焔―013 下らない感情論
ギンが少し狂気すら感じられるほどの異常な主人公。対して久瀬君は、まんま日本人が異世界に行ったら多分こうなる、というまさしく【普通】を書いてるわけですが……、長年ギンを見てきただけあり、狂気を感じさせるようなカッコよさが無いと何だかなー、って感じします
――仲間と戦うこと。
それは俺の戦い方であり。
それこそが、俺が格上の相手と対等に渡り合える、唯一の手段である。
皆で強い方が強い。
その考えは今も変わらない。
しかし、たまにこう思うのだ。
――もしかしてそれは『甘え』ではないのかと。
仲間と一緒に戦えば、たとえ負けたって責任からは逃げられる。逃げきれなくとも、負担は減るだろう。
それを甘えだと、逃げだと知っていたからこそ、ギンは一人で戦うことを選んだのではないかと。
最近になって、そう思えて仕方が無いのだ。
『まぁ、貴様は弱虫だからな』
青龍がそう呟く。
――弱虫、弱虫か。
たしかにその通りだろうと思う。
俺は弱虫だから、きっとひとりで戦うのが嫌なのだ。
――だって、怖いから。
『ふはは、確かにそれは人として当然の感情だ。誰かといて安心を得たい、温もりを得たい、何より――責任から逃れたい。それは当然の心理であり、あえて言えば、それが一切無かったあの男の方がどうかしているのだ』
正しく超人にして狂人、狂っている。
そう九尾は言ってくれるが……、多分、俺は平凡の域を出ていないからこそあいつらに届かないのではないかと、そう思えて仕方が無いんだ。
『馬鹿か貴様は。貴様は貴様、他とは違う。他が真っ先に切り捨てた【肩を並べる仲間】を持っていることこそが、貴様の何よりの武器だろう。それを捨てれば――』
『お前には、本格的に何もなくなるわけだな』
何もなくなる。
その言葉に、少しだけ泣きそうになる。
『まぁ、貴様には辛うじて、この未だ開ききっていない大きな【扉】がある訳だが……、この扉は、貴様の精神的な成長がなければ開かぬ代物。……さて、現実世界では大悪魔と戦っているらしいな、久瀬竜馬』
……ん? まぁ、そうだけど。
思いながらも瞼を開く。
目の前には南京錠と鎖によって雁字搦めに縛られた大きな扉と、その前に佇む青龍と九尾。
すっと息を吸いこんだ青龍は、ぐっと俺へと顔を寄せて。
『今すぐ答えを出せとは言わん。といっても、あまり時間は残されてはいないため、今すぐにではなくとも、なくなるべく早く答えを出せ』
――一体、貴様はなんのために戦うのか。
俺は一体なんのために戦っているのか。
その答えは当分、出せそうになかった。
☆☆☆
意識が覚醒する。
目の前には顔に影を落とした凛ちゃんが佇んでおり、彼女はじっと、上空のベルゼブブへと視線を向けていた。
「……仮に、グレイスが言ったようにあの蝿が兄さんの力を持っているのだとすれば、まともな攻撃は通用しない」
「といっても、先程戦った感じだとほんの欠片だったようだがの……。お主もあの蝿も、やはりオリジナルには程遠いというわけかの」
そう呟くグレイスは、どことなく嬉しそうに見えた。
対し、そんなグレイスへと視線を向けた凛ちゃんは、スッと月光眼を発動する。
「……それ、兄さんは見えてたの?」
「そうさのぅ……。三年前である程度は見えるようになっておったぞ。岩国で会った時が最後だが、あの時はほぼ完全に視認できておった。対して、お主はまぁまぁ見えておるようだが……ベルゼブブはダメぞよ。あ奴は『歪み』としてしか見えておらん」
……歪み?
凛ちゃんの見つめている方向へと視線を向けるが、何一つとして見えてこない。そこには魔眼持ちでなければ見えない『何か』があるのだろうか。
「ま、そういうことを鑑みても、あの糞虫はギンのほんの一部分しか吸収できおらん。回復力もそれ相応ではあるだろうが、所詮は紛い物、不死には程遠い劣化品ぞよ。証拠に――ほれ、氷漬けした元々の体は既に死んでおる」
と言ってもこの距離からじゃ見えないわけだが……。
「……やり方次第じゃ、倒せるってことか?」
「そうぞよ。やり方次第、だがの」
グレイスは言いながらも、俺、御厨、凛ちゃんへと順に視線を向けてゆく。
「あの大悪魔に有効なのは、体の芯まで凍結させられる程の威力を持った氷魔法。そしてそれ以上に相性がいいのが――全てを喰らう、貴様の黒炎魔法ぞよ」
グレイスが誇る氷魔法。
凛ちゃんの銀滅氷魔。
御厨の高魔力で放たれる氷魔法。
そして俺の――黒炎魔法。
「当面の作戦はこうぞよ。上空を飛び回るあの蝿を、御厨、凛の二名で撃ち落とす。正確には背中の羽を凍りつかせる感じぞよ。で、落ちてきたところをワシと優香、久瀬の小僧で叩く」
――異論は認めん、ほらさっさと動けぃ!
パンパンと手を叩きながら叫ぶグレイスに、優香がどうしようかとあたふたし始め、凛ちゃんと御厨が魔力を貯め始める。
そんな中、ふと城壁の方が気になった。
先程感じた膨大な魔力。
けれどその前に……なんだか、懐かしい感じがしたんだ。
「……なぁ、グレイス。銀がここにいたら、どうやってあの大悪魔、倒してたと思う?」
「……? 普通に飛んでって、燃やし尽くすか全身氷漬けにしてたんじゃないかの」
簡単に言うなぁ……。
思わず苦笑しながらも、息を吐いて天を仰ぐ。
「なんのために戦うのか……、か。グレイスは、一体なんのために戦ってるんだ?」
「は? いきなりなんぞよ。哲学的なことなら専門外だが……、そうさのぅ」
顎に手を当てて少し考えたグレイスではあったが。
彼女はすぐにその答えが出てきたのか、はたと手を打つ。
そしてたった一言――
「まだ死にたくないからぞよ」
と、至極当然のことを言ってのけた。
「……死にたくないから?」
「うむ、死にたくないから戦う。ワシはまだまだピチピチだからのぅ。結婚もしてないし酒も飲み足りないしお菓子も食べたりないし――何より、生き足りない。だから戦う。少しでも生きていられるために。本当に『生きて』いられる世界を守るために」
その言葉に、思わず俯いてしまう。
普段は酒を飲んではお菓子を貪り、合コンに行ってばかりのグレイスだが、彼女であってもしっかりと、そういう『理由』を持っているのだ。
対して俺は――なにも……。
「と、建前的にはそんな感じぞよ」
瞬間、あっけらかんと響いた言葉に顔を上げる。
そこには優しげに口元を緩めたグレイスが、じっとこちらを見つめていた。
「安心せい。なんのために戦うのか。そんなこと、簡単に見つけられるはずもないのぞよ。あの男とて、最初からぼんやりとした理由は持っていたが、明確な理由を見つけたのはワシと出会ってからだしの」
「ぎ、銀が……?」
銀のことだ、アイツなら、この世界に来た時にはそんな理由なんて見つけているものだと思っていた。
ならば、と考える。
ならばあいつは……、銀は、一体なんのために戦ったのか。
なんのために戦い――その果てに死んだのか。
「ま、人間の原動力など概ねが下らない感情によるものぞよ。あやつとて、大方可愛い女の子とお風呂に入りたいとか、そんな理由で最後は戦っておったんじゃないかの」
「そ、それは無いだろう……」
銀に限ってそれはないんじゃないかと思う。
けれど……下らない感情、か。
ふと、視線を感じて顔を上げる。
見ればそこには、既に準備の終えた仲間達の姿があり――その姿を見て、少し、口元が緩むのを感じてしまう。
「何してるのよ久瀬君。こんな時に幼女と密談して」
「久瀬竜馬、きも」
「こ、こら! お二人共止めなさい……!」
全く……今にもグーで殴ってやりたいくらいイラッとくる連中だが、何故それでもコイツらと一緒にいるのかと聞かれれば――きっと、コイツらが、大切な仲間だからだろう。
「……なぁ、グレイス。戦う理由なんてのは、下らない理由だったとしても別にいいのかな」
「ぬ? だからそう言ってるぞよ。人にいえば鼻で笑われてしまう、それくらいの馬鹿げた感情論で問題ない」
そう淡々と断言するグレイス。
戦う理由……か。
それが下らない感情論でもいいのならば。
俺は……、きっと――
『PIGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
上空から咆哮が響き渡る。
「おっと、そろそろ向こうも我慢の限界っぽいぞよ! 凛、翼を出してワシに続け! ワシは御厨の小僧を連れて行く! 久瀬の小僧と優香は下で待機!」
叫びながらもグレイスが前へと一歩踏み出し。
俺もまた、その横に並び立った。
「な、何をしておる! 貴様は下で待機と――」
――言っていたはずぞよ。
そう続けようとしたグレイスは、けれど俺の顔を見てその言葉を詰まらせた。
「……お、お主」
「少しだけ、わかった気がする」
一体なんのために戦うのか、その確たる答えが導き出せたという訳では無い。
けれどその答えには下らない感情論が相応しく、自分のしたいことを全面に出せるのだとすれば。
なんだか少しだけ、進めそうな気がするんだ。
瞼を閉ざす。
再び瞼を開けば、目の前には大きな扉が存在していた。
まだまだ半分も鍵は解けていない、大きな扉が。
『なるべく早く、とは言ったがなかなかに早かったな。まだまだ答えにはたどり着けそうにはないが……それでも、とりあえず及第点は上げてやろう』
バキリと、南京錠にヒビが入る。
ヒビが入ったのは残った錠の内おおよそ三分の一。
『なんのために戦うのか。それは強くなる上で最も大切なこと。確たる目的と信念を持って戦う奴は――とても強い』
錠が弾ける音が響き、意識が現実まで引き戻される。
見れば体中からは青い魔力が迸っており、ようやく今になって、その力が使えるようになったのだと気付く。
『ふっ……、どうやら貴様のライバルは【魔力回路】などという巫山戯た代物のお陰で早い段階から使えていたようだが……、一応褒めてつかわそう。貴様もやっと――スタートラインを踏むことが叶ったぞ』
右の拳を軽く胸へと当てて、握りしめる。
――スタートライン。
立つには少しばかり遅かったような気もするけれど、それでも今はやっとあいつの背中が見えたような気がして――少しだけ誇らしい。
「行くぞ青龍――『聖獣化』ッ!」
蒼い光が迸り、周囲へと魔力が吹き荒れた。




