影―056 勝者と敗者
ガァンッ!
カァンッ!
ガキィンッ!
金属同士が激突するような音が響き渡り、僕はチッと舌打ちをしながらも後退る。
――地力の差。
いくら僕が技術で圧倒し、未知の力を使おうとも、それでも地力というものは大きすぎる。
いくら凶悪な毒を持つ蟻でも、人間にとっては踏み潰すだけで死ぬような小さな命だ。
そして――今回も。
「ふむ……、精神体に対する直接攻撃と、そういった所か? その鎌の能力は」
「……」
僕は無言で返した。
もはや言葉を飾っても、言葉を騙っても無意味だろう。そう思えるほどに、奴は僕の技を見すぎた――身に受けすぎた。
「お陰で肩から先の右腕の感覚がなくなってしまった。全く、混沌様もこのような男を『脅威たり得ない』とは、過小評価も過ぎたものだ」
「褒められてるのか……な? 全然嬉しくないんだけど」
「褒めているのだよ。貴様は強い、少年よ」
サタンはそう言って――
「だが、どれだけ上部を騙ろうと、所詮は貴様もあの世界育ちの日本人か、少年よ」
瞬間、僕の目の前にはいつの間にかサタンが現れており、彼は僕の首を思いっきり掴みあげた。
先程よりもさらに強いその力。
先ほどと同じように恭香が魔法を使おうとしたが――
「理の教本よ、魔法を使っても良いが。その時はこの男の首がへし折れることを忘れるな。不死の吸血鬼とはいえ脊髄の損傷は回復に時間がかかる。その間、俺が何もせぬとでも思うたか?」
『ッ!』
そう言われてしまえば、きっと彼女は何も出来ない。
いや、それでいい。
「がハッ……、さい、しょから……」
「……? なんだ、少年よ」
「さい、しょから……、人を頼りにして、生きられるほど、甘ったれちゃ居ないんだよ……」
なぜ僕が他人を頼らないのか。
その答えは『信用たり得ないから』に尽きる。
ならば、恭香たちのことは信用出来ないのか? そう聞かれたとすれば僕は否と答えるだろう。
それこそ、命を預けられるくらいには信用している。
けれど。
「自分のこたァ自分でやる。それが人間だ。人を頼りに生きてたら、……それは生きてないのも同然だろうが」
僕の上ずった声に、サタンはニヤリと笑って見せた。
「俺は、人間とは支えあって生きゆくものだと聞いたが? かつて我が部下を打倒したあの黒髪の少年。あの男はそう言っていたように記憶しているが」
「アイツは、弱虫だからな……。ンなことしてないと、戦えないんだようよ」
その男は、いつも考え無しに動く癖に、その実は弱虫だ。
だから仲間に頼る。仲間同士頼りあって、パーティとしての力をつける。
個で戦うか、数で戦うか。
……まぁ、どっちも正しいんだろうけどさ。
「言っとくが、僕は強いぞ」
瞬間、サタンは焦ったように背後へと視線を向けた。
そこには今現在進行形でこちらへと投擲されているアダマスの大鎌の存在があり、その本来はありえぬ光景にサタンは思わず目を剥いた。
「なっ!? 偽物……いや、幻術か!」
瞬間、その大鎌めがけて、動かなくなったその左手を薙ぎ払った。
途端に霧となって霧散してゆくその大鎌。確かにその光景は僕が月光眼で作り出した偽物だが――
「全てを――疑え」
瞬間、サタンの手に握っていた僕が靄となって消えてゆき――その直後、サタンはその殺気に気がついたのか、ビクンと体を硬直させた。
右の手には――神剣シルズオーバー。
左の手には――月蝕。
銀と黒。二色の刃が虚空へとその軌跡を残し、サタンの背中へと二つの斬撃を刻みつける。
「『暗殺』ッ!」
瞬間、その傷口から鮮血が溢れ出し、サタンはその痛みに「うぐっ」とぐぐもった悲鳴を漏らす。
けれども悪魔の王がそれしきで終わるわけもない。
「うっ、がァァァァァァ!!」
瞬間、振るわれるその薙ぎ払い。
もしもそれに触れたら一撃で瀕死になるかもしれない、そう思わせるほどの一撃に、僕は――
「何一つとして、真と思うな」
瞬間、僕の姿ごとその背中の傷が消失する。
「げ、幻術か!?」
サタンはそう叫び――目の前に煌めく、その真紅の瞳に気がついた。
「なにが虚で、何が真か」
ズシャァッ!
僕はその首めがけて神剣シルズオーバーを振り抜く――が、けれどもとっさに躱されたのか、その刃は半ばまで到達したものの、その首を刈り取ることが出来なかった。
鮮血が舞い、けれどもそれと同時にサタンの腕が僕の胴体を貫いた。
「うぐっ……」
「がハッ……」
本当は、もう少し幻術でおちょくろうかとも思ってたんだが……本当に強いなこの男。多分、今まで戦ってきて中で一番強い。
正しく――最強。
けれども考え方を変えれば、その最強を相手に僕は十分に戦えているんだ。
そう考えると、なんと誇らしいことか。なんと嬉しいことか。
僕は痛みに悶えながらもニッと苦しげに笑みを浮かべる。
「チートチートっていうけれど、一番強いのは、そのチートすら力技で踏み潰す、そんな絶対的な強さなのかもしれないな」
「……俺からすれば、その圧倒的強者にも噛み付ける、多種多様な能力とそれに伴う技術、そして何より、その頭脳が忌々しいほどに厄介極まりないがな」
最強に認められるということ。
まぁ、それはつまりそれだけ僕が頑張ってきたと、そういう事なのだろうが……。
けれど、その言葉には少し訂正を願いたいな。
僕はニヤリと笑うと――
「誰が、全ての能力を使った、だなんて言ったよ」
瞬間、僕の身体から吹き出した全ての血液に含まれた魔力が動き出し、その血液の形状を変えてゆく。
「け、血液操作か!」
さすがはサタン、一瞬でそのスキルについて行き着いたようだ。
彼は焦ったように腕を僕の胸から引き抜き、そのまま後ずさったが――それはさせない。
「うおらっ!」
「ぐぬっ!?」
僕は、思いっきりその鎖を引っ張った。
僕の全力だ、サタンと言えども無視出来なかったのか、彼は腕を引っ張られたかのようにその場に停止する。
そしてその直後、彼へと槍と化した血液が降り注いだ。
「ぐっ、ぬぅぉぉぉぉぉぉッ!?」
一つ一つは小さな一撃。
それでも積み重なればサタンの身体すらも貫通しうる一撃へと変化する。
見ればサタンの体にはいくつかの槍が突き刺さっており、それを受けたサタンは初めて、その疲労を顔に出した。
「はぁ、はぁ……、ここまで……」
そうサタンは言うが、ここで休ませるほど僕も優しくはない。
僕はガバッと前方へと手を向けると、その魔力を掴みあげて――握りしめた!
「『影千本』!」
それと同時に、僕の血液を伝って彼の内部へと移った僕の魔力が、サタンの内部に存在する影を用い、彼を内部から攻撃した。
「ぐぬォォォっ……」
さすがのサタンとはいえ、体の内部までは鍛えられなかったのだろう。口の端から血を吹き出し、それどころか眼球からも流血をしている。
それは見方によれば『えげつない』と取られるかもしれないが、正直ここまでやらねば勝ち目はない。ここまでやらねば……こいつは倒れない。
僕はそう結論付けると、パァンッと両手を合わせた。
「『輪廻司りし螺旋の王、白銀纏いし白帝の王。彼の力、此の力在りしは我が魂、成りしは天地開闢の調べなり。故に、我が前に敵は居らず。在りしはただ絶対なる終焉のみ』」
辺りへと膨大な魔力が溢れ、それを体の内で暴れ狂う影に堪えながらも見ていたサタンは、初めてその瞳を恐怖に踊らせた。
この技――サタンと言えども、受ければ死ぬぞ?
「『言葉は要らぬ。ただ、その死と血を以て、世界へ罪を贖い給え』」
唱え終わるとともに、僕はその魔力全てを掌へと集結させた。
「一点集中型」
瞬間、僕の姿が掻き消え、サタンの懐へと移動する。
――絶歩。
二度目といえども、この技だけは見破れまい?
見上げればそこには、驚愕に目を見開いたサタンの姿があり、僕は、その胸へと掌を打ち込んだ――!
「輪廻に沈め!『時代穿つ新羅の罪』ッ!」
瞬間、周囲へと鈍い轟音が響き渡り、まるで巨大な何かが凝縮されたような、連続した細かい爆音が鳴り響く。
「ぐっ……がハァァァァ!?」
サタンは口から大量の鮮血を撒き散らしながらも、グレイプニルを解除したこともあり、彼の体は曇天を突き抜けて更に天へと登ってゆく。
今のは、かつてアスモデウスへと使用したあの技を完璧にマスターし、その上で膨大な魔力をつぎ込み、一点に凝縮した最悪の技だ。
あの技は相手が動けない状態でなければまともに使えないものではあったが、その威力は大悪魔すら一瞬で絶命させるほど。
――だと、思っていたのだが。
「まだ、生きてるってのか?」
僕は、そのポッカリと穴の空いた曇天を見上げた。
その顔を覗く青空の、さらにその奥。
かなり高い位置に――僕はその姿を確認した。
体中は傷だらけで、口からはとめどなく鮮血が溢れている。
けれども、それらの『瀕死』という考えは、全てはその左腕を見れば消え失せてゆく。
「『悪魔の絶拳』……」
サタンが、そういったように思えた。
その腕は彼の身体からは考えられない程に巨大化しており、そこからは膨大な闇の魔力が感じ取れた。
――これで決める気か。
僕はその様子から、その事実を感じ取った。
まぁ、元から僕はここで決めるつもりだったのだ。時間を空けて回復されても困るから。
だからこそ。
「受けて立つよ、大悪魔サタン」
僕は、その拳に銀色の炎を纏った。
先程膨大すぎる魔力を連続して使用しすぎたためか、珍しいことに今の僕は魔力不足だ。
この状態では『過去滅する禁忌の罪』は使えない。
だからこそ、『悪魔』には『正義』で迎え撃とう。
『ご主人様、私の魔力もお貸しします』
『私のも貸してやる。だから、負けんじゃねぇぞ』
頭の中に二つの声が響き渡り、僕の左拳の炎がさらなる輝きを見せた。
それは、何者にも負けぬ銀色の輝き。
僕はその銀色の炎にニヤリと笑みを浮かべると、件の指輪について思い出した。
「感謝するよ、九尾」
炎系統の能力に対する補正。
果たして本当かどうか、分からない部分もあったけれど……それでも、この炎を見ればどれだけ効果があるのか分かるというものだろう。
「『正義の鉄拳』」
瞬間、僕の左拳の炎がより一層、その輝きを増した。
『……ギン』
恭香の声が聞こえてくる。
いつもならば、こういう時は一人だった。
だからこそ負けられないと思っていた面もあったし、孤独だからこそ死がすぐ隣にあった。
けれども――
「安心しろ、負けやしないさ」
――仲間が、大切な人がそばに居る。
ならば、死んでも負けられないじゃないか。
自然と僕の口元には笑みが浮かんでおり、僕はダークレッドの翼をはためかせて上空へと駆け出した。
視線の先には、こちらへと駆けてくるサタンの姿が。
正義の拳と悪魔の拳。
さて、どちらが勝つか。
そんなのは実際にやって見なければ分からない。
けれども。
「負けるわけには、いかないんだよッ!」
僕はそう叫んで、その拳を振りかぶった――!
「うぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!」
瞬間、二つの拳が激突し――
「……あ、れ?」
気がつけば、僕は地面に倒れていた。
強いなー、サタンさん。




