機―28 願い
いやー、令和ですね。
大きく息を吸い込んだ。
剣を構えて、しかと前を見据えて。
底の底から、ありったけの魔力を汲み上げて。
「――これより、正義を執行する」
そう宣言する以上は、もう後ろには下がれない。
こっから先は全力全開、死力を尽くして――ぶっ飛ばす。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッ!』
機界王から怒りの咆哮が響き渡る。
途端に奴の体から膨大な魔力が迸り、形を成し、紫紺の光線となって迫り来る。
それらは規則性なんて知ったことかと屈折し、曲折し、ただ僕を標的に捕らえて四方八方から飛来する。ソレを前にローブの肩へと右手を触れると、たった一言その名を告げる。
「――常闇」
瞬間、僕の体中を黒色の魔力が包み込む。
その魔力は一気に膨張、周囲数十メートルを埋め尽くす。
その中で飛来した無数の光線。それらを前に僕は笑うと。
『グアアアアアアアアアアアアアアッッ!』
黒色の魔力の中から、光線全てを弾いて突撃する。
現れたのは――巨大な『亀』、聖獣【玄武】。
唐突に現れた自身よりも大きな存在に、ギシギブルが一瞬慌てたような様子を見せ、動き出しが一瞬だが遅れてしまう。
『チィッ……先から理解不能な事象ばかり! 何故、人間が化け物へと――ぐっ!?』
尻尾の蛇が目にも止まらぬ速さで突撃。奴の胴体部へとアギトを広げて噛み付くと、焦ったように抵抗を始める機界王。
そこに彼の体があるのか、あるいはそれ以上に狙われたくない『誰か』がいるのか。
想像以上に焦り、慌てふためき、暴れ出す機界王。
その隙を見逃すことなく、真正面から本体である玄武の超重量タックルをぶちかます。
『グガァッ!? き、貴様アアアアアッ!』
『チッ……、そう簡単にはいかないか』
大きく吹き飛ばされてゆく機界王。
その本体部分は蛇のアギトによって大きく抉られており、その部分――ちょうどギシルが取り込まれたあたりなのだが……、蛇に回収させた中に彼女の姿は見当たらない。
あの蜘蛛みたいな体の中を移動させているのか……あるいは。
『死に逝けッ! 【破魔旋槍】!』
『カッコイイ技名つけてる暇あったら筋トレしろっての……ッ!』
なんか奥義っぽい技名と共に飛び出して来たのはただの『突き』。
複数ある足の内三本を使った超高速の『突き』だ。まあ、僕も最終的に頼る奥義は『ただの拳』って手前、あんまり人のこと言えないんですけども。
『解除ッ!』
叫ぶと、一気に形を失った玄武の体をそれらの攻撃はすり抜けてゆき、人型に戻った僕はうまい具合にその足の上へと着地。本体めがけて爆走を始める。
『――ッ!? ち、近寄るな屑が! 俺様の上を這いまわるなど万死に値する!』
「言い方気をつけろよ!?」
足元から唐突に剣が突き出し、目の前へと足の内部から噴き出した炎の塊が迫ってくる。
その他、数えるのも嫌になるほどの障害物。
それら全てが『表面的には』予備動作無しで現れるのだ。
もうなんでもアリだな眷属って……。
内心そう苦笑して大きく息を吐くと、両の瞳へと魔力を流す。
目指す先は、コイツの体の中、何処かに埋まってる友人の元。
ヒントは皆無、その上体中を自由自在に動かせるとも来た。
更には殺す気満々の障害物の数々。
「さあ、数年ぶりの『かけっこ』だ」
大きく腕を振って、太ももを高く振り上げて。
体育の授業で習ったまんま、綺麗なフォームで障害物の中を駆け抜ける。
飛び出して来た剣は普通によけて。
噴き出してきた炎は水で相殺。
落とし穴は普通に飛び越え。
何か知らない毒っぽい奴は位置変換で送り返す。
その他諸々、一つ一つ障害物を蹴散らす傍ら、音速超えた秀麗フォームで駆けてゆく。
『き――貴様アッ! な、なな、何故避けられる! あ、あり得えないッ!』
「知ってたか、目の前で起きてることは『あり得ない』とは言えないんだぜ」
なにせ、そこに在るんだから。
なら、あり得ないんじゃなく、在り得てるんだろうさ。
障害物では無理と気がついたか、大きく足を振って僕を振り落とそうとする機界王。
今まで通り障害物だけなら順調だったんだが――。
「仕方ない。悪いが乱暴にいくぞ」
軽く握った拳を目の前へと掲げる。
腹の底から魔力を汲み上げ、掌を開く。
「顕現――『右手』」
途端、上空へと銀色の炎が瞬いた。
突如として発生した膨大な魔力に機界王は上空を見上げ――次の瞬間、上空より押しつぶすようにして落ちてきた銀色の『手』が奴の体を磔にする。
『ぐう……ッ、な、なんだこれは――動物の、手か!?』
「ご名答、ウチで飼ってる虎の手だ」
部位顕現、白虎の右手。
今回は完全顕現にしない分、すべてのリソースを『頑丈』『大きさ』『重さ』三つに極振りした。たとえ超パワーに目覚めた眷属でも簡単には抜け出せない。
(っても眷属は眷属……そう長くは持たねえぞ! やるなら早くやっちまえ!)
「了解、さっさと済まそう」
頭にクロエの声が響き、僕は瞼を閉ざして端的に返す。
腐っても眷属の創造物。これだけ高密度のスーパーハイテクノロジーの塊、近くまで行かないと月光眼でも隅々まで読み取れない。だから色々走り回っていたわけだが――
「ちょうど今、見つけたところだ」
瞼を開き、ただ一点を見据える。
僕の視線を辿った機界王が目に見えて慌て始めるが、既に遅すぎる。
『き、きき、貴様アアアッ!』
ギシギブルが叫び、大きく暴れ始める。
ソレをクロエへと魔力を送って押さえつける傍ら、大きく足場を蹴ってその場所――隣の足の半ばあたりへと着地する。
『何故……何故だ! その場所は先ほど移動させたばかり! 何故、どうして――』
「お前さ、僕相手に『魔力』『火力』『探し物』で挑むとか……自殺願望でもあるのか?」
こちとら素で魔王さんすらドン引く魔力量。
あの混沌と真正面から撃ち合える超火力。
そして、透視に把握に死角無し、空間司る月光眼を所有するこの僕だ。
悪いが、魔力で挑みたいなら魔王さんを。火力で挑みたいなら久瀬を。探し物で挑みたいなら時間とか止めてズルできる白夜を引っ張ってくるんだな。
そう内心で笑い、僕は『ヌァザの神腕』でその場所へ触れる。
「……最近は、打ち消せるような能力相手にしてなかったからな」
七つの大罪に、そもそもスキルとかそういうの超越した『終焉』。
そういうのを相手にし始めてからすっかり使ってなかったが、このヌァザの神腕、忘れがちだけど超絶極めたチート能力を保有している。
僕は大きく息を吸うと、一気に魔力を汲み上げる。
『ま、待て下郎が……や、止めろォォォォォォ!!』
強烈に暴れ出す機界王。
そんな彼を傍目に笑い、僕はその力を行使する。
「発動――『能力封印』」
途端、僕が足場にしている奴の『脚』へと銀色の魔力が突き抜け。
――次の瞬間、一気にソレが瓦解した。
『な――』
愕然とした機界王の声が響く。
神器『炎十字』が内包するヌァザの神腕。
保有する能力――『能力封印』。
腕で触れ、相応の魔力を流すことによって触れている間、相手の能力を完全に無効化する。
そんな感じの、もはや反則ってレベルのクソチートだ。
もちろん先にも挙げた通り、七つの大罪や終焉相手じゃ格が違い過ぎてほとんど意味をなさない力だったが、こういった相手には魔力さえあれば十分通じる。
僕は神腕へと変化させていた右腕を生身へと戻すと、瓦解する部品を足場に蹴る。
「――な、んで」
ふと、最近になって聞き慣れてきた声が聞こえて、苦笑する。
僕は声の方向へと瓦礫を蹴ると、やがて赤い髪が視界に映った。
「よかった、間に合った」
心の底からほっとする。
かつては、友達を守るとかぬかしておいて、手遅れになった。
そんでもって殺されかけるほど憎まれたし、死にたくなるほど嫌悪した。
だから、お前が奴に取り込まれたとき、また僕は『口だけ』に戻るのかと嫌になった。
けど。
「遅くなってごめん。今更ながら、助けにきたよ」
落下する彼女――ギシルを抱き留め、僕は笑った。
けど、今回は間に合った。
危険に遭わせた手前、胸なんて張れないけれど。
自慢だなんてできないけれど。
ただ、よかった。
間に合ってよかった。
今度は助けられて……本当によかった。
「こ、困惑……一体、何故――」
近くの広場へと降り立ち、ギシルを下ろす。
彼女は地面に座り込むや否やそんな疑問を飛ばしてくるが。
「もう、満足したのか?」
端的に放った質問に、彼女の体が大きく跳ねた。
「な、何を――」
「説教なんてするつもりはないけどさ。ただ質問。なんで家出したのかは知らない。だからくわしくなんて聞けないけれど……もう、満足したのか?」
彼女がなぜ、機界王の元から離れたのか。
殺される、使い潰されると未来が定まっていて。
それに耐えきれなかったのか、或いは、別の目的があったのか。
分からない。だから疑問を投げる。
もう、満足したのか、と。
「わ、私――は……」
『貴様ぁぁァ! 返せ! 返せかえせカエセ返せ返せ、返せェッ! ソレは、ソレは俺様のモノだ! 俺様の道具だ、俺様の所有物だ! 貴様のような人間、ましてや道具本体が意見して良い話ではないッ!』
背後から声が響き、ギシルが小さな悲鳴を上げる。
しかし、すぐに何か気がついた様子で僕を見上げると、僕の瞳を見て大きく目を見開いた。
「僕は、ギシルに聞いてるんだ」
所有物とか、誰のモノとか。
そういう根本的な話をしてるんじゃ、ない。
僕はギシルに、一人の友人に、友人として聞いている。
「ギシル、君は……満足したのかい?」
いままでの人生に。
僕らと過ごした短い期間に。
たったこれッぽっちの、幸せに。
満足したのか。できたのか。
もし満足してるっていうなら、たぶんその時は僕の出番なんてないだろう。
彼女がすなおに、心の底からソレを望むというのなら、手出しはしない。
けど、だけど。
「……おいおい、泣くなよ。ただ聞いてるだけだろ」
彼女の瞳からこぼれた涙を拭い、苦笑する。
もしかして威圧的だっただろうか。こういうのってあんまり慣れてないからどういっていいか分からないんだよな。
そんなことを思う僕を前に、彼女は困惑の表情を浮かべている。
「理解、不能……涙? そ、そんな……私は、私、は――」
『オリジン! 今すぐに戻れ、これは命令だッ!』
力の源……コアであるギシルを失い、機界王の外殻が崩れ落ちてゆく。
その崩壊の中にあって、その言葉は酷く怒りに満ちていた。
ギシルの涙は、止まらない。
「私は……外の、そとの世界を」
「みてみたかったのか。……それで、世界の一部。ほんの少しだけ見てきたわけだが」
我ながら、意地悪な問いかけだと思う。
対するギシルは僕の言葉に肩を跳ね上げると、涙を浮かべて僕を見上げる。
出会ってからいままで、ハイライトのなかった機械のような瞳には、しっかりとした光が宿っている。
『オリジンッ! 俺様の言うことが聞けんというのかッ!』
機界王が叫ぶ。
そして、ギシルは独白する。
「間違っている……と、思う。わたしは、私は……機界王のために、機界王が生み出した、偽物の命。偽りの、人格。それが、創造主の意思を無視して……だめだと思う。いけないことだと、理解してる」
恐らくきっと、それが正解なのだろう。
見方の違い、主観の差異。
機界王から見れば、僕らはれっきとした『悪』なのだろう。
命を費やして作り上げ、大事にしていた宝物を盗み出そうとする盗賊。
宝物によからぬことを入れ知恵し、チートじみた力で暴力を振るう悪漢。
ソレが僕らで、彼女の立場からすれば機界王に従うのが『その主観における正解』なのだろう。
それでも彼女は、『けれど』と続けた。
けれど、と僕を見上げて、声を震わせしかと叫んだ。
「私は、もっと……世界を見たい!」
彼女の言葉に、僕は笑う。
「こんな……死ぬために生きるのは、嫌だよ! 私は、私はいろんな世界を見て回りたい! もっと、いろんな場所を旅してみたい! もっと、もっとずっと、生きていたい!」
「――了解」
小さく返して、僕は後方へと振り返る。
そこには体中から蒸気を吹きあげる機界王、本体の姿があり、その姿はまるで怒りに燃える悪鬼のよう。
「なら、僕は一人の友人として手を貸そう」
「オリジンッ! 貴様……俺様に作られたモノであろうが! なぜモノごときが意思に従う、なぜ私に歯向かおうとする! 何故、何故――ッ!」
奴の体中から噴き出す蒸気が一気に膨れ上がり、その顔がマグマのように赤くなる。
オーバーヒート。超過稼働。
もしかしてギシルを無理やり引っこ抜いたせいで暴走しているのか。
今にも暴れ出しそうな彼を前に、僕は空を見上げて言葉を紡ぐ。
「お前は……知らんかもしれんけどさ。人間、正解だと分かってて正解を選べる奴ってのは少ないんだわ」
勉強するのが正解だと知る高校生。
集中して仕事するのが正解だと知る社会人。
信号は手を上げて渡るのが正解だと習って来た大人たち。
ガチャ石を十連までためておくのが正解だと知る無課金勢。
世界中、いろんな場所にいて、いろんなことをしている人たち。
そいつらの内、一体何割が『正解』を知りながら『正解』を選べているかと聞かれたら、僕はきっと答えられない。
「間違いを犯す。間違いを選ぶ。その果てに後悔する」
何度も、何度も。
失敗して、後悔して。
二度と間違いを選ばないと心に誓って。
それでも、間違いを選び続けてしまう。
「残念ながら、そういう『愚かさ』って、人間にはあると思うんですわ」
だって、完璧なんて、それ人間じゃないだろう。
こういう理論が『機械』に当てはまるのかは知らないし、そもそもこんな弁論したところで機界王……お前が納得するとも思ってないが。
「まあ、冥途の土産話にしてくれよ」
僕は、拳を握る。
前方のギシギブルを睨みつけ――次の瞬間、奴は強く地面を蹴りつけた。
迫り来る蒸気、溢れ出す殺気。
その威圧感、風格はなるほど『眷属』に相応しいモノがある。
けれど。
「言ったろ、お前じゃ僕には勝てないよ」
襲い来る機界王。眼前へと迫る拳。
それらを前に端的に告げると、僕はただ、その顔面へと全力の拳を打ち放つ。
――もはや、悲鳴など聞こえはしない。
拳へと奴の顔面が砕ける嫌な感触が伝わる中、勢いよく拳を振り抜く。
視線の先には、力なく吹き飛んで行く機界王の姿があり、オーバーヒートの末に自壊してゆくその姿を見て……不思議と、かつて自滅した自身の姿と重ね見て。
「――お前は、父親としては不正解だ」
何とも言えない気持ちを抱え、最後にぽつりと呟いた。




