幕間 勇者コメディの大冒険 ⑤
題【昼の作者】
「いやー、そろそろ書き始めるかー、今日の分まだなんにも書いてなかったしなー」
心で呟きながら、慣れた手つきで自身のマイページを開く。するとそこには――!
『メンテナンス中』
――軽く、絶望しました。
「もうお嫁に行けないぃ……」
部屋の隅で蹲っている骸骨。
――否、輝夜は、ブツブツ呟きながら体を震わせていた。
「って言うかそろそろその格好やめてくれない? お前だってわかってても怖いんだけど……」
こう見えても嫌いなものは? と聞かれたら少し前までは『水井とお化け!』と即答していた僕である。ちなみに今では水井? 誰だっけそれ、と言ったレベルにまで落ち着いてきている。
つまり、お化けが苦手だってことは変わりないってことだ。
「って言うか色々聞きたいのだが主殿よ! ここはどこで、なぜよりにも寄って我が今で見てきた中でもトップクラスにヤバイやつと一緒にいるのだ! 油断すれば殺されるぞ!」
「いやー、反論の余地が見つからない」
姿を元の金髪OLさんに戻しながら詰め寄ってくる輝夜にそう言いながら頭をかくと、サタンとの何故か上手くいってる旅路を思い出して小さくため息を吐く。
「実はさ、サタンの他に混沌が、それと僕の仲間達がお前の他にも数名こっちの世界に来てるみたいで……」
「我的にはこっちの世界、って所から問いただしたいところなのだが……、その、大丈夫なのか? 混沌の本体には未だ会ったことがない故に分からぬが、帝国に現れた分体でもあの脅威力だったのだ……。その本体ともなると――」
「一人でこの世界を滅ぼしかねない、ってか?」
まぁ、彼女の言い分も理解できる。
正直なことを言ってしまえば、現状、混沌を殺すことが出来るのは全世界を探しても僕、ただ一人だ。
奴には死という概念はなく、不死を殺すためだけに作られた能力があったとしても、混沌は能力ごと攻撃を喰い、耐性を得てしまうだろう。
しかし、僕の『開闢』の能力は、不死を相手にするために考えられたものでも、格上を相手にするために考えられたものでもない。
――混沌、ただ一人を打倒するために作られた能力だ。
この能力は父さんが骨身を削り、誰の手を借りることもなくたった一人で作り上げた最強にして唯一の能力。故に僕以外には所有者はおらず――自動的に、僕以外は混沌を殺すことが出来ないという事実の証明にもなる。
――閑話休題。
「まぁ、魔力供給でお前達に開闢の力を帯びた僕の魔力、送ることが出来たら多少は対抗できるんだろうけど……、お前の言い分、この上なく正論過ぎて少し困ってる」
「な、ならば――」
「けれど、その正論は多分間違ってる」
被せるように言い放つ。
たしかに彼女の言葉は現状から考えると正論極まりない。混沌一人でさえ、『終焉』の力さえあればこの世界を滅ぼすことは可能なのだ。
そして、いくら弱体化しているとはいえ混沌に加えてサタンまでも、執行機関の総勢力が揃ってもいない現状で相手するというのは……、あまりにも無謀が過ぎる。
だが、これはあくまでも正論であって、正解ではない。
「混沌がもしもサタンのようにある程度力を残していれば、サタンも一緒にこちらへ来ているだろうと考えた混沌は必ず何かしらのアクションをとるはずだ。それこそ森一つを大げさに消して見せたり、目立つ何かをして見せたりと……」
しかし、そんな情報は今まで僕の元へと入ってきてはいないし、森一つを消すような大きな魔力も感じてはいない。
ならば、それはどういう事か。
「それがないってことは、奴は今『終焉』の力すらまともに使えないほどに弱体化してる、ってことだ。それこそ全ての能力が使えなくなってる僕と同じか、それ以上に」
ふと、輝夜の使用していた魔法や、サタンがこの世界において誇っていたステータスについて思い出す。
何故彼や彼女が能力を保持できていて、飛ばされた中で最も強大な『開闢』と『終焉』という力を待っていた僕らが底辺クラスまで弱体化しているのか。
こう考えると一つの推測が立つ。
これは、あくまでも推測だけれど――
「強大な能力を持つ存在であればあるほどに、弱体化してしまう世界……」
「ッ!? そ、それがここなのだとしたら――」
僕と同じ答えにまで至ったのだろう。輝夜は目を限界まで見開き、口をぱくぱくと開け閉めしている。
サタンは向こうでは強かった。それこそ、僕の仲間達の誰よりも、圧倒的に。
だからこそこちらでは――僕の仲間達を圧倒できない。
奴のことだ、もしかしたら輝夜一人では勝てないかもしれないが……少なくとも、あと一人、こっちの世界に僕の仲間が訪れている。
ソイツと輝夜にサタンと勝負させ、その間に僕が――混沌と決着をつける。
「そうすれば万事解決、オールグリーンってわけ」
――には、いかないんだよな、これが。
ため息を吐いて背後を振り返る。
「おいサタン、そろそろ出てきていいぞ。どうせ盗み聞きしてるんだろ?」
「……ふん、なぜ貴様はこういう時だけは頭が回るのだかな」
言いながら扉から室内へと入ってきたのは、身体中から殺気を迸らせるサタン。その姿に思わずと言ったふうに輝夜が構え――それを手で制した。
「あ、主殿……?」
「悪いな輝夜。多分、今ここで色々と話さなければ混沌もサタンも、一網打尽にできたんだとは思うけど……」
そう考えると、脳裏に彼女の後ろ姿が過ぎるのだ。
助けると約束して……、けれど、結局助けられなかった彼女の後ろ姿が。
「混沌の『蘇生』は、フカシがその支配権をぶんどってたことからも、アイツの『ド根性』クラスの力があればアポロンを解放することが出来ると分かった。……けど、それでも奪えるのは支配権だけだ。ここで混沌が死に、終焉スキルが消滅したら――彼女は、アポロンは一生助からない」
――それは、ダメだ。
それだけは、絶対に避けねばならない未来だ。
「僕はアポロンを救う。混沌を殴るのはせいぜいオマケだし、一緒に飯食った相手を殺そうだなんて思ってない。……奴がどう思うかは知らないがな」
やはり十中八九殺し合いにはなるとは思うが……、それでも、僕は幸せを掴むために再び歩き出したのだ。
その世界には僕がいて、恭香がいて、白夜がいて、仲間達がみんないて、アポロンもいて――混沌も、サタンも居る未来だ。
絶望的だと知っている。
無茶や無謀なことを言っているのは知っている。
だけど。
「僕はお前らと知り合ってしまった。最初は敵同士として知り合ったけど、混沌ともお前とも一度仲間として関わった。だから、僕はお前らも――救うことにした」
一緒に笑って、飯を食った混沌。
こうして今現在、仲間として目の前にいるサタン。
知性の化物だったならどうかは知らないけど、僕は一度仲間になった奴まで見捨てられるほど、冷酷じゃないのだ。
「……ふん、馬鹿馬鹿しい。我らは救済など求めていない。望むとすればせいぜい、貴様が大人しく我らが軍門に下ることだ」
「やだね。大人しく僕に負けて引き下がれ。そんで平和にでも暮らせ。今度こそ喧嘩することなくな」
言ってサタンの方へと歩き出す。
今の僕は紛うことなき雑魚だ。
今のサタンならば簡単にひねり潰せるくらいの。
だからこそ、前に一歩踏み出そう。
「安心しろ、僕はここでは混沌を殺さない。向こうではどうかまでは保証出来ないけれど――」
それでも、僕は――
「愚かに、傲慢に生きるって決めたんだ。僕はお前らには負けない。そして、絶対に世界なんて滅ぼさせたりしない」
――もう、妥協なんてしない。
手に入れるのは『最高』だ。
皆が、一緒になって笑えるような。
「僕はその【最高】を掴み取る」
その言葉に、思わずと言ったふうにサタンが肩を震わせた。
「……ククッ、貴様、なにか変わったな? 混沌様が何やら手を打ったと聞いていたが……あの方も厄介なことをしたものだ。弱体化どころか、逆に成長しているではないか」
言って、彼はやっと殺気を収めた。
「やれるものならばやってみせろ、執行者。確かに貴様はこの世界では我が協力者だが、向こうの世界では殺すべき敵対者だ。貴様がどう思おうと、命尽きるその瞬間まで俺は貴様の生命を狙い続けよう。あの方の願いを叶えるまで、な」
「願い……ね」
言いながらも、サタンの目の前で立ち止まる。
身長ニメートルの僕をはるかに上回る巨躯。腕は僕の胴体と同じくらいに思える程太く、目の前に立っているだけで命の危機すら感じされる。
最強とは、正しくこういう奴のことを言うのだろうが……。
――トンと、その胸に拳を当てた。
「……なんの真似だ?」
そう言おうとしたサタンへ。
顔を上げると、口元を緩めて口を開いた。
「お前もさ、ここまで来るのに僕なんか比じゃないくらいの努力したんだろ? でなけりゃこんなに強くなれないって」
「――ッッ!?」
身体を震わせ、初めて彼は驚愕を顔に貼り付けた。
――七つの大罪。
たしかにその能力は強力無比。使い手次第だが、僕らの三大魔眼よりも遥かに上位に位置するスキルだと言っても過言ではない。
しかし、その代償は、使い手の伸び代を尽く喰い尽くすのだ。
――スキルの消失、及び入手の不可。
どれだけ努力しようと単純な技能すら身につかない。サタンの誇る圧倒的な体術センス。あれは体術系スキルの補助が一切無い状態でのもの――言うなれば、日本に住む人間と何一つ変わらない条件で身につけたものなのだ。
何度も死線をくぐり抜けたのだろう。何度も何度も挫けそうになったろう。血が滲むような努力を毎日続け、そしてここまで至ったのだろう。
「ならその努力、報われないなんて嘘にも程があるだろ」
笑って言うと、サタンへと背中を向けて歩き出す。
彼が今、どんな表情をしているのかはわからない。
もしかしたら嫌悪に顔を歪めているかもしれない。
しかし、今まで努力し続けて、その末に挫折して、心が折れた今の僕だからこそ分かる。
今まで見てきた誰よりも――サタンという男はカッコイイ。
それこそ、敵ながら尊敬してしまえるほどに。
……まぁ、恥ずかしくて本人には絶対に言えない本音なわけなんだが。
――閑話休題。
とまぁ、シリアスにも浸かり飽きてきた頃だ。そろそろ次の仲間探しに映るとしようか。
輝夜のそばまで歩いて行きながらも、背負っていた骸骨様の金色の杖を手に取った。
「そ、それは――ッ!?」
案の定、体を震わせて反応する輝夜。
どうやら僕の予想は的中していたようで、手をワシャワシャとさせ始める。
「な、なぁ主殿よ、そ、その杖……、何故かは知らぬがとてつもなく欲しいのだ! な、なにかやるからそれと交換してはくれぬか!?」
「おう、そのために見せたようなもんだしな」
言いながらも考える。
果たして次の仲間候補を指し示すアイテムはなんだろうか、と。
恭香だったら……本だろうか?
白夜は……ドーナツか? のじゃロリだし。
輝夜は安定のコレだし。
レオンは……将棋かな。何月のライオンって言うだろう。
「そ、そうだ、この世界に来て何故か持っていたものがあったのだった!」
言いながら、輝夜はローブの懐から、そのキーアイテムを取り出した――!
…………の、だが。
「ほい」
「……へっ?」
その予想外のモノに、思わず間抜けた声を漏らす。
輝夜が僕の腕から骸骨様の杖を持ってゆき、逆にその物体を僕へと押し付けてくる。
気になったのか、サタンが背後から歩いてくる気配があったが、彼もこの物体を見たのか、思いっきり膠着しているようだ。
「……輝夜? これマジで?」
思わず問いかける。
本当に聞きたい、……いやこれマジで?
そんな僕へ、輝夜は小さく首を傾げて。
「……? いや、見ての通り『麦』だが?」
僕の手には、一本の麦の穂が握られていた。




