影―093 ギンと白夜
ワールド・レコードの方が重すぎて辛い……。
久しぶりに『書けねぇーっ!』ってなりました。
『ヴオアアアアアアッッ!!』
『グアアアアアアアッッ!!』
二つの咆哮が大気を震わせる。
衝撃波すら伴うその咆哮に周囲の建物が悲鳴を上げ、大地がバキバキと割れ、崩れてゆく。
……やっぱり、ここじゃ本気は到底出せそうにないな。
内心で呟き、魔力を高める。
『時刻変化・夜ッ!』
ゴーンッ――ゴーン――
鐘の音が響き渡り、周囲が一瞬にして夜へと移り変わる。
夜は、僕が一番力を発揮できる場所。今の状態で使い続けるのは難しいけれど――こうでもしなきゃ、白夜には太刀打ちできないだろうから。
『すぐにカタを付けるッ! 行くぞクロエ!』
『おうよ! お前も相手も消耗酷でぇからな、さっさと決めちまえ!』
両の前足を地面へと下ろすと、脚に銀色の炎を纏わせる。
体中がバチバチと音を立てて帯電し――直後、大地を踏み砕く勢いで駆け出した。
『フッ!』
勢いそのまま体当たりを放つと、今度もまた躱すだろうと思っていた僕の考えとは裏腹に、体当たりを躱すことなくそのまま受け止めた白夜。
『ぐう……ッ』
彼女の口からぐぐもった悲鳴が漏れる。
体当たりを受け、勢いそのまま百メートルほど押し込まれた彼女ではあったが、しかし足と尻尾に思いっきり力を込めて勢いを殺すと――ニヤリと、口元に凄惨な笑みを浮かべた。
『捕まえた――ッ』
ガバリとアギトが大きく開かれ、その奥で高密度の魔力が集まり始める。その属性は――時空間。
『チッ!』
咄嗟に防御すらできないと察すると、彼女の拘束から逃れることを諦め、位置変換によって僕の位置を彼女の背後にごまんと存在していた瓦礫と入れ替える。
そして――――って。
『な――』
目の前の光景に愕然とした。
白夜の背後に移動したはずなのに。
目の前には、白夜の姿は見当たらなかった。
焦って周囲へと探索をかけようと試みて――直後、目から火花が散った。
後頭部に殴られたような痛みが走り、周囲の建築物を巻き込みながら吹き飛ばされてゆく。
『……カカッ、時空神に、転移系の能力がそう何度も通じると思うたか?』
その言葉に全てを察した。
この野郎……事前に僕の位置変換を察してやがった。
察していたからこそ、僕が瓦礫と入れ替わったと同時に、さらに僕の背後へと自ら転移した。
そして、喉の奥でブレスを貯めながら一撃を加えれば、現状となるわけで――
『ま、まず――』
『残念じゃが、これで終わりじゃ』
直後、目を見開いた僕へと、位置変換を使った直後の僕へと、防御不可な上に不可避な速度を誇る光線が迸った。
☆☆☆
『はぁっ、はぁっ……、はぁ』
荒い息を吐き出し、白夜はその場所を睨み据えた。
まず間違いなく、今の一撃は不可避のものだった。
不可避の上、さらには防御も不可。
そんな、白夜の誇る膨大な体内魔力を使用した一撃。喰らえば死にはしないだろうが、瀕死は間違いない。
『……はぁ』
小さく、息を吐いた。
『もう、眠ってくれ。妾はお主の元から去ったのじゃ。脅されたわけでもなく、誰かに頼まれたわけでもなく、自らの意思で、自らの足で。お主の元を去って暮らすことを決めたのじゃ。じゃから――もう、眠ってくれ』
まるで心の底から絞り出すような言葉だった。
その言葉は限りなく本心のようにも聞こえたけれど。
けれど。
『知ってたか? 吸血鬼ってのは夜行性だ』
白夜の背後の瓦礫から、銀雷を纏って飛び出した。
やったと確信していたのだろう、白夜は目を限界まで見開いて僕のことを振り返り、けれどもすぐに気を取り戻すと時空間の魔力を帯びた爪を薙ぎ払った。
『眠れと、言っておるじゃろうが!』
ザシュッ――
薙いだ爪が拳を構えた僕の胴体に幾筋かの真っ赤な傷を刻み付け、胸から溢れた鮮血が周囲へと撒き散らされる。
『がは……』
『お主は、妾よりも弱い!』
首へと腕を押し付け、そのまま無理矢理に僕を大地へと押し倒す。
脊髄から背中にかけてが地面に強打し、肺の中の空気が絞り出されてゆく。
『たしかに、今の一撃を躱したのは流石と言ってもいいじゃろう。じゃが、所詮はそれまでじゃ! 位置変換はお主の世界でしか三回以上連続しては使えぬ。それに加え、夜だというのに以前と比べて精彩さに欠く攻撃、単調さが浮き彫りになった行動。もしも“血濡れの罪業”が使えていたならば勝負になっていたかもしれぬが、今のお主では妾に勝つことなど――』
『できない……ってか?』
笑って返すと、彼女は悔しげに、それでいて怒りをこらえるように歯を食いしばった。
『そうじゃ! そして、お主ほどの頭を持っておればそれくらいは簡単にわかっていたはずじゃ! なのにここへ来た! 一体何故じゃ! なぜお主ともあろう者が、負け戦に赴いた!』
たしかに彼女の言う通りだ。
まともにやり合っても白夜に勝てる保証なんてどこにもない。裏をかいて、奇襲や奇策に徹しても勝てるかどうかと言ったところだ。
知性の化物だったならば、まず間違いなくこの場には来ていなかっただろう。
……だけどな、白夜。
『お前が、誰かに奪われるのが嫌だったから』
結局は、その一言に尽きるのだ。
『もう、知性の化物は止めた。幸せを掴むために、素直に生きることにした。泥に塗れて、合理性を捨てて、愚かしく生きることを決めた――今の僕は、ただの愚か者だ』
そして、そんな愚か者は思ったわけだ。
『僕は幸せになりたい。皆と仲良く騒いで、バカやって、たまには怒って――って、たまにはって頻度じゃなさそうだけどさ。とにかく皆と楽しく暮らしていきたいんだよ』
――けれど、その皆って言うのは、今の執行機関全員ってことでは決してないのだ。
だってそこには、白夜が居ないから。
『その未来には、お前が必要だ。お前がいない幸せなんて存在しない。お前が居ないなら、僕はきっと、幸せになんて辿り着けない』
言って、白夜の瞳を覗き込む。
そこには怒りと、困惑と、絶望と――そして、やっと表に出てきた『本音』が浮かんでいた。
『ば、馬鹿者が……、そ、そんな未来。妾は……妾は――』
『……馬鹿はそっちだろ。泣いてまで嘘つきやがって』
頬に、暖かいものが落ちてきた。
それは、涙だった。
彼女が流した、大粒の涙。
眼前の彼女の泣き顔に思わず苦笑すると、なんとか動いた左腕でその涙を拭ってやる。
『まぁ、妙なところで頑固なお前のことだし、曲がらないって言うのはわかってる。だから――』
瞬間、彼女が組み伏せていた僕が――消えた。
真っ黒な霧となって消え失せた。
『か、影分身――』
今になってすべて気がついたらしい白夜がその魔法を呟いた。
彼女は涙を拭って周囲を見渡す。
それを瓦礫の上から見下ろしていた僕の本体は数秒もせずに見つかってしまい、未だ潤んだ双眸が僕を睨み付けた。
まだ、本気は出せないけれど。
聖獣化二つ重ねというのもまだ難しいけれど。
あの鬼の力ならば――辛うじて使えるだろう。
『“悪絶業鬼”』
絶影魔法――悪絶業鬼。
悪鬼羅刹の上位互換のスキル。
奈落の深奥に繋がれた悪鬼羅刹の力をほんの少しだけ身に宿す能力が悪鬼羅刹ならば。
その力を三割近くまで身に宿す能力こそが、この悪絶業鬼。
白虎と化した体を紅蓮色の鎧が包んでゆく。
首元を守るように召喚された赤いマフラーが風になびき、肩の鎧部分から後ろへと黒色のマントが召喚される。
『来い、“宝刀・天羽々斬”』
黒色の柄に金色の鍔を持った一振りの刀が召喚される。
――宝刀・天羽々斬。
刀身に風のような刃文が浮かび上がった、変幻自在の太刀である。
変幻自在故にこの巨大化した状態でも使える数少ない武器のうち一つで――かつて、竜を斬った刀でもある。
『安心しろ。お前のことを叩き斬ってでも奪い返す。お前がどんな力で押し返してこようと、それ以上の力を持って斬り返す。だから――もう、そんな顔しないでくれ』
こっちには神器・炎十字が持つヌァザの神腕、その復元能力があるし、それでも足りなければ神の髪が残り三本残っている。腕の一本や二本、足の三本や四本斬り落としたところで、後で回復すれば別にいい。
いまはただ――白夜を取り返したい。
――それだけなのだから。
『――フゥ』
刀を構える。
剣道の構えのように『正しさ』や『完成度』はそこにはなく、僕のソレはただ荒々しく、戦いの中で鋭く削られた構えだ。
見据える先の白夜は口元に微かな笑みを浮かべると、その手に巨大な時空剣を呼びだした。
剣で防げず、鎧でも防げず、ただ一直線に僕の生命を狩りに来るその剣――相手にとって、不足はない。
『……カカッ。せっかく頑張ってお主の隣を去ったのじゃが、何故そう、お主はカッコよくなるのじゃろうな。なお更に、諦めるのが難しくなったじゃろ』
『顔面とか性格とか、もうちょっと目かっぽじって見た方がいいんじゃないか? あとで金出してやるから病院行くぞ。もちろん頭のな』
こんな言い合いも懐かしい。
白夜も同じ思いだったのか、口の端を吊り上げていた。
きっと僕も、同じような顔をしてるに違いない。
けれどもすぐにお互い、キッと口を真一文字に結ぶと、柄をぎゅっと握りしめた。
そして――一直線に駆け出した。
大地が揺れ、剣に集まる高密度の魔力に大気が揺れた。
彼我の距離が一瞬にして詰まり。
そして――!
『ハアアアアアアアッッ!!』
『ガアアアアアアアッッ!!』
刀を振り下ろした状態で交差した僕ら。
その互いの体から――鮮血が溢れた。
次回『おかえり』




