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影―006 一匹目

ストックが減ってきた……。

「よし、帰るか」


 夜。

 僕は宿屋を取っておきながらもそんなことを呟いた。


「いや、お姉ちゃんどうするのさ。まだ見つけてないんだよね?」

「暁穂は、諦めよう」


 即答だった。

 いや、正直約束を覚えてた上でこんな所をほっつき歩いてる変態よりも、一刻も早くこの街から去ることの方がよほど重要だろう。でないと心と体が持たない。


「まぁ……あの子から逃げるのにかなり時間かかったもんね」


 その言葉を聞いた白夜とエロースが震え出す。


「あ、あの小娘……、妾が時間を止めてるのに普通に動いておったぞ……? 一体何者なのじゃ……」

「もう何だか女の子恐怖症になりそうだよぉ……。私ってば思わず神弓召喚しそうになったもん……」


 あ、ちなみに僕は神剣で斬りかかりそうになりした。

 まぁ、それでも何故か、血だらけのあの娘が笑いながら追いかけてくる未来しか見えないのだが。

 僕はそんなことを考えてため息を吐くと、それを見たミリーはなにかを思い出したように「あっ」と声を上げた。

 僕はその声に彼女へと視線を向けて──


「そう言えば露出狂の被害って、夜に一人で出歩いてる、黒髪赤目に黒ローブの男性に集中してたわよね……?」


 瞬間、全ての視線が僕の方へと向かい──



「いっ、嫌だからな!?」



 僕の叫び声が、宿屋に響き渡った。




 ☆☆☆




 結局。

 僕は一人、夜の狂国へと放り出された。


「はぁ……何でこんなことに」

(お姉ちゃんがギンに似た男の人ばっかり狙ってるからでしょ)


 別に恭香が変身スキルで僕に変装すればいいと思うんだけどな。

 僕は恭香からの念話に心の中でそう返すと、人気のない周囲を見渡した。

 時間の針は既に天辺を周り、吸血鬼としての能力が、そして全ての感覚が昼間よりも研ぎ澄まされてきたように思える。

 だが、


「こんなので見つかったら苦労しないよなぁ」


 僕は前情報を鑑みて、あえて月光眼を解除して、両方の瞳を赤色にして歩を進める。

 まず向かうのはメインストリート。

 メインストリートではあまり被害は無いものの、人気が少ない場合には件の露出狂はそこにも出没するらしい。

 僕は裏路地からメインストリートへと進み出る。

 右へと視線を向け、左へと視線を向ける。

 そのメインストリートには人の気配というものが全く感じられず、どこからかホーホーとフクロウの鳴き声が聞こえてくる。


「なんか出そうで怖いな……」


 ──お化けが。

 僕はそう言って身体を震わせると、その場から逃げるようにメインストリートを歩き出す。

 そして──


 カツーン、カツーン。


 ふと、僕の耳にそんな足音が聞こえてきて、僕は歩を止めた。

 その足音──その歩調には僕は聞き覚えがあった。

 良くあるだろう、家の中で歩いてくる家族が誰か、足音だけでなんとなくわかるという感覚。

 この感覚はまさにそれで、その感覚はあれから三年経とうと僕の中で鈍ることは無かったようだ。


「ふふっ、これはまた後ろ姿がマスターに激似ですね。身長と髪の長さ、あと右腕があるところを除けばパーフェクトでした」


 僕の耳にはそんな懐かしい声が響く。

 僕はゆっくりと振り向いた。

 そこには全身を黒いローブで包んだ一人の獣耳の生えた女性の姿があり、彼女は快楽に揺れる瞳に瞼を下ろすと──


 バサァッ!


 瞬間、彼女はその黒いローブの前を開けた。

 そこに広がっていたのは一面の肌色。

 それは全裸にピンク色の下着を着用しただけの体で、彼女は恍惚な表情を浮かべてこう叫んだ。


「さぁ! 見て驚き、見惚れて叫びなさい! それが私のマスターへの想いを強くするのです!」

「……」


 返事はない。

 気がつけば僕は月光眼を発動しており、その変態へと侮蔑にも似た視線を送っていた。

 すると彼女は、その沈黙になにか違和感を覚えたのだろう。


「? どうしたのです? この身体は彼のマスターでさえ見惚れたものですよ? まさか美しすぎて見惚……れ…………あれ?」


 彼女は瞼を開いてそう口にする。

 だが、その言葉は途中から小さくなってゆき、最終的に彼女は冷や汗をダラダラと流しながら間抜けた声を出した。


「やぁ、こんな所でナニシテルノカナ?」


 気がつけば僕はガシリとアイアンクローをかましており、それを受けた彼女はそのあまりの痛さに暴れだした。



「ちょっ、マスっ、マスター! 痛いですマスター! 私は白夜さんみたいな変態じゃないんですよ!? そんなに痛くしないでくだ……」

「十分変態だよ馬鹿野郎!!」



 僕はそう言って、ブロンド髪に翡翠色の瞳、それに加えて狼の耳を持つ彼女──暁穂を、思いっきり投げ飛ばした。




 ☆☆☆




「さて、話を聞かせてもらおうか」


 僕は腕を組んでそう彼女を見下ろすと、暁穂は居心地が悪そうに正座し直した。

 彼女の服装は前のミニスカメイド服からロングスカートの『本物』のメイド服へと変化しており、頭からは犬耳のような狼の耳が、スカートの後ろの部分からはフサフサとした狼の尻尾が飛び出していた。

 まぁ、パッと見た感じはそれ以外の変化は見当たらないが、それでも彼女から感じられる威圧感は三年前の比ではなく、まず間違いなくDeus級へと足を踏み入れているのだろうと確信できた。

 そんな彼女は申し訳なさそうに僕を見上げると、ポツリポツリと事情を話し出した。


「じ、実は……約束の一週間ほど前にこの街の存在を知ったのですが、聞いてみればなんとマスターの偽物が大量発生しているというではありませんか。なればこそ、醜い偽物はすべて殺処分してしまおうと考えたわけですが──これが予想以上にレベルが高く……じゅるり」

「おい、いまヨダレ拭かなかったか?」

「気のせいでは?」


 僕の確認(・・)を堂々と否定した彼女は、さらに愚かしく説得力のない言い訳を続けてゆく。


「その結果私は気がついたのです。この国にいればマスター似の人々に沢山露出できる上、嫉妬したマスターが私に告白しに来ててくれるのでは? と」

「嫉妬一割、呆れ三割、そして失望六割くらいだけどな」


 まぁ、僕以外の他人──しかも男に裸を見せたことは確かに気分が良くないが、それ以上に三年経っても変わらないその変態性に呆れるばかりである。

 しかもその上──


「分かります、分かりますとも。マスターは内心で『クソッ、僕以外の男に肌を見せやがって……。お前は僕の従魔なんだから僕にだけ裸を見せてればいいんだよッ! ……まぁ、言うの恥ずかしいから言わないけ──』」

「ちょっと? 何勝手に僕の心の声捏造してるんですか?」


 いきなり始まった捏造工作。

 それには僕も手を額に添えてため息を吐き、周囲の恭香たちもジトっとした視線を送っている──僕に対して。一体何故だ。

 僕はため息を吐くと、彼女の前にしゃがみこんだ。


「僕はお前らが何を考えて約束を反故にしたのかは分からない。けど、僕は誰とも知らない奴にお前らを渡す気なんてないし、裸を見させるなんて以ての外だ。だからもうこんなことするなよ。気を引くとかそういう以前に好感度落ちてるぞ」

「げ、現在進行形ですか!?」


 過去形です。

 僕は内心でそんなことを呟いたが、まぁ、反省には丁度いいだろうとあえて伝えるのをやめた。

 それは恭香も同感だったのか隠れてサムズアップを向けてきて、それ以外の面々は、しょぼーんと落ち込んでいるその尻尾へとじっと視線を向けていた。

 それを見て僕はニヤリと笑うと、



「許して欲しかったら、皆にその尻尾触らせてあげてよ」



 ラノベでは『獣人の尻尾はかなり敏感』という風潮が出来つつあるが、それはこの世界の真実とは合致していた。




 ☆☆☆




 翌朝。

 一人用の部屋に泊まった僕は、普段通り朝早い時間に起きて朝食の席についていた。

 すると、何故か腰が砕けているかのように降りてくる暁穂。そしてその背後から頬をテカテカとさせた女子たちが降りてきた。


「ふぅ、お姉ちゃんかわいい」

「何だかこう、Sに目覚めそうになったのじゃ」


 恭香と白夜がそう言って円卓の僕の両隣の席に座り、その他の面々がゾロゾロとその他の席を埋めてゆく。

 恭香、白夜ときて、暁穂、ネイル、エロース、ソフィア、そしてミリー。男一に対して女七である。

 するとどういう事だろう。レオンもマックスも居ないため、傍からは僕はまるでハーレムを構成しているようにしか見えず、先程から荒くれ者たちから鋭い視線が送られてくる。

 だがしかし、この街で僕のような『執行者のコスプレ』をしている者を物理的に、そして表立って攻撃すれば立つ瀬がなくなる。

 けれどもそれは──物理的に攻撃しなければいいだけのこと。


「ゲハハッ、あの野郎ハーレム気取りかよッ」

「キハッ、あの女共も酷でぇセンスしてやがんなぁ? あんなヒョロっちい餓鬼を相手にするなんざよぉ」


 そう、ギリギリ聞こえてくる程度の声で喋り出す荒くれ者たち。

 それには嫌な顔を浮かべた店主だったが、どうやら安すぎる店を選んでしまったらしい。周囲の他の荒くれ者たちもそれに同調して嘲笑を浮かべる。

 ──数の暴力。

 全く集った人間というのは厄介なもので、それがいくら間違っていて、どれだけ愚かしい行動であっても『数』という概念だけでそれはいくらでもひっくり返る──否、正しいと思いこんでしまう。

 それらの光景に、割と僕のことになると沸点の低い白夜、暁穂、そしてエロースがその拳をぎゅっと握ったが、



「わざわざこんなの相手にするなよ、馬鹿馬鹿しい」



 ──瞬間、彼ら全員が泡を吹いて倒れ伏す。

 それには端の方で固まって朝食をとっていた若い冒険者たち、そして店主の親父も目を見開いて固まり、暁穂、エロース、そしてソフィアが驚いたように僕の方を見てきた。

 僕はあえてネタバラシをせずに肩を竦めてやると、


「あんまり目立ってないけど、これでも今の僕って結構強いんだからな?」



 ──それこそ、最強の数歩手前くらいには。



 そう、なんでもないと言ったふうに呟いた

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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
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