焔―033 ギルの正体
番外編の方がキリがいいので、今回から完結までこっちを毎日投稿に切り替えます!
誠に勝手で申し訳ありません!
ギルの正体。
神王ウラノスが一目で気付き。
久瀬竜馬がその言葉から全てを察し。
全能神ゼウスがもとより知っていたその正体。
かつて、グレイスは言った。
『その力が、正しい事のために使われれば良いのだが……』
その時の彼女とてこの未来を予期していた訳では無いだろう。
世界に愛される王の素質を持つギン=クラッシュベルという男が、よりにもよって『悪役』へ堕ちようなどとは。
「誰も、予想しちゃいなかったろうな」
その言葉は、清々しいほどに透き通っていた。
真っ赤な左の瞳に、加護により白夜へと贈られたことで黒く塗り潰された右の瞳。
その髪は『正義執行』時と同じように真っ白に染まっており、その頬には自嘲するような冷たい笑みが張り付いていた。
そこに居たのは、紛うことなき執行者ギン=クラッシュベルだ。顔も姿も声も、何から何まで同じ彼そのもの。
けれど、ソレがあの男とは『別物』だと、ゼウスは既に断じていた。
「……可能性としては、ギンくんに会ったその時から考えていた。この未来だって、無数にある分岐点のそのうち一つとして存在していた。ただ」
「この未来こそが最も起こり得る可能性が少なかった未来だと、そういう事だろう?」
その言葉に、ゼウスは小さく唇を噛み締める。
この未来は、当初予定していた無数の未来の分岐、その中で最も可能性の少なかった小さな未来だ。
「ギル。ギン=クラッシュベルが死に、その死体に混沌が『終焉』を使用した結果、生まれ落ちたもう一人の化物」
ギン=クラッシュベルの死後、混沌は残り少ない自らの力を使ってまず最初にギン=クラッシュベルの死体を蘇らせた。
だが、彼の魂は生前に彼自身が行っていた【契約】により遥か彼方、その時点において最も強い味方『全能神ゼウス』の元へと送られ、保管された。
故に混沌でさえ彼を完全に復活させることは出来なかった。
ただ、完全ではないにせよ、復活させること自体は可能だった。
「後から知った。ギンくんは混沌との戦闘中に――影の腕を切り落とされた。『野性』が籠っていたその腕を切り捨てられ、次に影の腕よりも強度の高い『ヌァザの神腕』へと切り替えた。よって影の腕は……否、影の腕の中に入っていた『野性』だけは、契約の対象内に含まれなかった」
「……ククッ、よく考えているじゃないか」
ゼウスの言葉に、ギルは肩を震わせて笑って見せる。
――体を乗っ取ったギンの『野性』と。
けれどもそう呼ぶにはその男は少しだけおかしな行動を取りすぎているのもまた事実。
ただの野性がここまで理性的に話せるのか。
ただの野性如きが、ここまで世界を翻弄できるのか。
その答えはきっと――否である。
「……さぁ、俺は誰だと思う?」
その言葉に、ゼウスは小さくため息を漏らす。
ギンの野性。その答えすらも『正解』ではない。
なればギルの正体は一体何だ。
そう考えれば――自ずと答えは導き出せる。
「お前は――知性の化物だ」
その言葉に、ギルは大きく口元を歪めた。
まるで『よく出来ました』と褒め称えるような冷笑を貼り付けると、大袈裟に拍手をしてみせる。
「――正解。単純に『野性』等と言っていれば一笑に付す所だったが、さすがは全能神、俺の正体を完全に把握しているようだ」
「……そんなの、当たり前」
――知性の化物。
かつてのギン=クラッシュベル本人がそう呼ばれていたのは既に周知の事実であろう。
そのかつての彼こそが、今ここに立っているこの男。
……否、少し違うか。
「お前は肉体の中に残留していた捨てられた知性の化物。けれどそれだけじゃない。お前は影の腕からギンくんの野性をも取り込んで、別物と化した。今のお前を言うなれば……」
「そう、もう一つのあの男の人格、と言ったところだ」
ギンは最期まで自分の意思を全うした『愚か者』だ。
対してギルは、ギンが捨てた知性であり、野性でもある、もう一つの『愚か者』としての人格だ。
全てを守ろうと足掻き続け、その果てに絶望してしまったもう一人の彼自身なのだ。
「俺はあの男をよく知っている。誰よりもよく知っている。あの男の努力を知っている。あの男の痛みを知っている。あの男の辛さを知っている。あの男の苦労を知っている。あの男の全てを知っている。故に絶望した。あれだけ努力しても、あれだけ全てを投げ打って進み続けたあの男でさえも、この世界は指先一つで押し潰してしまうのか、と」
努力した。
全てを投げ打って走り続けた。
確かに折れた時もあった。泣きそうな時もあった。逃げ出したい時だって数え切れないほどにあったんだ。
けれど、最後までその意志を貫き通した。
だが、死んだ。
ギルは拳を握りしめると、大きく目尻を吊り上げる。
「俺はこの世界を愛していた。馬鹿な奴らもいた、ちょっかい掛けてくるクソ野郎もいた、けれど、いい世界だった。いい世界だと思っていた。思っていたんだ……」
――だけど、世界は最後の最後に俺達を裏切った。
その言葉にゼウスは小さく歯噛みする。
「それは、違う」
「ほう? 違うというか全能神。この俺が、俺達が、他でもないあの男がしてきた努力が『足りなかった』と。胸を張ってそう言えるのか? 表舞台に一度も立たず、全てをあの男に押し付けてきた《その他大勢》にそれを言う資格があるとでも思っているのか!? アァ?」
ギルの言葉は止まらない。
一度吐き出したその感情はもう、止まれない。
「お前らが一度として協力したことがあったか! 力を貸してやった? 力を与えてやった? 違うだろうが! 貴様らが、俺たちを介さずに一度としてこの世界に介入したことがあったか! 最初から大悪魔ら相手に出張ってきたことがあったか! 俺達が傷つかない『出来事』が一つでも存在したって言うのか!?」
――ない。
全てはギン=クラッシュベルが解決してきたことだ。
帝国での介入にしても最初から介入していれば彼が腕を失うことも、ステータスを奪われていた事もなかったはずであり、必然的に混沌との戦いにて彼が『生存出来ていた』可能性だって上がっていたはずなのだ。
それを、全てが終わってから物知り顔で、『所詮はお前の努力が足りなかった』等と……。
「介入すらせずに胡座をかいていた怠惰で傲慢な無能の神々よ! 貴様らに一体、俺達の何を馬鹿にする権利があるってんだ!」
「そ、そんなこと……言ってない! 言えるはずがない!」
言えるはずがない。
そう叫んだ彼女にギルは大きく嘲笑すると、ハッと額に手を当てて声を張り上げた。
「それはご立派なことだ。だがな、ゼウス。お前は僕を知っている。だからこそそう言える――だが、僕を知らない奴らはどうだ? 全てが滅ぶと知って、自らが滅ぶと、死ぬと知って、かつての僕が負けたのが遠因でこの自体が巻き起こっていると知ればどう言うと思う?」
「そ、それは……」
その答えが分かってしまい、ゼウスは思わず言葉を詰まらせる。
けれどギルはそんな躊躇いなど蹴り捨てるように、淡々とそのセリフを口にした。
「――『お前のせいだ。お前がもっと頑張っていれば、お前がもっと努力していれば全ては救われたんだ』、とな」
「ぐっ……」
分かっている。
この男は自分の愛したあの人ではない。
けれど、その声に、その姿に、その瞳に。
彼女は悲しみを覚えずにはいられないのだ。
「……まぁ、確信はなかった。故に俺自ら『とある本』を執筆し、世界へとばらまいた。その結果どうだ世界は、執行者の死などなかったかのように暮らし始める一般人。あの問題児が消えたかと安堵する悪徳貴族。努力不足じゃないのかと嘲笑を浮かべる肥えた商人。世界を戻せと声を荒らげる小さな子供。執行者ギン=クラッシュベルというのは、もう既にこの世界から『なかったこと』にされつつあるようだぞ」
その事実を、ゼウスは知っていた。
執行者は、もう死んだ。
執行者の輝かしい時代は既に幕を閉じた。
たしかに彼と関わったものは皆彼に魅了され、彼の死を酷く悲しんだ。けれど、それはあくまでも『関わった者達は』という話である。
一言で言い表すならば、正しくあの言葉がふさわしい。
――執行者の時代は、終わったのだ、と。
だからこそ、そんな残酷な現実を改めて確認して、ギルはふっと優しげに微笑んだ。
「……なぁゼウス。僕はね、もう諦めたんだ」
「……っ」
諦めた。
世界を救うことを、諦めた。
「こんな世界に救う価値などあるのだろうか。所詮、僕は誰も知らない影で生きる人間だ。僕の努力など誰も認めない、見ようとすらしない。そして失敗すれば『すべてお前のせいだ』と罵られるだけ。それが人であろうと、神であろうと、だ」
だからこそ、取捨選択した。
「この手で救えるものと救えないものと、二つがある残酷な現実を受け止める。受け止めた上でどうするべきか考えた。俺はどうすればいい。出来る限りの人を救うべくまた戦い始めるのか?」
そう自嘲するように笑ったギルは大きく息を吸って。
「――いや、そうじゃない」
その言葉に、ゼウスの背筋を怖気が走り抜けた。
「簡単な取捨選択の問題だった。全てを守りたいと思ったから失敗した。ならば今度は――守りたいもの以外を、全て滅ぼせばいいだけの事」
淡々と告げた恐ろしい言葉に、ゼウスは咄嗟に声を上げる。
「そ、そんなのギンくんじゃない! ギンくんは、もっと……」
「諦めの悪い男だったか? 悪いなゼウス、俺はもう二度と同じ失敗はしないと決めたんだ。だから、今までの理想を追いかけるのは止めさせてもらった」
世界を守るなど不可能だと身を持って知った。
努力は報われないと知らしめられた。
努力したところで一つの失敗であらゆるものに責められる残酷な現実にも理解が及んだ。
なれば、やることは一つだけ。
「――全ての世界に存在せし、犠牲の上に平和を謳歌する糞共と。そして、俺の愛すべき仲間達。どちらが大切かなど考えるまでもなくわかることだ」
「そ、そんなの! あの子達が望むわけ――」
「ないだろうな。だからこそ奴らに会うつもりなど毛頭ない。白夜には会ってしまったが、あったところで俺の意思は変わらない」
仲間達が悲しむとわかっている。
そんなことは望まないと分かっている。
そんなことをする自分は必要とされていないと分かっている。
今の自分に、彼女達の隣は歩けないとわかっている。
もう、あの場所に戻れないと分かっている。
「けれど、僕はもう十分に、幸せを貰ってきたから」
だからもう、迷うことなんてどこにもない。
そう笑ったギルは拳をぎゅっと握りしめる。
「この幸せの記憶さえあれば、俺はあいつらのために、どんな悪逆非道をも執行しよう。それこそが今の俺の正義であり、それにはゼウス。お前は邪魔だ」
殺したくなんてない。
けれど、それでも邪魔をするというのなら。
どれだけ気の許せる友人だろうと、初めてのキスを奪われた相手であろうと、喜び勇んで殺してみせる。
「多くを残せばどうせまた争いが生まれる。俺が望む『エデンの園』には争いは必要ない。だからこそ救う人員を必要最低限にまで選定した。その結果、俺の仲間だったあの面々以外は不必要だとの結論に達した」
――エデンの園。
それは、自ら選定した大切な者達のみで構成された、脅威も不幸も悲しみも、もう何も無い幸せの世界。
「こんなの、やっぱり……」
「望まないだろうな。だがそんなものは知ったことか。奴らの意思など端から考慮していない。俺は、あいつらを守れればそれでいい。どれだけ泣き叫ばれようが、どれだけの恨みを買おうが、どれだけ嫌われたって、アイツらが傷つかないならそれでいい」
その言葉に、ゼウスは小さく息を吐く。
その瞳には既に諦念の炎が揺れており、なりを潜めていた雷がバチバチと大きく音を立てて鳴り始める。
「……もう、お前と話していても無駄だとわかった。どんな理由を持っていようと、私の邪魔をする以上、ここでお前には終わってもらう」
「ふっ。冗談はよせよ、俺の正体を知ってなお俺に勝つなどと……戯れ言が過ぎるんじゃないか、ゼウス」
そう軽快に笑ったギルは両手を広げてたった一言。
「――モード『陰陽師』」
瞬間彼の左手から金色の炎が、右手から紅蓮の影が立ち上る。
本来ならばこの世界から失われた二つの属性。
その力はかつて壁を越えたギン=クラッシュベルのソレすらも上回っており、その膨大な熱量と暗さにゼウスの頬を冷や汗が伝う。
「確かに大打撃だった。まさか影と炎の力を半分奪われ、神器などの武器も剥奪されるとは思わなんだ――だが」
そう笑ったギルはその赤い瞳を銀色に染め上げる。
――月光眼。
その瞳に睨まれたゼウスは大きく槍を構えると。
「――こちとら混沌の力でスペック最大値まで強化されてるんだ。全知全能だろうと神の王だろうと主人公だろうと」
――俺は、他の全てを斬り捨て、燃やし尽くそう。
ギルはそう、冷笑を浮かべた。




