焔―043 一つの決着
今回は少し短め!
今の俺に、かつての記憶はほとんどない。
仲間達と笑いあった断続的な記憶。
繰り広げてきた無数の戦いの記憶。
そして、悪魔界で一人戦った記憶。
けれどその中で最も古い記憶は何かと聞かれれば。
それは多分、あの地獄。
『え……、あ……』
口から声にならない音が漏れる。
目の前に広がるのは、家に潰された両親の姿。広がる血の沼。背中を押された時に擦りむいた膝小僧のどこか遠い痛み。
そして、上空に浮かぶ大きな巨体。
ぎょろりと大きな瞳が俺を見下ろす。
『……まだ、生き残りがいたか』
感情を感じさせない声が響く。
あまりの恐怖に歯がカチカチと鳴り、右の瞳から一筋の涙が流れた。
『まぁいい、ここで殺せばいいだけのことだ』
瞬間、一筋の光線が迸った。
それは瞬く間に少年へと迫り、その腹を大きく抉り取る。
『が、あ……』
あまりの痛みに思わず蹲り、黒い傷跡を掻き抱くように押さえつける。
怯えた瞳を上げれば、目の前には無数の光線が迫っており――
「……嫌な記憶だ」
小さく呟き、右眼へと手を添える。
左眼はもう見えない。恐らくはあの馬鹿が俺の知らないところで白夜にでも譲渡したのだろう。
ただ、残る右の瞳から涙が溢れていた。
果たしてこの涙は何が遠因か。
単純に昔の記憶を除いて、昔の自分同様に泣いてしまったのか。
あるいは、心のどこかに後悔でも残っているのか。
「――愚問だな」
涙を拭いて即答する。
後悔なんてあるはずもない。
この先に俺の居場所が無かったとしても、この先にどんな困難が待っていたとしても。
これは俺が決めたことなんだ。
ならばどんなに不幸も笑い飛ばし、どんな困難も蹴り飛ばし、どんな未来をも抱き締めよう。
「俺はもう二度と、後悔なんてしない」
前回は、ダメだった。
だから今度こそ。
今度こそは、その未来を掴み取る。
プライドも知り合いも自分自身も切り捨てよう。
たとえ何を犠牲にしたとしても。
――アイツらの、幸せだけは掴んでみせる。
☆☆☆
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「だ、大丈夫!?」
体中から汗を吹き出し、膝をつくゼロを見て咄嗟に穂花が駆け出した。
――禁呪の担い手。
他種族の血の混ざっていない、つまりは『純血』の天魔族のみが持つとされる伝説のスキル。
それは魔力さえ揃えばどんな禁呪でもリスク無しで使用することができるという能力であり、幼少期から魔力を貯め続けた天魔族にとってはとてつもなく有用なスキルでもある。
長く生きた天魔族に至っては膨大に貯め込んだ魔力を消費してありとあらゆる禁呪を顔色一つ変えることなく使用する始末ではあるが、けれども『黙示録』は禁呪の中で頂点に位置する能力。
「ギリ……ギリ、魔力は間に合いましたよ」
もう魔力はすっからかんですが。
そう続けた彼女は滝のような汗をかきながら、それでも小さく笑って見せた。
視線の先にはこの構築された世界すら突き破って破壊の限りを尽くした『黙示録』の足跡が刻まれており、そのあまりの威力に桜町の喉がゴクリと鳴る。
「……凄い、ね」
それ以外の感想が出てこなかった。
元祖である天魔族の放った黙示録の威力はギンの使用したモノを遥かに上回っており、なるほどこれを『究極の一撃』と呼ぶのだろうと、そう思った。
けれど、これは勝ったと確信できる。
桜町の瞳は確かに膨大な闇に食われていったギルの姿を視認していた。
故にゼロの頭に手を当てて、フッと笑んだ。
そして――ガッ、と胸へと衝撃が突き抜けた。
「……あれっ?」
見れば自分の胸からは誰かの左腕が生えており、背後を見た彼女は大きく目を見開いた。
「な――な、なん、で……?」
「――なんで生きているのか、とでも言いたげだな」
背後に立っていたのは、紛うことなき『ギル』その人であった。
見れば彼の左腕は背中を突き破って彼女の心臓を穿っており、神剣の力によって生命力が上がっている今だからこそ生きていられるが、普通ならば即死の一撃であった。
ごふっ、と彼女の口から鮮血が溢れ出し、それを真横で見ていたゼロが大きく目を見開いた。
「あ、有り得ない……! な、なんで! 今の黙示録は確実に当たっ――」
「そうだな。今の一撃を俺は躱せなかった。神剣による強化が前提にあるのは確かだが、タイミングとしては完璧。転移系の能力でもない限り今の一撃で殺せぬ者は居ないだろうさ」
そして、それはもちろんギルも例外ではない。
転移系のスキルを持っていない以上、あの速度、あの範囲で、あのタイミングで背後から受けた攻撃を躱す手段は元より持ち得なかった。
「だ、だったら――」
そう叫びながら、ゼロは視界の隅で蠢いたその光景に言葉を詰まらせ、目を見開いた。
見れば彼の身体からは常闇のローブは消えている。右脚や右腕が回復途中なのか、蒸気をあげながらものすごい速度で回復していた。
完全に、捉えきれていなかった?
その可能性が頭を過ぎったが、すぐに違うと直感する。
ふと思う、なにか見逃していやしないか、と。
なにか、当然のことであり、それ以上に重要なことを、見逃している気がする。
ギルは桜町の背中から手を抜くと、鮮血が溢れ出し、彼女の体が地に倒れ伏す
――致命傷。
小さくアーマーへと視線を向けると、そちらも今すぐ処置しなければ死に至る重傷だろうと一目でわかった。
魔力はもうとっくに尽きている。
それでも彼女はギッとギルの姿を睨み付けると、彼は嘲笑って左腕を回してみせた。
「――助かったよ。左腕を切り落としてくれていて」
その言葉に彼女は全てを察してしまう。
――不老不死。
彼の域にまで達した吸血鬼が持つそのスキルは、言わば『体の一部でも残っていればそこから全快できる』というものであり、たとえ本体が『黙示録』によって消し炭にされようとも、腕一つ残っていればそれだけで戻るに足りる。
「こ、この……ッ!」
「そう睨むな。この俺が常闇のローブを手放さなければならなかったのだ。正しく歴史に名を残す素晴らしい活躍だ」
けれどもその瞳は嘲笑に歪んでいる。
フッと笑った彼は、回復した右手に黒く染まったアダマスの大鎌を召喚する。
「黙示録、か。なるほど初見殺しの見事な一撃だ。だが、ここまでの犠牲を払って放った一撃、果たしてもう一撃放てるかな?」
アーマーは倒れ、桜町は心臓を穿たれ、ゼロは魔力が尽きている。ただ誰も死んでいないというだけで、『詰んでいる』という事実だけは決して揺るがない。
ボウッ、と漆黒の魔力を纏ったその鎌を、ギルは大きく振り上げる。
「三人揃って武具を一つ破壊できた。その事実を胸に掻き抱き、冥土の土産にするがいいさ」
――強すぎる。
勝てるはずがないじゃないか。
そう泣きそうな顔でギルを見上げたゼロを目掛けて、黒い凶鎌は一直線に振り下ろされた。
次回はペンギン戻ります。




