影―018 聖獣化
それは――蹂躙という言葉が相応しいものだった。
魔物達は圧倒的な数を前に押しつぶされ、多少耐えたとしてもその鬼たちの強さを前に一瞬でも命を散らした。
唯一、error級の魔物だけは粘っていたが、それも件の四体が到着するまでの間だけ。
『クガァァァァァァァァァ!』
『キシャァァァァァァアッ!』
竜と蠍がその魔物へと襲いかかる。
影を纏った黒竜が上空から漆黒色のブレスを放ち、それによってダメージを負ったところにその漆黒色の巨大な蠍がカサカサと追い討ちをかける。
両腕から伸びる巨大な鋏によってその魔物は切り裂かれ、最後にその猛毒を持つ尻尾の一撃。そのerror級はいとも簡単にやられてしまった。
他へと視線を向ければ、上半身のみが召喚されている巨大な黒色の骸骨が文字通りの『無双』を繰り広げており、腕を薙げば敵の死体が宙を舞い、腕を叩きつければ地が割れる。まるでどこかの壁の上に現れた超大型巨人の動きが早いバージョンだ。
そして――
「がァァァァァァァッッ!!」
瞬間、ルシファーの拳が『影機王』の顔面を捉える。
けれども彼はズザザザっと直立不動のまま大地の上を滑ってゆき、十数メートルもし無いうちにピタリと動きを止めた。
そして、それを見てギリッと歯を鳴らすルシファー。
「クソがッ! なんだこの木偶は……魔力が全く感じられない上にこの防御力……、そしてその鬱陶しい程に長く、艶のあるピンク色の髪! どんな巫山戯た存在だ!」
その言葉に僕は思わず遠い目をしてしまった。
そう、機影王のモチーフはあの『神の髪』の持ち主――あの自動人形、オートマタである。
アイツに関しては……まぁ、通常攻撃は絶対に通じないだろうな、という防御力と、一撃でも喰らったらやばいな、という攻撃力を兼ね備えていたため、それを元に作り上げたあの存在もまたかなりの怪物加減を誇るのだが――
「何でだろうな、髪まで完全にコピーされてるのは……」
僕は影機王へと視線を向ける。
パッと見は黒色のフルプレートアーマーを着用した『黒騎士』と言った感じだが、その後頭部からはその鎧を突き破ってピンク色の髪がその姿を顕にしている。
僕は思わずアイテムボックスから神の髪の束を取り出す。
そこには残り三本へと減っている神の髪が白い糸で括られており、僕はなんだか視線を感じて顔を上げる。
するとそこには、こちらへ振り返ってじーっとこっちを見ているそのロン毛。
彼はまるで『俺っちの分身! まだ持っててくれたんだな!』とでも言わんばかりにサムズアップすると、再びルシファーの方へと身体を向けた。
(……あの中、本当にアイツ入ってるんじゃ……)
自分で作っといてなんだがそう思わずにはいられない。
僕はそう考えながらもため息をつき――
「うん、終わるまで待ってるか」
とりあえず、僕はアイテムボックスから椅子を取り出した。
☆☆☆
「ハァァァァァッッ!!」
瞬間、ルシファーのカウンター気味に放たれた蹴りが影機王へと直撃し、その身体が一直線に吹き飛んでゆく。
――腐ってもさすがは大悪魔。
やはり眷属一体で倒せるほどヤワではなく、彼はその勝利にニヤリと頬を釣り上げて笑みを浮かべた。
「クハハッ! その防御力だけは確かに認めよう! だが所詮は仮初の生命が与えられただけの木偶よ! ただの人形にこの俺が負けるとでも思ったか!」
彼はそう自信満々に告げると、更に周囲へと視線を巡らす。
目の前には黒の骸骨。
右後方には巨大な蠍。
左後方には影のドラゴン。
もう既に周囲の魔物達は全滅しており、逆に鬼の軍勢もかなり数を減らしていた。けれども包囲されている事実には変わりなく、彼は――笑みを浮かべた。
「ハハッ! ハハハハハッ! いい、いいぞ蚊虫よ! これほどまでの軍勢、確かに劣勢なのは認めよう。だがしかし! それでも俺は軽くそれらをひねり潰そう!」
瞬間、彼の身体中から溢れ出す威圧感がさらに増大し、それを受けた鬼たちは目に見えてその動きが鈍ってゆく。
圧倒的強者への――本能的な恐怖。
ギンの影の眷属たる四体でも先ほどのルシファーと一体一でやっと戦えるかどうかという状況。その相手がさらに強くなったとしたら――
彼らは思った。これは少しまずいだろう、と。
否――少しでは、ないだろう。
「ここまで燃えたのは久方ぶりだ! 三年前の死神よりも貴様は強い! ここまで楽しませてくれたのだからその礼だ! 貴様は我が『傲慢』の炎で燃やし尽くしてやろう!」
瞬間、彼は自らを抱くようにググッと腕に力を入れ、背中を伸ばす。
その姿を見た瞬間、彼らの本能がそう告げた――それ以上やらせてはあと返しがつかなくなる、と。それだけはやらせてはいけない、と。
影竜王は咄嗟にブレスを吐き、残る二体はルシファーがそれを躱した時に備えて身を構える。
だがしかし――それらは全て無駄に終わることとなる。
「『根源化』ッ!」
瞬間、影竜王の放ったブレスが一瞬にして霧散され、直後、爆発にも似た煙とともに、周囲にとてつもなく膨大な熱が吹き荒れる。
三体はその煙の中へと目を凝らし……。
『グルルルルル……』
ゾクゾクッ――
瞬間、その獣の声に背筋に怖気が走る。
見ればその煙は次第に晴れてゆき、その中から紅蓮色の炎を纏ったその前足が現れる。
次にその鋭い牙、爛々と赤く輝くその瞳――そして、真っ赤に燃え盛るその鬣。
そう、その姿は――
『グオオォォォォォォォォッッ!!』
それは紅蓮の炎を纏う百獣の王――ライオン。
身体は影竜王と並んでも遜色ないほどの大きさを誇り、その身体中から迸る威圧感、そして魔力は先程までのあの男とは一線を画する。
――大悪魔。
そんな言葉が頭を過ぎる。
アスモデウスの『キメラ』とも。
バアルの『ヴァンパイア』とも。
それらとは明らかに格が違う――勝てるはずがない。
三体は思わずそんな考えを抱いて後ずさってしまい、それを見たその獅子――ルシファーは嘲笑した。
『クハハハハッ! 所詮貴様らもその程度か。俺の人型を嘲笑した者はこの姿を見れば必ずしも恐怖し、赦しを乞うてきた――さぁ、謝るのなら今のうちだぞ? ……と言っても、もう既に貴様らの死は確定しているがなァ!』
その言葉に、三体はピクリと反応を示した。
――貴様らの死。
その中には間違いなくあの『主』も含まれているだろう。
あの主が――殺される?
気がつけば三体は覚悟を決めて一歩踏み出しており、それを見たルシファーは『ほう?』と声を漏らす。
『なるほど、主を殺されると聞き忠誠心から恐怖を克服したか……。なるほど、そんなことを聞けばなお更に――潰したくなってくるではないか』
ルシファーはそう言って凄惨な笑みを浮かべた。
その瞳映るは愉悦の情。
ルシファーはギリッと地を踏みしめる。
そして――
「なんで魔法使えてるのかと思ってたけど……なるほどそういう理由か」
瞬間、三体の真下に巨大な魔法陣が生み出され、直後にはそれらの姿はその場所からは消えていた。
それには思わずルシファーも目を向くが――
ザッ――
足音が聞こえ、そちらへと視線を向ける。
するとそこにはそのローブを風に靡かせながら歩く黒髪の姿があり、彼はルシファーへと歩みを進めながら口を開く。
「親は子に似るって言うが……本当に、アイツらちょっと僕に似過ぎてるよな。仲間を守るために命を賭して敵に向かってく感じとかさ」
彼はため息を吐いて立ち止まる。
ルシファーはいきなり消えた影の眷属たちに固まっていたが、その言葉で全てを理解し、ニヤリと嘲笑を浮かべた。
『なるほど、貴様のような脆弱な蚊虫といえどその眷属が死ぬのは堪えるか! ククッ、クハハハハッ! これが虫同士のくだらぬ友情か! 実に下らなく、そして愚かしすぎるぞ蚊虫! 仲間の為に死ぬ? 命を賭す……だと? 笑わせるな! 生物という枠組みに収まっている以上我らは皆自らの命が一番大切なのだ! それを仲間? 仲間を助けるために賭す? 愚かしすぎて反吐が出るわ! そんな馬鹿げたことをする者など極一部の狂人だけであろう!』
それは――正しく正論だった。
それは彼とて分かっている。だからこそ――笑みを浮かべた。
「何を今更。僕は最初から狂ってる」
彼の『原点』は地獄だった。
記憶はなく、名前もなく、ただ分かるのは自分の本当の親が死んだこと、血の繋がった者達が皆死んだこと、そして――自らの内に『何か』が眠っているということ。
年齢が二桁にも満たない文字通りの『子供』が持つには分不相応なその『理性』と、どんな事でもすぐに分かってしまう、察してしまう――その『知性』と。
そんな巨大な喪失感と多大な違和感から始まった彼は、正しく生き地獄を味わい続けた。
他人を騙し、自らを取り繕い、関係性を偽装した。
この世界はこんなものだ。人生なんてこんなものだ。そう自分に言い聞かせ――否、騙し続けて、この世界へとやってきた。
だからこそ、その過程のどこかで彼は狂っていたのだ。
「狂人で結構、今更この狂いに狂った感覚をどうこうするつもりは無いし、何よりも――僕とアイツらが幸せなら、僕はそれ以上は望まない」
けれども彼は、その『狂気』を誇りに思う。
これがあったからこそここまで来れた。
これがあったからこそ今まで生きてこれた。
これがあったからこそ――
「僕は今、お前に勝てるんだ」
彼は淡々とそう告げると、その握った左拳を顔と同じ高さにまで上げた。
肘は曲げ、手の甲は相手へと向ける。
瞬間、その甲に描かれた円環龍の紋章は光り輝く。
「さぁ、行くぞクロエ。新しい能力のお披露目だ」
彼はそう呟くと、ニヤリと笑ってこう告げた。
「『聖獣化』ッ!」
瞬間、莫大な魔力が辺り一面に吹き荒れ、彼の肉体が銀色の光に包まれた。
いいところで終わりやがった!
という方々へ。
次回と次々回はギンくん出てきません。




