影―038 地獄を味わえ、エルフ共
お待ちかねのお時間です。
「はぁ、はぁ……、し、死にそう……」
その後、僕はそんな情けない声を出して思いっきり両膝を付いた。
――血濡れの罪業。
たしかに強い。いやマジで強いさ。だって父さんよりも強くなれるんだから相当強い。
けど消耗が半端ない。
聖獣化×2に加えてウルの能力も『神罰』には付与させたし、何よりもあの『悪鬼羅刹』の強化版を常に自分の身体へとかけているのだ。聖獣化して身体能力が上がってなければもっと酷いことになっていただろう。
僕はフッと魔力を解除して元の状態へと戻ると、それと同時にどこかから駆け寄ってくるような足音が聞こえてきた。
「ぎ、ギンさんっ!? 大丈夫ですか!?」
「おー、ネイル……って、お前あの鳥籠から出れたの?」
「えーっと……、その、戦闘の余波で……」
そう言ってネイルの視線を辿っていくと、その先にはへしゃげて原型を留めていない鳥籠の姿が。
…………ふっ、どうやら僕の完璧すぎる救出作戦が成功したようだな。うん……いや、マジで偶然とかそういうのじゃないからね。ちょっとネイルが危険な目に遭ってたからって言い訳してるわけじゃないからね。
ひとしきり言いわ……じゃないや、自慢話をしていると、ネイルが困ったように僕の手を両手で握ってきた。
「ギンさんは……、なんで、何でこんなに無茶するんですか。ギンさん言ったじゃないですか。私のことが嫌いだって……。だから、だから私――」
気がつけばネイルの肩はぷるぷると震えており、雨でも降っているのか、僕の手を握りしめた彼女の手の甲へとポツリポツリと水滴が落ちている。
全く異常気象にも程がある。どうやらネイルの顔面付近にのみ雨雲が発生しているようだ。
僕はもう片方の手で頭をガシガシとかくと、彼女はなお一層肩を震わせ、僕の手を抱くように抱え込んだ。
「だからッ、だから頑張って……変わろうとっ。でもお姫様と婚約するって。だから、もしかしたら……、混血の私は――」
「捨てられるかもしれない、って思ったのか?」
僕は彼女の言葉を想像してそう問いかけると、彼女は僕の手を握りしめたまま、小さくコクリと頷いた。
僕は軽くため息を吐いてググッと右手に力を入れると、そのままネイルの額へと照準を合わせ――デコピンをかましてやった。
「あいたっ!?」
可愛らしい声を出すネイル。
彼女はやっと顔を上げ、そのメガネの向こうで潤んでいるその瞳が顕になる。
それを見た僕は彼女の肩を抱き寄せると、両腕で彼女の身体を抱きしめた。
「僕がお前を見捨てるわけがないだろう。お前が生きる意味を見いだせなくても、僕にはお前が必要だ。お前のそのねじ曲がった根性が……まぁ、少し鬱陶しくても、僕はずっとお前の傍にいて、僕がお前に幸せを分けてやる」
――それに。
瞬間、僕らの周囲へと光が溢れ、気がついた時には僕らの姿は森国ウルスタンの広場へと移動していた。
目の前には頬を赤らめ、目を潤ませたネイルの姿があり、僕は彼女の瞳を見て、頬を緩めた。
「それにさ。僕は今のネイルはけっこう好きだよ。なら、お前は今のままでもいいんじゃないか?」
気がつけば、ネイルは僕へと抱きつき口付けをしており、それには少し驚いたけれど、僕は瞼を閉じて彼女の体を抱きしめる。
その柔らかな、そして暖かい感触が伝わってきて。
そして僕は――
「「「「じー――……」」」」
「――ッッ!?」
それらの視線に気がついた。
抱きついたまま口も身体も離さないネイルだったが、何とか角度を調節してそちらへと視線を向ければ。
「ねぇ、あの人恋人の前で違う女の子とキスしてるんですけど」
「女ったらしは伊達じゃないのじゃ」
「ネイル……、いいお相手を見つけたわね……っ、お母さん感動しちゃったわ」
「おいちょっと待て! 今回は私が登場したんだぞ! 流れ的には私といい感じになるのではないのか!?」
「ちょっと待って!? あの約束の場所に行ったのって私だよね!? 私だけだよね!? なんでそんな私が放置されてるの!?」
全くうるさい奴らだ。
けれどもそんな賑やかさがあってこその僕の仲間達だし、僕もその雰囲気が嫌いじゃない。
――あの女さえいなければ。
「く、くふっ、ぷぷっ、やばっ、お腹いたっ……、ど、童貞がっ、童貞がカッコつけて……っ、くふふっ! き、今日はアレね、ネイルのお祝いってことでお赤飯ね。もちろんご飯のお供は今録画した黒歴史ビデオ――」
僕はその記録映像を破壊した。
☆☆☆
その後。
物凄――――く気まずくなった僕とネイルではあるが、無事ネイルの救出に成功したことだし、そろそろこの一連の事件と苛立ちに終止符を打ってもいいのではなかろうか。
「という訳で、お前ら全員GUILTYな」
「馬鹿が! なぜ貴様ごとき劣等種がこの場を仕切っているのだ! その座は誇り高き妖精族こそが相応し――」
「あ、それじゃぁエルザさん。宜しくお願いします」
「はーい。もちろんGUILTYですがー」
瞬間、エルフたちの間へと奇妙な沈黙が横たわり、食ってかかってきたエルフリーダーも何も言えずに黙り込む。
もしやかつてのアーマー君のように『洗脳したな!』とでも言い出すかと思ったが、それを言ってしまえば分が悪くなるのは向こうである。
①ここにいる全員が洗脳系の魔法が発動された形跡を見つけられないという事実。
②もしも認めたとして、誇り高きエルフの、それまた頂点が簡単に洗脳されているということについて。
③その頂点たるエルザがGUILTYと認めた事実。
……もはや誰も言い返せまい。
僕はそんなことを思いながらもニヤリと笑みを浮かべると、僕の隣で体育座りしながら地面に『の』の字を書いている幼女形態の恭香へと視線を向けた。
「あー、でも流石にエルザ様の一存で決めるわけにはいかないよなー。ここは超絶公平な、それこそこれ以上に公平さという面で並ぶ物がないとされる多数決なんてどうだろうかー! なぁ恭香?」
「へ? あぁ、どうでもいいんじゃない?」
おっと恭香さん。
いつもの如く知性がぶっ飛んだあの状態を思い出して落ち込んでいるようです。そして毎度僕は『なら変身しなきゃいいのに』と思うのだが、そこら辺は触れぬが吉だろう。
僕は恭香のどうでも良さそうな言葉にうんうんと頷くと、大声でエルフたちへも話しかけた。
「ならこういうのはどうだろうエルフ諸君! 今からこの国に存在する者達全員でGUILTYか否かについて多数決を取り、多かった方の意見を採用すると。そして負けた方は絶対服従と。そういう事で!」
その言葉に、あれだけの光景を見ても未だに改心していない半数くらいのエルフたちが話し始める。
「おい……どうする?」
「多数決か、普通に考えて俺らの勝ちだろう」
「なら乗ってもいいんじゃないのか?」
「どうせこの国の住民全員が妖精族なのだ。向こうに味方する阿呆でもいない限り我らが勝利は確実だろう」
と、その他諸々。
知性に長けた頭の良い種族たちはそんなことを話し合った結果。
「良かろう! 但し執行者殿、貴方が先程使用した化物の召喚など、実際に生きていない生物を含めるのはなしにしてもらおうか」
長老が、ニタニタと勝利を確信しながらそう告げてきた。
大方『アテが外れたのだろう? 大人しく土下座して謝るがいい!』とでも思っているのだろう。
そのため、僕は笑顔で首肯してやった。
「はい、それで結構です。この国の中で生きている者達全員が対象、ということですよね? なんの問題もありません」
「そうでしょう、そうでし……って、は? え、本気ですか?」
「ええ。もちろんですとも」
逆に聞くがなんの問題があるというのだろうか?
彼らは勝ちを確信できて万々歳。僕は作戦が上手くいって万々歳。win-winな素晴らしい関係性じゃないか。
僕の意図を図りかねてか、長老は笑顔の僕へと訝しげな視線を向けたが。
「クハハハハッ! 長老よ! その劣等種はどうやら頭も悪いらしい! この圧倒的な数量差で多数決に挑むとは……やらせておけば良かろう! どうせ結果は見えている」
との、エルフリーダーの言葉に背中を後押しされ、そのまま僕の言葉に頷いた。
それを見た僕は懐から一枚の紙を取り出すと、軽くその紙へと魔力を込めた。
「これは僕が全魔力を込めて作り上げた契約書です。今回の契約内容は、森国ウルスタンに存在する命ある者達全員にて多数決を行い、敗者は多数決にて決められたその事項に必ず従うこと。もしも万が一これを破れば――死に至る。これガチですからくれぐれも破らぬようお気をつけ下さい」
その言葉に、ゴクリと息を呑むエルフ一同。
けれども現時点では自分たちが有利であることを思い出したのか、顔に嘲笑を貼り付けた。
「良かろう。その契約受けて立つ!」
何故か代表して答えるエルフリーダー。
まぁ、長老が言おうと奴が言おうとどうでもいいのだが、とりあえずこれにて契約は完了した。
なれば、あとは実際に多数決を行ってみるのみ。
僕はビシッと手を挙げると、スゥっと息を吸いこんでこう告げた。
「はーい! まずはGUILTYに反対の人ー!」
瞬間、上がる上がるエルフたちの手が。
彼らの顔には愉悦と嘲笑が浮かんでおり、もはや勝ちを疑っていないようだ。
だが――
「なっ!? り、リーア!? なぜ手を挙げぬ!? その後の貴様らもだ!」
その声に視線を向ければ、改心したらしい姫様と、その背後の数十名が手を挙げずに黙ってその場に立っていた。
姫様――リーアは長老の言葉を聞くと。
「それはこちらの台詞です。今まで彼女――ネイルへと酷い仕打ちをしてきたのです。罪を贖うのは当たり前のこと。それすらも拒むような者は誇り高き妖精族の名を語る資格もありません!」
「なっ!? こ、この馬鹿者が……ッッ!」
その言葉に長老は真っ赤に染まった頬をヒクヒクと震わせ始めたが、僕はその姫様の言葉に少し驚いていた。
「おい姫様……、僕らのいうGUILTYの意味わかってるのか? 殺しはしないと思うが、マジで地獄だぞ?」
「分かってます。そして彼女が地獄に居続けたのも分かっている。だからこそ望むのです。それで済むほど簡単ではないとわかってはいるけど……それでも自らの罪を認めないよりはマシでしょう?」
そう言って彼女ら寂しく笑った。
けれどもそこで横槍を挟むものが一人。
「フハハハハっ! 血迷ったか姫君よ! 所詮は劣等種に感化された汚れた妖精族か! ……さぁそこの犯罪者よ! 我らが数を数えるがいいわ! と言ってもどちらが勝っているかなど見ればわかる問題だがな!」
そう、エルフリーダーである。
全く最後の最後までイラッとさせてくれる男だ。
だけど――
「そうだな。どっちが勝つかなんて見ればわかる」
僕はそう呟くと、パチンッと指を鳴らした。
瞬間、僕の前へと一人の見覚えのある神父が姿を現し、僕へと恭しく頭を下げた。
「久しぶりだなクソ神父。頼んだ件については……」
「久しぶりです我らが主神よ。もちろん完璧にこなしております。まもなく到着するかと」
そのクソッタレた神父がそう言ったと同時。
僕らのいる広場の外からいくつもの足音が聞こえてきて、それらは次第にその姿を現してゆく。
「敬礼ーッ! 我らイエスギン教徒、なんとなくこのタイミングで参上致しました!」
瞬間、そこに現れたのは忌々しいあの面々。
全員が黒髪で黒いローブをまとっており、皆が皆同じように敬礼している。
その上――
「さぁお前ら! 我らがあの方の下僕は今日のために存在する! 今日活躍せずしていつ活躍するのだ! さぁ、あの方のお役に立とうではないか!」
「「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」
そちらへと視線を向ける。
するとそこには、クルクルと巻いた髭を持つ一人の男を先頭とし、見覚えのある囚人達が軍をなしてこちらへ行軍していた。
それらの軍勢を合わせれば、簡単にエルフの全人口に追いつき、追い越せる。
僕はニヤリと笑みを浮かべると。
「森国ウルスタンに存在する命ある者達全員に問う。僕を犯罪者に仕立てあげ、その上僕の大切な仲間を傷つけたあの屑共をGUILTYにしたい奴ら、全員手ぇ上げろ」
僕は迷うことなく挙げられたその大量の手を見渡しながら。
「僕が与える罰は、僕が選択したエルフたち全員がマンツーマンでイエスギン教徒から再教育を受けること。もちろんハードな再教育だ。精神が崩壊した上に新たな知識を植え付けられ……さぞかし便利な種族に生まれ変わるだろう」
僕はニヤリと凄惨な笑みを浮かべて。
「地獄を味わえ、エルフ共」
瞬間、周囲へと歓喜と絶望の声が響き渡った。
再度登場、港国国民。




