焔―032 ギンとゼウス
心配をおかけしましたが復活です!
ということで、今回ばかりは普段よりも力入れて執筆させていただきました!
「が、あぁっ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!! あがッ、ぐぅぅあああああああああああああああああああああああああああああああッ、ああああああああああああああああああああああああああああああッッ!! があああああああああああああッ! ぐあああああああああああああああああああああああああっ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ! いっ、がァッ、がッ……がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
長い、長い咆哮が響く。
その叫びは悲痛さに満ちており、喉を引き裂くようなその絶叫にギルは大きく歯を軋ませる。
――壁の意識的な破壊。
それはある『詠唱』を唱えることで引き起こすことの出来る現象であり、それを彼自身、かつて壁の存在を知った際に同時に教えられていた。だが。
(……だが、あの詠唱は、万物の理に対して自身が『超える』に足る器であると示さなければならない。強さ、精神力、そして才能、その他全てにおいて、単体で万物を滅ぼせる力を得るに足る存在であると、示さなければならない)
そんなものは不可能である。
かつてのクロノスでさえ器を犠牲にすることで壁を越えた、かつてのギン=クラッシュベルでさえ友を食らうことで壁を越えた。
(それを……自身の手で、執行するだと……?)
不可能だ、そう断じることが出来る。
だが、なんだこの胸のざわめきは。
ギルは胸の内で蠕動する気味の悪さに胸を押さえつけ、ゼウスへと視線を向ける。
「……まさ、か」
一抹の嫌な予感が脳裏を過ぎる。
出来るはずがない、出来るはずがないのだ。
しかしその時、ギルの脳裏にあの男の声が響く。
『このためになら、俺はこの命を賭けられるから』
その言葉に、彼の背筋を怖気が走り抜ける。
たった一人、そんな理屈など無視して『感情のみ』でその壁を越えた馬鹿を、ギルは知っている。
昔からその間抜けを知っている。
馬鹿馬鹿しく、理屈など知ったことかと感情論に走るその男。
その男をギルはよく知っている。
だからこそ警戒した。
誰を一番警戒するかと聞かれれば迷うことなくあの男、ギン=クラッシュベルを挙げるだろうが、それでも次点に誰を警戒していたかと聞かれれば、それは――
「……なるほど、メフィストには見透かされていたわけか」
他の何でもない、ただの愚かな感情論。
それをどこまでも突き通せる馬鹿は恐ろしい。それを死ぬその時まで我武者羅に貼り続けられる愚か者ほど、恐ろしいものはないと思う。
だからこそ『警戒している』ということを頑なに否定した、あの男がそうである可能性を否定出来なかったから。
けれど、否定出来る要素はもう消えた。
あの男は予期したとおり、ギルの最も恐れるタイプの存在だった。
一度決めたら最後までやり通すとびっきりの馬鹿。
彼のギン=クラッシュベルの同類。
そして――
「この俺と、同じ類の人間」
なれば、もう感情論など馬鹿にはできない。
何せ他でもないこの自分こそがその『感情論』によって生まれ落ちた存在なのだから。
胸を強く握りしめ、キッとゼウスを睨み据える。
可能性など些細な問題だ。
それに足る『愚かしさ』があれば、この女は必ず壁を超える。
だから、その前に――
『――殺させるとでも、思うたか?』
響いた声に、咄嗟に常闇のローブを用いて身を固める。
直後に防御越しに大きな衝撃が走り抜け、ギルは大きく吹き飛ばされて体を起こす。
「チッ……、反応が遅いッ!」
『当たり前であろうが、この阿呆。その装備に籠る魂は他でもない玄武のもの。本来の主でない貴様に使いこなせるものでは決してあるまい』
その声に視線をあげる。
そこには全身から金色の雷を放つ巨大な生物が佇んでおり、その姿にギルの頬に冷や汗が伝う。
「聖獣、麒麟……!? いや、だがその強さは……!」
『我が主はこの世界を創造してからというもの、この世界そのものに延々と自らの魔力を注ぎ、込めてきた。そしてこの我はその魔力の大半を消耗して顕現した写見よ。それ相応の力になってもらわんと割に合わん』
その言葉にギルは小さく舌打ちを漏らすと、両手にアダマスの大鎌を召喚する。
「……貴様は賢人かと思ったが」
『なに、我とて止めたさ。だが主はこんな老害の言うことなど聞かぬ性格でな。一度決めたらもう迷わん。テコでも動かん。それがどんなに辛い道であろうと、愛する者のためならばどんな事でもやってのける』
――ならば、この器、この魂、この全てを以てそれに応えるのがかの御方に仕える我が役目というものであろう。
そう笑う麒麟にふっと笑んだギルは。
「了承した。ならば死ね」
その言葉と共に、巨大な殺気が荒れ狂った。
☆☆☆
骨が軋む、肉が潰れ、魂が悲鳴を上げている。
喉はとうの昔に潰れ、悲鳴も絶えた。
そんな中、ただ沈んでいくような感覚を、私は感じていた。
――あなたは、何のために戦うの?
ふと、声が聞こえる。
どこかで聞いたことのある声だ。
――戦う必要なんて、一体どこにあるの? あなたはこの世界を嫌ったはずだ。なら、戦う理由なんてどこにもない。
どこにもない。
確かに、そうなのかもしれない。
ギルの言うことは間違っている。
確実に失敗する。馬鹿なことやってると思う。
けれどそれと同時に、少し残念に思う。
それはきっと、初めて生まれた『救済』の可能性を、人類が、世界が、逃してしまったということに対して、残念に思っているんだと思う。
――あなたは、ギルのやっている事に共感するの?
共感は……しない、かな。
確かに彼が自分の思いを告げた時は、私は何も言い返すことは出来なかった。
正しいのかもしれない。
この男がやっていることは正しいのかもしれない。
そう思ったけれど、彼の笑った顔を思い出してそんな思いはどこかへと消えていった。
『私はね、世界なんてどうでもいいんだ』
ふと、呟く。
世界なんてどうだっていい。
滅んでもいいし、救済されてもいい。
まぁ、私も『悪』ってわけじゃないから、救済されたらいいなぁって、それくらいは思っているけれど、それでも根底にあるのは純粋な興味のなさだと思う。
――なら、あなたは何を望むの?
――何のために、戦っているの?
その声は再度問いかける。
その答えは多分、その問いを聞いた時にわかってた。
だってとても簡単な問いだったから。
『戦う理由なんて、下らない感情論で良いみたいだから、さ』
誰かが言った。
戦う理由なんて下らない感情論で別にいい。
グレイスだったかな。
……いや、多分それよりも前に。
その言葉を口にした、一人の青年がいた。
「戦う理由か……。いや、別にあれじゃないの? これ終わったら暁穂の中華丼食べたいとか、暁穂の肉まん食べたいとか、暁穂のエビマヨ食べたいとか」
「お姉ちゃんのばっかりじゃん」
「いやだって美味しいんだもん……」
ふと、いつか聞いた声が脳裏を過ぎる。
それは修行最中、ゼウスの世界へと遊びにきた二人の男女が話していた何気ない言葉だった。
「と言うか中華系好き過ぎじゃない?」
「いやたまに無い? たまに無性に中華系のものを食いたくなる瞬間とか」
「ない……って言ったら嘘になるけど」
そう恥ずかしそうに言った少女に、青年は屈託のない笑顔で笑ってみせた。
「だからそんなもんでいいんだよ。戦う理由なんてこれ終わったら◯◯したいとか、そんな死亡フラグみたいな下らない感情論で十分なんだ。それがいざって時の生きる希望になるわけだしな」
その笑顔を、私は今も忘れない。
下らない感情論。死亡フラグ。
もしも、本当にそれでいいとするならば。
『私が戦う理由は――』
☆☆☆
その時、その瞬間。
ギルは背後で生まれ落ちた強大にして絶大な力に、思わずその身を震わせた。
「ま、まず――」
「――遅い」
背後へと振り返る。
しかしそこにゼウスの姿はなく、小さな声が、自らの懐から聞こえてきた。
愕然と目を見開けば、そこには拳を握りしめた彼女の姿が存在しており、その雷を纏った小さな拳に全ての細胞が危険信号をあげ始める。
「クッ!」
咄嗟に身を捻って体を動かすと、直後に先程まで自分のいた場所へと轟音をあげて小さな拳が叩き込まれる。
その威力は正しく『世界を割る』に足るものであり、その衝撃は空気を抉り、空間を裂き、この世界を簡単に貫通した。
「ば、化物が……ッ!」
ギルはそう言いながらも距離を取ると、その壊れた空間の先――つまりはこの世界のすぐ外側にあるもう一つの世界を見て大きく目を見開いた。
「あ、悪魔界……だと!? な、何故この世界が悪魔界に……」
と、そこまで言ってその可能性に気が付いてしまう。
彼は大きく目を見開くと、同時に世界を揺るがすような巨大な衝撃が周囲を駆け巡る。
「こ、これは……ッ!」
「――正解。この世界と、あなたたちの『悪魔界』を結合させた。融合させて、一つのものに作り変えた」
――作り変えた。
そんな馬鹿げたことがあるはずもない。
そう言おうとしたギルだったが、声の先にいるその人物――ゼウスの姿を見てその言葉すらも喉に詰まった。
黄色い羽衣に紅蓮の鎧。
その背中からは紅蓮のマントが伸びており、彼女の体は金色の淡い光に包まれている。また、その体からは巨大な雷が周囲へと蜘蛛の糸のようになって伸びており、それ一つ一つが文字通り世界を焼き尽くすに値する熱量を誇っているのが遠目でも確信できた。
紅蓮の右眼と金色の左眼がそれぞれに光を帯びており、彼女の右腕には見たこともない形状の大槍が握られている。
そしてその頭には、紅蓮の王冠が輝いている。
「これで、貴方達は私の指定した場所にしか転移はできない。あの世界が滅びぬ限り、あの世界以外はもちろん転移できない。もちろん決戦の日時は動かせない。既に約束したのだから。故に貴方達は自分たちで設定した日に、私が設定した場所に必ず現れなければならなくなった」
「き、貴様……ッ!」
それを別段不利だとは思っていない。
ただギルは、その姿に絶対的な脅威を感じていた。
正しく圧倒的にして絶対的。
あの頃のギン=クラッシュベルすら軽く凌駕する勢いのその力に思わず拳が震え、久瀬竜馬に感じた『気味の悪い恐ろしさ』に迫る恐怖に思わず口角が吊り上がった。
彼は大きく息を吐くと、淡々とゼウスへと問いかける。
「一体、何を得た? 何を想えばそこまでの力が得られる? この短時間で何を為せば、この俺をして危ういと確信できるだけの力を引き出せる?」
その言葉に小さく彼女は吐息を吐くと、スッとギルの瞳へとへと視線を向けた。
真っ赤に輝く紅蓮の瞳。
その瞳を見て、ゼウスはフッと微笑んだ。
「死亡フラグ、下らない感情論で別にいいのだとすれば」
戦う理由が、それでいいのだとすれば。
ゼウスは自信を持ってその『理由』を口に出来る。
「――私は、ギンくんが大好き」
そう笑ったゼウスの姿はとても儚く、美しく可憐で、ギルは思わず絶句してしまう。
「……な、何故俺がそんな告白を聞いているんだ」
「い、いいのっ! いいから聞いて……」
しばしの沈黙の後に素で返してきたギルに恥ずかしそうにそう叫ぶと、ゼウスは深呼吸をして胸に手を当てた。
「私は、ギンくんが好き。世界中の何よりも好き。愛してる。どんなものよりも、世界の命運よりも、自分の命よりも、ずっと、大切に思ってる」
「……」
沈黙するギルにフッと笑んだゼウスは、小さく拳を握りしめる。
「――だから、そのギンくんの邪魔をするお前は、私の敵だ」
次の瞬間、ギルの顔面へとゼウスの拳が突き刺さる。
ギルの小さな悲鳴が響き、彼の素顔を隠していた仮面が木っ端微塵に砕け散る。
「ぐっ……、な、何を……」
「これは私の戦う決意表明。お前が何をしようと、お前がどんな思いでどんな決断をしたとしても、私はお前の敵であり続ける」
大きく吹き飛ばされて、仮面の割られた素顔を片手で押さえつけるギルはその瞳で大きくゼウスを睨み据える。
「そこに、貴様の意思は存在するのか」
「存在する。私の意思は、きちんとここにある」
ゼウスはそう言いながらも、少しだけ恥ずかしそうに頬を朱に染めた。
下らない感情論――ただの、死亡フラグ。
彼女の戦う理由は、今この瞬間を戦う理由は正しく死亡フラグという分類にカテゴリーされるものであり。
彼女は大きく息を吸うと、胸を張って、紅く染まった頬を誤魔化すようにして声を上げる。
「これが終わったら、ギンくんに告白する。だから死ねないし、負けられない」
その純粋な言葉に、ギルは笑うことはしなかった。
彼は立ち上がると、小さくため息を漏らす。
「悪いが、それは叶うことはない」
「いいや叶う。私にやってやれないことは無い」
「……あぁ、そう、だったな」
その声は、もう既に『ギル』のものではなくなっていた。
ゼウスの足元には割れた仮面の残骸と、『変声機』の残骸が転がっており、それを一瞥したゼウスはギルへと――否、そこに佇む白髪の青年へと視線を向ける。
紅蓮の左眼に、真っ黒に染まった右の瞳。
短く刈られた白い髪が風に揺れ、薄く笑った口元がどこかで大人びた印象を感じさせる。
ただ、その顔を、その姿を、ゼウスはとても良く知っていた。
「でも、その相手は少なくともお前じゃない」
その言葉に、儚く笑ったその男に。
かつて、執行者と呼ばれたその男に。
「ねぇ、ギン=クラッシュベル」
ゼウスはそう、哀しく笑った。




