影―020 白虎VS紅獅子
最初に見えたのは、銀色だった。
風が吹き、その裏地の赤い黒ローブがバタバタと音を立てて後方へと揺れている。
「ふぅ……、やっぱりこの姿は慣れないな」
そんな声が聞こえた。
次第に魔力によって吹き上げられた埃が散ってゆく。
そして――その姿を見たルシファーは、思わず目を見開いて愕然とした。
『そ、その……その姿はッ!?』
そこに居たのは、紛れもなくギン本人だった。
けれどもその変化は著しい。
四肢は大きな虎のようなソレへと変身しており、それはまるで彼の炎のように銀色に光り輝いている。
両の頬には一筋の赤い爪痕のようなものが描かれている。また、首元にはチリチリと銀炎が燻っており、その赤いマフラーの上端からその姿が見て取れた。
黒色だった影神の民族衣装は白銀色に染まっており、着用していた『円環龍の鎧』がその銀色の中、唯一の黒色として残っている。
彼はその『銀色』の髪を風に揺らしながら笑みを浮かべる。
「『炎十字クロスファイア』の第四形態――聖獣化モード」
それは、神器が誇る最終形態。
その力は他の武器を圧倒し、もしもそれを使いこなすことが出来れば、その使用者は――
「さぁやろうか。天上の戦い、って奴をさ」
――神すらも超える、力を得るだろう。
☆☆☆
僕は右手へと視線を下ろし、その銀炎を纏った白虎の腕をぐっと握りしめ、再び開いて見せた。
――聖獣化。
聖獣白虎の力――否、神器『炎十字』の全能力を自らの身に宿し、身体中を文字通り『書き換える』能力。
そして、上位の神器が持つ最終奥義。
僕は成功したのを確認すると、ふむと頷いた。
「右腕がある、って言うのはやっぱり新鮮だよな。なぁ、ルシファー?」
対して僕の言葉にギリッと歯を軋めてこちらを睨みつけたルシファーは、信じられないとばかりに口を開く。
『せ、聖獣化……だと!? 馬鹿を抜かせ蚊虫が! 貴様のような弱者にそんな能力が使えるものか! それは限られた神々――最高神の中でも最上位の怪物のみが扱える奥義! 多少召喚魔法に優れているからと言って調子に乗るな、この蚊虫がァァ!!』
そう言ってルシファーは『スゥゥゥ』と息を吸い込むと、それと同時に彼の身体がひと段階膨張して巨大化する。
そして彼はカッと目を見開くと、僕へと向けてソレを解き放った。
『塵と化せ! バーニングブレスゥゥッ!』
瞬間、大きく開かれたその口から巨大な炎の光線が放たれ、音すらも置き去りにする速度で僕へと襲いかかってくる。
光線の周囲の空気から水分が蒸発してゆき、足元の短く生え揃った草が一瞬にして塵へと化してゆく。
そして――
「『雷撃刃』」
瞬間、僕が前方へと向けた手のひらから超高威力の銀雷の刃が生み出され、一瞬にしてその炎の光線が真っ二つに両断される。
ドガァァァァァァンッッ!
周囲へと爆発音が轟き、爆風が周囲を荒れ狂う。
黒い煙が周囲を覆い尽くし、埃が宙へと舞う。
僕はそれらを右腕をぶおんっと振ることで霧散させると、ルシファーへと黙って視線を向けた。
するとそこには、信じられないものを見たようなルシファーの姿が。
『ば、馬鹿なッ!? 今の一撃はerror級の魔物すらも一撃で沈める威力のものだぞ!? そ、それをッ! それをたった一撃で相殺するだと!?』
――相殺。
僕はその言葉にふっと笑みを漏らすと、ルシファーの右前脚の肩のあたりを指さしてこう告げた。
「相殺? よく見ろよルシファー」
ビシィッ!
瞬間、その紅色の肌に切れ込みが走り、タラーっとその傷跡から血が滲み始める。
それにはルシファーも思わず目を見開いてそちらへと視線を向け、それを見ていた僕はニヤリと笑みを浮かべた。
「ウル、今度は杖モード」
『はい、了解しました』
瞬間、その声と同時に僕の手の中にダークレッドの魔力が溢れ、その杖――『災禍』が召喚される。
ウルの第四形態『月蝕』は魂に直接刻まれた万能武器。その形状は僕が思いつく限り無限大だ。
僕はその杖の石突をカァンッと大地へと叩きつけると、それと同時に僕の背後の虚空へと大量の魔法陣が展開される。
「『破魔の銀槍』」
その言葉と同時に魔法陣が回転を始め、銀色と血色、二つの色が混ざり合った炎、氷、雷、幾つもの槍が召喚される。
それにはルシファーも思わず目を見開き、その危険性を察知したのかギリッと歯を食いしばる。
まぁ、ルシファーは性格はアレだが一応は大悪魔だ。この槍全部がホーミングだが……まぁ、死にはしないだろう。
僕はそう考えてニタァと嗤うと、
「せいぜい踊れよ。サーカスのライオンさん?」
瞬間、全門から幾百幾千もの槍が放たれる。
ルシファーは一瞬それらを向かい打とうと考えたようだが、すぐにそれらの槍が纏っている血色の魔力を見て悔しげに顔を歪めた。
『チィッ!』
ルシファーは駆け出した。
ダッダッダッダッと大地を揺らしながらの爆走。まるで僕を中心に円を描くかのように走り出したルシファーではあったが、ホーミング機能を持ったそれらの槍はコンマ数秒遅れてルシファーを追撃する。
『なに!? そういう仕様の能力か……猪口才な!』
そう言ってルシファーは暫く駆け続けると、急ブレーキをかけてそれらの槍の方向への身体を向けた。
速度は槍よりもルシファーの方が早い。
そのためそれぞれの間には幾ばくかの距離が空いており、ルシファーは先ほどと同じように息を吸いこんだ。
――バーニングブレス。
恐らくはその技であろう。
たしかにウルの魔力を帯びた『破魔の銀槍』は全てを破壊する力を持つため、生身で迎え撃とうとすればそれこそフカシの『根性』のようなチートが必要となるだろう。
だが、だからといってなにも対処のしようがない訳では無い。
『たしかに危険! だが自惚れるなよ蚊虫! 直接触れることが躊躇われるのであれば遠距離から撃ち落とせばいいだけのことよ!』
そう、その通りである。
この技の対処法、その定石は『遠距離からすべて撃ち落とす』である。実際に神王ウラノス――つまるところ父さんも同じようにしていた訳なのだから。
だからこそきっとその選択は正しく――
『ゆくぞ! バーニングブレ……』
瞬間、それら全ての槍が消え去った。
それにはブレスを放とうとしていたルシファーも固まってしまい――僕の接近に、咄嗟に気づくことが出来なかった。
「たかが定石。その程度の対策、僕がしていないわけがないだろう?」
瞬間、僕の右腕が巨大化する。
その大きさは優に今のルシファーの三分の二はあるだろう。
それには思わずルシファーも目を剥き――直後。その拳が、轟音をあげてルシファーへと叩き込まれた。
『ぐぶぅぁぁっ!?』
躱す余裕はなかった。
――否、与えなかった。
目の前に迫る危機の突然の消滅。迎撃体勢の整った状態での困惑。気がつけなかった敵の接近。そして――普通ではありえない腕の巨大化。
それらが見事に噛み合えばどんなやつでもその拳を躱すことは難しいだろう。白夜ならば時を止めて回避できるかもしれないが……
「まぁ、少なくともお前には不可能だろうよ」
ドガァァァァァァンッッ!!
ルシファーは巨大な音を立てて吹き飛ばされてゆき、森の木々をへし折り、何度も地面とぶつかってバウンドしながらも転がってゆく。
僕は森の中へと消えたルシファーをみてふむと頷くと、
「まだけっこう抑えてるんだけど……、まぁ、アイツを殺せれば別にどうでもいいか」
僕はそう呟いて、その方向へと歩き出した。
☆☆☆
『グハッ、がホッ、ゴホッ……、はぁ、はァっ……』
ルシファーは、その場から数キロ離れた地点で息絶えだえの様子で地に伏していた。
今の一撃で身体中の骨が砕け、口の端からとめどなく真っ赤な血が溢れ出してくる。
けれども――
『ごふっ……、く、クソが……! 先ほどのアレが、奴の、本気なのは間違いないとして……。あの蚊虫めが……ッ! ゴホッ、ち、力を隠しておったな!』
ルシファーはそう呻くように言葉を吐き出すと、それと同時に身体中がみるみる元の人型へと戻ってゆく。
――瀕死。
間違いなくその状態はその言葉が似合うもので、彼は悔しげに顔を歪めて――
「無様だな、ルシファー」
突如として、周囲にそんな声が響いた。
男とも女とも取れるその声。
ルシファーはその声に聞き覚えがありすぎた。
「そ、その声は……ッ」
「貴様も大悪魔の端くれ……やはり声だけでわかるか」
その言葉と同時に、突如として虚空から一つの影が現れる。
黒を主とした軍服に、短く切りそろえたその黒い髪。そして――まるで抜き身の刀身を突きつけられているような。そんな感覚。
「な、何故ここに……混沌、よ……」
「ほう? 私の名を呼び捨てにするとはな」
その言葉に彼女――混沌はクックっと肩を震わせた。
彼女は束縛を嫌う。部下に望むのは少しばかりの尊敬と、命令に従う忠誠心。そして――他を寄せ付けぬ圧倒的強さ。
だからこそ多少呼び捨てにされたところで気にもしない。
だが――
「おいルシファー。貴様メフィストに焚き付けられたようじゃないか。そして今、貴様は死にかけている。全く面倒な悪魔の言うことを聞いてしまったものだな?」
――だが、大悪魔が敗北することは、あまり彼女の望むところではない。
まあ、アスモデウスとバアルという、逆に彼女から『殺してくれ』と懇願するような者もいたが、それでも神に仇なす悪魔、その頂点が敗北したという事実に内心で怒りの炎を燃やしていた。
けれどその二人については『死んでくれたのだからそれで良しとしよう』という結論に至ったが――このルシファーについては別だ。
「貴様は悪魔の頂点、大悪魔だ。それも序列五位、傲慢の罪を背負う七つの大罪の悪魔でもある。そんな者がどこぞの馬の骨とも知らぬ相手に殺されるのは我慢ならん」
彼女はそう呟くと、ルシファーの方へと手のひらを向けた。
その手には混沌とした魔力が燻っており、それを見たルシファーは思わず頬を引き攣らせる。
だが――
「力が欲しいか、ルシファーよ。絶対的で圧倒的で、何よりも独在的な。そんな力が欲しければ、疾く私の問いに首肯せよ」
――貴様に、我が力を貸し与えてやろうか? と。
その問いに、ルシファーは否と答えることが出来なかった。
聖獣化。
そんなこと言ってますけど、ルシファーじゃ力の半分も引き出すことができませんでした。
次回『天上の戦い』。
さて、本当に戦いになるんでしょうか?




