影―004 狂国
間違えた!
二作目にこれ出してました。すいません。
僕はその後、すぐにクランホームへと戻ってその事を彼女らへと伝えた。
その時の彼女らの顔と言ったら、
『うはぁ……、マジそれ……?』
と言った感情が浮き彫りになってしまうほどに凄まじいものであった。まぁ、そんな噂の元凶が一瞬で仲間だと察してしまえるのだから仕方の無いことであろう。
という訳で僕らは早速再開したばかりの執行機関をたたみ、その露出狂のいう『ポイント』──別名、港国オーシーへと向かうことにした。
だが──
「しつこいよな……お前らも」
場所はエルメス王国の王都を出て数百キロの地点。
目立たないように買い直した通常サイズの馬車。それに『破壊不能』や『振動吸収』などを付与した状態で中型の鹿状態への変化したソフィアに引かせていたのだが──
『やっと見つけたぞ人間! 今日こそはあの日の恨み、晴らしてくれるわ!』
そう言って遥か上空から僕へのそう言ってきたのは、三年前、魔法学園の夏休みにクランホームへと戻る時、その道中で遭遇したあの巨大なドラゴンであった。
真っ赤な身体に、その大きな口からは炎がチリチリと溢れていた。
けれど──
「おい、そんなに遠くにいたら攻撃当たらないんじゃないのかー?」
『う、ううう、うるさい! 黙れこの人間が!』
彼我の距離、およそ数百メートル。
普通に降りてくればいいものを、彼は以前よりも大勢の仲間を引き連れた上であんな遠くに陣取っているのだ。
だからこそ素通りしてしまおうと考えたわけだが、
『お、おお、おい待て! 我らを無視してこの道を通ろうなどと万死に値する!』
そう言って延々とストーキングしてくる訳だ。しかも律儀に数百メートル空けて。
まぁ、そういう経過をたどって僕は馬車を一旦止めるという結論に達したわけだが……。
「んで? 一体何の用だよ!」
結構距離が離れているため、僕は大きめな声でそう問いかけた。
すると彼は『ぐぬぬ』と唸ると、僕の背後──その見た目何の変哲もない馬車へと視線を向けた。
『ふむ……一つは貴様をぶち殺すこと。そして二つ目……と言うかこちらの方が重要なのだが、数百年前に我らが群れを抜けたとあるドラゴンを探している途中なのだ』
何故だろう。頭の中に、今馬車の中で寝こけている一匹のドラゴン娘が浮かび上がった。
確か白夜は『ハブられたから群れ抜けて一人暮らしを始めたはいいが、ある日聖国の冒険者に責められて歓喜し、気がつけば致死量を超えた攻撃をくらっていた』的な過去を持っていたはずだ。
思い返すだけでため息が出てくるような過去だが、僕はその前半部分に着目した。
抜けた群れ。
追ってくるドラゴン(♂)。
これだけの群れ。
そして──時空間魔法。
それらを鑑みた僕は、なんだか嫌な予感が頭の中に浮かび上がった。
けれでもすぐに頭を振ってその考えを追い出すと、そのドラゴンへと向けて返事を返す。
「いやぁ、悪いねー。そのドラゴンに関しては全くもって心当たりが皆無だわ。悪いが他を探してく……」
『ちなみに自分とソイツは幼馴染みでな。今現在その馬車の中から聞き覚えのあるイビキが聞こえてくるのだが。その答えは如何に?』
耳をすませば聞こえてくる。
ぐがぁぁぁ…………ひぐっ! ぐがぁぁぁぁ、ぐっ、ぐがぁぁ……、ぐぉぁぁぁぁぁ…………うぐっ、ぐがぁぁぁ……(以下略)。
もうヒロインとは思えない。
人の上で涎を垂らして寝るわ、お化けを見て気絶して失禁するわ、僕の十数倍は軽く食べるわ……、そして何よりこのイビキである。残念ヒロインにも程がある。
僕は軽くため息を吐くと、臨戦態勢を取り始めた彼らへと視線を向ける。
「お前らさ。もしかして僕がレベルマックスの時を狙ってきてない? 前にも言ったけどお前ら殺しても何の役にも立たないんだけど」
そう、前回この赤トカゲと戦った時も僕はレベルマックスだったのだ。だからこそ前回は泳がせたし、多分今回も泳がせるような気がする。経験値もらえないし、白夜の知り合いっぽいし。
僕はそこまで考えたところで、小さくこう呟いて瞼を閉じた。
「今じゃ、手加減するのも疲れるんだよな」
次の瞬間、僕の左手に一振りの大鎌が召喚された。
漆黒に塗りつぶされたようなその柄に、刃の部分が紅く染まった漆黒色の刀身。
それらからは黒色のオーラが吹き出しており、それをみた竜の群れは明らかにその勢いを失った。
「完全状態・アダマスの大鎌」
僕はそう呟いてその鎌を地面と平行に構えると、軽く、それこそ手加減に手加減を加えた上で、一閃した。
「月光斬」
瞬間、一閃されたアダマスの大鎌から巨大な斬撃が衝撃波となって吹き飛び、ドラゴンの群れはその巨大な衝撃波に飲み込まれ、気がついた時には全員が全員、はるか彼方の空へとキランッ、と消えていた。
それを見た僕はアダマスの大鎌を肩に担いで、
「ま、死なない程度に死に晒せ」
何だかそれらしい一言を、呟いてみた。
☆☆☆
と、道中でちょっとしたハプニングこそあったが、概ねソフィア号の旅は快適で、本来はゴーレム馬車でも数週間~一か月ほどかかる道のりをたったの数日間で走破した。
まぁ、そのせいでソフィアは──
「し、死ぬかと思った……、だが、この仕打ちがなんともまた気持ちがいい……」
「おう、ここまで助かったよ。ご苦労さま」
僕は、地にどっかりと座り込むソフィアへと視線を向けた。
僕がそう、すこし真面目に声をかけてやると、彼女は一瞬目を見開き──少しだけ、頬を緩めた。
「普段は馬鹿にされていても、こうして素直に礼を言われると……、なんだ。意外と嬉しいものだな。主人様よ」
そう言って彼女はニッと笑った。
その珍しく殊勝なソフィアに僕は思わず目を見開いたが、すぐに素に戻ると僕はソフィアの頭をポンポンと撫でて立ち上がる。
「ま、しばらくは休憩してなよ。いま『モンスターハウス』開いてやるから」
僕はそう呟いて、彼女のすぐ隣へとモンスターハウスの入口を開く。
──モンスターハウス。
三年くらい前に岩国へと出向いた時に白夜をいれていたり、さらにその前、オークの群れと戦った時は藍月をいれていたりしたモンスターハウス。
『テイム』のスキルレベル上昇によって覚えたその能力ではあるが、そのモンスターハウスの中は白夜曰く『天国じゃぁ……』なのだそうだ。
まぁ、ここまで頑張ってくれたんだ。しばらくはその仮想天国でゆっくりとしてくればいい。
僕はそう考えて頬を緩めるが、
「主人様よ……。これは確認だが、本当にあの国に──よりにも寄ってあの街にはいるのだな?」
「……はい?」
いきなりシリアスをぶっ込んできたソフィアに、僕は思わずそう問い返した。
すると彼女は諦めたように笑みを浮かべると、
「頼むから……街中でだけは呼び出さないでくれ」
そう言って、そそくさとモンスターハウスの中へと入っていったのだった。
僕はソフィアの姿のなくなったその場所を見ながらその言葉を思い返す。
「街中では、呼び出すな……だって?」
何故か、僕の超直感がここに来て嫌な予感を知らせ始める。
全くこの能力には困ったもので、超絶素晴らしい直感、略して超直感なのだから何かが起こる数日前にはそれらを教えてほしいものなのだが──なんと、超直感さんと来たら超ご都合主義なのだ。
面白くなりそうな時に限ってその能力が発動せず、そういう時に限ってそれが発動するのは既に手遅れとなったあと。今回でいえば──到着した後。
「ぬほぉー、ここが港国って奴じゃな!」
白夜のそんな声が響く。
僕がそちらへと視線を向けると、眼下には一面に広がる、澄み渡るような青い色。
否──よく見ればそれは家屋の色だ。
そこには屋根から壁まで全てが鮮やかな青色の家屋がところ狭しと並ぶ大きな街があり、何本か、街中に通るは大きなストリート。そして、それらを行き交う多くの人々。
さらに遠くへと視線を向ければ今まさに港から船が出るところであり、いくつもの帆がここからでも見て取れた。
「へぇ……いい街じゃんか」
その街並みを見て、僕は素直にそう言葉を漏らした。
今までに見たパシリアの街や、グランズ王国の帝都、そしてエルメスの王都、旧聖国の聖都、そして岩国の王都もなかなかにファンタジーで綺麗だったが、この街からはそれらとは一線を画した美しさを感じさせられる。
だが──
「「「えっ……」」」
ドン引きしたようにそう頬をひきつらせる三名──恭香、ネイル、そしてミリー。
白夜とエロースは何が何だかと言った様子だが、その三人は僕らへと向けて、声を揃えてこういった。
「「「あ、あれを……?」」」と。
何故だろう。
とてつもなく嫌な予感しかしてこない。
☆☆☆
港国へと入ってすぐ。
僕は──その真意をすぐに察した。
「きゃははっ! りんねにしずめー!」
「このーっ! こっちは『しるばーぶろー』だー!」
「いっくぞー!『あめのはばきり』ー!」
そう言って僕の目の前を通り過ぎて言ったのは、黒いローブに身を包んだ黒髪の子供たち。
「お! 兄ちゃん! なかなかにいいクオリティしてるが、如何せん髪が短すぎるな! そら、この育毛剤分けてやるよ!」
「えっ、あ、どうも……」
そう言って僕へと育毛剤を渡してきたのは、黒いローブにを身を包んだ黒髪の男性で、彼は左腕の指先から肩までに銀色の鎧を付けていた。
「さぁ、皆さん! 今日も張り切って布教しますよ!」
「「「イエッ、サー!」」」
「それでは行きますよ!『これより──』」
そう言って声を張り上げていたのは、黒いローブに身を包んだ黒髪の集団で、その腕には赤い腕章が。
そこに黒文字で書かれていた文字は──イエスギン。
そうして彼らは、その言葉を口にする
「「「「『執行を開始するッ!』」」」」
そう、元気よく叫び、満足げに頬を緩める彼ら彼女ら。
僕はそれらを見て、思わず顔に影が落ちてゆくのを感じた。
「な、なな、なぁ……、こ、この国ってもしかして……」
その声は震えていた。
それは半ばこの国がどういう国なのか分かってしまったからで──
「港国オーシー。旧聖国から流れ着いた人達が多く住んでいる国ね。故にあの茶番を見た人達が感化され、元々あった宗教にも似た誰かさんのファンクラブと合体し──結果として、聖国をも上回る厄介さを誇る、史上最悪の宗教国が出来上がったわけよ」
ミリーは、そう疲れたように口を開く。
そして彼女は、この国の二つ名を口にした。
「執行者ギン=クラッシュベルを主神とおく『イエスギン』教、その総本山であるこの国は……」
──俗に、狂国として呼ばれているわ。
僕はとてつもなく、帰りたくなった。




