幕間 勇者コメディの大冒険 ⑫
自販機にて飲み物を買い続けて早十九年。
……あれって、当たりなんて出るんですね。
『ヴオオオオアアアアアアッッ!!』
銀炎を纏った身体。
真紅色の鎧。
黒いローブとマントに、血色の翼。
上空から響いた言葉に魔王シリアスは顔を上げたが、今から躱せるってタイミングで咆哮を上げるほど馬鹿じゃない。
ギュッと、獣型に合わせて巨大している銀色の剣を握りしめる。
咆哮して威圧したのは、間違ってもこちらの気配を教えるためではない。
僕の目的はただ一つ。
――相手の余裕を斬り殺し、正常な判断を奪うこと。
魔王シリアスは歯を食いしばって上空を睨み据えると、巨大な拳を握りしめた。
確かに、高防御力に高回復力は厄介極まりない――だが、おそらくこの魔王の真骨頂は物理攻撃力。この一撃、喰らう事だけは絶対に避けねばならない。
あくまでも――それが、まともな『人間』だったならば。
「グオアアアアアアアィッ!」
巨人の拳が迫る中。
嘲笑うかのように、僕の目の前へと黒い魔力が現れた。
「さぁ! そろそろ私も参戦だ!」
目の前に広がるは、闇より暗い漆黒そのもの。
ドス黒く、気味が悪く、鳥肌が立つほどに――カッコイイじゃないか、中二臭くて。
彼女は細剣の切っ先を前方へと向ける。
直後、剣からドス黒い魔力が迸り、上空を一瞬にして覆い尽くす。
「喰らい尽くせ!『終焉』」
その時、その瞬間。
拳が闇へと触れた途端に、全てのベクトルが消滅した。
――否、その腕そのものが、喰らい尽くされた。
「ぐっ、ぐがあああああああああッッ!?」
分かる、わかるよその痛さ。
皮肉なことにも、奴が混沌にまで食われたのは僕と同じく右腕。ステータスが半減したのではないか、そう思えるほどに重い体。無理矢理引きちぎられたような激痛の走る腕。
かつての僕はゼウスや死神ちゃんが助けに来てくれた喜び、そして僕と恭香が生き延びた安堵、それに加えて痛みになれていたこともあってある程度は大丈夫だった。
しかし、この痛がりようだ。
最初からまさかとは思っていたのだが。
『――なるほど、長くを一人で過ごし、戦いの勘が鈍ったか? 自称前任の勇者さん」
背後から聞こえた声に、魔王シリアスは目を見開く。
その刹那、奴は背後を焦ったように振り返る。
最初に、体中へと今出来る最高限度の強化を掛けた。
次に輝夜に隙を作ってもらい、暁穂に乗って突撃をかけると思わせて上空へと転移。今度こそ本気で殺ると見せかけて――最後に、混沌の魔力に隠れたと同時、最初に位置変換に使用した、地面に突き刺さっている大鎌デスサイズと自らの位置関係を元に戻した。
そうすればどうなるか。
『――答え、フルパワーを、相手の背中にぶち込める』
白銀の剣が振り下ろされ、奴の背中へと吸い込まれていった。
☆☆☆
その一撃は、魔王の体を両断した。
血濡れの罪業――獣型モード。
とてつもなく消費が大きく、今の僕でさえ長時間使ってはいられない代物だが、この状態でのステータスと剣の切れ味も相まって、やっと初めてやつの防御力を貫通したというわけだ。
「はぁ……、私の出番、ほとんどありませんでしたね」
「クハハッ、我も基本的には何もしていないがな」
人型の姿へと戻った僕の所へと輝夜と暁穂が近寄ってくる。
「して、魔王シリアスとやらは倒したのか?」
「おいサタン、魔王ってのは倒したと思ったらパワーアップして復活するのがテンプレだ。倒せてないに決まっているだろ」
「……そ、そうなのですか」
と、混沌は言っているが。
「いや、流石に心臓ごと体を真っ二つに叩き斬られたらその程度の回復力じゃ復活できないって。傷口も炎でしっかり焼いておいたし」
その証拠に、先程までぴくぴく痙攣していた魔王の体はもうピクリとも動かない。気配も全く感じられない。もしもここまで気配を消すことが出来るのなら敗北を認めてもいいほどに、だ。
黙ってシリアスの死体を眺めていると、ふと、彼が見せた幻覚を思い出した。
それは、勇者として物心つく前からこの世界へと呼び出され、魔物と戦い続けてきた男の物語。
果たして、あれは完全なる嘘だったのだろうか?
特に引っかかっているのが、こいつの前任として現れていたドラゴン型の魔王……、その魔王の姿はチラッとしか見えなかったが、声といい大きさといい、どこかの竜王さんにとてつもなく酷似しているのだ。
もしかして、案外コイツの言っていたことは本当で、ここで役目を終えた魔王は元の世界へと戻されるのではないだろうか? だからこそ竜王はあの世界において、僕らの足元には及ばないものの上級神をも上回る力を手に入れていたのではないか。
そうすれば、元魔王という経歴からあの傲慢さも納得できるし、この世界において敵がいなかったが故に慢心し、自分が格上だと無意識に勘違いしていた――とか。
「……って、そんなわけないか」
言おうとして、最後まで言いきることが出来なかった。
『ククク……、タイムリミットだ、愚かな勇者共』
「――ッッ!?」
とっさにその場を飛び退いた。
直後、先程まで僕のいた場所へと巨大な鎌が通り抜け、安堵すると同時に――僕の体が、元へ戻った。
否、僕の体だけでなく、僕ら全員の姿が魔王シリアスと戦う前の弱い姿へと戻ったのだ。
「時間切れ……!?」
三分なんてまだ経ってないぞ!?
予想外の自体が重なり思わず焦燥していると、近くから二人の悲鳴が耳朶を打った。
「くうっ……ッ」
「きゃっ!?」
咄嗟に輝夜と暁穂へと振り返ると――そこに居たのは、地面に倒れる二人の姿と、中に浮かぶ巨大な骸骨の姿だった。
『愚かな。今代の勇者よ。その力、三分間だけ元の力を取り戻せるとはいえ……あれだけの大技を発動しておいて、三分間持たせ続けられるなどと思っていたのか?』
言われてみればその通り。
なにも、三分間なら何でもしていいとは言われていない。
もしかしたら、その姿に戻っているだけでも三分間。戦うならばそれよりも短くなる、ということなのかもしれない。
――つまりは完全な、読み間違いだ。
内心で舌打ちし、思わず歯を食いしばる。
『改めて、初めましてだな勇者コメディ。我が名は魔王シリアス……、貴様らが先程倒したソレの本体だ』
「本体……だと?」
闇のようなローブに身を包む奴から感じられる威圧感は、紛うことなく先ほどの巨人を上回るものだった。
奴の言っていることが正しいのかどうか。それは分からない。
分かっているのは単純にして絶望的な事実のみ。
コイツは敵で、今の僕らじゃ、逆立ちしてもコイツには勝てないってことだ。
「サタン! お前の方は――」
「クッ、ダメだ! 俺も混沌様も以前同様力を失っている!」
最後の綱も、これで切れた。
混沌ほどの化け物ならばあるいは――と思ったが、高望みが過ぎたということらしい。
『さぁ、よくも我が分体を痛めつけてくれたな、愚かな勇者共よ……。間違っても、楽に死ねるとは思うなよ?』
嘲笑と愉悦と、大きな侮りに溢れた声を聞きながら。
もうどうしようもないのかと、自分たちの『死』を自覚し始めた――次の瞬間だった。
――良くやった。ここから先はこちらの力でなんとかしよう。
聞き覚えのある声が響き――直後、大鎌を構えた骸骨めがけて、上空より青色の雷が撃ち込まれた。
『ぐがあああああああああッッ!?』
骸骨の絶叫が轟き、オッサンの声が響く。
――これでも今はその世界から遠く離れたところに居るからな。魔王シリアス、お前の本体を引きずり出すことなど、管理者たる自分にもできやしない……が、ならば分体を倒しうる勇者を送り込めばいい。
『き、貴様あああああッッ!!』
骸骨の――否、魔王の怨嗟の声が響き渡り。
――塵となりて無へと帰せ、落雷。
直後、魔王シリアスは本当の意味で、討伐された。
☆☆☆
――よくぞ魔王を倒した、勇者コメディよ。何だか全くシリアスなかったなー、とか。この無駄な、大して面白くもない小話挟んでなかったら影編完結してたのにー、とか。そんなことは思ってないからお疲れ様でした。
どうしよう、初っ端からメタがすごい。
まぁ、とりあえず。
「いきなりこんなところ連れてこられて文句は言いたいし、でも助けてくれたのは感謝するけど……、管理者っぽいオッサンさ、影編完結ってどういう意味だ?」
――さーて、次回からいよいよ本編だね!
「おい!」
影編完結とか嫌な予感しかしないんだけど。
え、なに。
まさかとは思うけどここまでやって来ておいて「いや、ギンとか性格悪いしキザだし、主人公の座から引きずり落とさない?」とか思われてたってこと?
――じょ、冗談じゃないぞおい。
僕の声は届いていないのか、オッサンは咳払いをして話し出す。
――君が最近ウザイほどにキザったらしいのと、何だかうちの上司がスランプ気味なことを除けば……まぁ、大していうこともないんだけれども。
ちょっと聞き捨てならないことを言ったオッサンは。
――とりあえず、君たちにはこの世界で手にした記憶の全てを忘れてもらう。
「「「「……えっ?」」」」
思わず間抜けた声が盛れた。
記憶を……忘れてもらう?
オッサンの嘘っぽさが欠片も感じられない言葉に、タラリと冷や汗が頬を伝ってゆく。
「お、おい。あっけない幕引きといいここでのことを忘れてもらうといい、冗談も大概に――」
――冗談でも何でもないさ。今回はちょっと上司のあの人が次回作への伏線だとか、そういうのを盛り込んだ箸休め、ってことで書いただけの、本編には何も関係の無いお話だ。そして何より。
言ってオッサンは小さく笑い声を漏らすと。
――何より君たちに、ここで仲良くなってもらっちゃあ困るわけなんだよ。管理者の立場からしても。全てを作り出した上司の立場からしても、だ。
瞬間、僕らの足元に、それぞれ五つの魔法陣が生み出された。
「クソッ!」
咄嗟に混沌へと視線を向ける。
そこには黙ってこちらを見つめてくる混沌が僕とは別の魔法陣の中に佇んでいた。
「諦めろ、執行者。世界には、絶対に敵に回しちゃいけない奴ってのも居るものだ。管理者クラスならば死ぬ気で挑めば何とか……と言ったところだが――」
その先、彼女はなんと言おうとしたのだろうか。
口を開いてすぐ、言葉に詰まったように硬直すると、混沌は苦笑を浮かべて視線を逸らした。
「記憶に関しちゃ諦めろ。私としても、お前に対する貸しを一つなかったことに出来たんだ。これ程ラッキーな事はないだろう」
魔法陣の光が一層強まり出す。
視界が光に溢れる刹那。
「またな、執行者。次会うときは――お前の最期だ」
直後、僕の視界は暗転した。
この物語は、作者本人でさえ『書かなきゃ良かったかも』と思うくらいの箸休めでした。記憶の彼方に埋蔵してください。
という訳で、ひゃっほう本編だ!
次回、本編。




