機―18 過去の怪物
それは、転移門だった。
月光眼――つまるところ『空間』の力を最大限にまで引き出してようやく使える、全世界ありとあらゆる空間へと転移することの出来る究極魔法。
間違ってもそれは簡単に使えるような代物では決してなく、使えたとしても僕の力をそのまま引き継いでいるギル、本物の全知全能に相成ったゼウス、そして……まぁ、切っ掛けさえあれば白夜だって使えるかもしれない。
が、それにしたって僕を含めて片手の指の数にも満たない。
それはつまり言い換えれば、この力を使える存在を問われればその時点で選択肢が絞れるということでもあり、この時点、この過去においてその力を使える存在など――僕は、二人しか知りはしない。
一人はなんでもありだった全盛期の神王ウラノス。
そして、もう一人は――。
☆☆☆
「が、は……っ」
鮮血が口から溢れた。
眼前の光景に恭香は限界まで目を見開いて尻もちをついており、ただ、胸ぐらをつかみあげられ、血潮を吐き出した白夜の姿を見つめている。
「――実に、実に脆弱」
その声は、酷く冷たいモノだった。
彼女の胸ぐらをつかみあげているその男――機界王ギシギブルは、白夜へと無表情を突き付ける。
「生命とは愚かな者よな。特異な力を持てばそれで強いと勘違いをする。所詮強いと言ってもそれは『生命』の範疇において。間違ってもその範疇に収まらぬ我ら――【眷属】には通じぬ脆弱さよ」
眷属には、【壁】という概念が存在しない。
彼ら彼女らは生まれた時点で既に到達者の域に達しており、そこから気が遠くなるような年月を経て、経験と、技術と、力を身に付け、そして現代に至っている。
つまるところ、並の到達者では相手にもならないということ。
ましてや到達者に成ってからさほど月日が経ったわけでもなく、加えてつい先日まで全快ですらなかった白夜が勝てる道理など――正直、どこにも無い。
「ば、けもの……がはっ」
「黙れ小童」
胸ぐらをつかみあげていた腕が白夜の喉を締め上げる。
その光景に恭香が引きつった悲鳴を漏らすよりも先に、近くにいたギシルが動き出す。
「こ、懇願! や、やめて欲しい機界王……! 確信、貴方の目的は私だったはず! 故に、私さえいれば――」
「……はて、自分の『所有物』に何かを乞われる主がいるとは思えないが」
しかし、それは言外の拒絶だった。
「何を勘違いしているかは知らぬが、貴様は私の『モノ』でしかない。何を思い上がったか『外の世界を見たい』などと言い出した時は失笑すら通り越して憤激しか覚え得なかったぞ、我が最高傑作にして我が宝――【ORIGIN】よ」
その言葉に、ギシルの肩が大きく揺れる。
最高傑作、そして宝。
その二つの言葉と彼の言動はどうしようもなく相反しており、思わず困惑の表情を浮かべた恭香へ、機界王は不機嫌そうに口を開く。
「まぁ、本来であれば、生物ですらない神器に説明する義理はないのだがな。其処のソレ――正式名称【ギシギブルコア】は、眷属の中において最も生産向き、つまるところ最弱として造られし私が最強へ至る為の足掛かり。つまりところ我が最高傑作にして、我が宝にして――我が消耗品だ」
奴はそう告げ、白夜の体を投げ捨てる。
勢いよく恭香の近くまで転がってきた白夜の体は小さく痙攣を繰り返しており、ゴフリと血を吐き出した彼女に恭香はやっと正気に戻る。
「び、白夜……ッ!? あ、貴方、本当に――ッ」
「本当に……はて、何を言いたい幼き神器よ」
されど、眼前へと突き立てられるは無数の刃。
周囲にはいつの間にか無数のオートマタ達の姿があり、彼らの後ろに機界王の姿は隠れてゆく。
「まぁ、どうでもいいことだ。コレは私が全能力を賭して作り上げた強化アイテム。消耗品でしかない。故に自由などあるはずもなく、外の世界を見るなど、それこそ許されるはずもない。貴様は我が元で生れ落ち、我が元に命を散らす以外の運命を持ち合わせては居ないのだから」
どこからか、嗚咽が聞こえた。
いつの間にか、ギシルの姿は見えなくなっている。
もう、先の嗚咽は聞こえない。
ただ、傷つき倒れた白夜を前に歯をくいしばる恭香へと、機界王の声だけが響いてくる。
「コレは私が造り、私が壊す運命にある。己が所有物を正しく用いようとする第三者に分不相応にも口を挟むのは止すことだな」
――まぁ、言ったところで無駄であろうが。
そんな声が聞こえ、恭香の視界を無数の光が包み込む。
それは、絶望の光。
無数のオートマタ達から放たれたそれらは、いとも簡単に彼女らの姿を飲み込んでゆき――。
☆☆☆
「……あれっ?」
ロウリィは呟いた。
目をぱちくりと見開いて周囲を見渡す。
そこはかつて見た覚えのある『表』の世界。
空を穿つような尖塔が立ち並び、頭上はどす黒い暗雲が立ちこめ、太陽の光は一切うかがうことはできない。
「お姉しゃん? お兄しゃん……?」
周囲をキョロキョロと見渡してみる。
背後には儚く消えてゆく転移門の残滓が虚空に漂っており、遠くからは耳朶を貫くような巨大な戦闘音が響いてくる。
それはどうしようもなく幼い彼女の心を揺さぶり、思わずその瞳に涙が滲んでゆく。
誰もいない。
一人ぼっち。
まぁ、言ってしまえば全部彼女が悪いのだが、そういうのもひっくるめて現状を『理解できない』彼女は引きつった悲鳴を漏らし――
「――困惑、何故幼女がこんな所に」
響いた声に、振り返る。
そこに居たのは金色の髪に赤い瞳をした男だった。
――否、男達、と言った方が正しいか。
二十人以上にもなる『同じ顔』をした男達は皆不思議そうにロウリィの姿を見つめており、その異様な光景に彼女の体が大きく跳ねた。
それは、恐怖だった。
何を感じた訳でもない、なにか理由があった訳でもない。
ただ、ひたすらにその男達が恐ろしかった。
――そしてその恐怖は、なにより正しい。
「主に報告――結論、邪魔である故に、排除せよ」
一斉にそれらから威圧感が溢れ出す。
ジャキリと機械音と共に向けられたのは無数の右腕。それらは瞬く間に巨大な光源を形成し、膨大な熱量を周囲へ撒き散らしながら致死の一撃へと相成ってゆく。
「……お姉しゃ、ん。お、兄しゃん……っ!」
儚く悲鳴が周囲に響く。
然れど返って来るのは無表情の殺意のみ。
それは、まさしく絶望。
なんの力もない幼子を前にその現状はどうしようもなく『死』の近くに在って――
「――まぁ、どちらかと言えば後者で願うな」
響いた聞き覚えのない声は、どうしようもない希望だった。
目を見開く彼女の前で、一瞬銀色の光が瞬いた。
途端、眼前で攻撃のモーションへと入っていたオートマタ達が大きく吹き飛ばされてゆき、受け身を取る暇もなく周囲の尖塔へと突っ込んでゆく。
その光景に彼女は唖然と口を開き――気がつけば、目の前に知らない人物が立っていた。
風になびくのは闇のように黒い漆黒の髪。
短く揃えられたそれらはまるで男性のようで、純白色の軍服は男性用。されどその容姿からは『男装』などでは隠しきれない【美】が滲み出しており、その後ろ姿にロウリィは思わず硬直する。
「……お前、本当に勿体ない力捨ててんな」
背後から聞き覚えのある声が聞こえてきて目を覚ましたロウリィは、勢いよく声の方向へと振り返る。
「お、お兄しゃん……!」
そこに居たのは、見覚えのある黒髪の青年。
――ギン=クラッシュベル。
彼はその男装の女性を見つめ、ただ疲れたようにため息を漏らしており、彼を一瞥し、全く興味が無いと言わんばかりに視線を逸らしたその女性は鼻で笑った。
「先程から何を言っているかは分からぬが……、貴様、私が誰か分かった上でその口の利き方と捉えて良いのだな?」
その言葉に、ギンは笑う。
どうしようもなく、笑ってしまう。
なにせ目の前に立っているこの女がどこのどいつで、どんな経歴と性癖持ってて、どんな末路を辿るのか。
そんなの全部、知っている。
多分、本人を除けば彼が一番わかってる。
血の繋がりこそないものの、彼女の【弟】として。
「ああ、知ってるよ。時空神クロノス様」
この世界において、転移門を使える人物。
他でもない、時空の全てを支配し尽くした過去の偉人。
今やその力は全て失われ、別種の怪物と化した彼女ではあれど――神時代の彼女もまた、紛うことなき【怪物】だった。
ギンはそう笑い、彼女の隣に歩を進める。
「ほう、私の隣に立つか。名も知らぬモブ顔」
「お前昔っから腹立つ言動してたんだな。未来で会ったら一発ぶん殴ってやるから覚悟しとけよ糞レズ野郎」
そう笑い、二人は拳を構える。
二人の眼前には、傷を負いながらも立ち上がるオートマタ達の姿があり、彼らからの殺意をその身に受けて――二人は笑う。
「「まぁいい、まずはコイツらぶっ飛ばす」」
期せずして、声が重なる。
過去の怪物と、現代の怪物。
二人は背を預け、拳を固め。
そして、いつかのように笑うのだった。
次回『共闘』




