影―005 発狂する銀色
「もう僕は嫌だ! もう帰る!」
「ちょ、ま、まって! 落ち着いてよギン!」
瞬間、広場にいた全員が僕らへと振り向いた。
「ギン? 今彼の神々しき名が聞こえたのだけれど?」
「あぁ、この従順な信徒たる我らがその名を聞き間違えるはずがない!」
「もしや……はっ! 確かギン様の出没情報が出回っていたな!」
「なるほど! あの方は気配を消すのがこの上なく上手い!」
「ということは……」
キランッ!
彼ら彼女らの目が光り輝き、気配を限りなく消しているため見えていないはずなのだが、それでも一歩一歩と、その包囲網を狭めてくる。
──倒せる。
そう、僕ならばあれしきの一般人、それこそ秒で倒せるに違いない。
けれども僕は、今まで見てきたこの国の狂った住民を思い出してこう思うのだ──果たしてこの狂人共は、殺したところで死ぬのだろうか? と。
気がつけば僕はヒクヒクと頬をひきつらせており、『ギンさまぁ……、どこですかァ……?』とゾンビのように手探りで近寄ってくるその群れへと恐怖の混じった視線を向ける。
考えること──一瞬。
「に、逃げるぞ! 恭香、ネイル、ミリー! 僕に捕まれ!」
僕はそう叫びながら、今までに遭遇した不幸の数々を思い出すのであった。
☆☆☆
「おんやまぁ、アナタすんごい顔がギンさま似ねぇ」
その言葉に、僕は絶句した。
(ちょ、ちょっと待て……僕って気配消してるよな?)
(う、うん……そのはずだけど)
恭香から返答があった。
そう、僕は今、自身がギン=クラッシュベルだと気づかれない程度の、そこらの道を歩いている一般人C位にしか感じ取れないような隠蔽をかけ、その上で気配を消している。
故に、本来ならば僕が顔について他人からどうこう言われることは有り得ず、そもそも話しかけてくること自体がおかしいのだが──
「あぁら! こんなにカワイコちゃんたち連れてぇー! まるでギンさまの本物みたいねぇ〜」
(このおばさん何者だ!?)
僕は、内心でそう叫んだ。
僕だけでなく、恭香や白夜、ネイル、エロース、ミリーにかけた隠蔽すらもことごとく無視し、恭香の頭を撫で始めるそのおばさん。
その言動に僕はどこか危ういものを感じて──
「そうだわ! アナタ……神様って、信じるかしら?」
「すいません急用を思いだしました!」
僕はその場から逃げ出した。
☆☆☆
「おお! こんな所に逸材が! 君、イエスギン教にははいってないね? なれば良し! 我らとともに彼の神様を崇め奉ろうではないか!」
もちろん無視して通り過ぎた。
こんなルビの使い方を間違っているヤツらを相手にする道理はない。そもそもなんで色々と一目見ただけでわかるんだこのおじさん。
僕はそんなことを思っていたのだが、
「おぉっと、それはいかんね。いかんいかん」
ギンは逃げ出した!
おじさんにまわりこまれた!
まるでそんな言葉が似合うような現状。
もうSSSランクでもやって行けるんじゃないか。そんな速度で回り込んできたその神父のようなおじさんは指をチッチッと振ると、僕へといきなりそんなことを言ってきた。
僕はその速度にも驚いたが──
「君の顔はよぉーくギンさまに似ているのだ。育毛剤を使って髪を伸ばせばまるで彼そのもの。さぁ、イエスギン教に入教して共に彼の主神さまを崇め奉ろう! これはきっと天の……」
気がつけばそのおじさんは僕の懐に潜り込んでおり、その速さに僕の頬を冷や汗が伝った。
──なんだこのおじさんは。Deus級の怪物か?
悪いけどそんな感想しか抱けない。
僕がそう思って頬をひきつらせている間も彼のマシンガントークは収まる気配はなく、いい加減イライラしてきたところで恭香たちが追いついてきた。
「あー、すいません。私たち用事あるので……」
「おや、これまた可愛らしい少女だ。少女にお願いされれば神様の使徒としては引き下がる他あるまい」
おい、今なんつったこのジジィ。
その言葉を僕はなんとか飲み込んだ。
「我が教団の教本にはこんな言葉が刻まれている」
そう言ってそのジジ……おじさんは優しげに頬を緩めると、右手を左肩に、左手を右肩に当ててこう呟いた。
──イエスロリータ・ノータッチ。byギン=クラッシュベル。
僕は涙を流して逃げ出した。
☆☆☆
場所はメインストリートから少し入ったところにある裏路地。
そこには小さな広場があり、僕はそこの切り株の上に腰掛けていた。
「そんなこと一言も言ってないのに……」
僕はそう言って涙を拭いた。
そう、僕はあんな言葉など一度として使ったことは無い。
確証はできないが、一応ロリコンとか思われたら嫌なのでそう断言しておこうと思う。
っていうか言ってないよな? そんなこと一言も。
僕は誰に問うでもなくそう内心で呟くと、ふと、気配に気がついて視線をあげる。
するとそこには──天使がいた。
「おにいちゃん……だいじょうぶ?」
そう言って僕へと話しかけてきてくれたのは、親指を咥えた黒髪の女の子。
その見ただけでわかるもちっもちのほっぺたに、軽く朱に染まったその頬の色。身体中から溢れ出てくるその『守ってやりたい』オーラ。
「おにいちゃん、落ち込んでるの?」
その女の子はテクテクと僕の近くまで歩いてきて、僕の顔を心配そうに覗きこんできた。
それには僕も思わず涙腺が決壊しそうになったが、僕は無理やり笑みを浮かべて彼女へと言葉を返した。
「いや大丈夫だよ、お嬢さん。それよりこんなところにいたら危ないぞ? お母さんはどこ行ったの?」
「あっ、やせがまん、ってやつだー」
何故だろう、再び涙腺が決壊しそうになった。
気がつけば僕はがくりと肩を落とし、それと一緒に顔を伏せてしまっており──
「ねぇ、たち直るいい方法、おしえてあげよっか」
直後に背後から聞こえたその声に、僕は思わずその場から飛び退いた。
そう、肩を落とす直前には彼女は僕の前にいた。
それが──どういう理由だ? 時間にして二秒にも満たない間に僕の背後まで姿を移し、その上で息切れ一つなく僕へと話しかけてきたのは。
気がつけば僕の脳裏には先ほど出会った神父のおじさんの姿が浮かび上がっており、僕の頬を冷たい汗が伝った。
「わー、すっごーい! おにいちゃん強いんだねー!」
再び聞こえたその声──方向は、背後から。
僕は顔の筋肉が硬直するのを感じながらもゆっくりと振り返る。
そこにはいい笑顔を浮かべた少女が立っており、彼女は背後に回していた両手を僕へと向けてこう告げた。
「それならイエスギン教にはいればいいよ! はいっ、月謝の一万ゴールドちょうだい!」
僕は全速力で逃げ出した。
☆☆☆
そして物語は現在へと戻る。
「だめだ……思い返しても僕がこの街の住民に勝てるイメージが全く湧かない」
「ステータスでは月とミジンコもいい所なんだけどねぇ……」
そう、ステータスでは比べるまでもなく僕の圧勝なのだ。それは一応鑑定を使って彼らのステータスを見たから確実なことでもある。
だが──
「あの人たち……、布教のことになると爆発的に身体能力が上がるんだよねぇ……」
そう、それである。
年老いたおじさんの速度に目を見張り、自分と比べてダブルスコアだろうという少女の動きを目で追えない。
全くとんだ化け物集団がいたもので、ソフィアがわざわざ事前にああ言ってから姿を消した訳である。
僕はそんなことを思ってため息を吐くと──
「おにいちゃんっ、みぃつけたっ!」
「ひぃっ!?」
どこからともなく聞こえてきたその声に、僕は情けない叫び声をあげて恭香にすがり付いた。
よく見れば恭香も足がカクカクと震えており、その声の主を視線を振って探している。
最早少女自体がホラーであり、なんならそんじょそこらのお化け屋敷なんかよりもよほど怖いように思える。
もしも、もしも万が一背後から少女が現れた日になんか──
「ってもまぁ、こういった時に限っているんだろうけどな」
僕は事前にフラグを建てた上で振り返った。
──けれども、そこに少女の姿はなく、それと同時に背後からトントンと背中を叩かれた。
「ん? なんだよ恭香」
僕は振り返る。
ちょうどその高さは恭香が手の届く範囲内であったからこそ、僕は迷うことなくそういった訳だが──
「やっほー、おにいちゃんっ」
そこに居た少女に、僕の時間は停止した。
それと同時に、僕の耳にこんな声が聞こえてくる。
「ま、全く見えなかった……のじゃ」
「わ、私も……、こんなのウラノスちゃん以来だよぉ」
それらを聞いた僕にとって、最早目の前の少女は神や悪魔すらも超越した『怪物』でしかなく、
「逃がさないよぉ? お・に・い・ちゃ・ん?」
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」
僕の叫び声が、裏路地に響き渡った。
称号『影神の狂徒』
能力:誰かを宗教へと勧誘する際のみ影神ギン=クラッシュベルのステータスが素のステータスに加算される。
ただし、シリアスな時、及び戦闘時は除く。
酷い能力だ……。
次回『一匹目』
さて、感動の再会です。




