影―082 ギンという男
もう半分締めに入ってますので、シリアスなのはご了承願います。
あんまり『つまんね』とか言われると作者死んじゃいますので。
朝、自室で目が覚めた。
頬に違和感を覚えて触れてみると、そこには確かに、涙が伝っていた。
「……あぁ、そうだった」
まるで、胸にポッカリと穴が空いた感覚。
大切なものを失った喪失感か。
或いは、自分の情けなさに対する失望か。
まぁ、いずれにせよろくなもんじゃない。
「……こんなにも、最低な朝は久しぶりだ」
アポロンが死んだと、そう聞かされた時は、寝る前にしっかりと考えられる時間があった。
対して今回は――って。
「見苦しい、言い訳だな。これは」
そう言って苦笑すると、僕はそのカーテンの隙間から漏れる朝日を眺めて。
「僕は一体、どうすりゃいいんだろうな」
この世界に来て初めて明確に。
僕の心は――悲鳴をあげていた。
☆☆☆
「……と、……ょっと。……ねぇ、ちょっと!」
近くから声が聞こえてきて、目を見開いた。
「……え、なに?」
顔を上げれば、周囲には心配そうにこちらを見つめる仲間達の姿があり、彼ら彼女らは……あれ、朝食を取ってたのか。視線を下ろせば僕はいつの間にか食堂の椅子に座っていた。
「……大丈夫なの? 貴方、さっきから死にそうだけれど」
向かい側の席に座っていたミリーが、珍しく心配そうにそう聞いてくるが、僕の口からは乾いた笑みが漏れるばかり。
「は、はは……、どうしちゃったんだろうな、僕」
ふらっと来て、すこし頭を抑えた。
……どうやら、本格的にマズイみたいだ。
体調も最悪、体は鉛のように思いし、気分も落ち込んだまま。なんのやる気も起きないし――生きる気力も、湧いてこない。
普段ならば僕のよく知る彼女が馬鹿なことをやらかすんだろうけれど……今ここに、彼女はいない。
「あれから……、もう三日も経つのか」
輝夜がふと、そんなことを呟いた。
――あれから、三日?
もしかして……もう三日も経っていたのだろうか。
思わず隣に座る恭香へと視線を向けると、彼女は黙って首を横に振った。
その意味するところは――つまり、そういう事なのだろう。
その言葉以降、僕らの間を重苦しい空気が漂い始め、ただカチャカチャと、食器が奏でる不協和音だけが響き渡る。
「……助けには、行かないのですか?」
そんな沈黙を破ったのは、暁穂だった。
……助けに行く? 一体誰を?
そんな質問が出ることはなく、ただそれを契機に内心でそう考えていた数名が声を上げる。
「そ、そうだよっ! 白夜ちゃんだって本当は親友くんに連れ戻してもらいたいはずだもん! ここは行かなきゃ親友くんじゃないよ!」
「そ、そうなのですっ! 私の知ってるギン様はなんだかんだ言ってもかっこよく助けに行く人なのですっ!」
その言葉に、箸を握る手に力が入った。
ここで行かなきゃ――僕じゃない?
僕ならば――かっこよく助けに行く?
……けるな。
心の奥底で、隠していた本音が、漏れ出した。
「よっしゃ! こうしてグダグダしてても何も始まんねぇし、とりあえず助けに行こうぜ! 俺の知ってるお前ならそうすんだろうがよ?」
「そうなのだ! あるじ! みんなと一緒に白夜を助けに行くのだー!」
「クハハハッ、助け出された時の白夜の顔が目に浮かぶようだ! ……主殿よ、我らは準備出来ておるぞ? 今こそ我らに司令をを下す時だ!」
俺の知っているお前なら?
みんなと一緒に助けに行く?
僕から司令を下せ?
そんな、相も変わらず脳天気なコイツらに僕は――
「ふざけんな……ッ!」
箸がバキリと音を立ててへし折れた。
先程まで脳天気な空気を取り戻していたこの部屋は一転、重苦しい空気に包まれていた。
見れば皆は目を見開いて僕の方へと視線を向けてきており、けれどその中で、ミリーとソフィアだけは、顔を伏せて沈黙していた。
「……助けに行きたいなら、お前らだけで行け。僕は、自らこの場所から去った奴を取り返しに行くほど、暇じゃない」
席を立ち上がると、僕は無言で歩き出す。
激痛の走り続けている頭の中がごちゃごちゃで、自分が何を思考しているのかもわからない。
何を話していいのかもわからない。
けれど、それでも僕は。
責任を背負うこともなく、命を賭けることもなく、表舞台に立つこともなく――思考することもなく。
ただのうのうと、僕の後ろを付いてくるしかしてこなかったコイツらへと。
「知りもしない奴が、僕を語るな」
何かが、壊れたような音がした。
☆☆☆
「ぎ、ギンっ!」
ギンがこの部屋から去ってしばらくした後。
やっと正気を取り戻したのか、恭香がそう言って席から立ち上がった。
けれどすぐに彼女は私たちの方へと視線を向け、心配そうに顔を歪めた。
「……安心しなさい。こっちは私が何とかするわ。貴女はアイツに付いていてあげなさい。彼女でしょう?」
私がそう言ってやると、恭香は普段から毒舌ばかりの私がこんなことを言うとは思わなかったのか、驚いたように目を見開いていたが、けれどもすぐに「ありがとうっ」と駆け出していった。
……まぁ、正直アイツは、多分『末期』だ。
そう簡単には立ち直れない。
それは私が一番、よく知っている。
私は恭香の後ろ姿を見送ると、この部屋にいる全員に聞こえるように、盛大にため息を吐いてやった。
「はぁぁ……。一応聞いておくけれど、この中で現状を完全に把握出来ている人、どれだけいるのかしら?」
その言葉に手を挙げたのは一人。
予想通りそいつは――ソフィアだった。
「その様子だと、お主もわかっておるようだな、ミリー」
「ええ。私も気付くとしたら貴女と恭香くらいだと思っていたから」
もしかしたら了も気づくかもしれない、とは思ったけれど、彼女の場合はその昔からの付き合いが仇となって、結果気付けずに終わったようだった。
他の面々は皆唖然としたようにその場で固まっており、それを見た私は再度ため息を漏らす。
「いいわ、早速だけれどネタばらしして上げる。ヒント与えて答えてもらうって言うのも面倒くさいし、アイツだって必死になってる現状をゲーム方式にされて喜ぶほどマゾでもあるまいし」
そう言って私は、恐らく彼ら彼女らが、根本的に勘違いしている点を指摘することにした。
「神剣シルズオーバー。全員能力について一度は聞いたことあるでしょうけれど、それ位は分かるわよね」
それは質問ではなく確認。
これすらも分かっていない奴がいたら、そいつこそこの場所から去るべき存在だろう。分かっていないということは――彼の苦しみを、理解しようともしていないということなのだから。
「使用者の魔法の才能と引き換えに、対象の状態異常や怪我の完治に才能を開花。その他にもいろいろと能力はある、と私は聞いたわ。まぁ他がどうかは知らないけれど」
正直興味もないし。
「ただ、ここで勘違いが生じてる」
そう、問題はここだ。
この能力は私が言った通りの能力なのだろうと思う。
けれど、アイツの言動が、今まで歩んできた歴史が、その説明を拡大解釈させるのだ。
故に、この中でも比較的繋がりの短い私と、ソフィアだけが気づけていた――否、違和感を覚えていた。
「それは元々眠っていた力が現れただけで、決して補正がかかっている訳じゃないんじゃないかって、ここで私は違和感を覚えた」
その言葉に、数人がその答えに考え至ったのか、愕然と目を見開いていた。
「えっと……、つまりは、どういうことなの?」
馬鹿の筆頭、エロースが難しそうに眉を寄せている。
まぁ、確かに少し遠回しすぎたような気もしないでもない。
ので、その事実を私は突きつけた。
「アイツは、物語の主人公でもなんでもない、『心』を持った、普通の人間だって事よ」
皆が思っていた――彼は特別だと。
皆が思っていた――彼ならばなんとかすると。
皆が頼っていた――彼の背中に。
皆が勘違いしていた。
――ギンは、壊れないって。
「私も、もう少し早く気づくべきだったわね……」
私は知っている、心が壊れたらどうなるか。
身をもって、知っている。
「太陽神アポロンが死んだって、そう聞いた日から確かにおかしかったのよ。その直後に貴方達が操られて心が軋み、……話されてないけど、他にも何かあったんでしょう? それに加えて、今回のこれ……」
今まで、休むことなく走り続けてきたのだ。
もうその足には感覚なんてないだろう。
体も麻痺し、軋む音にも悲鳴にも、気づかなかったのだろう。
だからこそ必死に走り続けて。
――今、崩壊した。
「期待をしすぎた。責任を負わせすぎた。思考を、放棄しすぎた。その背中に頼りすぎた」
故の崩壊。
私は恭香が走り去っていった方向へと視線を向けると。
「私たちは、ギンという男を、理解しようとしていなかった」
突き詰めれば、それが今回の原因で。
誰が悪いかと聞かれれば、それはきっと、私たちが悪いんだろうと私は思う。
次回、ギンの本音と白夜の考え。
前半後半に分けてお送りします。




