやつの言い訳じゃろ。何言っとんじゃ主様」
「おーおー、お前ぶっ飛ばされる覚悟出来てんだろうな」
思わず額に青筋浮かべていると……、ふと、恭香がどこか悲しそうな顔をしていることに気がついた。
「……ギシル、一人で大丈夫、だったのかな?」
「……さぁな。僕にはわからん」
戻ってきた僕ら三人に対し、一人あの世界線に残ったギシル。
元々彼女の生きていた『今』はあの瞬間だ。
別にこっちが気に病む必要とかはないと思うのだが……うん、さすがに父親殺して一人ぼっちで放り出して、何も気にしないかって聞かれたら嘘になる。
それになにより。
「……機界王が死んで、ギシルが存続できたのか、ってのも気になるしな」
ギシルは元々、機界王の手によって作られた存在だ。
その機界王本人が死んだのならば、ギシルが行動不能に陥ったとしてもおかしくはない。
「……まぁ、機界王がギシルを取り込んだ時点でそこら辺は諦めてたし。仮にそうだとしても、機界王が死んですぐに動けなくなるってわけじゃないだろうしな」
なにせ、彼が消えたあともギシルは普通に動いていた。
あの後時間を経るに従って支障が出てきたとしても、少なくともそれまでは。寿命が来るまでは『願い』を叶えられたはずだ。
「ま、希望的観測だけど……っと」
言いながら、すれ違う馬車に当たらないよう、馬の進行方向を調整する。
走行しているうちに白夜は興味を失ったのか、魔国で買ってきたらしい縄(何に使うのかは聞きたくない)の手入れに精を出し始め、恭香はその光景を見て引き攣った笑みを漏らしている。
僕はそんな二人の姿を横目に頬を緩める。
ふわりと突き抜けた風が髪を揺らし――赤い髪が、視界の端を過ぎり抜けた。
「――ありがとう。世界、面白かった」
ふと、風に乗って聞こえた言葉に、目を見開く。
咄嗟にすれ違った人物を確認するべく身を乗り出すが、既に振り返った先にその人物の姿はない。
「……ギン? どうしたのいきなり」
「……あぁ、いや。なんでもない」
聞き間違い……なのだろうか。
月光眼ありきでの僕ですら見逃した事実。
それは、非現実的が過ぎるだろう。
明らかに普通じゃない、人間業じゃない。
けれど。
(……まぁ、当時、既にあの域に達していた少女が、現代に至るまで訓練を続けていたら。そう考えると、なかなか面白いことになりそうですね)
頭の中でウルが笑い、僕もつられて笑ってしまう。
「……あぁ、本当に。だとしたら面白いよな」
事実なんて、僕には分からない。
彼女があの後、どうなったのか。
今のが現実なのか、それとも気の所為なのか。
なぜ彼女が、感謝を告げたのか。
そんなことは分からないけれど、不思議と心は踊っていた。
「まだまだずっと、先は長い」
そう呟いて、空を見上げる。
今日は、いつにも増して青空が広がっていた。
ということで、魔国編、でした。
そして、次章予告!
――私は、幸せになる権利などないのだろう。
全てを失い、絶望し、世界を怨み。
それでもなお、生き長らえる。
ハッピーエンドには程遠い。
幸せには手が届かない。
そう知っていて。
それでも、今までの『生』を正しいモノにするために。
散っていった無数の命を、正当化するために。
「――これは、私がすべきことだ」
次回、『帝国編Ⅱ』!
ラスボスは、さらなる高みへと歩き出す。




