記録―02 始まりの街
ストックが減ってきたぞ……。
これはおおよそ二年前の出来事。
彼は、その街を見て「おおっ」と声を上げた。
視線の先にはどこか牧歌的で、どこかファンタジーのような、中世ヨーロッパのような街並みが広がっていた。
「へぇ……、ここが、兄さんの始まりの街」
彼の隣にいた少女がそう呟く。
それには対して彼はコクリと頷いてみせると、腰に差した黒刀へと視線を下ろした。
その刀は一年前、ある人物から貰い受けたもの。
気を失っていた彼にはその時の記憶はないが、それでもあとから聞いた彼や彼女は「ぐぅぅぅっ!」と悔しがったものだ。
そうした経緯を辿った彼らが目指したのは『彼が居そうな場所』であり、そうしてたどり着いたのが――この街。
「さぁ、やって来たぜ、パシリアの街!」
ここはパシリアの街。
迷いの森から最も近い位置に存在する。
正しく――始まりの街、である。
☆☆☆
「ふははははっ! では私は遊びに行ってくる!」
「あっ! ちょっと待つにゃ! 私も行くぅぅっ!」
「ちょ、ちょっと待って二人とも! く、久瀬くんっ、ちょっと私連れ戻してくるねっ!」
駆け出す優香と妙。
それを必死に追いかけてゆく愛紗。
そして、それを光の消えた瞳で見つめる久瀬。
「……まぁ、久瀬くん。彼女達がそうなのは元からわかってたことです。ここはもう、諦めるのが正解ですよ」
「そ、そうっすよ! ……って言ったらすごい失礼っすけど、いちいち気にしてたら身が持たないっすよ!」
「そうね、もうあの三人というか、前に走ってった二人というか。諦めなさい、久瀬くん」
御厨、花田、京子の三人が久瀬を慰め――
「あ、おじさん。ここにある串焼きぜんぶちょうだい」
「っておいぃぃぃぃっ! お前いきなり何やらかしてんの!? 馬ッッ鹿じゃねぇの!?」
そして、突如として久瀬の財布にクリティカルダメージを与え始める彼女――凛であった。
なるほどこの空気の読めなさ――否、あえて空気を読まずに突っ走る感じがいかにも彼そっくりで、久瀬は『中身同一人物何じゃないか』と微かに思っている。というか思わずにはいられない。
対してそう言われた凛は。
「まったく、久瀬竜馬はケチんぼ。そんなんだから未だに彼女のひとりもできない」
「う、うるせぇ! べ、別に彼女いなくたって生きていけるし? 別にいなくたって俺平気だし? 別にハーレムルートまっしぐらのギンに嫉妬とかしてないし?」
「ふっ……、醜い言いわけだ」
ぐほぁっ!?
久瀬は心にその言葉の槍が突き刺さり、そのまま地面へと倒れ伏した。
そう、久瀬はこう見えても彼女がいないのである。
しかも――
「さっき走ってった三人。絶対言い寄れば落ちる。なのになんで未だに動いてないの? 馬鹿なの?」
「ば、バカッ! そ、そんなこと出来るわけないだろ! ……ふ、振られたら立ち直れねぇし」
なんとこの男、あのヘタレの頂点と言っても過言ではないギンと比べても、勝るとも劣らない程の重度なヘタレなのである。
それを見た凛はため息を吐くと、この場にいるもう一人の女性である京子へとマイクを握っているかのように手を向けた。
「久瀬竜馬に全くそういう系統の好意を持っていなさそうな京子さんにごしつもん。久瀬竜馬の今の印象は?」
「ヘタレた難聴系ラノベ主人公、かしらね」
「いやちゃんと聞こえてるからね!?」
久瀬はそう叫ぶ。
その様子を見ていた御厨と花田はため息を吐き――
「おいお前たち、道の真ん中で何を騒いでいる。ギルドに苦情でも来たらどうするんだ……」
そんな声が響き渡った。
カツカツと足音が聞こえてきて、久瀬たちはそちらへと視線を向ける。
そして――
「お、おおおおっ!?」
久瀬は、彼女のその部位を見て目を見開いた。
そこにあったのは巨大な双丘。
褐色の肌が妙に艶めかしく、久瀬の視線はその場所にロックオンされてしまった。
それには凛たちも呆れたような視線を向けたが、その人物はその様子を見て――肩を震わせた。
「クックック……、その仲間に苦労する体質といい、私と初めて会って注目する場所といい……、お前はあの男に少しだけ似ているのかもしれんな?『黒炎』――久瀬竜馬よ」
その言葉に久瀬はハッと彼女の顔を見上げる。
そこに居たのは褐色のダークエルフ。
腰まで伸びる銀色の髪が特徴的で、その両の瞳には何かの紋様が描かれた青い瞳が輝いている。
彼女はその様子を見てニヤリと笑みを浮かべると――
「初めまして、だな。私はこの街のギルドマスターをやっている、レイシア、という者だ。あまり胸ばかり見ていたらぶん殴るから、どうぞ宜しく」
こうして久瀬は、彼女――レイシアと邂逅した。
☆☆☆
――レイシア。
かつてギンがこの街を訪れた日に出会ったこの街のギルドマスターであり、彼をして『化物』と言わしめた人物であり、そして何より――『眼』を持った人物でもある。
久瀬たちはそんなレイシアに連れられ、ギルドの執務室へと連れてこられていた。
「ほう……、あの男を探しにここまで来たと?」
「あ、はい。そうです……」
レイシアの言葉にそう言葉を返す久瀬。
実力だけで言えば久瀬の方が上ではあれど、初対面の人にあんなことをやらかしたのだ。彼の緊張した面持ちも納得だろう。
それに対してレイシアは「ふむ」と頷くと、その背後の面々へと視線を向けた。
「私からすれば何故そんなことをしているのか分からぬがな。正直言えば私からすればお前達もあの男も大して変わらん。どちらも等しく『怪物』だ」
――まぁ、私は昔のあの男しか知らないのだがな。
彼女はそう呟くと、ふぅと息を吐き出し、座っていた椅子の背もたれに体重を預けた。
「お前達は十分に強い。それこそかつてあったこの世界の『常識』を壊すくらいにはな。SSSランク――つまりは私が表舞台での最上位だった昔が懐かしいわ」
そう、彼が出てくるまで――正確には彼の連れていたドラゴン娘が現れるまで、件の冒険者パーティを除けばこの大陸で最も強い存在。その中に彼女の名前は必ずと言っていいほどに現れていた。
けれども、今や多くの『怪物』が台頭し始め、レイシアの名は今やそれらの伝説に埋もれつつある。
執行者を始めとした、英雄、戦姫、緑金の勇者、神天、戦神王――そして、黒炎。
その中でも執行者を抜かせば『黒炎』久瀬竜馬と『戦神王』アルファはかなりの力を誇り、彼が消えた今、その二人こそがこの大陸の表舞台、その頂点へと上り詰めていた。
それはつまり、久瀬がアルファに追いつくほどにまで努力と研鑽を続け、青龍や神器の力を使いこなし始めているということでもあるのだが――
「……いや、俺はまだ弱いですよ」
久瀬は、疲れたようにそう告げた。
彼はかつて、青龍の力を借りて『扉』を開けた。
けれどもそれはあくまでも青龍の力を借りただけであり、言うなれば圧倒的な『力』を使った力技で開いたに過ぎない。
だからこそ――彼は未だに心が弱い。
それに加え、あの時ドナルドが言った言葉が頭を過ぎる。
『おい久瀬の坊主。……目標ってのは、普通は物理的に追いつける対象に定めるものだ。あいつは、アイツだけはやめとけ。ワシには……お前があの男に追いつけるようには――到底思えない』
そう、ドナルドは顔を青くして久瀬へと告げた。
ドナルドは直感していた。あの男――ギンという男の異常性を。
かつて、全世界でも間違いなく最強だったあの神王ウラノスでさえ、まともに扱えたのは『常闇のローブ』ただ一つだけであり、全能神ゼウスでさえ使っているのは『雷霆』ただ一つである。
それを――あの男はなんだ?
雷霆と並ぶ神器『炎十字』に神王の用いていた『常闇のローブ』。それに加えてあの『ブラッドナイフ』である。
更には『アダマスの大鎌』に『グレイプニル』も含めて、彼は数多くの武器を従えている。
――勝てるはずがない。
それらの名前を見るだけでもわかる。勝てるはずがないのだ。
ただ、ステータスと彼が創造したその神器だけならば久瀬の方が潜在能力が高い。
だが、それすらもあの『知性』の前では完封されかねない。
正しく怪物。
最強の武具の数々。
全世界でも最高位のその頭脳。
チートとしか言いようのないその能力。
ステータスこそ比較的低いものの、それでもあまりあるその強み。そこに万が一『技術』なんてものが加わった日には……考えるだけで恐ろしい。
そう、ドナルドは久瀬へと告げた。
だからこそ久瀬は思う――自分は弱いのだ、と。
「俺とアイツが同等なわけがないんですよ。あいつは常に誰よりも先を走ってる。に対して俺達はあいつが切り開いた道をゆっくり歩いている――頑張っても、せいぜいが駆け足が精一杯……。だから、自分を少しでも強いだなんて思ったらそこで終わりなんだ」
自分を強いと思ってはいけない。
自分を強いと思っていいのはやることをやり、その上で誰からどう見ても『強い』という位置に居るものだけだ。
その言葉を聞いたレイシアは顎に手を当てて「ぬぅ」と唸る。
「なるほどな。そういう考えを持っている者に対しては私の言葉は間違っていた、という事だな」
彼女はそう呟くと立ち上がる。
「正直、私はお前達の話を聞くには弱すぎる。まぁ、そういう意味ではこの街にはお前達の話を聞かせるのに丁度いい『お方』がいるがな」
ここに彼らを連れてきたのは興味があったから。
そして話を聞いてみれば、思った以上に面白そうな考えを持っている男だった。
だからこそ、レイシアはその名を口にする。
「お前達は――エルザ、という名を知っているか?」
以上、記録02でした。
次は……どうしましょうかね。アーマー君in砂国か、あるいは魔国in穂花ちゃんか。
次回! 満を持してギン登場!




