焔―014 絶炎
体中から、青い魔力が吹き上がる。
視線を腕へと下ろせば、そこには竜のような腕が存在しており、体は青色の着流しを纏っている。
小さく背後へと視線を向ければ、巨大な龍の翼と尻尾が存在しており、体の底から溢れ出す膨大な魔力に、我ながら少し驚いてしまう。
――聖獣化・モード青龍。
「……ほぅ、青龍の力。加えて扉を少しこじ開けたと見える。少しはマシになったかの」
「……手厳しいな」
思わず苦笑して呟くと、上空から笑い声が響き渡る。
『青龍! 聖獣化ぁっ♡ いいわねいいわね! あの子と同じ匂いしてぇ、とっても好みになってきたわァ!』
見上げれば、奴の体からは銀色の炎と血色の魔力が吹き出しており、その力を見て――思わず眉をしかめる。
凛ちゃんならまだいい。彼女は銀の妹で、彼自身も彼女が自らの力を使うことに納得していたから。
けれどコイツは違う。
「……気に食わない」
『えぇ? なんて言ったのぉー♡』
妙に高い奴の声が響き――直後。
俺の体が、奴の上空にまで移動した。
「何度でも言うさ、クソ野郎。お前みたいのがあいつの力を我が物顔で使ってるのが、最ッ高に気に食わないんだよ!」
拳が奴の脳天に直撃し、轟音が鳴り響く。
『ふははははっ! 早速余の空間の力を使ったか! まぁよい、まぁよい! 存分に使ってやれ!』
九尾の声が響き――直後、上空へとグレイス、御厨、凛ちゃん、三人の姿が転移する。
九尾の力。
それは単純明快にして強烈無比――空間そのものを、入れ替える能力。
「うぉわっ!? い、いきなり何するんですか久瀬くん! 凛さんが暴走しそうだから止めるんでしょう!」
「うるさい御厨、黙ってて」
すぐさま背中から翼を生やした凛ちゃんが特攻し、グレイスが楽しげに高笑いする。
「にはははははっ! これは傑作ぞよ! 青龍の力がここまで圧倒的だとは……、流石は三体の聖獣の長、麒麟と肩を並べる最強の聖獣だけある!」
『小煩い幼女だ……。黙って仕事が出来んのか』
俺の体の中から青龍の声が響き、その声にグレイスが獰猛な笑みを浮かべる。
「安心せよ、ワシとてやる時はやる。それに何より、強くなった分もう一発くらいは放てそうだからの!」
氷の翼をはためかせて急加速したグレイスを他所に、落下中の御厨を拾い上げると、小脇に抱えて後に続く。
「おい御厨! お前高い所とか大丈夫だったっけ?」
「そ、そこら辺はご安心を! 久瀬くんとグレイスさんには『下』で頑張ってもらいたいですから、空中戦は私におまかせを!」
彼はキッと眉尻を釣り上げると、なんとか空中で体勢を整えたベルゼブブへと杖の先を向ける。
『ぷはっ、プははははははは!! いいわ! 凄くいいわよ貴方! 貴方も食べちゃいたくなってきたぁぁぁぁ♡』
「くっ、気持ち悪い……」
思わずそう吐き捨てている間にも、御厨の魔法が完成する。
「あの巨体、そうそう外すことも無いでしょうし……本気も本気、ガチで行きますよ!」
御厨の杖の先から高密度の超魔力が放たれ、それは一瞬にして――絶対零度の冷気と化す。
「行きます!『絶対零度』ッ!」
絶対零度の冷気を帯びた魔力の塊が高速で奴へと迫り、その高威力にベルゼブブも目を見開く。
『チッ、位置変換ッ!』
喰らうのは不味いと直感した奴は、咄嗟にギンから奪った『位置変換』の力を使おうとし――けれど、それは叶わなかった。
「――馬鹿じゃないの。私の――兄さんの力の前で、無理矢理奪った紛い物なんて、発動できるはずがない」
見れば凛ちゃんの月光眼が銀色に輝いており、ベルゼブブの周辺の空間そのものが【隔離】されているのが確認できた。
使いこなせてないらしい凛ちゃんでさえこの威力……。オリジナルは一体どれほどなのか、知りたいような知りたくないような。
「――兎にも角にも、追いつかなきゃ話にならない」
呟き、さらに加速する。
視線の先では御厨の放ったそれらの攻撃が奴の体へと命中し、巨大な体を少しずつ凍らせ始めている。
しかしながらその攻撃を当てる際に【隔離】は消失してしまい、放ったうち半数ほどの魔法はベルゼブブにうまく躱されてしまう。
『く、くぅ……、大人数で卑怯だとは思わないの!?』
「大量に配下連れてきたお主が言うな!」
ゴォンッと、奴の脳天へとグレイスの拳が突き刺さり――体勢が崩れたところに、凛ちゃんの魔力が迸った。
「『万物氷像と化す白銀の氷獄。時は無く、金もなく、仕事もない。彼の家に在るは、永久凍獄の運命なり』」
相も変わらず、少し変わった詠唱文。
しかしながら――その威力は折り紙付き。
「永劫に自宅の中で眠れ!『刻焉の氷獄』ッ!」
轟ッと、銀色の冷気が迸る。
見れば一瞬にしてベルゼブブの背中から羽にかけては氷漬けにされており、焦ったように手足をばたつかせたベルゼブブはそのまま眼下の平原へと落ちてゆく。
「凛ちゃん!」
「分かってる、御厨、こっち」
すぐさま近寄ってきた凛ちゃんに御厨を預ける。
二人はまだまだ余力ありだろうが、それでもそれぞれの作戦はしっかりと全うしてくれた。
なればこそ――あとは俺たちに任せてほしい。
「行くぞ小僧!」
「分かってる!」
二人を置いて眼下のベルゼブブへと向かい始めると、王都の方からものすごい勢いで駆けてくる人影を発見する。
「わ、私を置いてくなぁぁぁぁぁぁ!!」
見ればその人影は優香であり、彼女は物凄い勢いでベルゼブブへと向かってゆく。この様子じゃ――どうやら向こうの方が先に鉢合わせするな。
「お、おい……」
基本的に彼女はグレイスと戦ったことがない。そのため、普段の脳筋馬鹿な所しか見ていないグレイスは不安げに声を漏らしたが――けれど。
「大丈夫、アイツはめちゃくちゃ強いから」
瞬間、眼下から膨大な殺気が迸り、思わず頬が引きつってしまう。先程までワタワタしていた優香を見れば、彼女はスッと目を細め、腰に差した刀へと軽く手を添えていた。
「――小鳥遊流剣法」
彼女が神々より授かった力は二つ。
360度全てを見通し、闇の中はもちろん、相手の弱点や急所さえ見抜いてしまう瞳――心眼。
そして、気持ちが高ぶれば高ぶるほどに強くなるという、正しく彼女にぴったりな力――狂王。
上空を地面へ向けて墜落しているベルゼブブ。
彼女はその姿を見あげて――直後、彼女はベルゼブブ目掛けて地を蹴った。
その手は既に刀の柄を握りしめており――
「抜刀術――無太刀」
瞬間、ベルゼブブの体へと一筋の斬撃が刻まれた。
『PIGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?』
絶叫が響き渡り、今の一撃を見たグレイスが乾いた笑みを浮かべている。
近接戦闘最強を地で行く彼女――小鳥遊優香は、こと抜刀術に関していえば無類の強さを誇る。
その強さは留まることを知らず、このグレイスでさえ太刀筋が見えていなさそうなレベルである。
「全く……、周りが強すぎて目立ってないよな、俺」
呟きながらも、スッも精神世界へと意識を落とす。
『……ん? 余の力も使いたくなったのか?』
目の前にはケラケラと笑いながら横になっている九尾の姿があり、金色の尻尾がゆらゆらと揺れている。
確かにグレイスがいれば、ベルゼブブには勝てるかもしれない。だが、彼女は既に超殲滅魔法を一度放っている。彼女は頑固だから、きっともう一発くらいは打ってしまうのだろうが――
「……あぁ、これ以上皆に負担はかけられない」
――負担するのは、俺だけで十分だ。
瞼を開く。
すぐ隣りには、予想通り魔法を放つ気満々のグレイスが獰猛な笑みを浮かべており、着地すると同時に彼女は一歩、前へと踏み出した。
「さて、ここまで年下に活躍されて、いい加減裏で『無駄打ちグレイスさん』と呼ばれるのも癪だからの! ここいらで一発、デカイの喰らわしてやるぞよ!」
誰がそんなことを言ってたんだと聞きたいが、大方俺の仲間(主にさっき抜刀術決めてたヤツ)だろうなぁと思い、ぐっと言葉を飲み込んだ。
彼女は両手を開き、見たこともない構えをとる。
『ぐ、が……、こ、この……!』
視線の先ではベルゼブブが体から大量の血を流しながらも呻いており、その姿をキッと睨み据えたグレイスの体から、膨大な冷気が迸った。
「さてさてお立会い! 今より見せるは、我が人生において紛うことなき最大の一撃! その身、その芯より凍りつけ!」
然して彼女は両手を体の前で突き合わせると。
その膨大な魔力をベルゼブブ目掛けて放出する――!
「超殲滅魔法『氷失戒夢』ッッ!」
瞬間、一瞬にして大地が凍りついた。
見れば先程まで呻いていたベルゼブブもまた完全に凍りついており、あまりの威力に思わずフリーズしてしまう。
そして、グレイスが倒れる音にやっと正気に戻る。
「ぐ、グレイス!」
「ば、馬鹿者……、まだ倒しきれておらんぞ……」
彼女の声に視線を向ければ、そこには氷漬けにされたベルゼブブが、微かに振動しているのが見て取れた。
「全く……あやつの回復能力には骨が折れる。劣化版でさえこのしぶとさ……。久瀬の小僧、どーせまだ何か隠しとるのだろう? さっさと本気で決めてくるぞよ」
――本気で。
その言葉に、やっぱり隠せないものだなって再確認する。
「……ここでのこと、あんまり他言しないでくれよ」
大きく息を吸い込む。
今からするのは言うなれば――諸刃の剣。
恭香さんから教えてもらった銀の最期。自らの命を削って力を得、結局はその力に喰い尽くされてしまった。
それを聞いて、その時は何も言わなかったけどさ……銀。俺、少し驚いてたんだよ。
「考えることは、誰も一緒だなってさ」
瞬間、俺の体からドス黒い魔力が溢れる。
憤怒、失望、嫉妬、殺意、絶望――そして虚無。
全ての悪感情がごちゃ混ぜになったような負の魔力。
「お、お主……! その魔力は」
グレイスが驚くのも無理はない。
なにせこれは他でもない――混沌の力なのだから。
「俺は、銀の力を借りて混沌の支配下にあった……混沌の力を帯びた九尾を取り込んだ。ついでに九尾にまとわりついていた混沌の魔力も一緒にな」
あの時、なぜ生き延びれたのかは分からない。
予想としては、似たような性質を持つ『黒炎魔法』を持っていたからだとは思うが――その結果、俺は体の中に、俺と青龍、そしてもう一つの魔力を持つこととなった。
それこそが――混沌の力を帯びた、九尾の魔力。
「これは諸刃の剣。……使えばとてつもなく強くなれるけど、使いすぎれば命が削れてしまう。あんまり使いたくはないんだけど――ここで倒さなきゃ、後が辛いからな」
腰に差していた刀を抜き、構える。
大きく息を吐いて瞼を閉ざし――一気に駆け出した。
黒刀べヒルガルに黒炎が燃え移り、青龍の青い魔力、そして九尾のドス黒い魔力が付与される。
俺には、多彩な力なんて存在しない。
ベルゼブブの力は素直に羨ましい。銀の力を含めて、あらゆる力を扱えるのだ。オリジナルには劣ると言えど、その力は決して油断出来ない。
けれどな、大悪魔。
「どんな多彩も、絶対の【矛】で喰い尽くそう」
確かに仲間と一緒に戦うのは大切なこと。
けれどそれにかまけて一人で戦えないのは、ダメだと思う。
確かに怖いし、恐ろしい。
けれどそんな気持ちよりも、その背中に追いつきたいって。
そんな気持ちの方が――ずっと強いのだ。
――仲間と戦うこと。
それが俺の戦い方ならば。
全てを力で――地獄の炎でねじ伏せる。
それが他でもない――俺の力だ。
「絶炎――『五月雨』」
一瞬にしてその巨体は切り刻まれ、あらゆる魔力を帯びた黒炎――否、絶炎によって、塵も残さず喰い尽くされた。




