影―039 母の過去
暑が夏いと無気力と化しますね。
熱中症にはお気をつけを。
その後。
森国ウルスタンには夜遅くになるまで絶叫と『執行を開始する! フハハハハっ!』という狂った奴らの声が響き渡り、もはや森国の新しい名物となりつつあるほどだ。
そんな中。
僕は満月に照らされながらも、木の幹に背中を押し付けてこう呟いた。
「……こんな時間に夜遊びとは、娘がいる母親の行動としては褒められないな。エルザ」
「……あら、私が気がつけないとは、末恐ろしい技術を身につけたものですね」
僕の言葉に、何故か頬に鮮血のついているエルザがそう振り返って口を開いた。
みればその腕にも真っ赤な鮮血が大量に付着しており、僕は呆れたように口をひらく。
「僕もその気になればある程度は出来るんだよ。それこそ国の中から気に入らない馬鹿どもを何人か拉致して、森の中で瀕死になるまでいたぶり、そいつを生きたまま芋虫型の魔物に食わせる――とかさ」
「おやおや……まるで見てきたかのようなことを言うのですね」
「そりゃ、見ていたからな」
僕はその銀色の左眼を輝かせてそう答える。
つい先程まで阿鼻叫喚が広がっていたこの国だったが、もうこの国には長老、エルフリーダー、そしてネイルへと秘宝を使ったあのエルフは存在しない。
その理由まで僕は言及するつもりは無いが――
「何故お前が動いた? そんな汚れ仕事僕に任せて、今夜くらいは娘と居てやった方が――」
「汚れ仕事だからこそ、私がやるのです」
僕の言葉にそう被せて告げるエルザ。
その言葉に僕は眉をすこし顰めたが、次の瞬間、エルザが口にした言葉に僕は思わず身体を硬直させた。
「ギンさん。貴方は人殺しが怖いのでしょう?」
…………。
僕はその言葉に何も答えることが出来ず、ただ黙って立ち尽くした。
「ミコ――貴方にはカネクラ、あるいは死神と言った方がわかりやすいのかも知れませんが、向こうは武器を携帯せずとも外を歩けるほどに平和な世の中だったのでしょう? そんな世の中です。他人に暴力を振るうことも無かったのでしょう。そんな人たちが人殺しなど……通常の精神力ではできるはずもない。出来たとしてもその重圧に耐えられるはずがない」
……いや、少し違うな。
正確に言えば、話の通じる者を殺すのが、僕にはたまらなく怖いのだ。
盗賊、貴族、悪魔や大悪魔、そして先ほどのメデューサ。
様々な存在を殺しに殺してきた僕ではあれど。
それでも――未だにその恐怖だけは色褪せない。
誰かを殺した日は、決まって眠ることが出来ない。
ルシファーを殺した日だって、ゼロの故郷を滅ぼした盗賊を殺した日だって、そしてそれは今日だって同じこと。
「こんなんじゃ……この世界じゃ生きていけないって分かってるんだけどな」
「いいえ、それは貴方の長所であって短所ではない。その恐怖心、どうか忘れないでくださいね」
僕はその言葉に苦笑で返す。
きっと仲間がピンチになれば、僕はこの恐怖を迷うことなく捨てるだろうし、もう二度と思い出したり出来なくなると思う。
だからこそ、その言葉に対して答えはしないし、約束もできやしない。未来のことなんて分からないのだから。
すると彼女は僕のその苦笑をどうとったか、近くの木の幹に背中を預けると空を見上げた。
そこには木々の隙間から漏れる月の光があるばかりで、彼女はポツリと、高声を漏らした。
「すこし、昔話をしてもいいですか?」と。
☆☆☆
昔々、ある所に。
世界でも名の売れた妖精族の女性がいました。
彼女はとても美しく、その姿みたもの老若男女見惚れ――え? そういうの要らない? ……はい、わかりました、真面目にやります。
これは今から二十年以上前のこと。
冒険者を引退し、なにか趣味があるわけでもないその妖精族は、ある日一人の神と出会いました。
その神の名は――蛇神メデューサ。
神王ウラノスの息子にして、あの時空神クロノス――現在でいうところの混沌、カオスの弟にあたる人物です。
――一目惚れ、でした。
特にイケメンだとか、そういうことではなかったのですが、不思議と彼女はその人物へと惹かれてゆき、お互いが将来を約束するまで、さほど時間はかかりませんでした。
正確に言えば……そうですね。一週間くらい……って、なんですかその目は。まるで『生々しい話聞かされそうで嫌だなぁ』とでも言いたげな……。そういう伏字になりそうなことは言いませんから安心してください。
けれどもその関係――まぁ、この際結婚とでも言いましょうか。
妖精族が他種族と結婚するのは禁忌中の禁忌。
彼女は当時の国王――と言っても現国王でもあるのですが、その人物と友好があったため、なるべくこの国との繋がりを絶ちたくありませんでした。
だからこそ、彼女はメデューサとの関係を秘密裏に勧めていたのですが……そこで一つ問題が起こりました。
――そう、彼女のお腹に新たな命が芽生えたのです。
彼女は次第に大きくなってゆくそのお腹に頭を悩まさながらも、極力気配を消して、森の奥地でひっそりと暮らすことに決めました。
けれども友好のある国王は、突如として国から消えた彼女を心配に思ったのでしょう。
大勢の者から成る捜索隊を出し、周囲の森をくまなく捜索させました。
そしてその結果、彼らが見つけたのは、見たこともない半人半蛇の怪物と、その傍らで大きくなった腹を幸せそうにさする彼女の姿。
それには国王も激怒しました。
貴方ほどの方が、何故よりにもよってそんな――
それ以降の言葉は覚えていません。と言うか途中でぶん殴ったので知りません。
その後、いつの間にかメデューサは姿を消し、一人となった彼女は王様と幾度にも渡る話し合いを行いました。
そしてその数週間後、彼女と彼は一つの契約を取り付けることによって今回の件を集結させようと、そういう考えに至りました。
彼女が望んだのは、その子が沢山のお友達を作ること。
王様が望んだのは、体裁のため彼女がこの国を去るということ。
故に。
彼女が契約によって約束したのは、自らがこの国から去るということ。救助活動を除き、国に所属している者に一切の干渉をせず、国に足を踏み入れないこと。
王様が契約によって約束したのは、自らの命ある限りその子を守り続けるということ。その子を愛するということ。そして何より、彼女を幸せにするということ。
その契約は魔王ルナ・ロードに頼んで執り行って貰いました。その契約書は彼女が数年をかけて作り上げたもの。並の妖精族はもちろん、私ですら解除することの出来ない代物です。
けれども当時の彼女に後悔はありませんでした。
それだけ当時の王様を信頼していたし――
――その信頼が砕けた時の絶望は、それはもう酷いものでした。
彼女が国を発ってから数年が経ち、知り合いのダークエルフに国の様子を見に行ってもらった時のことです。
友達はできたかな。楽しくやっているかな。
そう、心を踊らせながらもダークエルフの帰りを待っていたのですが、ダークエルフが持ち帰ってきたのは――最悪の情報でした。
彼女が王様へととりつけた契約は何一つとして作用しておらず、むしろ国中の者から苛められていると。そうダークエルフは彼女へと告げたのです。
しかも話によればダークエルフが見た時、その娘は命の危険にさらされていたらしく、何とか命は取り留めたもののここままでは間違いなく死んでしまうと、そうダークエルフは言いました。
彼女は迷うことなく、そのダークエルフを伴って森国へと向かいました。
そしてそこで待っていたのは、川に流され、魔物の前に放り出され、食料を与えられず、そして大の大人から暴力を振るわれるその娘の姿でした。
彼女は怒りでどうにかなってしまいそうでした。
けれどもその契約は破れません。破ったとしてもその時点で命が散るだけです。契約をとこうにも、ルナが数年もかけて作り上げたその契約。ルナがそれと同様の時間をかけて作業しなければ解けません。
だから、彼女はルナへと助けを求めると共に、少しでも手助けできれば、と娘が危険な時には必ず彼女の元へと向かいました。
そして、決まってこういうのです。
「生きなさい」と。
彼女はそれ以上、何かを言うことができませんでした。
なにせこの状況は彼女が作り上げたのだから。
彼女の楽観視が作り上げた地獄なのだから。
だから、彼女は全ての思いをその一言に込めて、毎回毎回彼女へと告げました――生きなさい、と。
そんな中、ギンさんも知っているようですが、その事件が起こりました。
先程殺処分したあの屑――エルフリーダーとやらが娘の家を取り壊し、あろう事かその娘を本気で殺そうとしたのです。
私はすぐさまそこへと向かいましたが、そこで待っていたのは、お腹を抑えて蹲る娘の姿と――見覚えのある一匹の緑色の蛇の姿でした。
『……あら? 貴方……ネイルの母親ね?』
その蛇は開口一番にそう言いました。
蛇曰く、どうやらメデューサ――彼女の夫はその命と引換に娘の身体の中へともう一人の自分を作り上げ、今までその娘を守り続けてきたらしいのです。
メデューサの最大の特徴は、なんと言ってもその回復力の高さ。
娘が瀕死の傷を負うたびに娘の内に住まうもう一人のメデューサが自らの力を使用し、そして誤魔化すように、その日まで延命させてきたとのことでした。
その事実を知り、彼女は涙しました。
最愛の夫がここまで頑張ってくれていたことに。
そして、娘がここまで酷い目に遭って起きながら、何もすることが出来ない自分に。
彼女は嗚咽を漏らして涙しました。
けれどもそれを見た蛇はこう言ったのです。
『けれども、不幸中の幸い、先ほどの男がこの子を里から追放すると言って行ったわ。これで貴方が交わした契約は解除される……。個人的にはエルザ、貴方にはこの娘を任せたくないのだけれど、けれどもそこのダークエルフ。あなたにならこの娘を任せてもいい』
当たり前です。
その蛇はメデューサといえども、彼女が愛した夫とは全くの別人。大まかな記憶は共有しているようですが、それでも信じられるか信じられないかはまた別のこと。
彼女はメデューサの言う通り、娘を一時的にダークエルフへと預けることに決め、彼女は娘の身体へと再びメデューサを封印し、その後娘の前から姿を消しました。
……これこそが、私が貴方へとしたかった、ちょっとした昔話です。
長老たちの抹殺秘話は間違いなくR18になるので省略です。




