機―20 神の王
その光景に、恭香は目を疑った。
「……さて、どういう状況かな、これ」
響くのは、聞きなれた男の声。
されどその男は彼女のよく知る『彼』とは全く異なる。もはや別人と言ってもいいほどに異なるのは、その威圧感。
いつも飄々とした態度を貫くあの男にはなかった威圧感が、そこにはあった。
「あ、貴方は……」
恭香は、なんとか言葉を絞り出す。
目の前には、彼女のよく知る黒いローブがはためいている。
――常闇のローブ。
どうしようもなく見覚えのあるそれは、されど彼の発する威圧感と相まって、まるで別物のようにすら見える。
そして、なにより。
「……こ、困惑。な、何をした、貴様……ッ!」
オートマタは、絶叫した。
その声に含まれていたのは圧倒的な驚愕と、そして身がすくむような絶対的な恐怖。
揃って目を見開く彼女らの視線の先には、空中で完全に『停止』した無数の光線の姿があり、その光景を前に首を傾げたその男は、たった一言こう笑う。
「ん? あぁごめん、ソレの設定書き換えちゃった」
――万掌神訂。
それは、万物の設定を書き換える至高の力。
神の王たる、その所以。
それを前に頬を引き攣らせる一同を前に、全盛期にして最盛期。万能も全能も超えた『最強』であるその男はからりと笑う。
「さて、悪いのはどっちだい? 答えないと制裁しちゃうぞ」
その男――神王ウラノスにとっての『制裁』。
それは実質、『絶滅』以外のなんでもなかった。
☆☆☆
神王ウラノス。
その名は、神霊王イブリースにすら届いていた。
世界で唯一、十体以上の眷属を討伐し、イブリースが作り上げた最高傑作『銀皇シブリース』を除き、最も彼女の地位へと上り詰めた男。
――つまるところ、最強の男。
眷属も全て含めて、第三位。
その事実はイブリースが作り上げた眷属にすら事実として広まっており――その眷属が作りあげた『オートマタ』にさえ、その事実は嫌という程知れ渡っていた。
――絶対に、刃向かってはいけない相手として。
「し、神王ウラノス! その二名が悪だと断定する! 片や我らの同胞を大量に壊して回り! 片や我らがオリジンを攫った張本人! つまるところ悪、貴殿の制裁に値する罪人である!」
「……おりじん? なんかその響きかっこいいね〜。今度スキル作るとしたらそんな名前のスキルにするかなー」
恭香は察した。
スキル『開闢』がどうやってできたか。
そして察すると同時に恐怖した。
他でもない神王ウラノスの視線が、こちらを向いたから。
「と、彼は言ってるけどどうなんだい? 見たところ……神器みたいだけど、なんとなく僕の知ってる神の誰とも魔力が似通って――……ああ、なるほど」
されど、彼は疑問の途中で納得してしまう。
その瞳には大きな『理解』が浮かんでおり、一体どんな自己完結をしたんだろうと喉を鳴らした恭香は。
「――ねぇ君、未来の僕は元気かい?」
――その言葉に、背筋にゾッと怖気が走った。
確信した。この人は今、この一瞬で全て理解した。
おそらく一つの勘違いもなく、誰から何を言われるでもなく、ただ自分の力だけで行き着いた。
『未来から来た者がいる』という、事実に。
「あ、なたは……」
本当に、あの神王ウラノスなのか。
そう問おうとして、でも続きが出てこなかった。
その代わりに出てきたのは、疑問だった。
こんな……こんな、化け物が。
魔力の才能と、やる気を失ったからと言って、今のギンに劣るような存在になるわけがない。
恭香にだってすぐに分かった。
今のこの男は――強すぎる。
「さて、ひとつだけ聞きたいんだけど。君らは一体、未来の僕のなんなんだい?」
ウラノスは問うた。
他の全ては見透かした。
けど、そこだけは分からないと言わんばかりに。
「君たちのお仲間、一人いるでしょ? 常闇着てる男の子。他でもない、この僕が常闇を預けた、あるいは託したって時点でかなーり仲がいい、あるいはそれ以上もありえる関係だと思うんだけど」
「あっ、えっと……その」
彼の言葉に、思わず恭香は言葉に詰まる。
対してその光景に焦ったのはオートマタ。
未来は知らない――が、未来の神王ウラノスと知り合いかもしれない少女と、それに興味を抱いている目の前の最強。
思わず恐怖が溢れ出し、拳を握る。
されどそんな光景など視界に入ることなく、恭香はただ考えていた。
「その……えっと」
関係性なら、一言で表せる。
彼の息子であるギンと、付き合ってる。
でも、別に結婚してるわけでもなければ、あのチキン野郎に手を出された訳でもない。
だから、何となくその言葉を言ってしまうのははばかられた。そんなこと、まだ口が裂けたって言えない。恥ずかしいし、自惚れてるみたいだし。
だから、彼女は考えた末に顔を上げ。
「かっ、『家族』、です!」
スっと腑に落ちたその言葉を、口にした。
何年も一緒にいれば、何年も脳内で思ってることを垂れ流しにされ続ければ、愛着も湧くし、愛情も抱く。
でも、それは彼に対してだけじゃない。
彼のそばに集まったみんな。
馬鹿やって、笑って、泣いて、躓いて。
沢山のこと一緒に乗り越えてきた、家族だ。
一つの神器、道具として作られ、扱われてきた彼女が、初めて実感した『家族』なんだ。
だから、家族の大黒柱、その父親も。
きっと、その言葉に含まれる。
「――あら、そう?」
彼女の言葉に、ウラノスは笑った。
実に楽しげに、微笑んだ。
その裏側でどんなことを思っているのか。
どこまで、察しているのか。
そんなことは分からないけれど、ただ一つ分かったことがあった。
「それじゃあ、家族のために頑張らないと」
その言葉に、オートマタ達が動き出す。
既に、ウラノスが『どちら』に着くかは決した。
ならば、彼らが取るべき行動は一つ。
「相談の余地なし――排除する!」
神王ウラノス。
最強の男であり――その他である男。
元より『壁』という概念が無く、生まれながらにして最強に至れる素質を持っている『眷属』。
奴は、この括りから外れている。
生まれながらにして壁という限界に阻まれ、努力したとて最強に至れる可能性など皆無に等しい――人の身だ。
眷属の十体以上討伐?
そんなもの、どうせ下位の眷属――それも戦闘向きではない者達を倒してイキがっているに決まっている。
「人も神も同列の雑魚! 故にいくら強いと言ってもこの軍勢、たった一人で対処できるなど――」
「え? 思ってるよ?」
あっけらかんとした声が響く。
神王ウラノスは、振りかえる。
常闇のローブを風に揺らして。
――神の王は、大きく笑う。
「『聖獣化』」
――瞬間、漆黒の光が周囲に瞬く。
それは、かつて見た光景。
黒い鎧、黒いマント。
蛇の紋章が描かれたソレは圧倒的な威圧感を誇っており、ただでさえ手が付けられない化け物が――ここにきて、勝機の欠片も見えなくなった。
「ま、本来なら素手でも行けるんだけど……うん。悪鬼羅刹じゃ物足りなかったし、ちょっと本気で気分発散してみようかな」
「悪、鬼羅刹……?」
彼が呟いたその名を、一瞬理解できなかった。
――悪鬼羅刹。
眷属序列においてシングルナンバー。
つまるところ、上位十本の指に入る正真正銘の化け物であり、機界王ギシギブルなど指一本で滅ぼせてしまうような――文字通り『格』が違う相手。
そんな、相手を――。
「き、きき、貴様! まさか――」
「『神蛇影閃』」
途端、空間を鋭い一閃が過ぎる。
気がつけば叫んだオートマタは木っ端微塵に砕け散っており、その光景に驚いてウラノスへと視線を戻したオートマタたちは――そこに巨大な『蛇』を見た。
「さて、次は誰からいこうかな――っと」
一閃、二閃。
もはや残像を目で捉えるのが精一杯といった異様な速度で放たれるのは、蛇のアギト。
漆黒の蛇は瞬く間に周囲のオートマタたちを喰らい、壊し、崩してゆき、その光景はオートマタたちの心に恐怖を落とす。
――遊んでいて、これ。
無駄口を叩き、余裕を持って、現状。
そこまで考え至り、彼らの内にあったのは恐怖。
そして、それを上回る『怒り』だった。
ただ、侮辱された。
自分たちを――そして、自分たちを作った主を。
機界王ギシギブルを。
そして、その創造主たる『神』を。
――神霊王イブリースを、侮辱した。
その感情が全てのオートマタ達に行き渡る。
そして――感情が爆発した。
「――最終モード【オーバーエンブレム】」
溢れ出すのは、圧倒的な熱量。
そして、それを上回る威圧感だった。
「――ッ」
離れている恭香にも伝わった。
熱量は既に、太陽神アポロンが持つ『炎天下』の【終焔】にすら匹敵する。個々が放つ威圧感は優に白夜の持つそれを超えており、今の彼らと白夜が戦えばどうなるか――そんなのは火を見るよりも明らかだった。
「……へぇ、限界超過稼働。それ、僕も神器つかってやったことあるけど、持って三分。君たちは仮にも眷属の創造物だから……まぁ、持ったとしても五分、長くて十分。それ以降は――」
「理解している。我らは滅ぶ――が、貴様も滅ぶ」
その言葉に、ウラノスはピクリと眉尻を吊り上げた。
既に、そこに『雑魚』と呼べる相手の姿はなかった。
限界を超えた稼働によって、一時的にだが白夜すら優に超える力を手に入れたオートマタたち。
――命を削ったパワーアップ。
その光景に、ウラノスは思う。
「……命の灯火。なるほど美しい。推奨なんて出来ないけれど、確かに効果的な手段だと思う」
恭香は察した。
あっ、【生命の燈】ってここから来たんだ、と。
コイツらのこと参考にしてギンが死んだんだ、と。
そう考えると無性に腹が立つが、それよりも。
「うーん……どうしよう。正直現状でも素手で屠れる自信あるんだけど……アレだよね。さすがにパワーアップしてる相手を前にパワーダウンして無双とかしちゃったらイブリースの面子丸潰れだよね……。どうしよ。これ以上のパワーアップとか一つしかないんだけど……」
その言葉に、オートマタたちの激情が迸る。
ただ、ひたすらに憤怒。
圧倒的な怒りのオーラを前に、彼は頷く。
「まぁ、仕方ないね。強化には強化で応じる。もう本当に奥の手になっちゃうけど、運がなかったと諦めてくれ」
そう告げる彼は、酷く静か。
静まり返った水面。
眠りについた冬の森。
ギャグが滑った時の観客。
そんな情景が浮かんでくるほどに。
ただ、ひたすらに静かであって。
――どうしようもなく、恐ろしかった。
「――【覚醒】」
短く、声が響く。
そして、オートマタは三秒で全滅した。
ウラちゃんのネタバレタイム。
たぶんこの【覚醒】がこの作品最後の特大インフレになると思います。
ということで、よいお年を!




