機―26 機界王ギシギブル
戦況は確実に良い。
それは間違いない。
けれど、不思議と嫌な予感が離れない。
実力差が明確になるほどに。
こうして勝利に近づくほどに。
何故だろうか、嫌な予感が膨れ上がるのだ。
「…………」
『油断すんじゃねぇぞ。まだ何かあるぜ』
クロエの声を聞きながら、拳を握りしめる。
油断なんて最初っからしていない。
どんなに屑でも、あの神霊王が作り上げた存在だ。いくら物理戦闘に特化していなくとも、その分のリソースは別な部分に使われている考えるべき。
「……ギシル、恭香と白夜に合流しろ。こと逃げ足なら今の白夜に勝るやつはいない」
不意打ちキラーとも言える万能の魔眼『月光眼』。
時すら止める厄介極まりない最強の魔眼『太陽眼』。
あの二つを持っている以上、彼女が本気でやって逃げきれない相手はいない。唯一可能性として有り得た『数による虱潰しの捜索』に関しても、コイツの配下は僕と父さんでほとんど狩り尽くした。
「こ、困惑……しかし!」
「早く行けッ、今ならまだ――」
――間に合う、と。
そう言おうとして、直前に背筋へと怖気が走った。
勢いよく振り返れば、そこにはくつくつと笑みを漏らすギシギブルの姿があり、その口元に浮かぶソレはどうしようもなく見覚えのあるモノだった。
『あ、あの感じ……ッ』
「ああ……、嫌な思い出が浮かんでくる」
アポロンの声に肯定する。
そう、あれは狂いに狂ってた頃の混沌が、僕にアポロンを仕向けて笑ってた時と同じ顔。つまるところ、最低最悪の屑が浮かべる極悪顔だ。
「くくっ、く、ハハハッ! もう、もう良い! 何が何だか理解出来ぬが、貴様が私に刃向かっているのは理解した! 貴様が神霊王様の顔に泥を塗る不届き者にして、我が野望の障害であることは理解した!」
故に――と。
そう笑う男を他所に、僕は上空へと視線を向ける。
感じたのは――絶対的な超魔力。
思わず背筋が凍るほどに馬鹿げた魔力量。全身が粟立つような、本気で死を覚悟するレベルのどデカい危険。
「う、そだろ……ッ」
思わず悲鳴が盛れる。
ああ、これだから眷属は嫌になる。
何億年単位で封印されていたイフリートでさえ、陰陽天発動しなけりゃキツいレベルだったんだ。対してこの男は戦闘にこそ特化していないものの、それ以上の期間を『準備』に費やしてきた。いくらでも対策を練る時間があった。
だからこそ、嫌になる。
『ご主人様っ! あ、あれは――ッ』
ウルの悲鳴が響き、頬が引き攣る。
はるか上空。
曇天の空が晴れ、蒼穹が果てなく広がるそこに現れたのは、太陽を覆い尽くすような、街全体を丸ごと飲み込むような、巨大な大砲だった。
「ならば潰そう、この街ごと――皆ごと総て!」
大砲の中へと、膨大な魔力が集い出す。
それは圧倒的な魔力の奔流だ。
目の前の男が、恐らくは何万何億と月歳を重ねて溜め続けてきた膨大な魔力。それが今、あの大砲一つに集いつつある。
「お、お前、自分ごと死ぬ気か! これ、この星がぶっ壊れるぞ!」
「良い良い! どうせ使わずとも我が野望は砕けるのだろう? ならば貴様ら全員――否、この星の全ての生命を共に連れて冥界の彼方へと堕ちようぞ。貴様らとて私と共に逝けるのだ、この上ない光栄であろうさ!」
「こんっの……ナルシストがッ」
こちとらつい最近蘇ったばっかりなんだよ、また死ぬとか死んでも御免。さらに言えばお前と一緒にとか反吐が出る。
大きく息を吐き出すと、常闇のローブを変形、地面へと杭のように差し込んで体を固定すると、上空へと右腕を突き上げる。
「あぁ! もうッ、こういうレベルの一撃は混沌だけで十分だっての!」
体中からありったけの魔力を汲み上げる。
同時にピリピリと痛みが走り抜けるが、もう慣れた。
「モード『陰陽天・人型』ッ!」
周囲へと展開していた魂を一気に格納。
魔力量が増大すると同時に髪の色が白銀に染まる。
バチバチと大気が魔力によって弾けてゆき、周囲の空間が魔力密度の高さが影響して歪み、崩壊の一途を辿って行く。
ギシルは常闇のローブで保護してるからまだしも……これ以上本気出してるとそれだけで周辺が崩れかねない。
「一気に決めるッ!」
大きく息を吐き、魔力を込める。
「『万を喰らい、全てを無に帰す暗き影。万を照らし、全てを有に還す太陽よ。我の前に敵はいらず。照らすな喰らえ、万物平等に喰らい尽くせ。影をもって闇と化し、太陽をもって塵と化せ』ッ!」
体から金色の炎が溢れ出す。
世界中から闇より黒い影が集い出す。
今、二つの奥義を一つに変える。
どっかのギルにパクられた技だが、元はと言えばこっちが本家本元。眷属殺しを果たし、銀の魔力を使えるようになった今、その威力は常軌を逸脱する。
「喰らい尽くせ――『万喰の陽陰』ッ!」
溢れ出すのは、絶対破壊の究極奥義。
この一撃は、多分混沌でも吸収できない。
そう簡単に察せられるほどに高濃度へと高められた魔力の塊。それが破壊の意志を持ち、ただ一直線に放出される。
「な――」
ギシルの愕然とした声が聞こえる。
何せこの一撃、まともに当たれば星すら蒸発する。
宇宙すら灼き、ブラックホールすら食らい尽くし、惑星すら余波で破壊するレベルの一撃だ。
視線の先では、大砲内に溜まった魔力が放出される。
それは街を飲み込むような巨大な光線となって飛来する。
その大きさはもはや空を覆い尽くすほどであり、もちろん僕個人の放てる一撃とはサイズが違う。規模が違う。
されど、打ち勝ったという確信があった。
「悪いが、こと魔力量なら負ける気がしないッ!」
確かに膨大な魔力量だ、背筋が凍る。
されど、僕ほどじゃない。
視線の先で、二つの光線が激突する。
その規模は見るからに異なり、傍から見れば威力の差など一目瞭然。されど内包している魔力量はこっちの方が遥かに勝る。密度も威力もこっちが上だ。
「さぁ、骨の髄まで喰らい尽くせ!」
万喰の陽陰が巨大な光線を飲み込んでゆく。
既に勝敗は決した。
奴の奥義、奥の手はこれで潰せる。
なら、あとは――。
「御苦労、では死んでくれ」
背後から聞こえた声に、怖気が走った。
振り向くより先に顔面へと拳が突き刺さり、ものすごい勢いで吹き飛ばされてゆく。攻撃中に食らった不意の一撃。受身を取ることも叶わず壁を突破った僕は、町中へと一直線に弾き飛ばされる。
「うおわっ!? び、びっくりした……!」
「ぬぉっ!? な、なんじゃ! 主様が銀髪になっとるのじゃ!」
瓦礫に埋もれて小さく呻くと、聞きなれた声が近くから聞こえた。
瞼を開けば、そこには驚いたようにこっちを見る恭香たちの姿があり、焦って上空を見ればそこには互いに相殺し、弾き飛んでゆく二つの光線の姿がある。
「くっ……、あの野郎ッ」
油断はしてないつもりだった。
けど、いきなりの自爆に焦りが出た。
一瞬だけ攻撃に意識が割かれた。
その一瞬を……狙い撃たれた。
「か、はははははははっ! 馬鹿……、馬鹿がいるぞ! 特大の阿呆とは貴様のことだな! この私が……俺が! 俺が貴様程度に自爆を選ぶ訳がなかろう! 故に感謝を送ろう! ありがとう! 貴様のおかげで貴様を殺せる!」
「……ッ」
体を起こし、前方を見据える。
そこにはギシルの首を掴み、苦しむ彼女を他所に愉悦の表情をうかべる屑の姿がある。
「なぁに、悲観することは無い。あの時点で貴様が対応していなければ皆死んでいた。貴様は私の命を救ったのだ。だから安心して死ね。疾く死に逝け」
「……お前、余程ぶっ殺されたいようだな」
額に青筋が浮かぶ。
咄嗟に位置変換を用いてギシルを助けようと動き出すが……。
「――悪いな、それはもう使えない」
言葉の通り、位置変換が働かない。
まるで……そう、まるで、ギシルがあの男の一部になったかのように。位置変換の対象に選ぶことが出来ない。
「正式名称――ギシギブルコア。我が野望を叶えるための大切な宝物。大切な使い捨て雑貨。大切な大切な……ただの道具。予定よりは随分早いが、致し方なし。この場で使い捨てることにした」
奴の体から威圧感が迸る。
まるで今まで力を隠していたような。
……いや、誰かの力をそのまま吸収したような。
反吐が出るような、最悪な感覚だ。
「お前ッ」
「ハハッ! 実に愉悦、至極の悦楽! これが力……俺に与えられず、頭もない無能な脳筋共にのみ与えられていた力の奔流! 今まで俺が心の底から渇望していたモノ!」
奴の体が膨れ上がる。
その体内から無数の『機械』が溢れ出し、奴の本体とギシルの体を瞬く間に飲み込んでゆく。
その刹那、見えたギシルの瞳は光を失っており、それでも最後に、何か口を動かしていたように見えた。
『逃げて』
聞こえなかった声が、聞こえた気がした。
大きく歯をかみ締めて、拳を握りしめる。
強く握った拳から血が滲み、知らず魔力が膨れ上がる。
「お、お兄しゃん……?」
「……ロウリィ、将来、あんな屑に引っかかるんじゃないぞ。ああいう奴は腹の底からドス黒い。どこを切っても救えない真性のゴミだ」
大きく息を吐き、立ち上がる。
「白夜、クロノス。恭香とロウリィを連れて逃げてくれ」
「し、しかし貴様! アレは貴様でも――」
視線の先では、巨大な化け物が顕現しつつある。
ギシルを取り込み、常軌を逸した力を得た、眷属の成れの果て。
その力は圧倒的の一言だ。
こうして距離が離れていても大気が震える。魔力の本流が風を巻き上げる。威圧感の塊が身体中を打ち付ける。
『安心せよ、貴様は最善を尽くした。その上で、私の策が貴様の実力を上回った迄の話』
「……言ってくれるな、弱いから救えなかった、ってか?」
『然り、その通りであろうさ』
その言葉に、大きく息を吐き出した。
視線の先で、機械の王が顕現する。
無数の金属、無数の配線、機械によって作られた巨大な体。
人のような四肢はなく、まるで蜘蛛のような脚によって支えられた、短い尖塔のような歪な本体。美麗さの欠けらも無い、ただ力を求めて足掻いた男の成れの果てがそこにはあった。
「……なにが、『逃げて』だ」
らしくもなく舌打ちを漏らし、奴を睨み吸える。
油断せず、真正面から策に負け。
自分の実力不足を呪いながら、逃げろ、等と。
よく言えたもんだ……あぁ、よく言ったよお前。
「なに、自分のピンチに他人のこと心配してんだこの野郎」
歯を食いしばり、体の底から魔力を汲み上げる。
対して大きく嘲笑を上げた化け物は、愉悦を浮かべて名乗りをあげる。
『序列最下位、神霊王が眷属機、古代王国が長、機界王ギシギブル』
一気に威圧感が膨れ上がる。
殺意と殺気と魔力と緊張感と。
ごちゃ混ぜになった全てがピンと張り詰めた空間の中で、僕は大地を蹴り飛ばして一気に加速する。
『さぁ、いざ参る』
「うるせぇ、ぶん殴る」
そう吐き捨てて、僕は拳へと魔力を込める。
まだ、手遅れには程遠い。
まだ間に合う、手は届く。
なら、今度は助ける。
もう二度と、友達を殺されたりなんてさせない。
そう、いつか涙と共に誓ったから。




