焔―050 執行機関
昨日は感想欄が荒れました。
いい意味で。
――死んでた期間、およそ五十四時間。
今のギン=クラッシュベルを示すとすると、そんな言葉が相応しいだろうと思われる。
恭香達が最高神へと頼み込んだのが、彼の死後十時間後。
その後、四十四時間を掛けて冷凍保存してあった彼の『昔』の肉体を解凍し、修復、後にそれをベースに新たな肉体を作り上げた。
結果的に彼は死後五十四時間の時を経て蘇り、この世界へと舞い戻った。
彼がもしも久瀬竜馬一行に何か告げるとしたならば。
『なんで森国で恭香が【人型】になれてる違和感に気が付かなかったんだ?』
となるだろう。なにせもうその時には既に、彼は黒鎧の中に入っていたのだから。
「な、なな、な……!?」
オウカの愕然とした声が響き、それを見下ろしたギンは小さく苦笑する。
「どうしたスメラギさん。お化けでも見たみたいな顔してるぞ」
「だ、だって……」
彼女の目から涙が零れ落ち――直後、彼の背後から無数の悪魔達が襲いかかった。
それら全てが赤い外套を身に纏った戒神衆であり、それらを視界に映したオウカは咄嗟に注意を呼びかけようと口を開き――
「――邪魔」
瞬間、それら全ての悪魔達が地面へと叩きつけられた。
見ればギンの両眼には月光眼が煌めいており、トンッ、と杖の石突で地面を叩くと同時、地面から現れた影がそれらの悪魔達を拘束していく。
「スメラギさん」
ふと、ギンが彼女へと振り返る。
みあげれば、彼の瞳にはとても優しげな光が灯っており。
「――待たせたな、あとは任せろ」
その言葉に、彼女の心が興奮に震えた。
☆☆☆
その変化に、その場にいた全員が唖然と目を見開いた。
「そ、空が……!」
「そ、それだけじゃないわ!」
見れば空が、地面が、草木が元通りの色を取り戻していっており、灰色の世界が元の色を取り戻していくその光景に、その美しさに、誰もが時を忘れ見入っていた。
だが、それを突き破る轟音が響く。
ガゴォォォォオオオオオッッンッ!
大地が揺れ、大気が震え、あまりの衝撃に誰もが周囲を見渡して――すぐに、そのブツへと視線がいった。
「「「「ば――っ!?」」」」
そこにあったのは――巨大な屋敷。
本来ならばこんな戦場のど真ん中にあってはいけないその屋敷ではあったが、多くの人々がその建物に見覚えがあった。
――否、あり過ぎた。
「「し、執行機関の本拠地――ッ!?」」
多くの声が重なり、キュゥィイイインッ! と屋敷の中から嫌な音が聞こえてくる。
その場にいた全員が嫌な予感に頬を強ばらせる中、ガシャンッ、と屋敷が変形し、その前面に巨大な砲台が現れる。
――あ、これ死んだわ。
その砲門の中に燻る金色の光を見て、誰もがそう確信する。
けれどもその砲門はガシャン、と上空へと口を向けると、その眩い光を天高く撃ち出した。
それには死を覚悟していた者達は困惑し、その砲撃が飛んでいった上空へと視線をあげて。
――絶望に顔が歪んだ。
「「「「おお、なんという好機! なんというシチュエーション! 感謝します! 感謝しますぞ我らが神よ!」」」」
そいつらの姿を見た途端、人々は武器を放り捨て、その場から我先にと逃げ出した。
そこに居たのは、打ち上げられた光から生み出された――否、召喚された無数の一般人。
けれどもこんな但し書きがつく一般人だ。
――『但し、黒コートに身を包んだ狂信者なり』、と。
彼らは難なく地上へと着地すると、ギランッ、と悪魔達へと視線を向ける。
その瞳には『獲物を見つけた肉食獣』にも近い獰猛さが現れており、その瞳を前に戒神衆たちは思わず武器を構えた。
が、次の瞬間、彼らの目の前にはそいつらが立っていた。
「おやおやおや、武器など出してどうしました? 入信ですか? 入信ですね?」
「おやおや! これは素晴らしい肉体をお持ちで! どうです? 今なら入信すれば即労働所の幹部候補生として……」
「あーらやだ、こんな所にイケメンさーんっ! でもどうかしら、あなたも髪の毛黒く染めたらもーっとイケメンになると思うのよねぇー!」
「ねぇねぇお兄ちゃん。入信しない?」
「さぁさぁよってらっしゃい見てらっしゃい! 今入信すれば我らが神から直々に『ちょっとだけ詐欺が上手くなる』加護が頂けますぞ! もうこれは取った者勝ち! というか取らなきゃ損です!」
「おや、こんな所に無神者がおりますね。ではわたくしが小六時間ほど掛けて我らが神の素晴らしいところ千選を……」
「な、なんだコイツらは……ッ!」
――誰かが叫んだ。
気安く肩を組み、なんだかよく知らない加護をぶらつかせて勧誘し、無理矢理差し出してきた手を取っさに握ってしまうと、もう逃がさないとばかりにギチギチと締め上げてくる。
正しく悪夢。
異様極まりないその光景に誰かが悲鳴をあげ、思わずそいつらの中へと魔法をぶち込んでしまう。
その魔法はEXランクすら一瞬で灰燼と帰す炎魔法。
本来ならば一般人ごときに耐えられるはずもない。
だが、悪夢はまだ終わらない。
「おやっ?」
パシンッ、と音が響き。
炎魔法が、いとも簡単に手の甲で弾かれた。
「「「「「な――!?」」」」」
そこに居たのは、一人の老人。
変哲もない神父の服に、顎には白い髭を蓄えている。
その老人は楽しげに「ほほ」と笑を浮かべると、パンパンッ、と手を叩いた。
「さぁ皆さん、悪魔の信仰者第一号ですよ。あの魔法を放った方、どうやらあまりにも勧誘がこなさすぎて待ちきれなかったみたいです」
「ば、ち、違――」
あまりにも見当はずれな言葉にその悪魔は咄嗟に声を上げるが、けれどもガシッと肩を掴まれて硬直する。
錆び付いたブリキ人形のようにギギギッと背後を振り返れば、そこには満面の笑みでサムズアップしている三つ編み髭の大男が佇んでおり。
「――レッツ、アーメン」
その言葉が合図となったように、いつの間にかそこら中へと集まっていた狂信者たちがいっせいにその悪魔へと飛びかかる。
「ま、待っ――、た、助け……!」
悪魔の男が狂信者の群れへと飲み込まれていき、断続した叫び声が響いてくる。
その地獄のような光景を見てしまった悪魔達は思わず硬直し、ダラダラと冷や汗を流し始める。
そんな彼ら彼女らの視線の先では、腐肉に集う虫のように蠢いていた狂信者たちが一人、また一人とその場から離れていき、十数秒後にはその場には先程までと何も変わらない悪魔の男が佇んでいた。
だが。
「ぅっヒィィィィィィィィ!!」
奇声が轟く。
見れば先程までは理性の光を宿していたその男は狂気の光を宿しながら奇声をあげており、その瞳がギロリと周囲の悪魔達へと向けられた。
その狂気に満ちた瞳に悪魔達が怯える中、それらを先導していた老人が満足げに微笑んだ。
「我らが主はこうお望みになられました。――『一人も殺すな』と。なればこそ、一人も殺さずに皆洗脳してしまえばいいだけのこと」
隠すこともなく『洗脳』と口走ったその男は、フッと穏やかな笑みを浮かべて。
「さて行きましょうか。これは『戦闘』ではなく」
――ただの洗脳です。
悪魔達の絶叫が響き渡った。
☆☆☆
ガッ、とオーディンの体が弾かれ、大きく後方へと吹き飛ばされていく。
見れば視線の先に佇むラーヴァナの体からは今先程穿った穴すらも回復し始めており、数度瞬きをすればそれらの傷は完全に完治していた。
「おいおい、どうしたってんだ、これァよォ……?」
ラーヴァナの視線は泣き叫びながら逃げ惑う悪魔達と、それを追い立てる黒髪黒コートの狂信者たちへと向かっており、その光景に思わずオーディンは頬を緩めた。
「ほぅ……、なんとか間に合った、と言った感じか」
「その、ようですね」
トールとガイアが安堵に息を吐き、その姿にラーヴァナは目に見えて眉根を寄せた。
「あァ? てめぇら一体何を――」
「すまんなラーヴァナ。貴様の相手は『俺たち』ではない」
被せるように告げられたトールの言葉にラーヴァナは困惑気味に小首を傾げ――直後、背後から膨大な殺気が膨れ上がった。
「――ッ!?」
――死。
彼をしてそれを覚悟しなければいけないほどの大きな殺気に彼の身体中から汗が吹き出し、一瞬遅れてその場から飛び退る。
そして――彼の腕が吹き飛んだ。
「が……ッ!? こ、この野郎……ッ!」
宙を舞う自らの腕を掴みとり、大きく飛び退って背後に立っていたその『女』へと視線を向ける。
そこに立っていたのは――白髪の女性。
腰まで伸びる白い髪を風に揺らし、黒い巫女服に白い羽織が若草色の絨毯の上によく映えている。
そんな彼女は血の滴る大鎌を肩に担ぐと、疲れたようにため息を漏らした。
「ったく……なんで俺様がこんな所に」
「にははっ! たまには良いではないか! このメンバーが揃うなどそうそう有り得ぬことぞよ!」
「そうねそうね! なんだか久しぶりね!」
「ガハハハハハハ! そうさな久しぶりだな!」
「あー、喧しい」
「私も同感」
「上に同じく」
彼女の背後から幾つもの影が歩み出てくる。
その影は一つ、二つ、三つ、まだまだ増え、最終的に七人のメンバーがそこに揃った。
「て、テメェらは……!」
その顔ぶれに、ラーヴァナが思わず声を漏らす。
知らないはずがない。
何せそこにいたのは、かつて円環龍すら滅ぼした史上最強の冒険者たち。
白神の王、リーシャ。
氷魔の王、グレイス。
幻影の王、エルザ。
魔王、ルナ・ロード。
獣王、レックス。
鍛冶の王、ドナルド。
そして――死神、カネクラ。
いずれも、人間。
その事実を前に、神にも悪魔にも殺されない肉体を持ったラーヴァナは大きく頬を強ばらせる。
「……なるほど、時間稼ぎしてやがったのか」
ギロリと三人の最高神を睨み据えるが、彼らはただニタニタと笑みを浮かべているばかり。
そんな神々に青筋を立てるラーヴァナへ。
死神はスッと大鎌の切先を突きつける。
「――とりあえず。死の神の名の元に明言する」
――お前、ここで死ね。
淡々と告げた彼女の真紅の瞳を見て、ラーヴァナは獰猛に笑ってみせた。
次回『死神』




