焔―044 司会さん
いいところで区切ろうと思うとなんだか短くなります。
昔から、争いは好きじゃなかった。
悪魔という種族に生まれたこともあり、村八分にされたくなかった私はとりあえず『悪魔らしいこと』をして、いろんな世界にその名を轟かせた。
だが、やはり他の悪魔と比肩するとやる気のなさが滲み出ていたのか、色々な世界では『強いが一番ではない』だとか、『それほど強大という訳では無い』だとか、そんな印象になってしまっているようだった。
そして、それは私にとっては好都合だった。
実力を隠せば、色々と自由に動ける。
そう心を弾ませながら私が向かうのは、決まって地球という星にある、日本という国の一都市だった。
こちらの人間からすれば異世界人である私にとって、その都市は正しく【娯楽の宝物庫】とでも言うべき場所だった。
視線を巡らせれば心が踊る、何かを手に取れば好奇心が湧く、見知らぬ映像を見れば興奮が掻き立てられる。
私はその世界が、その国が大好きだった。
故に、混沌さんがその世界に進行すると聞いた時は、それ相応の反対を示した。
『は? 何考えてるんですか馬鹿なんですか?』
そう問いかける私に対して、憤慨した当時のサタンさんが襲いかかってきた。
けれど当時のサタンさんは私にとっては『強いけど、まぁ微妙』と言った程度でしかなく、さらっと受け流して、彼の体力が尽きるまでテキトーに相手をしてやったのを覚えている。
そして、混沌さんがそれを楽しげに見つめていたのを覚えている。
『やはり貴様、力を隠していたな?』
『え、バレてたんですか?』
それには素直に驚いた。
流石は元時空神と言うべきか、あるいは純粋に彼女がそういうことに長けているのか。あまり興味はなかったけれど、それでも少し感心した。
『……ただ、それほどまでの力の持ち主が、何故そこまでして人類を守ろうとする? 何故悪魔の貴様が、我らの進行を止めようとする?』
そう問うた彼女の瞳は、真剣な光を帯びていた。
故に私はしっかりと瞳を合わせて、即答する。
『だって、私は――』
☆☆☆
「うーむ……、さてどうしたものでしょうか」
アスタは北の方に現れた光の柱を見つめて小さく呟く。
英雄、桜町穂花。
緑金の勇者、アーマー・ペンドラゴン。
神天、ゼロ。
北にはあの三人が向かったと聞いていたが、あの光は明らかに『封印が解かれた』ことを意味している。他でもないこのタイミングで現れたのだ、それ以外の意味は見出し辛い。
「気絶……は希望的観測ですかね」
恐らく、三人とも死んでいるだろう。
そう考えるのが妥当であり、最も可能性の高い答えだろうとは思う。
ならばその三人を打倒したギルという男が次にどこへ向かうかと聞かれれば――
「世界樹、行ってくれればいいんですけど、こっち来たらちょっと不味いかもしれないですねー……」
そう言って彼女は周囲を見渡す。
ぐるりと視線を回らせれば、自分を囲むようにして存在しているいくつもの巨体が窺える。
黒い肉体を誇る異形のヴァンパイア。
緑色の甲殻を誇る巨大なスコルピオン。
紅蓮の焔を体に纏うライオン。
蒼い甲殻に身を包んだ巨大な龍。
腐臭を放つ気味の悪い蝿の王。
そして――筋骨隆々の大悪魔。
「ちょっと皆さんマジ過ぎないですか……? 私相手に全員根源化とかちょっと笑えないんですけど……」
と言いながらも余裕を崩さない彼女の姿に悪魔と化したサタンは小さく眉を寄せると、拳をぎゅっと握りしめる。
『……数百年前、貴様は我らの進行を止めようと我らの前へと現れ、そして、この俺を負かして見せた。この数百年で実力は変わっているとはいえ、【根源化】のモチーフすら知らぬ大悪魔相手に油断する理由は見当たらん』
サタンの言葉に「真面目ですねー……」と頭をかいたアスタは、サタンの瞳をじっと見つめ返す。
「私の根源化すら引き出すこともなく敗北した悪魔が、今度はお仲間さん達を集ってリベンジマッチですか? いやー、何だか下手にプライドだけはある田舎のガキ大将みたいですねぇ〜」
「――ほざけ」
アスタの明白な『煽り』を一蹴したサタンの両腕へと紅蓮の炎が纒わり付く。
確かに数百年前は勝てなかった。
だが、今のサタンは数百年前とは明らかに違う。
覚悟も、精神力も、そして純粋な戦闘力も。
何から何まで違う上に、それに今のサタンには仲間がいる。
下らないプライドなどとうの昔に捨ててきた。
「侮るなら好きに侮れ。油断するなら自由気ままに隙を晒せ。俺は混沌様に全てを捧げると誓った身。あの御方が滅ぼすと決めたのだ。ならばこの俺のプライドなど、既にあってないようなものであろう?」
その言葉に、その姿に。
初めて『違う』と察したアスタは着ぐるみの下で小さく笑むと、スッと両手を肩の高さまで上げた。
「なるほど、ならば本気で――」
――消して差し上げましょう。
その言葉に、一同の背筋に怖気が走り抜けた。
見れば彼女を中心として膨大な魔力が吹き荒れており、その総量はギン=クラッシュベルのソレと同等――いや、それ以上。
未だかつて体感したことのないほどに膨大な魔力量にサタンの頬を冷や汗が伝い、ゴクリと喉が鳴る。
「我が真名、大悪魔アスタロト。最強にして最悪の大悪魔。悪魔史が始まって以来の――人間に憧れた大悪魔」
大悪魔アスタロト。
彼女が混沌の進行に反対した理由。
それは単純に――『人間』を愛していたから。
人間は愚かだ。
受けた恩をすぐに忘れる。
けれど受けた侮辱は決して忘れない。
金のことになると目が眩み、他を陥れることすら厭わない。
大して強くもないくせに威張り散らし、自らより弱いものを陥れて誤魔化そうとする愚かな人種。
それが、彼女は愛おしいと思うのだ。
「人間には自由に生きたいという感情がある。後悔もする、恨みも妬みも憎しみもする。けれど、それを乗り越え、成長できた人間っていうのは、思った以上に美しいものなんですよ。サタンさん」
確かに悪いところを上げればきりがない。
けれど、それと同時にそれらの悪いところを帳消しに出来るほどの素晴らしさを持っている。
悪に落ちたとしても、それを乗り切れる強さがある。
間違いを素直に認められる強さがある。
苦難も悲嘆も乗り越えて、成長できる強さがある。
なればこそ、この世界で何が最も強い『生命体』かなど、考えるまでもなく分かることであろう。
「――根源化・モチーフ『人間』」
彼女の体を赤と白、二種類の魔力が包み込む。
一瞬にして膨れ上がった膨大な魔力に思わずサタンでさえ地面を踏みしめ、顔を思い切り歪めてしまう。
――化け物。
正しくそんな感想しか出てこない。
赤と白の魔力が止む。
魔力の止まった視線の先には一人の女性が佇んでいる。
肩まで伸びる、先の紅く染まった真っ白な髪。
エルフのような長い耳が白い髪から飛び出ている。
赤と白の修道服に身を包み、紺色のマントが風に揺れている。
ふと、鼻頭に掛けた丸眼鏡を手に取った彼女は瞼を開く。その中から現れたのは炎のような紅蓮の瞳。
「いやはや、ギンさんは最初っから見破ってたみたいですけど」
曰く、声が同じだからすぐ分かった、と。
相も変わらず面白い人物であるが、その世界の人達は彼に負けず劣らず面白い。
その他にも助けてくれと頭さえ下げてきた王族の人達、世界の危機に自ら志願し、集まってきた冒険者達。
誰も彼もが彼女にとっては面白く、そしてそれ以上に愛おしい。
彼女は手に取った度のきつい丸メガネを懐へとしまい込むと、改めて『その名』を口にする。
「実は案外こっちでは有名人なんですがね。皆さんは知らないかも知んないんで、一応自己紹介をば」
そう笑った彼女は一礼すると、悪戯が成功した子供のように無邪気に笑い。
「大悪魔アスタロト。こっちでは【司会さん】と、そう親しみを持って呼ばれてます」
お察しの方が多かったのではないか、と思いますが、アスタの正体は司会さんでした!




